久々に部活がオフになった日。氷帝テニス部メンバーの何人かはファーストフード店に来
ていた。たまにはこういうふうなことも大事だろうと珍しく跡部が提案したのだ。しかし、
所用や何かで来れないというメンバーもいたので、今ここに来ているメンバーは6人。跡
部、宍戸、岳人、忍足、滝、鳳の6人だ。
「あー、たまにはこういうふうにみんなでハンバーガー食べるのもいいねぇ。」
「ちょっと席占領しすぎですけどね。」
「気にすんなって。ほら、ポテトでも食っとけ。」
6人という大人数で来ているため、かなり広範囲の席をこのメンバーだけで占領すること
になる。しかし、そんなのは全くお構いなしとそれぞれが買った品物をテーブルの上に並
べ、楽しげに世間話を始めた。
「そういえばさぁ。」
一番初めに口を開いたのは滝だった。他のメンバーは滝に注目する。
「今日の朝、学校来るときね、俺、痴漢にあっちゃった。」
普通の女子生徒だったらこれは大きな問題として話されるが、滝はれっきとした男の子。
こんな話題も話を盛り上げるための一つになる。
「マジで?」
「うん。結構バスが混んでてさ、顔はよく分からなかったんだけど完璧に俺のしりを触っ
てたね。」
「大丈夫だったんですか?」
心配そうに尋ねるのは鳳だ。そりゃ、自分の好きな人が痴漢にあったと聞けば心配するの
も当然のことであろう。しかし、滝は笑って返す。
「別に俺は女の子じゃないからね。それほど気にはしないんだけど、何かむかついたから
その手を思いっきりつねってやった。」
「へぇ、滝は随分寛容なんだな。」
「どういうこと?」
「俺もさぁ、髪が長かった時よく女と間違えられてやっぱり痴漢とかにあうことが多かっ
たんだけど、そういう奴にはみぞおちに一発食らわせてやってたぜ。」
ポテトをパクパクと食べながら、宍戸は飄々と話す。それは可哀想だよと滝は苦笑した。
「だって、間違える方が悪ぃんだろ。ちゃんと男子の制服着てるのによぉ。」
「だよねー。忍足とか岳人は痴漢にあったことってある?」
「俺はないなあ。自分らはそんなに身長も大きくないから女に見えるかもしれんけど、俺
は一応180近くあるからな。さすがに制服着てたら女とは間違われへんやろ。」
「岳人は?」
「俺もないぜ。だいたいいつも侑士と一緒だし、俺、バスとか電車乗っててもしゃべりま
くってるからね。声で男って気づくみたい。」
「そっか。」
女に間違われそうなメンバーはこのくらいだろう。跡部はどう見ても女に見えることはな
いし、鳳もあの容姿からは女に間違われるというのはありえないことだ。
「でもさ、俺が痴漢されるのは別にどうってことないけど、もし仮に長太郎が痴漢された
りしたら俺は許せないなあ。」
シェイクを飲みつつ、滝はそんなことをポツリと漏らす。
「ねぇ、跡部。宍戸の痴漢の話聞いて一気に不機嫌顔になってるもんねー。」
「あーん?別にそんなことねぇよ。」
「確かに俺も侑士が痴漢にあったら許せねぇかも。」
自分があうのとパートナーがあうのとでは、全然感じ方が違うと攻メンバーは妙なところ
で意見が一致する。
「でも、俺はこの容姿なんで、痴漢なんかには絶対あわないですよ。」
「分かんないよ。長太郎、すごく可愛いし。もしもってこともあるじゃん。」
絶対にあわないと断言する鳳だが、鳳の可愛さを知り尽くしている滝としてはあわないと
いうことは断言出来ない。そんなことを言い出す滝に半ば呆れつつも他のメンバーはその
話をおもしろがって聞いている。
「じゃあ、仮にですよ。もし俺が滝さんみたいに痴漢にあったって話したら、滝さんはど
うするんですか?」
「そんなの決まってんじゃん。」
『犯人見つけて半殺し、だろ?』
こう答えたのは、跡部と岳人だった。思っていたことを正確に当てられてしまい滝はきょ
とんとした顔をする。
「何で俺の言うこと分かったの?」
「そりゃなあ・・・」
「なあ、跡部。」
跡部と岳人は顔を見合わせて笑った。これはもし宍戸や忍足が今痴漢にあったとしたら自
分がどうするかをそのまま言葉にしただけだ。
「何で自分があったときはつねるだけなのに、俺があったときは半殺しなんですか?」
純粋無垢な思考の鳳はその観点が分からない。それこそ犯人が可哀想だと首を傾げて滝に
尋ねる。
「だって、俺、長太郎のことホントに好きだもん。好きな人が痴漢にあったりなんかした
らその犯人を半殺しくらいにしたくなるのは当然でしょ。長太郎に触っていいのは俺だけ。」
「滝は独占欲が強いからなぁ。」
