☆氷帝hospital☆ 最終話

裏庭に向かった岳人と忍足はあの時月下美人が咲いていた木の下へと歩いて行く。花は咲
いていないが、しっかりと葉っぱは育っていた。
「侑士、月下美人まだ枯れてないよ。」
月下美人に近づくように岳人はしゃがんで、忍足の顔を見た。忍足も隣にしゃがみ込む。
「ホンマやな。夜になればまた花を咲かせるんちゃうか?」
「・・・・でも、俺、もう見れないや。」
今日で退院なので、夜こんなところに来ることは出来ない。ちょっと寂しげな顔をして、
岳人は月下美人を撫でる。
「せやったな・・・。岳人は今日で退院なんや。」
「侑士までそんな顔すんなよ!!確かに見られないのは残念だけどさ、足が治った方が断
然いいもん。」
忍足を元気づけるような感じで岳人は立ち上がり笑顔を作る。そして、月下美人の側にあ
る木の裏にまわった。
「何やっとんのや?岳人。」
「いいから、侑士もこっち来いよ。」
岳人に手招きされ、忍足は首を傾げながらも木の裏側へ行く。すると岳人は忍足をその木
に押しつけ、腕を首に回す。何が何だか分からず忍足はただ困惑するばかりだ。
「な、何や岳人。」
「侑士、この前あんなことしちゃったら、宍戸に見られたーって言ってただろ。ここなら
どこからも見えないから大丈夫だよ。」
「えっ!?ちょ・・・また、あんなことするんか!?」
「あそこまではしないよ。ちょっとキスしたいだけ。」
そう言うと岳人は軽く背伸びをして、忍足の唇に自分の唇を重ねる。久々の感触で、忍足
はすっかり力が抜けてしまった。岳人がだんだんと深く重ねる度に立っていられなくなる。
しまいには岳人が上になるほど、すっかり地面に座った状態になってしまった。
「ん・・・んん・・・」
初めは一方的にされるがままの忍足だったが、次第に慣れてきたのか自らも岳人の背中に
腕を回して、一生懸命岳人の舌の動きに応えようとする。そのことに気づいて、岳人は一
際嬉しそうな顔になった。
「侑士、可愛い。」
「岳・・・っんん・・・んぅ・・・」
キスの合間に言葉を挟むが、忍足にはしゃべる余裕を与えない。そんな少し強引すぎる岳
人に忍足は目眩がするほどときめいていた。
「はぁ・・・ゴメン、侑士。ちょっとやりすぎちゃった。大丈夫?」
「・・・・・。」
軽く息を乱しながら、忍足は瞳を潤ませ、ぼーっとしている。相当岳人のキスが効いたら
しい。
「侑士?マジで平気か?」
「へっ!?あ、ああ。うん、全然平気・・・。」
岳人に本気で心配され、忍足は慌てて反応する。しかし、まだ頭の中は夢見心地。しばら
く心臓のドキドキが止まらず、顔も赤いままだった。そんな忍足の様子を見て、岳人は本
当に可愛いなあとクスクス笑う。
「ドキドキした?」
子供のように岳人は尋ねる。こういうところはかなり幼いのにどうしてあんなキスが出来
るのだろうと忍足は疑問に思ってしまう。
「そりゃ・・・あんなキスされればドキドキするわ。岳人はせえへんの?」
「ドキドキするに決まってんじゃん。だって、キスしてるときの侑士ってすっごい色っぽ
いんだぜ。このまま押し倒したくなっちゃうくらい。」
「えっ!?それはさすがに・・・・」
「分かってるよ。こんなとこじゃしないって。第一、もうそろそろ迎えが来るしね。」
これ以上進まれたら困ると慌てる忍足に岳人は苦笑しながら言った。あと数十分で迎えが
来てしまう。ちょっと残念だなあと思いつつももう玄関に戻らなければならない。
「この続きは次のデートにでも。」
「別にええで。」
「えっ!?ホントに!?」
「さあ、本当かどうかは岳人の頑張りしだいやな。」
冗談めいた感じで忍足はこんなことを言う。頑張りしだいというのはおそらくリハビリも
含む全般的なことであろう。そんな他愛もない会話をしながら、二人は病院の玄関へと向
かった。しばらくすると、岳人の両親がやってくる。これでまたしばらく会えなくなるな
あと思うと二人とも寂しくてしょうがなかった。しかし、退院くらいは笑顔で送り出した
いものだ。二人とも満面の笑顔で手を振り合った。
「じゃあな、侑士。」
