Quarter of Cat 〜その14〜(大好物)

よく晴れた昼下がり、庭の木陰で本を読んでいた跡部のところに宍戸がパタパタと駆け寄
って来た。
「景吾、景吾ー!!」
そのよく聞き慣れた声を聞き、跡部は読んでいた本をパタンと閉じる。そして、駆け寄っ
て来る元気な猫に目を移した。
「どうした、亮?」
「俺、激腹減っちまった。何か食いたい。」
「さっき昼飯食ったばっかだろうが。」
「だって、今まで蝶々追っかけて走り回ってたからさ、エネルギー全消費しちまったんだ
よ。」
確かにさっき宍戸は一匹のアゲハ蝶を見つけ、それを追いかけて走っていくのを跡部は見
かけた。それを今まで追いかけてたのかと思うと、本当に子供っぽいなあと思いつつ、可
愛らしいとも思ってしまう。
「ったく、しょうがねぇなあ。今持って来させるから、ちょっと待ってろ。」
そう言うと、跡部は携帯電話を手にし、屋敷の中にいるメイドに食べ物を持ってくるよう
頼んだ。食べ物が来ると分かった宍戸は、ご機嫌な様子で跡部の隣に腰を下ろし、尻尾で
パタンパタンと地面を叩く。
「なあなあ、景吾。」
「アーン?どうした?」
「飯来て、それ食べたらさ、一緒に遊んでくれよ。」
「遊ぶって、何すんだ?」
「うーん、鬼ごっことか?」
「却下。何で自分ちで鬼ごっこなんてしなくちゃいけねぇんだよ。」
「じゃあじゃあ、かくれんぼ!!」
「二人でやっても面白くねぇだろうが。」
「そんなことねぇと思うけど。」
「とにかくダメだ。」
自分の出す案がことごとく却下され、宍戸はぶすーと不機嫌顔になる。そんな顔も可愛い
と思い、横目で宍戸を見ていると、一人のメイドがバスケットを持ってやってきた。
「景吾様、ご注文の品です。」
「ご苦労。ほら、テメェの餌来たぜ。」
「餌って言うな!!」
「はは、冗談だ。俺はまだ腹減ってねぇから、好きなだけ食えよ。」
「む〜。」
遊んでくれなかったり、餌と言われたり、宍戸にとっては面白くないことばかりだが、メ
イドが持ってきてくれたバスケットのふたを開けてみて、宍戸の表情はパァっと明るくな
った。そこに入っていたのは、宍戸の大好物であるチーズサンドであったのだ。
「うっわあ、激うまそー!!」
「どうせ食うんなら、好きなもんの方がいいだろ?」
「おう!!サンキュー、景吾♪」
さっきまでの不機嫌顔はどこへやら、顔一面に笑顔の花を咲かせ、宍戸はチーズサンドを
口いっぱいに頬張る。跡部の家のコックが作るチーズサンドは、そんじょそこらのチーズ
サンドとは比べ物にならないほど美味である。そんなチーズサンドを食べることが出来、
宍戸はもう上機嫌この上なかった。
「美味いか?」
「おう!!すっげぇうまい!!」
「本当、テメェはチーズサンド好きだよな。」
「だって、うめぇじゃん。パッと食べれてなおかつうまいってこんないいもんないぜ!」
本当に嬉しそうにチーズサンドを食べている宍戸を見て、跡部も何だか嬉しくなってくる。
いつの間にかその顔は、宍戸と同じように笑みがこぼれていた。
「あむ・・・むぐむぐ。」
「そんなに慌てて食わなくても、まだまだいっぱいあるぜ。」
「らって、おいひいから・・・」
「何言ってんだか分かんねぇよ。ちゃんと飲み込んでから話せ。」
ハグハグと夢中になって、チーズサンドを頬張っている宍戸がまるでハムスターかリスみ
たいだと、跡部はクスクスと笑う。そんなふうに思われているとは、全く気づかず、宍戸
は次から次へとバスケットの中にあるチーズサンドに手を伸ばした。そんな宍戸の様子を
跡部はじっと眺めていた。
「景吾も食えよ。うまいぜ。」
別に食べたくて見ていたわけではないが、確かに美味しそうだと跡部は宍戸から、素直に
チーズサンドを受け取った。パクッと一口口に含むと、香り豊かなチーズの味と舌ざわり
のよいパンが口の中で、何とも言えないハーモニーを奏でる。
「確かに美味いな。」
「だよな、だよな!!やっぱ、チーズサンドは最高だぜ!」
最後の一個を手に取ると、宍戸はそれを口に持ってゆく。こんなに美味しいチーズサンド
がお腹いっぱい食べれるなんて、これほど幸せなことはないと、宍戸はその味をじっくり
