財前や白石、金太郎が人だかりの出来ているレーシングゲームのところへ移動すると、銀
は一人で他のゲームを見て回る。適当に歩き回っていると、とあるものが目に入る。
(これは・・・確か財前はんが好きなキャラクターやった気がするな。)
銀の目に留まったのはガチャガチャのコーナーであった。先程パンチングマシーンでゾロ
目のスコアを出した財前がその景品を謙也にあげていたことが、銀は気になっていた。財
前の好きなキャラクターであれば貰ってくれるかもしれないと、銀は屈んでそのガチャガ
チャを見る。
(これなら、財前はんも貰ってくれるやろか?)
物は試しだと、銀は百円玉を何枚か入れ、ガチャガチャのハンドルを回す。ゴトンという
音がしたのを確認すると、銀は取り出し口からカプセルを出す。外から見たところ、どう
やら人形が入っているようであった。
「A賞がフィギュアで、B賞がキーホルダー、C賞がバッジか。ほんならこれは、まあま
あええやつなんかな?」
キャラクターはどれでも同じ感じなので、ハズレはないと思っていたが、それぞれの種類
の数を見る限りではアルファベットが若いほどレア度が高そうなものであると、銀は理解
した。中に入っているのがキーホルダーでもなく缶バッジでもないところを見ると、おそ
らくこのカプセルの中身はA賞だ。それならば、財前も喜んでくれるかもしれないと、銀
はほくほくした気分で、ひとまずポケットにそれをしまった。
時間を忘れて遊んでいたために、電車の時間が迫っていることに気づき、ゲームセンター
に来ていた一同は慌てた様子でゲームセンターを後にする。バタバタとした雰囲気の中、
銀はガチャガチャで引いたものを財前に渡すタイミングを失ってしまう。合宿所に帰って
から渡せばよいかと思いつつ、銀は電車に乗る。四天宝寺のメンバーは同じ車両に乗った
のだが、たまたま空いていた席に座る者、ドアの近くに立っている者、つり革のある座席
の前に立つ者と、車内ではある程度バラバラになっていた。他のメンバーよりは銀の側に
居たいと、財前は銀の側に立っていた。
「財前はんや白石はんが見に行ったところはだいぶ盛り上がっているようやったが、何が
あったんや?」
「青学の越前と山吹の亜久津さんがレーシングゲームで勝負しとったんですよ。それが結
構ええ勝負で、同じ青学のメンバーや山吹のメンバーがえらい盛り上がってました。」
「なるほどな。それでどっちが勝ったんや?」
「それが電車の時間がきてまうってことで、勝負は途中でおあずけになってました。」
「ほう、そりゃ残念やったな。」
「まあ、しゃーないっスわ。」
自分が見ていなかった盛り上がってた場所の話を聞きつつ、銀は財前を見る。このポケッ
トにあるモノをどのタイミングで渡せばよいか考えていると、財前が顔を見上げてくる。
「どないしたん?」
「いや、別に何でもないっス。師範こそ、何か考え事っスか?」
どこかそわそわしているような銀の雰囲気を察して、財前はそんなことを尋ねる。
「せやなぁ・・・実は財前はんに渡したいものがあるんや。合宿所に着いたら、部屋に戻
る前に少し時間をもろてもええやろか?」
「えっ・・・別に構いませんけど。」
渡したいものがあるということを聞いて、財前はドキッとしてしまう。それを悟られぬよ
うに財前はいつものクールな態度で言葉を返す。
「おおきに。」
「渡したいものって何スか?」
「それは後でのお楽しみや。財前はんが喜んでくれるかは分からんけど。」
「何スかそれ。ちなみにちょいブサな人形やったらいらないっスよ。」
「ははは、ワシが見てもかなりかわええ感じやったから、たぶん大丈夫やで。」
(師範がかわええ思うなんてホンマに何やろ?まあ、師範がくれるんなら、ちょいブサな
人形だろうが何やろうが嬉しいんやけど。)
銀から何かが貰えるということに胸を躍らせながら、財前は顔が緩みそうになるのを必死
で抑える。
「ゲーセン、結構楽しかったっスね。」
「せやな。」
「今度は師範と二人で行ってみたい気がしますわ。他の先輩らがいると落ち着いて回れへ
んので。」
「ほんなら、都合の合う休みの日に今度は二人で行くか。他のみんなには内緒でな。」
「ええっスね。師範となら、もっとたくさん楽しめそうっスわ。」
こっそりと休みの日にゲーセンデートをする約束をして、二人は顔を見合わせて笑う。そ
こまで大きな声で話していない二人の声は、ガタンゴトンと揺れる電車が走る音にかき消
され、他のメンバーには聞こえていなかった。