「じゃあ、もし、犯人が見つからなかったらどうするんですか?」
「もし、見つからなかったらかぁ・・・・」
滝はしばらく考える。当然この質問の答えを他のメンバーは分かっていた。分かっていた
というより、自分ならこうするという意見がそろっているだけだ。それは跡部や岳人だけ
でなく、忍足や宍戸も考えつくことであった。
「忍足、岳人だったら何て言うと思う?」
「宍戸こそ、跡部だったら何て答えるか分かるか?」
「うーん、だいたいな。たぶんお前が考えてるのと同じだと思うけど。」
「確かに。」
そんな二人の会話など耳に入っていないとばかりに、滝は思いついたことを鳳に耳打ちす
る。耳打ちをされた後、鳳の顔はかあっと赤くなった。やっぱりなという表情で宍戸や忍
足は鳳に何を言われたかをあえて尋ねてみる。
「鳳、滝に何言われたん?」
「俺達、全然聞こえなかったから教えてくれよ。」
「そ、そんな・・・言えないっスよぉ・・・・」
ふしゅ〜と顔から湯気をたたせるような様子で、鳳は恥ずかしがりうつむいてしまう。こ
ういうところは可愛いなあと滝以外のメンバーも思わずそう感じてしまった。
「代わりに言ってやろうか?宍戸。」
「あー、俺も俺も。」
『いや、今ここで言わなくていいから。』
だいたい何を言われたか予想のついている二人は、跡部と岳人の提案をキッパリ断った。
何だよと残念そうにしながらも跡部も岳人も笑っている。
「長太郎、ホーント反応が可愛いよね。」
「だって・・・滝さんが・・・・」
「あんまり可愛い反応してるから、思わずいじめたくなっちゃうなあ。」
そんなことを言いながら、滝は鳳の顔をじっと見つめ、頬に手を添える。まるで、キスを
される前のような行動をされ、鳳はそのまま固まってしまった。恥ずかしさからかその瞳
は今にも泣いてしまいそうな程潤んでいる。
「滝、ここは公共の場やで。少しははばかりや。」
「そうだぜ。鳳、泣いちゃいそうじゃん。」
「冗談だよ、長太郎。こんなとこでは何にもしないから心配しないで。」
すっと鳳の顔から手を離すとニコッと笑って滝は言った。そんなコロコロ変わる滝の態度
に鳳はドキドキさせられっぱなしだ。
「あー、何か今の長太郎の気持ちよく分かる。」
「あーん?で、何でテメェは俺の方を見てるんだ?」
「別にー。」
しょっちゅう跡部にからかわれまくっている宍戸は今の鳳の気持ちがよーく分かる。この
何とも言えない恥ずかしさといいドキドキ感といい、こういう場所ではあまり感じたくな
いものだ。こういう時にいつも思うことは相手をぎゃふんと言わせたいということ。宍戸
は何かを思いついたようにナプキンを一枚取ると、それに何かを書き始める。
「よし。」
書きあがるとそれを鳳に渡した。滝に見られないようにしろよとジェスチャーで伝え、そ
の内容を読ませる。ナプキンに書かれた文字を読んだ鳳は宍戸を見た。その表情はこんな
ことホントにやるんですかというような表情だ。宍戸は当然のことながら頷く。さあ、や
ってみせろということを指で示すと、鳳は一つ小さな溜め息を漏らして滝の方を向いた。
「あの・・・滝さん。」
「ん、何?長太郎。」
滝を自分の方へ向かせると鳳は目の前にあったシェイクを一口口に含み、そのまま滝の唇
にキスをする。そして、口の中にあるシェイクを滝の口に移すとスッと離れた。いきなり
こんなことをされ、滝はパニック状態。何が起こったのか分からないとしばらくそのまま
固まり、口に入れられたシェイクを飲み込むと思いきりむせまくった。それを見て宍戸は
大爆笑だ。
「あははは、滝の反応激おもしれー!!長太郎、よくやった。さすが、俺の後輩だ。」
「今の宍戸がやらせたんか?」
「俺、メチャクチャビビッたぜ。鳳、どうしたのかと思っちゃった。」
「だってよ、さっきから滝優位で長太郎が可哀想でさぁ、少しは滝も同じ気持ち味わえー
って思ってよ。」
「甘いな宍戸。」
「へっ?」
してやったりと喜ぶ宍戸を見て、跡部が一言放つ。その顔にはまるで次に起こることを知
っているかのような笑みが浮かんでいた。
「ゲホ・・ゴホ・・・・や、やってくれるじゃん長太郎。」
「えっ・・・?」
むせていたのがある程度落ち着くと、滝は笑いながらさっきの鳳と同じようにシェイクを
口に含み、今度は鳳の口へとそれを移した。まさか同じことをされるとは思っていなかっ
たので、鳳はさっきの滝以上にパニックになる。
「っ!?」
それも滝はなかなか唇を離そうとしない。鳳の口の中のシェイクが全てなくなるまで離さ
