月が紅く光る夜、君島は神社の裏にある森の中を一人で歩いていた。その森の奥には君島
の家系が施した結界の中に、非常に強い力を持った怪異が封印されている。少し前に神社
の管理と怪異の封印の維持一任された君島は、怪異の封印について考えがあり、その場所
へと向かっていた。
チリン、チリン、チリン・・・
君島がその結界の中に足を踏み入れると、風もないのにたくさんの鈴の音が鳴り響く。そ
の音を聞き、注連縄の張られた大きな木の陰から、ここに封印されている怪異である姦姦
蛇螺が姿を現す。
(やっと来たか。)
そう心の中で呟きながら、姦姦蛇螺である遠野は君島を見据える。にょろにょろしたもの
が苦手な君島にとって、腕が六本あり、下半身が大蛇である遠野の姿はあまり好ましいも
のではなかった。内心若干の恐怖を感じながらも、気丈なふりをして君島は遠野に話しか
ける。
「Shall we negotiate?(交渉しませんか?)」
「はあ?何だって?」
「私と交渉しませんか?」
「交渉・・・ねぇ。いいぜ、聞いてやるよ。その前に、お前、もう少しこっちに来い。」
あまり近づきたくないと思いつつも、交渉するためには仕方がないと、君島は遠野の手の
届くくらいの場所まで近づく。君島が側に来ると、遠野は君島の胸ぐらを掴み無理矢理唇
を奪う。
「っ!!」
唇を離されると、君島は驚きながら遠野を見る。その姿は先程までの姦姦蛇螺の姿ではな
く、非常に美しい人の姿になっていた。
「お前、俺の本当の姿ちょっと怖いと思ってただろ?だから、こっちの姿の方が話しやす
いだろうと思ってな。」
「何故、キスしたんです?」
「お前の力を少し分けてもらうためにな。そのままじゃ無理だが、少し力を分けてもらえ
れば、こっちの姿にもなれんだよ。」
顔は姦姦蛇螺の姿と変わっていないはずなのだが、身体が人になった途端、君島の目には
遠野が非常に魅力的に映っていた。一糸纏わぬその姿に君島の胸は激しく高鳴る。
「で、その交渉とやらの内容は何だ?」
封印されていたわりには、随分強気な態度だと思いつつ、君島は交渉したい内容を話し始
める。
「私はアナタの封印の維持を任されていますが、私がこれから話す条件を飲んでもらえる
のであれば、アナタをここから解放します。」
「へぇ、その条件は?」
「アナタをここから解放した後は、私の神社の巫女として働いてもらいます。そして、私
が煩わしいと思っている『悪霊退治』を全て担ってもらいたい。」
「お前の力なら『悪霊退治』なんて余裕だろ?わざわざ俺の封印を解いてまで任せたいこ
となのか?」
「私の力は確かに家系内でもトップクラスに強い方です。しかし、悪霊を消滅させるよう
な攻撃的な使い方は性に合っていない。どちらかと言えば、結界を張ったりして護るよう
な使い方の方が得意なんです。」
「なるほどな。だったら、悪霊は全部俺が処刑してやるよ!」
「処刑・・・?まあ、何でもいいですけど。」
「他には?」
「そうですね。先程アナタが指摘した通り、正直本当の姿である姦姦蛇螺の姿は好きでは
ありません。なので、私といるときはその姿でいてもらえると助かります。『悪霊退治』
の際は元の姿で行ってもらって構わないですけどね。」
君島の交渉内容を聞き、遠野はふっと口元を緩ませる。この場所からの解放。それは長年
遠野が願っていたことであった。
「いいぜ。その程度の条件でここから解放されるのは安いもんだ。ただ、その条件を満た
すためにこっちからも一つ条件がある。」
「何ですか?」
「この姿を保つためには、お前の力が必要だ。お前の力を定期的に分けてもらうこと、そ
れが俺からの条件だ。」
「力を分けるにはどうすればいいんですか?先程は口づけで分けていたようですが。」
「口づけでも分けてもらうことは出来るが、もっと効率よくするならまぐわうのが一番だ
な。」
妖しい笑みを浮かべながら遠野はそう答える。その言葉を聞き、君島は今目の前にいる遠