「ああ。リハビリ頑張ろうな。」
「おう!!」
岳人が見えなくなってしまうと忍足はやっぱり寂しくて、泣きたくなってしまう。そんな
ことを考えていると、ポケットに入っていた携帯のバイブが鳴る。病院外にいるので、今
は電源を入れていたのだ。
『今までサンキューな侑士!!それから、これからもよろしく☆もちろん恋人としてな。
俺がいないからって、泣くんじゃねーぞ。また、リハビリで会おうな♪』
「岳人。」
こんなメールを送られてきては、寂しさなんて吹っ飛んでしまう。携帯の画面をしばらく
眺めたあと、忍足はニコニコとした表情で病院内へと戻って行った。

一方、屋上へと向かった滝と鳳は、シーツなどが干された広い屋上の中心でベンチに腰掛
けていた。真っ青な空が頭上に広がっている。二人はそんな空を見上げながら、他愛もな
い言葉を交わしていた。
「キレイですね。」
「だろ?今日は晴れてるからさ、いつもより一段と眺めがいいよ。」
「夕方とか来たら、もっとキレイなんでしょうね。」
「そうだね。でも、夕方は忙しくてあんまり来れないんだ。」
ちょっと残念そうな顔をしながら滝は言う。確かにと鳳も納得して頷いた。
「でもさ、こういうとこ来て空とか見るのはやっぱ長太郎と一緒がいいな。一人で見に来
たってつまんないじゃん。」
「確かに一人で見に来るんだったら、病室で滝さんと話してる方がいいです。」
キッパリと鳳はそう答える。それは嬉しいなと滝は笑った。しかし、鳳は今日で退院。も
う病室で話すことも出来なくなるのだなあと思うと、何となく寂しくて二人はふと黙って
しまう。すると、突然強い風が吹いた。今はもう秋も終わりに近い。その風はだいぶ冷た
かった。
「ハックシュン!」
冷たい風に当たり鳳は思わずくしゃみをする。屋上というだけあってやはり風が強く、こ
の季節はだいぶ寒いのだ。
「大丈夫?長太郎。」
「はい。」
「ここ、ちょっと寒いよね。どうする?病院の中に戻ろうか。」
せっかく最後の日なんだから、いつもと違うことがしたい。鳳は頭の中でそう考えた。病
院内に戻ってしまえば、いつもと変わらなくなってしまう。そんな理由から鳳は病院内に
戻ることを拒んだ。
「俺、ここに居たいです。」
「そう?長太郎がそうしたいならいいけど、寒くない?」
「確かにちょっと寒いですけど・・・・。」
寒いのは百も承知だ。しかし、今病院内には戻りたくない。困ったような表情を浮かべて
いると、それを察した滝がすっと鳳の手を取った。
「手とか温めると体全体が温かくなるらしいよ。」
「えっ?」
「長太郎の手、すごく冷たい。俺が温めてあげる。」
そう言うと滝は鳳の手を擦ったり、はあっと息を吹きかけたりして温めようと試みた。手
が温まるというよりはその滝の行動にドキドキしてしまって、鳳の体温はしだいに上がっ
てゆく。ちょっと意味が違うが体を温めるという目的はちゃんと果たせているようだ。
「あの・・・滝さん、もう大丈夫です。」
「そう。温まった?」
「はい。」
「よかった。」
にっこりと滝は笑う。そんな表情に鳳はドキドキだ。何故滝と一緒にいるとこんなにもド
キドキするのだろうと不思議に思うが、それは全く嫌ではない。むしろ嬉しいという感情
の方が何倍も上であろう。
「長太郎、今屋上にいるのって俺達だけだよね?」
そう言われて鳳はあたりを見回す。確かに今ここにいるのは自分と滝だけのようだ。
「はい。他には誰もいないと思いますけど・・・。」
「じゃあ、ちょっとくらい大丈夫だね。」
ふっと笑うと滝は鳳の首に腕を回して、すばやく唇を奪った。鳳は突然の出来事に呆然と
してしまう。軽い口づけを何回かしたあと、滝はそのまま唇を鳳の首元に落とす。そして、
跡をつけるように軽く噛んだ。
「ひゃっ・・・!」
「へへ、キスマークつけちゃった。二日、三日は消えないよきっと。」
「な、何するんですか、滝さん・・・。」
「長太郎が俺のことすぐ思い出せるようにと思って。」
無邪気に笑って滝はそんなことを言う。いつもとは違うちょっと幼い感じの滝に鳳は戸惑
いながらも可愛いなあと思ってしまう。
