犬好き・猫好き

「よし、今日の練習はこれで終わりだ。一年はボールの片付け、二年はコート整備、三年
は部室が混乱する前にさっさと帰れ。」
ただいまは部活終わり、跡部の一声で練習していたメンバーはピタっと練習を止め、片付
けに入った。
「あー、終わった終わった。」
「早よ着替えてどこかに寄って行かへん?」
「おっ、いいな。じゃあ、さっさと帰ろうぜ。」
岳人と忍足は跡部の指示通り、部室の方へさっさと帰って行った。人数が多いので、ボー
ルの片付けもコート整備もあっという間に終わってしまい、ほどなくして、一年や二年も
部室へと帰ってゆく。
「跡部。」
「どうした?宍戸。」
「俺、もうちょっと練習していきたいんだけど、いいか?」
「本当はダメだと言いたいところだが、向上心があるのは悪いことじゃねぇ。今日は俺様
が直々に練習に付き合ってやるよ。」
「マジで!?跡部がそんなこと言ってくれるなんて珍しいー。」
「珍しいは余計だ。滝、お前、審判やれ。」
まだ練習がしたいという宍戸に跡部は付き合ってやることにした。今日は何だかそういう
気分なのだ。試合形式で練習がした方がいいと跡部は滝に審判を頼む。
「はあ!?何で俺が!?早く帰りたいんだけど。」
「あーん?文句があるなら明日監督に・・・」
準レギュからも外してやるぞという脅しをかけつつ、跡部は滝に無理矢理審判をやらせよ
うとする。
「分かったよ!全く本当横暴だよね。今日は長太郎と一緒に帰る約束してたのにー。」
ぶつぶつと文句を言いながら、滝は審判台に座った。それを確認すると跡部と宍戸は早速
部活後練習を開始する。

一方、ここはレギュラー部員の部室。さっさと着替えを済ませてしまった岳人と忍足はも
う帰る気満々だ。
「よーし、帰る準備完了!侑士、帰ろうぜ!!」
「せやな。それじゃ、お疲れさん。」
今この部室に残っているメンバーにあいさつをすると二人はさっさと帰って行ってしまっ
た。二人が帰って、今ここにいるメンバーは、ジローと樺地と鳳と日吉だ。
「ジロー先輩、また寝てるね。」
「樺地、跡部部長はどうした?」
「宍戸さんの・・・練習に付き合うみたいです。」
「じゃあ、滝さんも練習に付き合ってるってことかなあ。」
「たぶん・・・」
「ふあ〜・・・あれ?何?もう部活終わったの?」
「終わりましたよ。いつまで寝てるんですか、芥川先輩。」
二年生メンバーが話をしているとジローは目を覚ます。そんなジローにちょっとキツめの
一言を日吉は発するがジローは全く動じない。それどころか、今跡部がここにいないこと
に気づき、樺地を自分が連れて帰ってしまおうと悪戯っ子のように目論み始めた。
「おりょ?もしかして、跡部今いない?」
「宍戸さんの練習に付き合ってます。」
「なら、俺、今日樺地と帰ろー!な、樺地、いいよな?」
「ウ、ウス。」
宍戸の練習はいつ終わるか分からないので、正直なところ樺地は何もせずにここで待って
いたくはなかった。しかも、久しぶりにジローと二人で帰れるのだ。ちょっと戸惑いつつ
も、樺地はジローの誘いに応じた。
「よーし、じゃあ、さっさと着替えて帰ろーっと。樺地、ちょっと待っててくれよな!」
「ウス。」
「さてと、俺も帰るか。鳳、お前はどうするんだ?」
「俺は滝さんを待ってるよ。一緒に帰る約束してるから。」
「お前が人を待ってるってなると、忠犬ハチ公って感じだよな。」
ちょっとしたからかいを含んだような口調で日吉はそんなことを言う。それはピッタリだ
と日吉の言葉に便乗したのはジローだった。
