宿舎に入ると、鬼蜘蛛丸は酒盛りの準備をしにいったん自分の部屋へと戻り、義丸は鬼蜘
蛛丸から受け取った勿忘草の花を握りながら、ある人物の部屋へと向かう。その部屋に辿
り着く前に、義丸はその人物と廊下で会った。
「義さん。」
「ちょうどよかった。お前に話があるんだが、今少し時間いいか?」
「はい。」
義丸が今話をしなければいけない人物。それは、明日鬼蜘蛛丸と共に飛び立つ予定の舳丸
であった。舳丸も鬼蜘蛛丸と同じく、明日のことに関しては覚悟を決めていたため、それ
ほど取り乱すような様子は見せず、むしろ、ひどく落ち着いた様子を見せていた。とりあ
えず、廊下で話すわけにはいかないので、二人は舳丸の部屋へと移動する。
「重はどうした?」
「今、外に出ています。少し気持ちを落ち着かせたいと言っていました。」
「そうか。」
明日舳丸が飛ばなければいけないことで一番ショックを受けているのは重であった。重に
とって、舳丸は尊敬出来る兄貴分であり、自分の面倒を一番みてくれた大切でかけがえの
ない存在である。そんな舳丸を失うことは、重にとっては耐え難いことだった。
「舳丸、お前は重のこと、好きか?」
「好きですよ。出会ったころは弟のようなものでしたけど、今は違います。弟分に向ける
好意というよりは、そうですね・・・恋人に対する想いに近い気がします。」
「それなら、お前は重をこれからちゃんと守ってやれ。」
「それは、無理ですよ。だって、わたしは明日・・・・」
「舳丸。」
いつになく真剣な表情で、義丸は舳丸の言葉を遮る。そんな義丸の真剣な表情に、舳丸は
言葉を紡ぐのをやめる。
「明日の突入、俺と代わってくれないか?」
「えっ・・・?」
義丸の言葉に舳丸は耳を疑った。突入を代わること。それはすなわち自らの死を意味して
いる。
「ど、どうしてですか?」
「端的に言えば、どうせ散るのであれば、鬼蜘蛛丸と共に散りたい。お前が重のことを心
の底から想っているように、俺は鬼蜘蛛丸のことを心から愛している。だから・・・」
「義さん・・・」
「頼む、舳丸っ!!」
そう言いながら、義丸は舳丸に対して土下座をする。そんな義丸を見て、舳丸の胸はひど
くしめつけられた。
「顔を上げてください、義さん。・・・明日の突入、代わります。」
「本当か!?」
「・・・・はい。でも、本当にいいんですか?」
「もちろんだ。ありがとう、舳丸。」
舳丸の手を握り、義丸は心から感謝の気持ちを述べる。義丸の気持ちは痛いほど伝わる。
しかし、自分の代わりに死ぬという事実が舳丸に複雑な思いを起こさせた。
「このことは、今夜の酒盛りで皆に伝える。」
「・・・はい。」
「舳丸。」
「・・・・・。」
「辛い思いをさせてしまって悪かったな。でも、これは本当に俺が心から望んでいること
なんだ。それだけは分かってくれ。」
自分の心を読まれているかのようなことを言われ、舳丸は唇を噛みながら頷く。少し油断
をすれば、涙がこぼれてしまいそうだった。そんな舳丸の頭を優しく撫でると、義丸は部
屋から出て行く。部屋を出ると、さっきまで泣いていたのか真っ赤を目をした重と鉢合わ
せする。義丸と舳丸が話をしている間に外から帰って来たのだが、思ってもみない話をし
ているのを聞いてしまい、部屋の前でずっと二人の会話を聞いていたのだ。
「今の話、聞いていたよな?」
「・・・はい。」
「舳丸を支えてやれるのはお前だけだ。しっかり支えてやれよ、重。」
「義兄ぃ・・・」
「早く部屋に入って、舳丸のところへ行ってやれ。」
こくんと頷くと、重は義丸と入れ違いに部屋の中へと入る。舳丸の部屋を後にすると、義
丸は勿忘草の花をじっと見つめながら、ボソッと何かを静かに呟いた。
