「やっと終わったー。」
「早く化粧落として、着替えようぜ。」
午前中の授業が終えた三年生が教室へ戻ろうとみんなで歩いている。今日の授業は合同で
の女装の実習で、誰もが可愛らしい女の子の格好をしていた。
(今日朝ご飯食べそこねちゃったから、すごいお腹空いた・・・)
着替えるよりも早く何かを食べたいというようなことを考えているのは孫兵だ。朝からペ
ットの世話をしていたところ、朝ご飯を食べる前に始業の鐘が鳴ってしまったのだ。
「今日は午後の授業ないし、何しようか?」
「んー、そうだなあ・・・」
数馬や藤内がそんなことを話していると、その横で教室とは全く別の方向へ向かおうとし
ている左門や三之助を作兵衛が必死に止めようとしている。そんな三年生の集団に、五年
生の竹谷がバッタリ出会う。
「おー、三年生は女装の実習だったのか。」
『竹谷先輩!』
「あはは、やっぱ三年生くらいの女装は可愛いなあ。」
「絶対そう思ってないですよね、竹谷先輩。」
「言葉に気持ちがこもってませーん。」
冗談っぽく可愛いと言うので、左門や三之助はそんなことを言う。自分達はあまり似合っ
ていないと自分で思っているため、ついついそんな言葉が出てしまったのだ。竹谷が目の
前にいることにも気づかず、孫兵はとにかくお腹が空いたなあと思いながら、ふらふらと
歩く。ぼーっとしていたため、孫兵はそのまま竹谷にぶつかった。
「おっと。」
「あっ・・・すいません。って、竹谷先輩。」
「・・・・・。」
髪を下ろし、化粧をして、ひどく女の子っぽくなっている孫兵に竹谷は胸を撃ち抜かれる。
しばらく間をおいて、竹谷は素直に思っていることを口にした。
「孫兵、超可愛い!!」
「へっ!?」
「やっぱ、孫兵女装似合うなあ。すっごい可愛い!!もう本当こんなに可愛いと、飯でも
何でも奢りたくなっちゃうなー。」
さっきの自分達へ言った可愛いとは全く違うテンションで、孫兵に可愛いを連発する竹谷
に、他の三年生は苦笑する。確かに孫兵は自分達より女装は似合うがそこまでかとつっこ
みを入れたくなるほど竹谷のテンションは高かった。そんなテンションの竹谷が口にした
言葉に孫兵は誰もが想像していなかった勢いで食い付く。
「じゃあ、今すぐご飯を食べに行きましょう!!」
「今すぐって、そのままの格好でか?」
「はい!!竹谷先輩、ご飯奢ってくれるんですよね?」
「お、おう。」
さすがにここまで食い付いてくれるとは思っていなかったので、竹谷は少々驚くが、女装
したままの孫兵と出かけられるのはかなりおいしい。孫兵の気が変わらないうちに早速出
かけようと、竹谷は急いで私服に着替え、外出届をもらいに行った。
「孫兵、今日朝飯食えなかったって言ってたからなあ。」
「ああ、腹減ってたんだな。」
「なるほどな。」
竹谷にご飯に連れてってもらえるとうきうきした様子の孫兵の側で、作兵衛達はそんな会
話を交わす。竹谷が戻って来て、二人が出かけるのを見送ってから、他の三年生は着替え
に教室へと戻って行った。
ご飯を食べに町にやってきた竹谷と孫兵は、うどん屋へ入る。注文したうどんが来ると、
孫兵は夢中でそれを食べた。
「そんなに腹減ってたのか?」
「ジュンコ達にご飯をあげてたら、自分が食べる時間なくなってしまって。」
「孫兵らしいな。」
朝ご飯が食べれなかった理由を聞いて、竹谷はくすくすと笑う。熱々のうどんをはふはふ
しながら一生懸命に食べている孫兵は、いつもとは一味違った可愛さがあり、竹谷はそん
な孫兵を眺めながら胸をときめかせていた。
(今日の孫兵、本当可愛いなー。)
「竹谷先輩は食べないんですか?」
竹谷が自分の方をじっと見ていて、全然自分のうどんに手をつけていないことに気づき、
孫兵はそんなことを尋ねる。そう指摘され、竹谷もうどんを食べ始めるが、視線はずっと
孫兵に向けたままであった。
「ごちそうさまでした。」
「俺もちょうど食べ終わった。ごちそうさま。」
「ここのうどんすごく美味しかったです!ありがとうございます、竹谷先輩!!」
麺もスープも全て食べ終えると、孫兵は満足気な笑みを浮かべてそう口にする。紅を塗っ
ているのか、いつもより少しだけ赤く染まっている唇が笑顔を作ると、それはそれは女の
子らしい表情になる。そんな孫兵の顔にドキドキしながら、竹谷は顔を緩ませ、言葉を返
す。