野を組み敷き、自分と遠野がまぐわっている様を想像してしまう。
(人の姿であるなら、それは全く嫌ではないな。むしろ・・・)
この美しい身体と交われることを考えれば、それは願ってもないことだと、君島は遠野の
出した条件を飲む。
「いいでしょう。私の力を分けること、約束しますよ。」
「おっ、なら決まりだな。お前の条件全部飲んでやる。だから、ここから解放してくれ。」
「交渉成立ですね。」
君島がそう呟くと、ザアアっと強い風が吹き、鈴の音が激しく鳴り響く。風が収まると、
静かすぎるほどの静寂が訪れる。
「結界を解除しました。さあ、ここから出ますよ。」
「おう。」
長年この場所に封印されていたため、本当に出ることが出来るのか不安であったが、君島
の手を取り歩き始めると、いとも簡単にその場所から離れることが出来た。
神社の敷地に向かいながら、二人は暗い森を歩く。
「そういえば、アナタのことを何と呼んだらいいですか?巫女として過ごしてもらうのに、
姦姦蛇螺はおかしいですから。」
「人間のときの名前は遠野篤京だ。好きに呼んだらいい。」
「それなら、遠野くんと呼ばせてもらいますね。」
「お前は君島でいいか?俺を封印したのがそうだったから、お前もそうなんだろ?」
「ええ。構いませんよ。」
お互いの呼び方を確認し合うと、しばらく沈黙が流れる。何か話したいと、君島はふと思
い浮かんだことを口にする。
「そういえば、『悪霊退治』のことを『処刑』と言っていましたけど何故ですか?」
「あそこに長いこと封印されてて暇してたらよ、夢魔の種ヶ島が絡みにきて、俺の愚痴を
聞いてもらってたら、興味がありそうな本ってことで、処刑に関する本をたくさん持って
きてくれてな。それを読み込んでたら、スゲェ興味深くて最高だなってなったから。」
種ヶ島とは君島も面識あるので、どんな本を与えているんだと呆れるような表情になる。
「種ヶ島くん、封印されている怪異に何て本を与えてるんですか。」
「おっ、お前も種ヶ島のこと知ってるのか?」
「そこまで深い付き合いではないですが、知り合いではありますよ。」
「なら、今度挨拶に行ってやらねぇとな。自由になったぜって。」
「いいんじゃないですか。」
まさか共通の知り合いがいるとは思っていなかったので、遠野はなんとなく嬉しくなる。
そんな他愛もない話をしているうちに、神社の敷地内に到着する。敷地内にはあるが、本
殿よりはかなり離れた場所にある小屋に、君島は遠野を案内する。
「まだ何もありませんが、この小屋は遠野くんが自由に使っていいですよ。」
「ありがとな。好きに使わせてもらうぜ。」
「ひとまず、服と布団くらいは今から持ってきますね。洋服は次の休みに街に買いに行き
ましょう。今はサイズ調整がある程度可能な着物を持ってきます。」
「ああ。」
裸のまま過ごさせるわけにはいかないので、君島は遠野のための服や布団を取りに行く。
小屋で待っている遠野であるが、君島の力の効力が切れ、姦姦蛇螺の姿に戻ってしまう。
(やっぱ、あの程度のキスじゃこれくらいの時間が限界か。)
戻ってきた君島を驚かせてしまうんだろうなあと思いつつ、自分だけではどうにも出来な
いので、遠野は君島が帰ってくるのを待つ。
「お待たせしました。っ!!」
「悪いな。君島の力の効力が切れちまって。」
「そ、そうですか。」
あからさまに顔色の変わった君島を見て、遠野は苦笑する。怖いと思いながらも君島は遠
野に近づき、自ら遠野の唇に口づける。君島にキスされたことにより、遠野の姿は再び人
の姿になる。
「本当にキスで力が与えられるのですね。」
「まあ、軽いやつだとさっきみてぇにすぐに戻っちまうけどな。」
それを聞いて、君島は少し考えた後、遠野に尋ねる。
「もし、さっき遠野くんが言っていた通りまぐわったとしたら、どのくらいその姿でいら
れるのですか?」