なかった。当然それを確かめるために舌も入れられているわけで・・・
「ぅん・・・んん・・・・」
「ハァ・・・俺がやられっぱなしなわけないだろ?」
口を離した滝は、不敵に笑いながらこんなことを言う。結局、自分の方がまたドキドキさ
せられてしまい、鳳は撃沈だ。
「た、滝さ〜ん、こんなとこでやめてくださいよー。」
「先にしてきたのは長太郎じゃない。ねぇ、宍戸。」
「うっ・・・」
滝に同意を求められ、宍戸は否定も出来ずたじろいだ。隣で跡部はくっくと笑っている。
「あながち驚かせようとか困らせようとか思ったんだろ?確かに驚きはしたけど、長太郎
にあんなことされたら嬉しいって感じるに決まってんじゃん。」
「そういうことだ宍戸。」
「う〜。」
悔しそうにする宍戸だが、ここで悔しがるのは本当は宍戸ではないはずだ。しかし、当の
本人、鳳はそれほど気にしてはいないようだ。
「あーあ、全くお前ら何なんだよ。ここファーストフード店だぜ。少しははばかれっての。」
「ホンマやで。見てるこっちが恥ずかしいわ。」
痴漢の話からどうしてこんなところまで発展するのであろうか。とことん傍観者だった岳
人と忍足は呆れたようにそんなことを言う。
「別にいいじゃん。どうせ岳人達だって、外でもイチャイチャしてんだろ?」
「そ、そんなことあらへん。」
「あー、俺、この前二人が公園で堂々とキスしてんの見たぜ。」
「なっ!?余計なこと言うな、宍戸!!」
「ふーん、それじゃあ人のこと言えないよねぇ。」
ニヤニヤしながら滝は言う。図星を指された忍足はそれ以上何も言えなくなってしまった。
「あっ!!」
と、突然鳳が声をあげる。
「どうしたの?」
「すいません。今日、俺、バイオリンのレッスンがあったんです。そろそろ帰らないと。」
他のメンバーが話をしている間に鳳は時計を見て、ふとそのことを思い出したようだ。
「それじゃあ、仕方ねぇよな。」
「ああ。長太郎、また明日な。」
「痴漢にあわないよう気をつけるんやで。」
「それじゃあ、俺が送ってこうかな。」
「とか言って、本当は二人で帰りたいだけだろ?」
帰る用意をしている鳳を手伝いながら、滝は一緒に帰ると言い出す。別に断る理由もない
ので、鳳は滝と一緒に帰ることにした。
「滝さんももう帰るんですか?」
「うん。てか、長太郎と一緒に帰りたいし。」
「それじゃ、一緒に帰りましょう。」
ニコッと笑って、鳳は滝に向かって言う。結局、鳳も滝に惚れているんだなあと再確認さ
せられながら、残されたメンバーは二人を見送る。この4人はまだまだ帰るつもりはない
ようだ。
「滝さん、あーいうところであんなことするのはやっぱやめましょうよ。」
「何で?」
「恥ずかしいですもん。」
店を出て、帰り道を辿りながら、二人はさっきあったことの話をする。
「それじゃあ、あーいうところじゃなきゃいいの?」
「そりゃもちろん、家とかだったら構いませんよ。」
「本当に?でも、たまにはあんなドキドキ感を味わうのもいいんじゃない?」
「でも・・・やっぱ、二人きりの時の方がいいです。」
キッパリとそんなことを鳳が言うので、滝は苦笑する。そこまで言われたら仕方ないと
鳳の意見に賛成した。
「それならしょうがないね。その代わり、家にいるときはもっといろんなことするよ?」
「さっきも言ったじゃないですか。それは構いませんって。」
「もっともっといろんなことだよ?」
「・・・・たぶん、いいです。」
滝の言ういろんなことがどんなことか全て分かるわけではないが、鳳は大丈夫だと言う。
もちろんある程度ヤバイことも含まれていると分かっての返答だ。それなら、別に無理
して外であーいうことをすることもないだろうと滝は一人心の中で納得した。
「あ、じゃあ、俺こっちですから。」
「うん。分かった。じゃあ、また明日ね。」
「はい。あの・・・滝さん。」
「何?」
「次の休み、今度は二人きりでどこか行きましょう。」
「うん。いいよ。じゃ、その時はどちらかの家に泊まりにしようね。」
「はい!」
嬉しそうに笑いながら鳳は頷き、滝に手を振って帰っていった。一人路地に残された滝
はニヤけそうになる顔を必死で抑えながら、自分の家へと方向転換する。
「ヤバイ。心臓壊れそう。こんなにドキドキしてるってこと、長太郎はきっと気づいて
ないんだろうなあ。」
ドキドキと高鳴る胸に手を当てながら、滝はふっと呟く。ドキドキさせられているのは
自分の方が絶対に多い。そんなことを考えながら、滝はゆっくりと家までの道を歩くの
であった。
END.