ほうき星の見える夜に

ドドドドドド・・・
もう夜も更けて、かなり遅い時間だというのに、忍たま長屋に廊下を走る音が聞こえる。
その足音がある部屋の前で止まると、今度は勢いよく障子を開ける音が響く。
パァ―――ンっ!!
「滝夜叉丸、夜間訓練行くぞ!!」
いきなりの訪問者に部屋の中に居た、滝夜叉丸と綾部はポカーンとしてしまう。
「あー、体育委員長の七松小平太先輩。」
「な、七松先輩?どうしたんですか、こんな時間に。」
「だからー、夜間訓練に行くって言っただろー?」
「で、でも、私、もう風呂も入っちゃいましたし、寝巻きにも着替えて・・・・」
もう寝る準備万端な二人は、制服から寝巻きに着替え、それぞれ自分の武器の手入れをし
ていた。しかし、そんなことは関係ないと、目にも止まらぬ速さで、小平太は滝夜叉丸を
制服に着替えさせ、髪を結わく。
「えっ・・・?」
「よーし、これでオッケー!!それじゃあ、行くぞー、滝夜叉丸―!!」
「ええぇー!?」
いつの間にか着替えらせられ、がっちりと腕を捉えられている滝夜叉丸は、戸惑いつつも
小平太から逃れることが出来ない。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さいよ〜、七松せんぱ・・・・」
「いけいけどんどーん!!」
「いってらっしゃーい。」
あっという間の出来事で、拒否権も与えられず、滝夜叉丸は小平太に連れていかれてしま
う。そんな滝夜叉丸を同室の綾部は飄々とした顔で見送った。