「正確には分からねぇし、君島の力をどれだけ分けてもらえるかにもよるけど、一日以上
はいけるんじゃねぇか?」
「なるほど。」
そうであれば、確かに効率がいいのはまぐわうことだと君島は理解する。今はまだ何も身
につけていない遠野を見て、君島はある提案をしてみる。
「それなら、今してもいいですか?」
「えっ!?べ、別に構わねぇけどよ。」
まさか今からとは思っていなかったので、遠野はドキドキしながらも頷く。神主であるが
ゆえにこんなことをするのは初めてなので、君島もひどく緊張しながら遠野の肩に手をか
け、ゆっくりと床に押し倒す。
「ま、まずは口づけからしますね。」
「あ、ああ。」
どちらもひどく胸を高鳴らせ、お互いの顔を見る。君島の顔が近づくと、遠野は目を閉じ
る。君島の唇が重なると、触れ合っているその唇から自分の中へと君島の力が流れ込んで
くるのを感じ、遠野はピクンとその身を震わせる。
(ああ、この感覚たまらない。もっと欲しい・・・)
君島が唇を離すと、遠野は腕を伸ばし、舌を出しながらもっとして欲しいとねだる。
「はぁ・・・君島ぁ、もっと・・・」
紅色に染まった頬に蕩けた瞳、赤い舌が君島を誘い、君島の体は遠野のその願いを叶える
かのように自然に動く。遠野の舌に自分の舌を押しつけ、そのまま唇も重ねる。唇を重ね
たまま舌を動かし、遠野の舌を存分に味わう。自然と溢れてくる透明な蜜は、下側にいる
遠野の口内に流れ込み、君島の力を含む糧として遠野の体内に取り込まれる。
「んっ・・・んんっ・・・ゴクンっ・・・」
遠野との口づけが非常に心地よく、君島はしばらく唇を離すことが出来なかった。その間
にも、君島の力は遠野に流れ、遠野の魔力の器がゆっくりと満たされていく。
「ハァ・・・遠野くん・・・」
「んはっ・・・ハァ、ハァ・・・君島の力、やっぱすごいな。スゲェ感じる。」
君島の口づけにうっとりとした表情で、嬉しそうに笑いながら遠野はそう口にする。そん
な遠野を見て、君島は素直に興奮してしまう。そして、そのことに遠野は気づいていた。
「もともとの俺の姿は嫌いみたいだったし、こんなことするの嫌かもしれねぇって考えて
たから、最悪勃たなくてもおかしくないって思ってたけど、大丈夫そうだな。」
「あっ・・・」
「お前のそれ、ココに挿れていいんだぜ?」
大きく脚を開き、両手でそこを開いて君島に示す。あまりに煽情的な遠野の誘いに、君島
はそうしないわけにはいかなくなる。
「すぐに挿れられるものなのですか?」
「さあ、どうだろうな?もしすぐには入らなかったら、お前のそれで軽く擦っていてくれ
りゃそのうち入るだろ。」
「そうですか。」
そんな誘われ方をされたら我慢ならないと、君島は装束の袴を脱ぎ、白衣をはだけさせた
状態で、自身の熱を出す。直接的に一番力を注いでもらえるそれを見て、遠野の顔は思わ
ず緩む。
「とりあえず、あてがってみますよ?」
君島の熱がそこに触れると、遠野の身体は大きく跳ねる。
「ああっ!!」
「大丈夫ですか?」
「ハァ・・・だ、大丈夫だ。そのままそこに擦ってくれ。」
「ええ。」
遠野に言われた通り、熱の先端でそこを擦る。まだ触れ合っているだけにも関わらず、君
島のそれはその力ゆえに極上の快感を遠野に与える。
「あっ・・・んあんっ・・・ああっ!!」
「んっ、まだこうしているだけなのに・・・すごく気持ちいいです。」
「はぁ・・・き、君島っ・・・んあっ・・・あ・・・」
しばらくそうしていると、君島の熱からは先走りの蜜が溢れ、遠野の入口はひくひくと蠢
き、君島の熱を受け入れたいといった動きを見せる。
「君島っ、もう挿れてくれ!!」
「遠野くんっ!!」
遠野の言葉に従い、君島はぐっと腰を進める。君島の熱を取り込みたかったそこは、君島
の熱が入るやいなや最奥へと誘い込む。
「あああぁんっ!!」
「くっ・・・あっ・・・!!」
(ああ、スゲェ!!出されてるわけでもねぇのに、君島の力が俺の中に入ってくる!)