「確かにピッタリかもー。鳳って、雰囲気犬って感じだもんなあ。」
「ウス。」
樺地までも頷くので、鳳は文句を言おうと思ったが言えなくなってしまった。そんなに自
分は犬っぽいかなあと考えつつ、ポスンとソファに座る。
「じゃあな。ハチ公。」
「バイバイ、鳳〜。」
「お疲れ様・・・」
三人が出て行ってしまうと、鳳はさっき言われたことを頭の中で繰り返す。
「うーん、俺ってそんなに犬っぽいかなあ・・・」
そんなことを考えているうちに、何だか眠くなってきてしまった。滝が来るまで少しだけ
寝ていようと靴を脱いで、ソファの上に横になる。練習の疲れや軽い寝不足から、鳳はあ
っという間に夢の中に落ちていった。

「はあー、疲れたー!!跡部、お前の練習厳しすぎだ!」
「あーん?せっかく練習に付き合ってやったのに、何だその言い草は?感謝するのが筋っ
てもんだろ。」
「そうだよ。俺なんて、関係ないのにこんな時間まで付き合わされてさ。」
あれから二時間ほど、宍戸は跡部相手の特訓を受けた。当然日はとうに暮れていて、辺り
は夕闇に染まっている。
「長太郎、もう帰っちゃっただろうなあ。」
「そりゃそうだろ。いくら長太郎でも、二時間も待たされたら・・・」
そんなことを話しながら、三人はロッカールームに入る。そこにはすやすやと気持ちよさ
そうな寝息を立てて、鳳がソファでぐっすり眠っていた。
「いるし。」
「いつ寝たかは分からねぇが、だいぶ待ってたのは間違えねぇな。」
「てか、ジローみてぇ。珍しいよなあ、長太郎が部室でこんなに爆睡してるなんて。」
くすくす笑いながら、そんなことを言う宍戸とは対照的に、滝は大慌て。待たせすぎたと
申し訳なさそうな表情で、鳳を起こしにかかる。
「長太郎、長太郎。」
「ん・・・あれ?」
「ゴメンねー、すごく待ったよね?」
寝起きの鳳は今の状況がすぐには理解出来ない。今まで自分は何をしていたのか、それ以
前にここがどこであるかさえも把握しきれていないのだ。
「滝・・・さん?」
「長太郎、よくこんなに待ってたよな。」
「まるで、忠犬ハチ公だな。」
宍戸と跡部を見て、ここが部室であることを理解し、跡部の言葉から自分が滝を待ってい
たのだということを思い出した。
「あっ!俺、もしかして寝てました?」
「ああ、ジローみたいにぐっすり眠ってたぜ。」
「宍戸と跡部が、こんな時間まで練習に付き合わせるからさ、遅くなっちゃった。本当に
ゴメンね。」
「いえ、部室帰って、忍足先輩や日吉達が帰っちゃった後、すぐに眠っちゃったんで、あ
んまり待ったって感じしてませんから大丈夫です。」
「そっか。よかったー。」
確かに眠っていたら二時間なんてあっという間であろう。それなら少しは安心だと滝はホ
ッと胸を撫で下ろし、制服に着替え始めた。跡部や宍戸もそれに便乗するように着替え始
める。
「そういや、宍戸。さっき派手に転んでたが、大丈夫なのか?」
「あー?ちょっと肘と膝擦り剥いてるぐらいだから、別に大したことねぇよ。」
着替えをしつつ、跡部は宍戸のことをちらっと見た。ポロシャツを脱いだ宍戸の腕はどう
見ても、血の流れた跡がついている。跡どころか、いまだに肘の傷口からはじわじわと血
が滲み、腕を赤く汚している。
「それのどこが大したことねぇって?まだ血出てるじゃねぇか。」
「こんなもんほっときゃ、勝手に止まる。」
別にそんなに痛くないしと、平然としている宍戸だったが、跡部としては納得がいかなか