噛み締めた。
「はあー、激満足!!超満腹〜。」
「本当に全部食べちまったんだな。」
「あんなにおいしかったら食えちまうって。ふあ〜・・・何か、腹いっぱいになったら眠
くなってきちまった・・・」
心ゆくまで大好物のチーズサンドを堪能した宍戸は、木漏れ日の差し込む木の下にゴロン
と横になった。
「食べ終わったら、俺と遊びたかったんじゃねぇのか?」
「うーん・・・そうだったけど、今は眠みぃ。昼寝してから考える・・・」
満腹感から宍戸は激しい睡魔に襲われる。数分もしないうちに、宍戸は跡部の横でスヤス
ヤと気持ちよさそうな寝息を立て始めた。
「こういう自由なとこは本当猫っぽいよな。まあ、こいつの寝顔見ながら読書するっての
も、悪くねぇかもしれねぇな。」
眠っている宍戸の頭を優しく撫でると、跡部は先程まで読んでいた本を再び開き、それを
読み始める。しばらくすると、宍戸がもぞもぞと動き出し、跡部の足を見つけるとその膝
に頭を乗せた。
「う・・ん・・・けーご・・・」
「フッ、本当見てて飽きないぜ。」
宍戸の体温を膝で感じながら、跡部はその穏やかな時間を楽しんだ。

一時間ほどすると、宍戸は目を覚ます。ムクッと起き上がり、目を擦ると大きなあくびを
一つした。
「ふあ〜、よく寝た。」
「人の膝、枕にしやがって。痺れちまっただろうが。」
「えっ、嘘!?ご、ゴメンっ!!」
「嘘だ。膝を枕にしてたのは、本当だがな。別に痺れてなんかいねぇよ。」
「何だよ、それ。」
妙な嘘をつくなと宍戸は膨れっ面になる。コロコロ変わる宍戸の表情に、跡部は惹きつけ
られ、目を離せないでいた。
「それより、どうすんだ?この後。今なら機嫌がいいから一緒に遊んでやってもいいぜ。」
「マジで!?えっと、じゃあ、じゃあ・・・」
何をして遊んでもらおうかと、宍戸は瞳をキラキラと輝かせながら考える。そんな宍戸の
目にふとあるものが留まった。それは、一つのテニスボールであった。
「テニスっ!!景吾、テニスしようぜ!!」
「テニスか。それだったら、別にいいぜ。」
「よっしゃー、じゃあ、早くコート行こうぜ、コート!!」
決まったなら、早速遊ぼうと宍戸はテニスコートに向かって走って行く。こんなちょっと
したことで、はしゃぎまくる宍戸を見て、跡部はまた顔が緩んできてしまう。
「あー、マジでツボだ。可愛すぎだぜ。」
宍戸の一挙一動が可愛くて仕方がない。そんなことを考えながら跡部は宍戸の後を追うよ
うにテニスコートへ向かって歩き出した。

空が赤くなるような時間まで二人は、テニスをして遊んだ。初めはほんの打ち合い程度だ
ったのだが、そのうちどちらも本気になってきてしまう。最後はもうとても遊びとは思え
ないほどの真剣勝負になっていた。
「くそー、やっぱ全然敵わねぇ!!」
「当然だろ?テメェが俺様に勝とうなんて10年早ぇんだよ。」
「う〜、悔しい。」
テニスコートに大の字になって倒れている宍戸のもとまで、跡部は歩いて行き、すっと手
を出した。それを宍戸は不思議そうな顔をして眺める。
「でも、いい試合だっと思うぜ。テメェ、やるたびに強くなってるしな。」
「本当か!?」
「ああ。ほら、さっさと立てよ。もう日も暮れちまう。屋敷に戻ってシャワーでも浴びよ
うぜ。」
試合にはボロ負けしたが、跡部に褒められ宍戸の心は嬉しい気持ちでいっぱいになった。
差し出されている跡部の手を取り、宍戸は体をゆっくり起こす。
「今度は負けねぇからな!」
「何度やっても同じだって。俺だって、練習してるんだぜ?」
「じゃあ、俺はもっともっと練習してやる!!」
「構わねぇが、あんまり無茶なことはすんじゃねぇぞ。」
屋敷に向かって歩きながら、二人はそんな会話を交わす。充実した疲労感と夕方の涼しい
風が運動したことで火照った体を冷やす心地よさ。その何とも言えない満たされた感覚が
二人の気分をこの上なくよくしていた。

テニスで流した汗をシャワーで流し終えると、二人は既に用意されていた夕食を食べた。
今日の献立は、跡部の好物であるローストビーフ・ヨークシャープティング添え。テニス