「こんなことしなくても、滝さんのことちゃんと思い出せますよ。」
「いいの。長太郎は俺のだって印。」
「ずるいですよぉ。こんなことされたら、俺、滝さんのことしか考えられなくなっちゃう
じゃないですか。」
頬を赤く染めながら、鳳はちょっと抗議じみた口調で言う。まさかこんなことを言われる
とは思わなかったので、滝はくすくす笑った。
「それ、俺にとってはすごい嬉しいんだけど。」
「俺は困ります。」
「どうして?」
「だって、会いたくなっちゃうじゃないですか。滝さんは忙しいのに。」
「いつでも会いに来てくれていいよ。ちゃんとダメな時間は教えるし。仕事が終わったあ
ととかでもいいなら、俺は大歓迎。」
とにかく滝は出来るだけ鳳と一緒にいたいようだ。ちょっと納得いかないなあと思いつつ
も、それだけ会う約束をしていいというのは鳳にとっても嬉しいこと。このくらいはいい
かとキスマークのことは許してしまう。しかし、だからといって何にも気にしていないわ
けではない。それは退院するということで病院を出るときに表に出した。結局、二人は鳳
が帰らなければいけない時間ギリギリまで屋上にいた。そして、鳳を見送ろうと滝が入り
口まで送る。最後のあいさつということで、鳳の家族には外で待っていてもらい二人はド
アの前で話をする。
「元気で頑張ってね、長太郎。」
「はい。滝さんも仕事頑張ってください。」
「うん。じゃあ、またね。」
名残惜しそうにしながら、滝は鳳に手を振る。鳳はすぐにはそこから去らずにしばらくそ
の場にとどまった。
「どうしたの長太郎?」
「・・・・・。」
鳳は何も言わずに軽く触れるだけのキスを滝にする。しかし、思ってもみなかった鳳の行
動に滝は固まってしまう。
「さっきのお返しです。今までありがとうございました!これでしばらく滝さんも俺のこ
としか考えられなくなっちゃいますよ。」
赤くなりながらもいたずらっ子のように笑って鳳は手を振りながら、滝のもとを離れる。
滝はすっかり赤面してしまって、鳳の柔らかい唇が触れた場所を押さえていた。鳳はもう
一度振り返って滝に手を振ると家族のもとへと帰っていった。
「ずるいなあ、長太郎。こんなの反則だよ・・・。」
まさか鳳からキスをしてくれるとは思わなかったので、驚きながらも滝は嬉しくてたまら
ない。鳳がいなくなって寂しいよりもこれからが楽しみだということが滝の頭の中を占領
する。ニヤけそうな顔を必死で抑えながら、滝は自分の仕事場に戻るのだった。

もう一人の退院するメンバー、ジローは樺地に案内されるまま内科病棟のナースセンター
にいた。ナースセンターといっても仕事場の方ではなく、奥にある休憩室の方だ。そこは
そんなに大きい部屋ではないが、大きなソファが一つとお茶を入れるためのものがいくつ
か置いてある。
「うわあ、すっげぇ。こんな部屋があったんだ。」
「ウス。」
ジローをソファに座らせると、樺地はいったんそこの部屋を出て、自分のロッカーから大
きな袋を持ってくる。これが、ジローにあげたいというものらしい。
「これ・・・退院祝いです・・・・。」
「マジで!?何々?」
ジローはその袋を受け取ると早速その中身を出してみる。袋の中からはオレンジ色の毛糸
で編まれたマフラーと手袋が出てきた。しかも、その二つには可愛らしい真っ白な羊の刺
繍がしてある。
「うわあっ!!何これ、超かわE〜!!」
「これから、寒くなるんで風邪ひかないようにしてください・・・。」
ジローは風邪をこじらせ肺炎で入院していた。というわけで、樺地は今よりもっと寒くな
るこれから、また風邪をひかないようにとジローのためにマフラーと手袋を編んだのだ。
「サンキュー、樺地。マジうれC〜!!俺がオレンジと羊が好きだって話したっけ?」
「・・・・・。」
樺地は黙って首を振る。この色と模様にしたのはジローのイメージからだ。ジローがオレ
ンジ色と羊が好きだなんてことは全く知らなかった。
「知らないのに、こうしてくれたの?」
「ウス。」
「やっぱ、俺達って相性いいんだよ!!以心伝心って感じ?」
