晴れた休日、跡部は庭を散歩していた。少し離れた場所で宍戸はマルガレーテと仲良く遊
んでいる。跡部がふと宍戸の方に目をやると、パタパタとマルガレータを連れて走って来
る。
「景吾ー。」
「ワンワン!!」
「どうした?」
跡部のもとまで来ると、宍戸はマルガレーテの伝えたいことを代わりに伝える。
「マルガレーテがな、腹減ったって。」
「ワン!」
「そうか。・・・そういえば、今日はまだ餌をやっていなかったな。悪いな、マルガレー
テ。すぐに用意させるから、一緒に屋敷に戻るか。」
「ワンワン!」
「よかったな、俺も遊んでたら腹減ってきちまったなー。」
「なら、お前の分も用意してやるよ。」
宍戸とマルガレーテを連れて、跡部は屋敷の中に戻る。マルガレータにはドッグフードを
宍戸には焼き菓子を渡し、自分も椅子に座って紅茶を飲み始める。宍戸は跡部と向かい合
わせに座りながら、マルガレーテに話しかける。
「よかったな、マルガレーテ。」
「ワン!」
「そのドッグフードやっぱり高いんだろ?美味いのか?」
「ワンワン!!」
「そっかぁ。ちょっと気になるけど、俺は四分の一は猫だし、基本味覚は人間だからなあ。」
「ワン、ワン?」
「俺が食べてるやつ?ああ、かなり美味いぜ!ただ、マルガレーテは食べれないかもしれ
ないけどな。」
「クーン・・・」
残念そうな顔をするマルガレーテの頭をくしゃっと撫でる。何気なくそんな光景を見てい
た跡部であったが、ふとあることに気づく。宍戸とマルガレーテのやりとりは、ただ宍戸
が一方的に話しかけているわけではない。あたかも会話をしているように見えるのだ。
「なあ、亮。」
「ん?何だ?」
「お前、もしかしてマルガレーテの言葉分かるのか?」
この間、迷子の子猫を拾った際は、確かその子猫と会話をしており、猫の言葉は理解出来
ると言っていた。もしかして、犬の言葉も分かるのではないかと、跡部はそんなことを尋
ねた。
「ああ、分かるぜ。な、マルガレーテ。」
「ワン!!」
「猫の言葉だけじゃなくて、犬の言葉も分かるのか。そりゃすげぇな。」
「ちなみに、エリザベートとかとも話出来るぜ。あーでも、さすがにカブトムシとは無理
かも。動物はだいたいいけるんだけどな。」
まさかそんなにたくさんの動物の言葉が理解出来ているとは思っていなかったので、跡部
は感心する。そのことを知って、跡部はあることを宍戸に聞いてみたくなった。
「ならよ、マルガレーテとかエリザベートとかが俺のことどう思ってるかとかも聞けるの
か?」
「全然余裕だけど。何だよ?そんなこと気にしてんのか?」
「動物飼ってりゃ、誰だって知りたいと思うことだろ。まあ、好かれてねぇってことはな
いと思うけどよ。」
いつも可愛がっているペット達が自分のことをどう思っているのかが気になり、跡部はそ
んなことを尋ねる。他の動物達と話をするときには、やはりそういう話題になるので、あ
る程度どういうふうに思っているか、宍戸は知っていた。しかし、あえてすぐ近くにいる
マルガレーテにそのことに関して尋ねてみる。
「今の聞いてたろ?景吾のことどう思うか教えてくれよ。」
「ワン!ワンワン!ワンワンワン!!」
「ははは、やっぱそうだよな。」
「何だって?」
「大好きに決まってるでしょだって。景吾はすごく優しくて、ここに住んでる動物達はみ
んな景吾のこと好きだって言ってるぜ。」
「マルガレーテが本当にそう言ってるのか?」
「ああ。本当だぜ。」
動物は大好きでも、さすがに言葉までは理解出来ないので、跡部はほんの少し信じられな
いといったニュアンスでそう口にする。しかし、マルガレーテの言っていることは紛れも
なく本当なのだ。ここで嘘ついても仕方ないだろという口調で、宍戸はそう返した。
「てか、景吾はホーント動物には甘々なんだな。俺に対しては、そうでもねぇのに。」
「あーん?そんなことはねぇだろ。だいぶお前も甘やかしてるつもりだぜ?」
「だって、マルガレーテとかエリザベートとかの話聞いてるとそう思わざるを得ないぜ。
話しかけ方もすっごく優しい口調だって言ってるしよ。」
「そこまででもねぇと思うけど。つーか、みんな俺様のこと大好きだっつーと、お前、結
構ヤキモチ焼かれてんじゃねぇの?」
宍戸はほとんど人間と変わらないので、明らかに他のペット達とは扱いが異なっている。
特別扱いを受けているようにも見える宍戸にヤキモチを焼いたりしないのかと、跡部は気
になった。そのことについても、宍戸はマルガレーテに尋ねてみる。
「確かに俺は今みたいに、景吾と喋れるし、お前らに比べて一緒に居られる機会は多いと
思うんだけど、そのへんはどう思ってんの?まあ、この屋敷にいる長さで言えば、お前達
のがよっぽどなんだろうけどさ。」
「ワン、ワンワン。ワンワン、ワン!」
「へっ!?マジで?えっ、何でそんな・・・・」
「ワン、ワン!ワンワンワン。ワンっ!」
「そ、そっか。つーか、みんなそんなふうに思ってんの?」
「ワンっ!!」
マルガレーテの話を聞いて、何となく赤くなっている宍戸に、マルガレーテが何と答えた