をしたことで、跡部も宍戸もすっかり空腹になっていたので、用意されていた夕食を残さ
ず綺麗に平らげた。
「ここの料理はどんなのでも超うまいよな!」
「当然だろ。一流のシェフが作ってるんだぜ。」
「でも、ここに来たばっかの時はな、食べたことない料理ばっかで、あんまり好きだって
思えるようなものはなかったんだよ。けど、今は何でもうまいと思うぜ!きっと舌が跡部
と同じ感じになってきたんだな。」
宍戸がこの屋敷に来てからもうだいぶ時間が経っている。もともとそんなに裕福な家庭で
育てられていない宍戸にとって、跡部の家で出される料理は未知の味ばかりであった。初
めはそれに慣れることが出来ず、おいしいと思えないものもいくつかあったが、今ではす
っかりその味に慣れ、どれもがおいしいものと感じるようになった。
「そりゃよかったな。テメェの舌も一流になってきてるってわけか。」
「そんな大袈裟なことじゃねぇと思うけど・・・」
「俺の舌と同じになってるってことはそういうことだぜ?」
「そ、そっか。へへ、ちょっと嬉しいかもー。」
一流などと言われ、少し照れたような様子を見せる宍戸だが、その顔はすぐに笑顔になっ
た。
「もうデザートも食べ終わっただろ?いつまでもここにいても仕方ねぇから部屋に行こう
ぜ。」
「おう。」
出されたデザートもきっちり平らげた二人は、一休みしようと跡部の部屋へと向かう。部
屋に向かうまでの廊下を、二人は話をしながら歩いた。
「今日の夕飯ってさ、景吾の好きな食べ物なんだろ?」
「ああ、そうだ。」
「えっと、何だっけ?ローストビーフ・・・ヨク・・シャ・・・?プリン添え??」
「近いが微妙に違うな。正確には、ローストビーフ・ヨークシャープティング添えだ。」
「うー、何だか舌噛みそうな名前だな。高そうだし。」
「別にそうでもねぇよ。イギリスの伝統的な料理だからな。一般家庭でも作れるぜ。」
一般家庭でも作れると聞いて、宍戸は驚いたような顔をする。跡部が好きな食べ物だとい
うくらいだから、たいそう豪華な料理だと思っていた。
「へぇー、そうなんだ。ちょっと意外かも。」
「何がだ?」
「普通の家でも作れる料理だってこと。跡部が好きだっていうくらいだから、もっとすっ
げぇ料理かと思ってた。」
「まあ、確かに名前だけはそんな感じするけどな。でも、実は違うんだな。」
「ふーん、そっか。俺はチーズサンドの他はミントガムが好きだけどよ、跡部は他に好き
な食べ物ってあんのか?」
あんまりそんなことは考えたことはなかったと、跡部はしばし黙って考える。しかし、こ
れと言って好きだと思う食べ物は思いつかない。
「うーん・・・」
「そんなに悩むことか?」
「いや、だってよ・・・」
うつむいていた顔を上げると、思った以上に近いところに宍戸の顔があり、跡部はドキッ
とする。そんな目の前にある宍戸の顔を見て、ふとさっきの質問の答えが思い浮かんだ。
「あったぜ、亮。もしかしたら、それはローストビーフより好きかもしんねぇってもんが。」
「マジで!?何々!?」
興味津々というような眼差しを宍戸は跡部に向ける。ニッと笑って、跡部は宍戸の真っ黒
な猫耳を食んだ。
「うにゃっ!!」
そして、低音ボイスでゆっくりしっかり囁く。
「テメェだよ、亮。」
「っ!!!???」
その言葉を聞いて、宍戸の顔は真っ赤に染まり、尻尾はぶわっと逆立った。
「なっ・・・あ・・・」
「テメェの味はマジで最高だからな。身体中、どこもかしこも舌ざわりもよくて、ほどよ
い歯ごたえで、特に真っ赤に熟れた実と真っ白なシロップが・・・」
「だーっ!!こんなとこで何言ってやがる!!つーか、人を食べ物みたいに表現すんな!」
あまりに恥ずかしくなるような跡部のセリフに宍戸は思わず怒鳴ってしまう。好きな食べ
物を聞いているのに、どうして自分という答えが返ってくるのか宍戸には全く理解が出来
なかった。
「何だよ?質問に答えてやっただけだぜ。」
「どこがだよ!!激ありえねぇし。」
「今まで気づかなかったな。俺の大好物は宍戸亮だって。大好物だから、あんなに食いた
くなっちまうんだな。」