「喜んでもらえたならよかった。そんな可愛くて嬉しそうな顔で言われたら、こっちも嬉
しくなるってもんだ。」
「竹谷先輩は、さっきからぼくの女装可愛いって言ってくださいますけど、ぼくはそんな
に女装似合わないと思うんですよね。」
そう言う孫兵の言葉に竹谷は即否定の言葉を口にする。
「そんなことない。冗談抜きで本当可愛いと思うぞ。」
「竹谷先輩にそこまで言ってもらえると、嬉しいです。」
女装も忍術の一環なので、その姿が可愛いと言われるのはある意味で忍術の腕を褒められ
ているのと同じようなものだ。照れたようにはにかみながら、孫兵は竹谷に笑いかける。
(どストライクすぎる。ヤバイ、顔がニヤける・・・)
「そ、そろそろ帰るか。」
「はい。」
顔が緩むのを誤魔化すかのように、竹谷はくるっと出口の方へ体を向け、孫兵から視線を
そらす。一足先に歩き始める竹谷の後を追うように、孫兵も長い裾の着物を揺らしながら、
出口に向かった。
忍術学園までの帰り道、二人はちょっと遠回りして行こうと森のすぐ横の道を通っていた。
と、二人の目の前に鮮やかな色の翅を持った蝶が横切る。
『今の!!』
同時に声を上げ、竹谷と孫兵は顔を見合わせる。今しがた横切った蝶は、この辺りでは滅
多に見ることの出来ない珍しい蝶であった。
「今のすごく珍しい蝶ですよね?」
「そうだな。」
「追いかけるか。」「追いかけましょう。」
ほぼ同時に同じようなことを二人は口にする。虫に関することは本当に気が合うなあと思
いつつ、森の奥へと飛んでゆく蝶を二人は追いかけた。
「ハァ・・・結構走ったな。」
「見失っちゃいましたけどね。」
ひらひらと好き勝手に飛び回る蝶を追いかけたが、人は通れない道へ入られたり、かなり
高い場所を飛ばれたりしたために、その姿を見失ってしまった。残念と思いながら、その
場に腰を下ろし休んでいると、孫兵はあることに気がつく。
「あっ・・・この匂い・・・」
「どうした?」
何かに導かれるように孫兵はさらに森の奥へと進む。はぐれてはいけないと、竹谷も孫兵
の後を追いかける。
「うわあ・・・」
孫兵が見つけたのは、とある花が群生している場所であった。その花は孫兵のペットが好
んで蜜を吸う花であり、忍術学園の近くには咲いていない花であった。
「これ、花子や花男が好きな花なんですよ。こんなに咲いている場所があるなんて知らな
かったです。」
「確かにこの辺りではあんまり見かけない花だな。」
「これ、忍術学園の菜園で育てられないですか?」
「んー、分かんないけど、一応持って帰って図書室で調べてみようぜ。」
「はい!」
自分のペットの好む花を見つけられたと孫兵はかなり上機嫌な様子で、竹谷の言葉に頷く。
優しくその花を摘む孫兵を見て、竹谷は無意識に手を伸ばす。そして、髪の下ろされた孫
兵頭をそっと撫でた。
「何ですか?」
いきなり頭を撫でられ、孫兵は首を傾げながら竹谷の方を見る。半無意識的に頭を撫でて
いたので、竹谷は少し慌てながら、取り繕うような言葉を口にする。
「孫兵はえらいなあと思って。」
「何がですか?」
「飼ってる虫の好みもよく知ってるし、花を摘むときも乱暴にはしないし、本当生き物が
大好きなんだなーと改めて思ってさ。」
「そ、そんなこと・・・当たり前のことですし・・・・」
「えらいえらい。」
この際だから思いきりなでなでしてやれと、そんなことを言いながら竹谷は孫兵の頭を撫
でまくる。自分では当たり前だと思っていることを偉いと言われ、大きな手で頭を撫でら
れる。恥ずかしいようなくすぐったいようなその感覚に、孫兵の胸はきゅーんとときめい
ていた。
(ちょっと恥ずかしいけど、竹谷先輩に頭撫でられるの・・・嬉しいし、気持ちいい。)
孫兵が黙って頭を撫でさせるので、竹谷は満足するまで孫兵の頭を撫でた。満足すると、
竹谷はご機嫌な様子で立ち上がる。
「結構時間経っちゃったし、そろそろ学園へ帰るか。孫兵のペットの世話もしなきゃいけ
ないしな。」
「そうですね。」
先に歩き始めようとする竹谷を見て、孫兵はとあることが頭をよぎる。そのことが頭をよ
ぎった瞬間、孫兵の体は勝手に動いていた。今しがた摘んだ花を手にした両手で、竹谷の
手を捉えたのだ。
「どうした?孫兵。」
突然手を握られ、竹谷は孫兵の方を振り返る。竹谷の顔を見て、孫兵は急に恥ずかしくな