「ちゃんと一緒に逝くからな、鬼蜘蛛丸。」
勿忘草を心臓に近い胸ポケットの中に入れ、義丸は鬼蜘蛛丸の待つ部屋へと向かって歩き
出した。
日付が変わるころになると、鬼蜘蛛丸の部屋で酒盛りが始まる。乾杯をする直前、義丸は
すくっと立ち上がり、自分が明日突入することになったことをそこにいる者達に告げる。
「酒盛りを始める前に、お前達に言っておかなきゃならないことがある。」
「いきなり何だよ?義丸。」
「明日の突入、舳丸の代わりに俺が飛ぶことになった。」
『っ!!』
義丸の言葉にそこにいた者達はひどく驚く。その中でも一番驚いたのは、鬼蜘蛛丸であっ
た。
「ど、どういうことだ?義丸・・・」
「鬼蜘蛛丸には後で詳しく話す。とにかくそういうことだからな。さあ、酒盛りを始めよ
うぜ。」
これ以上、暗い雰囲気にはしたくないと、義丸は笑顔でそんなことを言う。本当はもう少
し詳しく聞きたい気もしたが、明日飛ぶのは鬼蜘蛛丸である。聞かずともその理由は理解
出来ると、そこにいた者は特にそれ以上のことを義丸から聞き出そうとしなかった。
「せっかくお酒飲むんだから、嫌なことはみんな忘れちゃおうよ!」
「そうだな。網問の言う通りだ。鬼蜘蛛丸の兄貴と義兄ィのためにも、楽しい酒盛りにし
ようぜ。」
二人のために楽しい酒盛りにしたいと、間切と網問はそう言いながらその場を盛り上げよ
うとする。そんな網問と間切に賛同するかのように、舳丸も重も東南風も航も頷きながら、
笑顔を作った。酒を飲むことで、作った笑顔は本当に笑顔に変わる。酒を飲みながら、歌
い、踊り、笑い合う。こんなに楽しい気分になったのはどれぐらいぶりだろうと、そこに
居る誰もが思った。丑の刻も半ばになる頃、酒にはそれほど強くない若い者が眠り始める。
「網問も間切も航も随分飲んでたからな。」
「ああ。本当にこんなに純粋に楽しい気分になれたのは、久しぶりだ。こいつらのおかげ
だな。」
「お前達は寝なくて大丈夫なのか?少しは休まないとキツイだろ?」
いまだに起きている東南風、舳丸、重に鬼蜘蛛丸は気遣うように声をかける。
「兄貴達が起きているのに、寝られませんよ。」
「ははは、そんな気遣いしなくて大丈夫だって。俺達は今夜が最後の夜だから、寝る時間
が惜しいだけだよ。でも、お前らは違うだろ?」
「鬼蜘蛛丸の兄貴・・・・」
「お前らは、本当に偉いよな。こんな状況になっていても、面倒くさいとか、逃げたいと
かそんなこと一言も言わないんだから。若いんだから、他にやりたいこともたくさんある
んだろうに。」
「そしたら、鬼蜘蛛丸の兄貴や義兄ィだって・・・・」
鬼蜘蛛丸の言葉に重はそう口にする。しかし、鬼蜘蛛丸は優しい笑顔で重の頭を撫でた。
「俺は、お前達がさっきみたいな笑顔で居られることを望んでいるんだ。それは義丸だっ
て同じだろう?」
「もちろんだ。俺達のことは、俺達なんかより、ずっと若くて可能性のあるお前達が心配
することじゃない。」
「でもっ・・・」
「お前達みたいな、優しくて、強くて、自慢の弟分が居たことを、俺達は死んだって絶対
に忘れない。」
『兄貴・・・』
微笑みながら、そんなことを言う鬼蜘蛛丸の言葉の三人の胸はひどく熱くなる。涙が出そ
うになるのを必死で堪えていると、鬼蜘蛛丸の言葉に続けるように、義丸が口を開いた。
「舳丸、東南風。お前は他の奴らより少し年上なんだから、しっかり弟分の面倒を見てや
るんだぞ。重、お前はいろんなことで優秀だし、同年代の奴らよりしっかりしてるんだか
ら、ちゃんと舳丸や東南風を支えてやれ。もちろん、こいつらと一緒にな。」
目の前にいる三人を見ながら、義丸はそう諭すように言った後、眠っている三人に目を移
す。義丸の言葉に、舳丸、重、東南風に三人はしっかり頷いた。