無理矢理連れて来られたにも関わらず、滝夜叉丸は小平太の夜間訓練コースを強制的に走
らされる。体力バカの小平太に合わせて走るのは、半端なく大変で、裏々山の頂上に到着
した時には、滝夜叉丸は泥だらけのヘロヘロになっていた。
「ハァ・・・ハァ・・・せ、先輩、もう無理です・・・」
「うーん、それじゃあちょっと休憩するか。」
滝夜叉丸があまりにもヘロヘロになっているのを見て、小平太は崖の側にある大きな石に
腰かけた。やっと休めると、滝夜叉丸もその隣に腰を下ろす。
(はあー、本当七松先輩の行動は読めないなあ・・・)
いつも自信満々の滝夜叉丸も、さすがに小平太の突拍子のなさと無限に有り余る体力には
ついていけないようだ。夜間訓練なら、同じ六年生との方が絶対足手まといにならないの
にと思いつつ、滝夜叉丸はちらっと小平太の方を見た。
「いやー、今日は晴れてて、月も星も綺麗だなあ。」
「・・・そうですね。」
「あれ?何だか滝夜叉丸不機嫌じゃない?」
「当たり前ですよ。いきなりこんなキツイ訓練に付き合わされて、泥だらけになって。」
少し拗ねた態度を取っている滝夜叉丸も可愛いなあと思いつつ、小平太は滝夜叉丸の頭を
撫でる。そんな小平太の態度にイラっとした滝夜叉丸は、キッと小平太を睨んだ。
「そんな怖い顔するなよ。」
「だって、先輩がっ・・・」
「どうして今日に限って、私がお前を夜間訓練に付き合わせたと思う?」
「えっ?」
いきなりの問いかけに滝夜叉丸は、文句を言おうと思っていた口をつむぐ。どうしてと聞
かれても、そんなことは分かるはずがない。
「いつもの・・・気紛れなんじゃないんですか?」
分からないというのは何だか悔しいので、滝夜叉丸は無愛想にそう答えた。しかし、小平
太はちゃんと意味はあるんだぞという表情で笑っている。
「今日はな、特別な日なんだ。」
思ってもみないことを言ってくる小平太に、滝夜叉丸はドキっとしてしまう。
「特別な・・日・・・?」
「長次から聞いたんだけど、今日は『彗星』というものが見れる日らしいんだ。その『彗
星』という星は、だいたい80年に一度くらいしか見れないらしいぞ。」
「80年に一度・・・・」
「次見られる時にはもう私達はきっと死んでるだろ?だから、今日は絶対見ておかなけれ
ばと思ってな。」
そんなすごいものが見れるのかと、滝夜叉丸は小平太の話に聞き入ってしまう。滝夜叉丸
の機嫌が少しは直ったように感じた小平太は、ニッと笑ってさらに言葉を続けた。
「そんな珍しい星だ。滝夜叉丸と一緒に見たかった。」
「へっ?」
「80年に一度しか見れない星だぞ?どうせだったら、好きな奴と二人で見たいだろ?」
「な、な・・な・・・」
珍しい星だから、好きな奴と二人で見たい。だから自分を誘った。小平太の言葉をそう理
解した滝夜叉丸は、顔を真っ赤にして、口をパクパクさせた。
「そろそろだと思うんだけどなあ。」
そろそろ彗星が見れるはずの時間だと、小平太は夜空をぐるりと見回す。すると、東の空
から西の空に向かって、大きな光の帯が移動しているのが見えた。
「あれだ!!滝夜叉丸、ほら、あれだよ、あれ!!でっかい流れ星みたいな奴!!」
「えっ・・・あ・・・・」
小平太が大はしゃぎで指差す方向を滝夜叉丸は見る。そこには、蒼白い眩しいくらいの光
を放った大きな流れ星のようなものが、確かにあった。
(あれが・・・彗星・・・・)
初めて見るあまりにも明るいその星に、滝夜叉丸は言葉を失う。それは言うなれば、いつ
までも消えることのない巨大な流れ星であった。
「すっげぇ!!彗星ってあんななんだな!!」
「そう・・ですね。」
「何か流れ星みたいだな。あれになら、余裕で三回願い事唱えられるな。」
「ああ、確かに。」
ゆっくりと空を進む星を見つめながら、滝夜叉丸は小平太の言葉に頷いた。自分だったら、
どんな願い事をするだろうと考えていると、隣で小平太が彗星に向かって、何かを叫び出
した。
「私は滝夜叉丸のことが好きだー!!私は滝夜叉丸のことが好きだー!!私は滝夜叉丸の
ことが好きだあ――!!」
「なっ・・・!?」
「滝夜叉丸が私のことを好きになりますように!!滝夜叉丸が私のことを好きになります
ように!!滝夜叉丸が私のことを好きになりますように――!!」
「ちょっ・・・七松先輩っ!!」
願い事というよりは、告白としか言いようのない言葉を聞いて、滝夜叉丸は小平太の袖を
掴む。その顔は、いつもの滝夜叉丸からは想像もつかないほど、羞恥に赤く染まり、困惑
するような表情であった。
「何だよ?滝夜叉丸。ほら、滝夜叉丸も願い事しないと勿体ないぞ。」
「先輩のは願い事じゃないです・・・・」
「えー、そんなことないと思うけどな。」
「・・・・先輩のは、告白ですよ。」
恥ずかしくて小平太の顔が見れないと、うつむきながら滝夜叉丸はそう呟いた。どうして
この人は恥ずかしげもなくそういうことを本人の目の前で言うのだろうと、滝夜叉丸はド
キドキと高鳴る鼓動を抑えられずにいる。
「じゃあ、もし告白だとしたら、滝夜叉丸はどうするんだよ?願い事だったら、別に滝夜
叉丸は何もしなくてもいいんだぞ。私がただ言ってるだけだからな。」
(ずるい・・・)
告白だろうと願い事だろうと、自分を好きだということを聞いたら、何もしないなんてこ
とは出来ない。するりと小平太の服から手を離すと、滝夜叉丸は小さな声でボソボソと呟
いた。
「私だって・・・・」
「えっ?何だ?」
「私だって・・・七松先輩のこと・・・・・き・・なん・・・ですから・・・・」
「聞こえない。もっとハッキリ言って、滝夜叉丸。」
滝夜叉丸が何を言おうとしているか分かっていながら、小平太はそう要求する。もう心臓
が壊れてしまいそうだと思いながら、滝夜叉丸はバッと顔を上げて、その言葉をハッキリ
と言い放つ。
「私も七松先輩のことが好きです・・・!!」
(あー、私はもう何を言っているんだ・・・)
言ってしまったら言ってしまったで、耐えられないほどの恥ずかしさが込み上げてくる。
穴があったら入りたい、そんなことを思っていると、ガバッと小平太にその体を抱きしめ
られた。
「嬉しい、滝夜叉丸。」
「な、七松先輩・・・」
「やっぱ、彗星ってでっかい流れ星なんだな。でかいから、願い事を叶える力も半端ない。
まさか、こんな早く叶うなんて思ってもみなかった。」
「そ、それは・・・・」
「大好きだぞ、滝夜叉丸。」
「・・・・・。」
直接的な言葉を何度も言われ、滝夜叉丸はもうすっかりメロメロになっていた。鼓動が治
まらない。胸がときめく。こんな感覚を味わったのは初めてだと、滝夜叉丸は今自分がど
うすればいいのか、全く分からなくなっていた。
「滝夜叉丸。」
「な、何ですか・・・?」
「ちゅうしていい?」
「っ!!??」
いきなり何を言い出すのかと、滝夜叉丸は驚き、声にならない声を上げる。しかし、小平
太はいたって真面目なようで、真剣な顔で滝夜叉丸の顔をじっと見つめていた。
「ダメか?」
「・・・・い、一回だけなら。」
「やった!!それじゃ・・・」
真剣な小平太に押され、滝夜叉丸はキスをすることを許してしまう。ここまで来たなら、
覚悟を決めようと、ぎゅっと目をつぶり、滝夜叉丸は顔を上げた。
(うわあー、すっげぇ可愛いー。)
滝夜叉丸の可愛さにやられながら、小平太は唇が触れるだけの軽い接吻をする。それだけ
でも、今の小平太にとっては十分満足出来ることであった。
「へへ、ごちそうさま。」
「ごちそうさまって・・・私は食べ物じゃないです!」
「あはは、冗談だって。でも、今、すっごい幸せ。」
「それは・・・よかったですね。」
小平太の放つ一つ一つの言葉にドキドキしてしまうと、滝夜叉丸は再びその頬を赤く染め
る。その後は、何とも言えない甘い雰囲気の中、しばらく夜空を駆ける彗星を観賞し、十
分に満足すると、再び半訓練的な状態で二人は学園に戻っていった。