「アホっ!!何ふざけたこと言って・・・っ!?」
真っ赤になって抗議をしてくる宍戸に、跡部は黙らせるかのようにちゅっと唇にキスをす
る。突然のことで、宍戸は目をパチクリさせながら固まってしまう。
「ほら、超美味い。こりゃもう今夜の夜食決定だな。」
「えっ・・あ・・・?」
「テメェだって、俺に食われんのは嫌じゃねぇんだろ?今だって、全然嫌がってねぇもん
な。」
「い、今のはいきなりすぎるからっ、ちょっと固まっちまっただけだ!!」
「ほぅ。で、テメェは自分が俺の大好物だって言われて嬉しいのか?それとも嫌なのか?」
論点が違うと思いつつも、それを指摘出来るほど、今の宍戸の頭は働いていない。とりあ
えず、跡部に聞かれて質問に何て答えるかを考えるのに精一杯だった。
「い・・・嫌じゃねぇ。」
「もっとハッキリ分かりやすく言え。つまり、それはどういうことだ?」
「景吾の大好物だって言われて・・・嬉しい・・・」
誘導尋問のようになっているが、そう思っているからこそ、そんなふうに答えてしまう。
言った後で恥ずかしくなり、宍戸はバタバタと走って跡部の部屋に逃げ込んだ。
「あっ、おいっ!!」
そんな宍戸の行動に一瞬唖然としてしまう跡部だが、すぐに気を取り直して、宍戸の後を
追いかけた。部屋に入ると、宍戸は跡部のベッドで布団をかぶり、顔を隠すかのように丸
まっていた。
「なーに、してんだよ?」
「ま、まだ夜食食べるには早い時間だぞ!」
「まだ、食べねぇよ。さっき飯食ったばっかじゃねぇか。」
だったら大丈夫だろうと、宍戸は顔を上げ、体を起こす。しかし、跡部の顔を見た瞬間、
また急激に恥ずかしくなり、布団で顔を隠してしまった。
「ほら、顔隠してねぇでちゃんと見せろ。」
「だ、だって・・・・」
「何そんなに恥ずかしがってんだよ?今更だろ?」
「そうだけどよぉ・・・」
なかなか顔を見せてくれない宍戸の手から半ば強制的に布団を剥ぎ取り、跡部は無理矢理
自分の目の前に宍戸の顔を晒した。
「あっ!」
「別に隠すような顔じゃないぜ。リンゴみてぇに赤く染まった可愛い猫の顔だ。」
「あうぅ・・・」
「俺様はテメェのどんな顔も好きなんだ。隠すなんてそんなもったいねぇことするんじゃ
ねぇ。」
どんな顔も好きだと言われ、宍戸は恥ずかしさから若干潤んでる目で跡部の顔を見つめる。
その表情も跡部にとってはたまらなく可愛いと思える表情であった。
「そんな目で見つめられるとよ・・・」
「えっ?」
「早く夜食が食べたくなってきちまうんだけど。」
「ま、まだ早いだろ・・・?」
「じゃあ、せめて少し味見するくらいさせろよ。」
「・・・どういう意味だ?」
「こういうことだ。」
そんなことを言いながら、跡部は宍戸をぎゅっと抱きしめ、さっきしたよりも深いキスを
宍戸に施す。これが味見かと驚きつつも、そうされるのが嫌ではない宍戸は自らも跡部の
背中に腕を回した。十分に宍戸の舌を味わうと跡部は宍戸の唇から自分の唇は離し、ふっ
と笑ってとある言葉を呟いた。
「やっぱ、テメェの味は最高だぜ。すっげぇ美味い。」
「そんなに俺のこと、食いてぇのか?」
「ああ。大好物だからな。」
またそれかと思いつつ、そこまでハッキリ言われると何だかもうどうでもよくなってきて
しまう。
「だったら残さず食えよ。こんな豪華な夜食、他には絶対ないんだからな!」
もう跡部の好きにさせてやれと、宍戸は思いきってそんなことを言う。それを聞いて、跡
部は不敵に笑って、もう一度宍戸に熱いキスをした。
「最高のご馳走だぜ。こんなに美味そうな夜食が目の前にあるんだ。じっくり時間をかけ
て、満足するまで楽しませてもらうからな。」
そんな跡部の言葉に宍戸は頷き、跡部にぎゅっと抱きついた。本当に夢中にさせるような
ことばかりしてくれると、思いきり顔を緩ませて、跡部は本日2度目の晩餐をじっくり楽
しもうと心に決めるのであった。

                                END.

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