「それじゃあ、今日の酒盛りはこれでお開きだ。俺は鬼蜘蛛丸と少し話がしたいから、お
前らはちゃんと眠って、しっかり疲れを取るんだぞ。」
『はい。』
使ったコップや酒の瓶を軽く片すと、義丸は鬼蜘蛛丸を連れて部屋を出て行く。二人を見
送った後、義丸に言われた通り、眠る用意を始める。
「やま兄はどこで寝る・・・?」
「俺は、やはりこいつの隣かな。何か兄貴達の話聞いてたら、無性にこいつの側に居たく
なって・・・」
重の質問に、東南風は航の髪に触れながら答える。その気持ちはよく分かると、重は航の
側を東南風と一緒に眠りやすいように片付けてやった。
「舳丸。」
「・・・何だ?」
「今日は、一緒に寝よう。」
「・・・ああ。」
東南風が航の隣に横になったのを見ると、重はそう言いながら、舳丸のもとへと行く。い
まだに頭の中の整理がついていない舳丸は、重と共に横になるが、なかなか寝付けそうに
はなかった。
「舳丸・・・」
小さく震えている舳丸の手を重はきゅっと握る。
「大丈夫。舳丸には俺がついてる。義兄ィは鬼蜘蛛丸の兄貴と一緒なのが、一番幸せなん
だよ。」
「それは・・・分かってるけど・・・・」
「俺は舳丸が生きていてくれて、本当に嬉しい。俺には、舳丸が必要だよ。」
「重・・・」
重の言葉で、舳丸の心はいくらか軽くなる。重の手の平の温かさにじんわりと心を癒され
つつ、舳丸は瞳を閉じた。まだしばらく眠れそうにないが、重が居るなら大丈夫。そんな
ことを考えながら、舳丸は一筋だけ熱い涙を溢した。
鬼蜘蛛丸を連れて宿舎の外に出た義丸は、青い花が咲き乱れるあの場所で足を止める。
「鬼蜘蛛丸。」
名前を呼びながら、義丸は鬼蜘蛛丸の方を振り返る。鬼蜘蛛丸は少し納得のいかないとい
う表情で、義丸を見つめていた。
「どうして、お前・・・」
「だって、鬼蜘蛛丸、俺と繋がっている時に一緒に逝きたいと言っただろ?」
「その逝きたいじゃないっ!!俺はお前に生きて・・・」
「嘘だな。」
「っ!!」
きっぱりとそう言い切る義丸に、鬼蜘蛛丸は言葉を失う。鬼蜘蛛丸の瞳をしっかりと見つ
めながら、義丸は言葉を続ける。
「何年の付き合いだと思ってるんだ。鬼蜘蛛丸の本当の気持ちが分からないわけないだろ
う?」
「ヨシっ・・・」
鬼蜘蛛丸が言葉に詰まっていると、義丸は目の前に咲き乱れている勿忘草を摘んで、鬼蜘
蛛丸に渡す。
「・・・俺もお前を忘れるなってことか?」
「違う。勿忘草には、『わたしを忘れないで』って花言葉もあるが・・・・」
「ああ。」
少し間をおき、義丸は鬼蜘蛛丸の手を握りながら、耳元でそっと囁く。
「『真実の友情』、『誠の愛』って意味もあるんだぞ。」
「そうなのか・・・?」
「ああ。だからこれは、俺の気持ちだ。」
「・・・どっちの意味だ?」
鬼蜘蛛丸にそう問われ、義丸は少し考える。そして、ふっと微笑みながら答えた。
「どっちもだ。親友としても恋人としても、俺は鬼蜘蛛丸のことを心から想っているのだ
からな。」
「義丸・・・・」
勿忘草の花にそんな花言葉があるとは知らなかった鬼蜘蛛丸は、その青い花を握りながら、
義丸の顔を見る。嘘のない言葉、優しい微笑み、そして、自分に向けられる熱い眼差し。
どれもが愛しく、鬼蜘蛛丸は何か熱いものが胸の奥底から込み上げてくるのを感じる。気
づかぬうちに、鬼蜘蛛丸の瞳からは一筋に雫が流れていた。
「泣くな、鬼蜘蛛丸。」
指で涙を拭ってやり、義丸は優しい口調でそう口にする。溢れる涙を止めたいと思うが、
なかなかその涙は止まってはくれなかった。
「朝になったら・・・本当にお前は俺と一緒に飛ぶのか・・・?」
「もちろん。鬼蜘蛛丸を一人で逝かせたりしないさ。今までずっと一緒だったんだ。死ぬ