学園に戻ると、二人は泥だらけになった体を洗い流すために風呂に入り、さっぱりした後
で、それぞれ自分の部屋へと戻る。
(はあ・・・疲れた。)
夜間訓練という名の彗星観賞会は、滝夜叉丸を体力的にも精神的にも疲れさせたが、それ
以上に大きな収穫を与えていた。
バンっ
「あっ、おかえりー。」
「ただいま。」
もっとヘロヘロになって帰ってくると予想していた綾部であったが、意外と普通に戻って
来た滝夜叉丸を見て、不思議に思う。
「どうだった?夜間訓練。」
「ん、ああ。まあ・・・」
何だかはぐらかすような言葉を紡ぐ滝夜叉丸を綾部はさらに怪しいと思う。これは、聞き
出す必要があるなあと、すすっと滝夜叉丸の側に移動した。
「何かあったでしょ?」
「べ、別に何もないっ!!」
「そんなに必死で否定するところを見ると、余計に怪しいなあ。」
「何もないと言ってるだろう!」
「ふーん、そう。・・・正直に言わないと、ここに置いてある戦輪、全部タコ壺の中に捨
ててくるよ。」
無表情のまま、綾部は滝夜叉丸の戦輪の入っている箱を持ち、外に出て行こうとする。そ
れは勘弁と、滝夜叉丸は綾部を止めた。
「わああ、分かった!!分かった!!言うからっ!!」
「初めから素直にそう言えばいいんだよ。」
「全く・・・・」
「で、何があったの?」
今度こそ聞き出せると、綾部は再び同じ質問を繰り返す。何から話せばいいのやらと、滝
夜叉丸はしばらく口ごもっていたが、綾部が再び戦輪の入った箱を人質に取るので、とに
かく思いつくままに話すしかなくなってしまった。
「今日は彗星という星が見れる日らしくてな・・・それを見せるために、先輩は私を連れ
出したのだ。」
「彗星?そんな星があるんだ。それで?」
「彗星というのは、大きな流れ星みたいなもので・・・七松先輩が、願い事と称しながら、
その・・・」
「七松先輩、何言ったの?」
「わ、私のことが・・・好きだと・・・・」
「おやまあ。」
まさか夜間訓練に行って、そんなドラマがあったとはと、綾部は感心してしまう。しかし、
滝夜叉丸が小平太に好意を持っていることは、綾部は前々から気づいていた。
「それで、滝夜叉丸はその告白に返事したの?」
「ま、まあ・・・」
「へぇ、やるねー。それだったらもう両想いじゃないか。」
「そ、そういうことになるな・・・」
改めてそう言われると恥ずかしいと、滝夜叉丸は赤くなる。何だかもうこの後はノロケに
なりそうで、聞こうか聞くまいか迷ったが、綾部はあえて聞くことにした。
「その後は?告白を受けた後は何かあったの?」
「・・・・された。」
「えっ?何?」
「その・・・接吻、された・・・・」
「さっすが、七松先輩。行動力は抜群だね。」
まさかそこまで進んでいるとは思わなかったので、綾部は逆に面白くなってしまう。小平
太絡みになると、ここまで滝夜叉丸の態度が変わるのかと思いながら、綾部は恥ずかしそ
うにうつむいている滝夜叉丸を眺めた。
「なら、よかったじゃない。滝夜叉丸、七松先輩のこと大好きだったもんね。」
「た、確かにそうだが・・・実際そうなるとなかなか恥ずかしいもので・・・・」
「恥ずかしいのなんて、始めだけだよ。ふーん、すっごいいいこと聞いちゃった。これは
いい話のネタになるなあ。」
「ほ、他の奴には言わないでくれよ!」
「んー、どうしよっかなあ。」
「喜八郎っ!!」
「あはは、冗談冗談。じゃ、滝夜叉丸、明日から頑張ってね。」
「は・・・?何を?」
「付き合うんだったら、やっぱり今まで通りじゃダメでしょ?明日も委員会活動はあるわ
けだし。」
「そ、そうか。って、今まで通りじゃダメって、どうすればいいんだ!?」
「それは自分で考えなよ。滝夜叉丸は、学年一優秀な忍たまなんでしょ?」
「ええぇ――!!無理無理!!ちょ、喜八郎、本当どうすればいいか教えてくれ!!」
「私はもう寝るから。おやすみー。」
「そんなあ〜。」
とことんからかった後で満足すると、綾部は早々と自分の床に入って、寝る準備をしてし
まう。綾部の言葉でどうすればいいのか分からなくなった滝夜叉丸は、もんもんと一晩中、
明日から小平太にどう接していけばいいのかを考えるのであった。

                                END.

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