のかと跡部は尋ねる。
「ヤキモチ焼かれてるって?」
「いや、全然そんなことはないってよ。」
「ほう。どうしてだ?」
「お前が本当ペット達に愛されてるからって感じかな。」
何となくニュアンスだけを伝え、宍戸はマルガレーテに聞いた話を跡部に詳しく教えなか
った。しかし、宍戸の様子を見て、それだけではないと気づく。
「俺がペット達に愛されてるってのはどういうことだ?」
「そ、そのまんまだぜ。」
「あんだけ話しといてそれだけなわけねぇだろ。何か隠してるな?」
「か、隠してなんか・・・うにゃっ!?」
宍戸がなかなか教えてくれないので、跡部は宍戸の尻尾をぎゅっと握った。尻尾は宍戸に
とってかなり敏感なところなので、ぷるぷるとしながら跡部の手を剥がそうとするが、力
が抜けてしまって全く剥がすことが出来なかった。
「尻尾・・・握るなよぉ。」
「ちゃーんと教えてくれたら、離してやるぜ。」
「話してるじゃんか。」
「部分的にだろ。ほら、言わないとこうだぜ。」
「にゃあぁっ!!やっ・・・やめっ・・・」
尻尾を握られ、宍戸はにゃあにゃあと悲鳴を上げる。それを見ていたマルガレーテは跡部
が宍戸をいじめていると思い、跡部の腕に鼻先を押しつけ一喝するように吠える。
「ワンワン!!」
「マルガレーテもいじめるなって言ってるぞ!」
「あーん?これはいじめてるんじゃねぇよ。可愛がってやってるんだ。なあ?」
「にゃあんっ!!わ、分かった。ちゃんと言うから、言うからぁ!!」
これ以上尻尾を弄られるのは勘弁と、宍戸は先程マルガレーテに聞いたことを素直に跡部
に話すことにする。尻尾を弄られていたのと、これから言おうとしていることが恥ずかし
くて宍戸の顔は真っ赤に染まっている。
「マルガレーテが言うには、俺と一緒に何かをしてる景吾の顔は自分達といるときとは比
べ物にならないくらいイキイキしてて、幸せそうなんだってよ。私達ペットはご主人様が
幸せそうにしてるなら、それ以上のことはないって感じだから、そんな景吾を見てると嬉
しくなるんだって言ってたぜ。」
「本当か?マルガレーテ。」
「ワン!」
跡部の問いにもマルガレーテは頷くかのような返事をする。さすがにこれは跡部にも分か
った。
「なるほどな。俺様が亮と一緒に居て楽しそうにしてるから、お前達も楽しくなるわけか。
下手に嫉妬深い人間よりよっぽどいい子じゃねぇか。」
「それは同感だな。せっかく同じ屋敷に住んでるんだから、他のペットとも仲良くしてぇ
もん。嫌われてなくてよかったぜ。」
「そうだな。マルガレーテの気持ちも分かったことだし・・・・」
そう言いながら、跡部は宍戸の腕を引き、ぐいっと自分の方へ引き寄せた。そして、宍戸
が逃げられないくらい強い力で宍戸の体を抱きしめる。
「わわっ、ちょっ・・・景吾!」
「マルガレーテ達は俺達が仲良くしてるのが嬉しいんだろ?だったら、仲良いところを見
せてやろうぜ。」
「べ、別に今じゃなくていいだろ!」
「何だよ?俺様と仲良くするのが嫌だってのか?」
「そんなこと言ってねぇだろ!マルガレーテが見てる前だと恥ずかしいんだよ!!」
宍戸にとっては、犬であっても会話が出来る点で人前でしているのと大して変わらない。
それが恥ずかしくて、跡部の腕から逃れようと軽く暴れる。
「こら、暴れんじゃねーよ。」
「うー、だって・・・」
真っ赤になっている宍戸の頭にポスっと手を置き、跡部は優しく撫でてやる。猫の要素が
入っている宍戸は、そうされることでどうしようもなく気持ちよくなってしまう。先程ま
で嫌がっていた態度を一変させ、宍戸はピタリと大人しくなった。
「大人しくなったな、いい子だぜ。」
「・・・・今のもう一回しろよ。」
「今のってのはどれのことだ。」
「頭。」
撫でろとは言わず、宍戸は一単語だけで自分のして欲しいことを跡部に伝えようとする。
もちろん跡部は宍戸のして欲しいと思っていることを理解している。先程と同じようにゆ
っくりと頭を撫でてやると、甘えたような表情で宍戸は跡部にその体を寄りかからせた。
「こういうところは本当猫みてぇだよな。」
「だって、四分の一は猫だもんよ。」
「まあ、いい。お前が素直に甘えてくれるのは俺にとってはかなり嬉しいことだからな。」
猫をあやすように跡部は宍戸のいろいろなところを撫でる。尻尾を握ったときとは全く違
う跡部の優しい愛撫に宍戸はすっかり落ちていた。
(なんかもうマルガレーテに見られてても、どうでもよくなって来ちまった。)
「景吾・・・」
「どうした?」
「もっと。」
「もっと撫でろって?」
「おう。」
「はは、すっかり猫モードだな。いいぜ、テメェが満足するまで撫でてやるよ。」
宍戸を撫でながら、嬉しそうな表情を浮かべる跡部に、跡部に撫でられ、実に気持ちよさ
そうな顔をしている宍戸。やっぱりこの二人が仲良くしているのを見るのは気分がいいな
あと思いつつ、マルガレーテはゆっくり尻尾を振る。そして、二人が仲良くじゃれ合って
いるのを邪魔しないように、マルガレーテは黙って二人の様子をしばらくの間眺めるので
あった。
END.