「ハァ・・・あっ、んんっ・・・」
「遠野くんの中、すごいです・・・」
交わる快感に魅了され、君島は無意識に腰を動かし遠野の中を余すことなく擦り上げる。
君島の熱に触れている部分から、絶え間なく力が流れ込み、物理的な刺激と目に見えない
エネルギーを注がれる二重の快感に、遠野は甘い声を上げ続ける。
「ああっ・・・ああんっ・・・ひっ・・・ああぁっ!!」
「ハァ・・・気持ちいい・・・」
「君島っ・・・ぁ・・・ああぁんっ・・・!!」
君島と触れ合っていることで、遠野の魔力は勢いよく満たされ、溢れんばかりの力になる。
溢れた力は姦姦蛇螺の魅了の力として、君島に還流する。それは君島にとっては強烈な快
感として認識され、その身体を満たしていく。
「うあっ・・・ああっ!!」
「君島ぁ・・・スゲェ、こんなに満たされたら・・・」
お互いの力が循環し、その気持ちよさは爆発的に高まっていく。そんな力の循環が極限に
達した瞬間、遠野の肌に一瞬だけ青白い鱗の文様が浮かび上がる。その美しい文様を見て、
君島は今この美しい異形の遠野を支配しているのは自分であるとハッキリと認識する。そ
のことに気づき、自覚していなかった強い支配欲が満たされるのを感じる。
「くっ・・・あああっ!!」
「君島・・・んあっ・・・ああああぁっ!!」
自分の力よって支配する悦びと強い力が注ぎ込まれることで感じる支配される悦び。相反
する悦びが共鳴し合い、二人に深い絶頂をもたらす。自分の中に最高の糧となる君島の濃
い蜜が放たれるのを感じ、遠野は全てが君島で満たされる感覚に酔いしれながら達した。
力の供給のためのまぐわいを終えると、どちらも白衣を羽織り、腰を下ろして体を休める。
「遠野くんの言っていたまぐわいは、さっきのような感じでよいですか?」
「えっ?あ、ああ。お前の力が思ったよりすごくて、もらいすぎな感じはあったけどよ。」
「それなら、しばらくその姿のままでいられますね。」
「それは間違いねぇな。」
何となく照れくささがあり、二人はしばらく黙ったままでいる。特に何も言わず、遠野は
じっと君島の顔を眺める。
「何ですか?」
その視線に耐えきれず、君島は口を開く。そんな君島の問いかけに遠野はふと思ったこと
を口にする。
「お前、昔に一度俺に会ったこと覚えてるか?」
「えっ!?会ったことありましたっけ?」
封印されているはずの遠野に会ったことはないはずだと、君島はそう返す。
「まあ、まだ年端もいかないガキだったからな。」
「・・・そういえば一度だけ、以前の神主に連れられて、遠野くんが封印されていたあの
場所に行ったことがある気がします。」
「たぶんそのときだろうな。俺のことが怖かったのか、前の神主の後ろに隠れて半べそ状
態だったぜ。」
「そこまで細かくは覚えてません。」
それは何となく恥ずかしいと君島は誤魔化すようなことを言う。
「怖くても俺のことが気になるのか、チラチラと何度もこっちを見てきてな。で、一回だ
けしっかりと目が合ったんだ。」
「あっ・・・」
それを聞いて、君島は少しだけそのときのことを思い出す。長い封印の影響で、そのとき
の遠野は力を失い、ぐったりと横になっていることが多かった。そのため、幼い君島が見
たのは遠野の顔だけであり、怪異らしい上半身や下半身は見ていなかった。
「可哀想、助けてあげたい・・・」
そのとき思ったことを君島は口にする。それを聞いて、遠野はニヤリと笑う。
「俺と目が合って、神主には聞こえないくらいの声で、お前はあのときもそう言ったんだ。
お前が強い力を持っていることは分かっていた。だから、いつか俺を解放してくれと、お
前の目を見ながら俺は願った。」
それを聞いて君島は驚いたような顔をする。遠野を解放したのは自分だけの意志だと思っ
ていたが、実は遠野の心からの願いでもあったのだ。
「だから今日、お前が俺を解放しに来てくれたとき、心の底から嬉しかった。あのときの
願いを本当に叶えに来てくれたんだからな。どんな条件であっても俺はお前について行く
つもりだった。」
「そんなこと、私は覚えていなかったのですが・・・」
「それでもお前は長く辛い封印から、俺を解放しに来てくれた。だから俺は、これからは
お前のために生きてやるよ。」
遠野のその言葉を聞いて、君島は何故だか泣きそうな気分になる。それは無意識下にあっ
た昔からの願いを達成した充足感からくるものであった。
(ああ、そうか。私はとっくの昔に遠野くんに魅せられていたのか。)
遠野を想う気持ちで胸がいっぱいになり、君島はぎゅっと遠野を抱きしめる。
「これからよろしくお願いします。遠野くん。」
「ああ。」
ただ頷くだけの返事であるが、その一言には君島に対する感謝と好意が存分に込められて
いた。君島を抱きしめ返し、遠野は君島が与えてくれた自由をこれから存分に楽しむので
あった。
END.