った。まだ着替え途中にも関わらず、そのままの状態で腕を引き、一人がけのソファに座
らせる。
「な、何だよ!?」
「俺の練習でこうなったんだからな。俺が責任持って手当てしてやるよ。」
「べ、別にそんなのいいって!!」
宍戸が断るのに耳を貸さず、跡部は救急箱を取り出し、手当てをし始めた。まさか跡部が
こんなことをするとは思っていなかったので、滝と鳳は唖然としながらその光景を眺める。
「ただの擦り傷だと思って油断してんと、化膿して肘も膝も動かせなくなるぜ。」
「そこまで大袈裟なケガじゃねぇよ。」
「こんなに血流しといて何言ってんだよ、バーカ。」
ひどく見えるのは見かけだけだと言いたかったが、跡部がそんな悪態をつきながらも優し
く手当てをしてくれているので、宍戸はそれ以上は何も言わないでいた。
「跡部ってさぁ、やっぱり宍戸には甘いよね。」
「別にそんなこと・・・・」
宍戸が照れからそんなことはないと言おうとした瞬間、跡部の言葉に遮られる。
「だから何だよ?自分の好きな奴を大事にしてぇと思うのは当然のことだろ。」
「なっ!?」
「別に悪いなんて言ってないじゃん。ただそう思ったから言ってみただけ。」
跡部の返しに滝も鳳も驚いたが、一番驚いたのは宍戸であった。今の言葉で真っ赤になり、
ふしゅ〜と顔から湯気を出しているかのようにうつむく。本当バカップルだよなあと思い
ながら、滝と鳳は顔を見合わせて笑った。
「よし、出来たぜ。」
「・・・サンキュー。」
手当てをしてもらったことには一応お礼を言う。しかし、さっきの恥ずかしさが抜けず、
宍戸はしばらくうつむいたまま、顔の熱がおさまるのを待たなければならなかった。
「本当、見せつけてくれるよね。」
「見てるこっちが恥ずかしくなっちゃいますよ。」
「ウ、ウルセー!てか、テメェらさっさと帰れよ!!」
「だって、跡部。宍戸は跡部と二人きりになりたいみたいだね。」
「違ぇーよ!!」
「俺様は大歓迎だぜ、宍戸。」
「違うって言ってんだろ!!」
滝と跡部のからかいに宍戸は必死で反論する。そんな様子を見て、鳳は声を立てて笑った。
恥ずかしさからか、乱暴にロッカーを開け、宍戸は着替えの続きを始める。そんな楽しい
ノリもしばらく経つと、また落ち着いてしまう。全員が着替え終わったころには、はしゃ
ぎ始める前のいつも通りの雰囲気に戻っていた。
「さてと、戸締りもちゃんとしたし、オッケーかな。」
「大丈夫だと思います。」
「よし、じゃあ帰るか。ハチ公もだいぶ滝のこと待ってたみたいだしな。」
再びハチ公と言われ、鳳はうーんと首を傾げる。絶対合わせているわけがないのに、違う
人に全く同じことを言われるのだ。やっぱり自分は犬に似ているのかなあと思わざるをえ
ない。
「あの・・・俺って、そんなに犬っぽいですか?それ、日吉にも言われたんですよ。」
そんなことを尋ねてくる表情も、子犬のような雰囲気がある。三人は顔を見合わせて、ほ
とんど同時に頷いた。
「長太郎は、どう考えても犬だよな?」
「そこまで犬って断定するのは可哀想でしょ。でも、雰囲気は確かに猫というよりは犬だ
よね。」
「宍戸は猫みてぇだけど、お前は犬だろ。」
この三人に言われれば、そうなのかと納得するしかない。自分ではそれほど意識していな
かったため、何となく不思議な気分になる。あんまりいい感じの顔をしていない鳳の顔を
見て、滝は心配そうに尋ねる。
「犬って言われるの嫌?」
「別にそういうわけじゃないんです。ただ、今日はみんなに言われるからどうなのかなあ
と思って。」