マフラーと手袋を顔につけながらジローは心から喜んだ。喜んでもらえてよかったと樺地
はホッとしたような顔をする。
「なあなあ、これちょっとつけてみていい?」
「ウス。」
「じゃあ、早速ー。」
ジローはマフラーを首に巻きつけ、手袋をはめてみた。ポカポカとした暖かさが体にしみ
こんでくる。それは文字通り羊の毛皮につつまれているような感じだ。思った以上にその
色と模様が似合うジローを見て、樺地はそのことを素直に伝えた。
「すごく・・・似合ってます。」
「マジで?よかったー。樺地が作ってくれたもんだもん。似合わなきゃ困るよな。コレ、
すっげー暖かいぜ!!」
「よかった・・・です。」
マフラーし、手袋をしながらはしゃぐジローだったが例のごとくまた眠くなってしまう。
その二つをつけたまま、ソファですっかり寝入ってしまった。
「ジローさん?」
「Zzzz・・・」
ジローが眠ってしまうとなかなか起きないのはよく分かっている。樺地はそのまま寝かせ
てあげようと別に起こさなかった。しばらく寝顔を見ながら、お茶を飲んで休んでいると
ジローの家族が迎えに来る時間が迫ってきてしまう。しょうがないので、病室に荷物を取
りに行き、ジローを背負って入り口まで連れてゆく。入り口まで行くとちょうどよくジロ
ーの両親が迎えに来ていた。
「あ、ジローを担当している看護士さんですよね?」
「ウス。」
「今までどうもありがとうございました。また、眠っちゃってるんですねジローは。」
「すいません、ご迷惑をかけて。」
ジローの両親は丁寧に樺地にあいさつをする。車の中まで送りますと樺地はジローを背負
ったまま外へ出た。周りの気温が変わったのに気がついたのか、外に出た瞬間ジローはふ
と目を覚ます。
「うーん・・・あれ?樺地、ここどこ?」
「ジロー、起きたの?看護士さんに迷惑かけちゃダメじゃない。起きたんならちゃんと自
分で歩きなさい。」
「えー、このまま車まで樺地におんぶしていってもらうー。」
「何言ってんの!!すいません、本当。」
「いえ・・・全然かまいませんよ。」
車まで樺地とくっついてられるとジローは背中から下りようとしない。樺地にすればいつ
ものことなので全く気にせず車までジローを運んだ。車のあるところまで到着すると、ジ
ローは名残惜しそうに樺地の背中から下りた。
「はーあ、ここで樺地とはバイバイか。でも、今度また一緒にどこか行こうな!」
「ウス。」
「あっ、そうだ!!忘れてた。これな、俺が作ったんだ。樺地みたいにはうまくいかなか
ったんだけどあげる。」
ジローはポケットから小さなぬいぐるみを出すと樺地に渡した。樺地にあげたいと思って
自分で作ったようだ。確かにその形は樺地のようにキレイではないが、頑張って作った感
がすごくよく出ている。樺地は思ってもみなかったプレゼントに驚いた。
「ありがとうございます・・・。」
「すごい下手くそだけど、一応頑張って作ったんだぜ。俺、樺地にいろんなもんもらって
ばっかだったからさ、何かお礼がしたくて。こんなんでゴメンな。」
恥ずかしそうに笑いながら、ジローはそんなことを言う。もうそろそろ出発しなければな
らない。ジローは車に乗る前に樺地にぎゅうっと抱きついた。
「っ!?」
「しばらく出来なそうじゃんこれ。でも、これが最後じゃないからな!!これからもよろ
しく樺地♪」
「・・・ウス。」
これからも会うことを約束し、ジローは車に乗り込む。バイバイと大きく手を振ると樺地
も振り返した。そして、車は発進する。ジローは樺地が作ってくれたマフラーと手袋を、
樺地はジローの作ったぬいぐるみを眺めながら、少しの間だけ会えない相手のことを思う
のであった。

こうして、三人の患者が退院していく。だからといって、病院自体は何ら変わらない。し
かし、ある三人は少しの寂しさと大きな期待を心に置いて、これからの日々を過ごすのだ
った。

                                END.

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