合宿所に到着すると、ゲームセンターに遊びに行っていたメンバーは各々部屋へと戻って
行く。電車の中で話していた通り、銀と財前はすぐには部屋には戻らず、人気の少ない場
所へと移動する。
「このへんでええか。」
「そうっスね。というか、人がいる場所じゃ渡せへんものなんっスか?」
「そないなことはないんやけど、あまり人のいないところの方が財前はんもええんやない
かと思うてな。」
よく分からないが、確かに銀と二人きりの方が素の反応が見せられると財前は銀の言葉に
納得する。
「いらんかったら無理に受け取らんでもええで。ほなこれ、受け取ってもらえるやろか。」
そう言いながら、銀はポケットにしまっていたガチャガチャのカプセルを財前に渡す。カ
プセルを受け取り、財前はその中を覗く。チラリと見えるその中身を見て、財前の胸はド
キンと高鳴る。
「えっ・・・ちょっ・・・」
ドキドキしながら、財前はカプセルを開けた。中には今の季節らしい衣装に身を包んだ初
音ミクのフィギュアが入っていた。思ってもみない銀からのプレゼントに財前は動揺して
しまう。
「ちょっ・・・師範、何スかコレ。」
「いや、財前はん、パンチングマシーンでゾロ目のスコア出した景品、ケンヤにあげてし
もたやろ?財前はんや白石はんがレーシングゲームのところに行っている間に別のゲーム
見て回ってたら見つけてな。確かこのキャラクター、財前はん好きやったなーと思て、一
回やってみたんや。」
「一回で当てたんスか?師範、やっぱ半端ないっスね。」
「これなら、財前はんももらって嬉しいかと思うたんやが・・・どうやろか?」
財前の反応が嬉しいのか困惑しているのか銀には判断がつかなかったので、そんなことを
尋ねてみる。大好きな銀に大好きなミクのフィギュアを貰ったのだ。嬉しくないわけがな
い。
「正直に思うとること言うてもええですか?」
「もちろんええで。」
「メッチャ嬉しいです。」
普段は見せないような本当に嬉しそうな笑みを浮かべて、財前はそう答える。そんな財前
の顔を見て、銀はホッとしつつ、あまりの可愛さにドキドキしてしまう。
「ほんなら受け取ってもらえるやろか?」
「もちろんです。ありがとうございます、師範。」
「喜んでもらえたようでよかったわ。」
財前のためにと用意したものが受け取ってもらえ、銀も嬉しそうに笑う。銀から貰ったミ
クのフィギュアを改めて見つめ、財前は嬉しそうに顔を緩ませる。
(ホンマに嬉しそうやな。引いてみてよかったな。)
「師範。」
「何や?」
「電車の中ではあんなこと言いましたけど、ホンマは師範から貰えるならどんなものでも
嬉しかったんです。せやけど、師範がくれたんがホンマに俺が好きなものやったんで、ち
ょっと嬉しすぎて、どう反応したらええか分からなくなりました。」
「はは、それであんな反応やったんか。」
渡してすぐは困惑したような反応を見せた財前であるが、その理由を聞いて銀は笑う。
「師範から貰ったコレ、大事にします。こんなありがたいミク他にあらへんので、宝物に
しますわ。」
「宝物は大袈裟やないか?」
「冗談っスわ。けど、ホンマにそれくらい嬉しいんです。」
目を細めて、そう言う財前の表情に銀は目を奪われる。
(ああ、なんて可愛らしいんやろ。)
「その人形もえらい可愛らしいと思っとったけど・・・」
「そうっスね。」
「ワシにとっては、その人形よりも財前はんの方が可愛らしいと思うで。」
「っ!?な、何言うとるんスか?」
さらっとそんなことを言ってくる銀に財前は真っ赤になってそう返す。追い打ちをかける
ように銀は言葉を続ける。
「普段の財前はんも十分かわええと思うんやが、嬉しそうに笑ってる顔は格別やな。」
「ミクよりかわええとかそんなことありえへんっスわ!」
「せやから言うとるやろ?ワシにとってはって話や。」
「〜〜〜〜っ!!」
そう言われてしまうともう何も言い返せない。恥ずかしさと嬉しさで財前は顔から湯気が
立ちそうな程に赤くなる。
「さてと、そろそろ夕飯を食べに戻らなアカンな。」
「ちょ・・・こんな顔で戻れないっスわ。」
「ほんなら、もう少し二人で話していよか。」
「もう恥ずかしいこと言わんでください。」
「それはどうやろなあ。」
「師範!」
これ以上何か言われたら、本当に部屋へ戻れなくなってしまうと財前は困ったような顔で
銀に突っ込む。こんなやりとりも楽しいし嬉しいなあと思いながら、銀は恥ずかしがって
いる財前の反応をしばらく楽しんだ。
END.