「だったら、別に問題はないんじゃねぇ?俺なんか、何かあれば、こいつに猫だ猫だって
言われるぜ。」
「宍戸は俺から見ても猫っぽいと思うよ。自分で自覚してないの?」
「うーん、ちょっとはそういう面はあるかもしれねぇけど・・・」
「別に犬でも猫でもどっちでもいいじゃねぇか。問題点は、俺や滝がお前らを好きかどう
かってことじゃねぇの?」
確かにそうだとそこにいた三人は頷く。犬っぽいとか猫っぽいはあくまでもイメージなの
だ。それがどっちであれ、自分の好きな人がその部分を好いていてくれるなら何の問題も
ない。
「じゃあ、跡部は俺のこと猫だ猫だ、言ってるけどどうなんだよ?」
「あーん?そんなの決まってるじゃねぇか。俺は猫が大好きだぜ。特に勝気で負けず嫌い
で、でも、甘えん坊な猫がな。」
「それ、まんま宍戸じゃん。」
「滝さんは・・・どうなんですか?」
「もちろん犬は好きだよ。今みたいに俺のことをずっと待っててくれる忠犬ハチ公みたい
な犬がね。」
「そっちだって、まんま鳳のこと言ってるじゃねぇか。」
それぞれ猫や犬としか言っていないが、誰が聞いてもそれはお互いのパートナーのことを
指しているのは分かる。そんな例えを使った分かりやすい告白に、宍戸と鳳は照れながら
も、嬉しそうに笑う。つられて、跡部や滝も笑顔になった。
「まあ、テメェがそんなに猫っぽい俺が好きだっつーんなら、たまにはそれっぽく振る舞
ってやるよ。」
「別にわざわざ振る舞わなくてもお前は十分猫っぽいぜ。」
「俺も忠犬ハチ公でいいです。そのかわり、絶対俺のところに帰ってきてくださいね。」
「あたりまえじゃない。俺はハチ公の飼い主みたいに、ずっと帰ってこないなんてことは
しないよ。今日だって、俺がしたくて遅くなったわけじゃないしね。」
他の動物に例えられるのは、いい場合と嫌な場合があるが、宍戸と鳳、この二人において
は、かなりいい場合であるようだ。そんな会話をして、どちらのペアともいい雰囲気にな
ると、跡部が鞄を持ってとあることを提案した。
「もうかなり遅いし、みんなで飯でも食ってくか?」
「何?跡部の奢り?」
「んなわけねーだろ、バーカ。でもまあ、次の休み俺んちに泊まりにくるっていうなら考
えてやらなくもないぜ。」
「何だよそれー?」
「長太郎の分は俺が奢るよ。今日はかなり待たせちゃったしね。」
「えっ、いいですよ。悪いですし。」
「いいのいいの。それぐらいはさせてよ。」
鳳が滝に奢ってもらえるというのを聞いて、宍戸はうらやましいと思ってしまう。自分も
何とか跡部に奢ってもらおうと子供っぽくオネダリをする。
「なあ、跡部ー、俺も奢って欲しいー。」
「ガキかテメェは。」
「なあ、お願い。」
そこまでねだられると、跡部も根負けしてしまう。別にお金がないわけではないので、一
食くらい奢ってやってもいいだろうと頷く。
「仕方ねぇなあ。この借りは次の休みにしっかり返してもらうぜ。」
「よっしゃー!それじゃ、早く食べに行こうぜ!!俺、腹減って仕方ねぇよ。」
「そうだね。部活終わってからだいぶ経ってるし。」
「俺もお腹空いちゃいました。」
育ち盛りの中学生。どんなにラブラブな雰囲気になってもお腹は空くようだ。既に星が輝
き始めている夜空の下を、四人は夕飯を目指し歩くのであった。

                                END.

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