る。
「あ・・・え、えっと・・・あの・・・・」
「困ったことでもあったのか?」
「い、いえ・・・そ、その・・・・」
ドギマギしている孫兵を見て、竹谷は首を傾げる。竹谷を困らせるわけにはいかないと、
孫兵は思いきって思っていることを口にした。
「・・・・手を・・・繋いで欲しいです。」
顔を真っ赤にして、そう口にする孫兵に、竹谷はカアァと顔を赤らめて固まってしまう。
女装した姿でそのおねだりは反則すぎるだろうと、竹谷の頭の中は今の孫兵のセリフをリ
ピートしまくっていた。竹谷が固まってしまい、何も言わないので、孫兵は余計に恥ずか
しくなり、言い訳のようなことを言い始める。
「えっと、あの・・・かなり森の奥まで来ちゃってますし、はぐれてしまったら困るなあ
と思って・・・それに・・・今の格好なら、竹谷先輩と手を繋いでいても、おかしくない
かな・・・って、ぼく何言ってるんだろうっ。あ・・・その・・・・すいません。」
かなりテンパっている孫兵は、もう自分で何を言っているのか分からなくなっていた。し
かし、竹谷の手を離そうとはしない。孫兵に謝るような言葉を言われ、竹谷はハッと正気
を取り戻し、しっかりと孫兵の手を握ってやった。
「孫兵があんまりにも可愛いこと言ってくるから、ちょっと頭の中が飛んでた。」
「すいません・・・」
「別に謝るようなことじゃないさ。むしろ、孫兵から手繋ぎたいなんて言ってくれて、も
のすっごい嬉しいと思ってるぞ。」
「本当ですか・・・?」
「ああ。好きな奴にそんなこと言われて嬉しくない奴はいないだろ。」
ニッと笑ってそう言う竹谷の言葉に、孫兵はどうしようもなく嬉しくなる。繋いだ手の熱
さとドキドキと速くなる鼓動。それが今の孫兵にはひどく心地よかった。
「竹谷先輩。」
「何だ?」
「手を繋いで下さって、ありがとうございます。」
顔を赤らめ、本当に嬉しそうな笑みを浮かべながら、孫兵はそう竹谷に思いを伝える。ジ
ュンコや他のペットに向ける笑顔とひどく似ているが、ほんの少し違った笑顔に、竹谷の
心は鷲掴みにされる。自分にだけ向けられるその笑顔。それがただただ嬉しくて、竹谷は
胸を躍らせながら、孫兵との帰り路を歩むのであった。
「でさー、もう、本当孫兵が可愛くって。」
「確かに孫兵は女装似合いそうだもんね。」
「そんな状態で、両手でぎゅっと俺の手握って、『手を繋いでください』なんて、言うんだ
ぜ?あれは、本当ヤバかった。」
「そんな森の奥にいたなら、その場でドーンと押し倒してしまえばよかったじゃないか。」
「そんなこと出来るか!三郎じゃないんだから。」
忍術学園に帰ってくると、竹谷は鉢屋と雷蔵の部屋に行き、今日あったことを二人に話し
ていた。テンション高くノロケを語る竹谷の話を鉢屋も雷蔵も面白いなあと思いながら聞
いている。
「でも、話聞いてると、八左ヱ門と孫兵もかなりラブラブだよね。」
「そうか?」
「そこまでの話をされたら、否定出来る要素が全くないんだが。」
「まあ、俺は孫兵のこと大好きだし、孫兵も俺のことは慕ってくれてるのかなあと思うけ
ど・・・」
そんな話をしていると、パタパタと廊下を誰かが駆けて来る音がする。その足音は三人の
いる部屋の前で止まり、勢いよく障子が開いた。
「竹谷せんぱ〜い。」
そこにいたのは孫兵であった。またジュンコがいなくなったということで、一緒に探して
もらおうと竹谷を探していたところ、この部屋にいるという話を聞いたのだ。
「おっ、お姫さまの登場だ。」
「ふぇ?」
「余計なこと言うな!三郎!!」
「竹谷先輩、ジュンコがまたいなくなっちゃったんです〜!」
「探しに行かなきゃな!それじゃ、雷蔵、三郎、またな。」
『いってらっしゃい。』
孫兵とともに部屋を後にする竹谷を見送り、三郎と雷蔵は顔を見合わせて笑う。
「こんな遅くに大変というか・・・」
「むしろ、八左ヱ門にとってはジュンコ探しも孫兵と一緒にいられるって点では、嬉しい
ことなんじゃないのか?」
「そうかもしれないね。」
「あんなノロケ聞かされちゃなあ。」
「あはは、確かに。本当ラブラブだもんね〜。」
さっきの話に、今の行動。竹谷にとって、孫兵は本当に大事で大好きな後輩なんだなあと
いうのを改めて実感しながら、鉢屋と雷蔵は今はここにはいない竹谷の話をもう少し続け
るのであった。
END.