時も一緒だ。」
「・・・義丸、俺の気持ち、もう一度ちゃんと言っていいか?」
「ああ。」
「俺は、お前と一緒に逝きたい。」
涙に濡れた声で、しかし、ハッキリと紡がれた鬼蜘蛛丸の願いを聞き、義丸は鬼蜘蛛丸の
身を強く抱きしめた。そして、鬼蜘蛛丸と共に散る決意を告げる。
「ああ。今度は風の中で一つになろう。この身がどれだけ砕け散っても構わない。鬼蜘蛛
丸と一緒ならば。」
「俺も・・・義丸と一緒だったら、もう何も怖くはない。」
「鬼蜘蛛丸・・・」
「義丸・・・」
お互いの名を呟きながら、二人はゆっくりとその唇を重ね合わせる。二人ならば、もう何
も恐れることはない。たとえこの夜が明けて、風の中でその身を散らせようとも・・・。
日の出の半刻程前、昨夜鬼蜘蛛丸の部屋で酒盛りをした者達は、これから空へと向かって
飛び立つ鬼蜘蛛丸と義丸を見送りにやってきていた。ここを飛び立ってしまったら、もう
鬼蜘蛛丸や義丸には会えなくなると、皆嗚咽を漏らしながら堪えられない涙を流している。
「泣くな、お前ら。男だろ?」
「義兄ィ・・・ひっく・・・ふっ・・・」
「本当に飛ぶんですかっ・・・鬼蜘蛛丸の兄貴・・・」
「ああ。もう覚悟は出来てるからな。」
航や網問はもう涙で顔がぐしゃぐしゃになる程、号泣している。他の者もぐしぐしと袖で
涙を拭いながら、鬼蜘蛛丸と義丸に顔を向けていた。
「お前達に一つ、お願いがあるんだ。」
『何ですか・・・?』
「俺は、お前達の泣いている顔よりも笑っている顔を覚えていたい。だから、俺達が飛び
立つまででいい。笑顔を見せてくれないか?」
鬼蜘蛛丸のその言葉にそこにいた者は顔を見合わせ、コクンと頷く。そして、こぼれる涙
を拭い、笑顔を作る。しかし、どうしても自然に溢れてくる涙を止めることは出来なかっ
た。
「ありがとう、お前達。俺は本当にお前達のことを誇りに思っているよ。」
『兄貴・・・・』
「鬼蜘蛛丸、そろそろ乗らないと・・・」
「そうだな。」
あと数分で夜が明ける。そろそろ突入の準備をしなければいけないと、鬼蜘蛛丸と義丸は
戦闘機に向かって歩き出す。そんな二人の後ろ姿を眺めながら、見送る者達は嗚咽が漏れ
そうになるのを必死で堪えていた。戦闘機に乗り込む寸前で、二人は他の者の方を振り返
り、心からの願いを口にする。
『願わくは、俺達が最後の風になりますように。』
それは、見送りに来ていた者達の耳にもしっかりと届いていた。戦闘機に乗り込むと、二
人は目と目で合図をし、同時にエンジンをかける。プロペラが回転する音が辺りに響くと
その機体はゆっくりと動き始めた。戦闘機に乗った鬼蜘蛛丸と義丸は、操縦席にある無線
で言葉を交わす。
『それじゃあ、行くか義丸。』
『ああ。派手に散ってやろうぜ。』
『義丸・・・』
『何だ?』
『大好きだぞ。』
『俺もだ。愛してる、鬼蜘蛛丸。』
そんな会話を交わすと、二人は口元に笑みを浮かべながら、海と空の間に飛び立った。特
攻隊の攻撃は、目的地点より前で撃墜されることが多かったが、二人は奇跡的に敵の艦隊
まで辿り着く。そして、そのままその身もろとも敵艦船に突入する。
(これで鬼蜘蛛丸と・・・・)(これで義丸と・・・・)
《一つになれる。》
大きな爆発音と共に、敵艦船は炎に包まれる。鬼蜘蛛丸と義丸は夜明けのコバルトブルー
の空と海の間で風となり、その身は一つになる。二人の身が砕け散った瞬間、二人の胸の
勿忘草の花びらは、燃える想いの中に舞い上がった。
鬼蜘蛛丸と義丸が海に散りゆく様は、二人の飛び立った場所に居る舳丸や重、間切や網問、
東南風や航からもハッキリと見えた。大きな炎が海の上に上がった瞬間、そこにいた六人
は今まで堪えていた涙を一気に溢れさせる。二人の名を呼び、人目も構わず号泣する。し
ばらく、海の一部が燃えている様子を見ながら、そこに居た全員はその場から離れようと
はしなかった。
その日の正午、ラジオから玉音放送が流れる。天皇の肉声により日本が降伏し、戦争が終
結したことが告げられた。その放送を聞き、六人は呆然としながらも、鬼蜘蛛丸と義丸が
飛び立つ寸前に放った言葉を思い出す。
《願わくは、俺達が最後の風になりますように。》
「鬼蜘蛛丸の兄貴と義兄ィの言ってたことが・・・・」
「本当になった・・・」
間切と網問は思わずそんなことを呟く。宿舎の窓から二人の散って行った海を眺め、舳丸
はぎゅっと拳を握る。
「あの人達は、本当にどれだけすごい人達なんだよ。」
「きっと、すっごく俺達のこと考えててくれたんだね。」
舳丸の隣に立ちながら、重はそう口にする。もし、昨日この放送が流れていれば、鬼蜘蛛
丸も義丸も死なずに済んだかもしれない。そう思うと、悔しさと悲しさで胸が押し潰され
そうになる。
「・・・この放送が昨日だったらよかったのに。」
「そうだな・・・・」
涙声でそう呟く航の言葉に、東南風は心の底から賛同して頷く。日本が負けたことよりも
鬼蜘蛛丸と義丸を失ってしまった悲しみの方が、この六人にとっては何倍も大きかった。
そんな悲しみのために、そこに居た者が再びポロポロと涙を流し始めると、ざあっと熱い
風が部屋の中に入ってくる。
(そんなに悲しむな。俺達は全然後悔なんてしてないよ。)
『えっ・・・?』
(お前ら、本当に泣き虫だな。もうあんな無駄な戦いしなくてよくなったんだ。もっと喜
べ。)
『鬼蜘蛛丸の兄貴っ!?』
『義兄ィ!!』
風に混じって聞き慣れた声が聞こえる。姿は見えないが、それは確かに鬼蜘蛛丸と義丸で
あった。
(俺達のことは本当に心配しなくていい。確かに戦争には負けたかもしれないが、ここか
らが新たな始まりだ。大丈夫、お前達ならちゃんとやっていけるさ。)
(一人では出来ないことでも、みんなでやりゃあ出来ないことなんてないんだからな。)
(俺達はもうここには居れないけど、ちゃんとお前達のこと見守ってるよ。だから、
安心しろ。)
(鬼蜘蛛丸の言う通りだ。泣き顔見せるくらいだったら、元気に笑ってる顔の一つや二つ
見せろってんだ。)
(俺達はまたいつかどこかで必ず会える。俺はそう信じてるぞ。)
(来世かもしれないけどな。ま、それも再会にゃ変わらねぇし、信じてれば絶対叶うさ。)
(それじゃあ、またな。)
(頑張れよ、お前ら。)
その言葉を最後に二人の声は聞こえなくなった。あまりに突然の出来事で、心から驚いて
いる六人だが、いつの間には涙はピタッと止まっていた。
「鬼蜘蛛丸の兄貴と義兄ィ、さすがだね。」
「二人の言葉聞いてたら、何か悲しい感じは少し軽くなったかも。」
「本当兄貴達の言う通りだな。これが終わりじゃない。むしろ始まりなんだから、皆で頑
張らないと。」
「舳丸の意見に賛成。鬼蜘蛛丸の兄貴達の意志を受け継いで、みんなで頑張っていかなき
ゃな。」
「うん。俺も頑張る。せっかく兄貴達が風になって来てくれたんだもん。泣いてばっかり
じゃいられないよ。」
「そうだな。少しでも笑顔でいられるように、協力していこうぜ。」
風の中の二人の声を聞き、悲しみに包まれていた彼らの胸に希望という名の灯りがともる。
一つの終わりは何かの始まり。鬼蜘蛛丸と義丸の意志を胸に、舳丸、重、間切、網問、東
南風、航の六人は、これから希望を持って皆で助け合いながら生きていくことを心に決め
た。
コバルトブルーの風の中、二つの想いは希望という名の火をつけ、広い広い海と空の間を
吹き抜けていった。
END.