笑顔を咲かせて 〜月寿Ver.〜

「月光さーん!」
133号室のドアを開け、毛利はそう言いながら部屋の中に入ってくる。
「どうした?毛利。」
「中学生らがキャンディー作っとるらしくて、いくつかもろたんですよ。何や可愛い形の
いっぱいあるんで、月光さんにも見せよう思て。」
いつも通りクールな表情の越知の目の前で、毛利は飴の入った袋を広げる。袋の中には、
棒のついた様々な形の飴が何本か入っていた。
「魚の形に花、おっ、ハートなんかもある。あっ!」
「どうした?」
「見て下さい、月光さん!猫もありまっせ!」
「・・・・・。」
袋の中から猫の飴を出し、毛利は越知にそれを見せつける。なかなか完成度の高い猫の飴
細工に越知は目を奪われた。
「これは月光さんにあげます。月光さん、猫好きでしょ?」
「ああ。」
毛利から猫の形をした飴を受け取ると、越知はしばらくその飴を眺める。可愛らしい猫を
じっと眺めながら黙っている越知を見て、毛利は嬉しそうに笑う。
「月光さんが嬉しそうでよかったですわ。」
他の者が見てもほとんど区別がつかない些細な表情の変化に毛利は当然のように気がつく。
越知が嬉しいと自分も嬉しいと言わんばかりに、毛利の顔は花が咲いたように笑顔になる。
「俺はどれにしようかな。んー、細かい細工のは今食べるのちょっともったいないし、ハ
ートにでもしようかなー。」
「いいんじゃないか。」
「えっ?」
まさか越知がそんなことを言うとは思わなかったので、毛利は少し驚いたような顔を見せ
る。
「いや・・・別に大した意味はないのだが・・・」
余計なことを言ってしまったかと越知は繕うような言葉を口にするが、毛利は再びニコッ
と笑い、ハートの飴を袋から出した。
「月光さんがそう言うなら、そうします。」
真っ赤なハートを口に持っていき、毛利はペロッと舌を出す。そんな仕草に越知はドキッ
としてしまう。
「これ、もろたときに聞いたんですけど、中学生らあんまり笑わない子らを笑顔にさせた
いっちゅーことで、キャンディー作りをしたらしいんですよ。甘い物食べたら笑顔になる
やろって。」
「そうか。」
「月光さんもあんまり笑わへんけど、中学生のやったことは大成功やね。」
「確かに笑うのは苦手だが・・・」
「だって、猫のキャンディー見た月光さんメッチャ嬉しそうやったし、今もいい顔してま
すよ?」
ハートの飴を舐めながら毛利はそんなことを言う。誰が見ても笑っているという顔ではな
いが、毛利から見れば今の越知の表情はかなり嬉しそうに見えた。
「それは、きっとお前のおかげだ。」
「へっ?」
「確かにこの飴はとても愛らしいし、食べるのがもったいないくらいだ。しかし、これを
持ってきてくれたのはお前だし、お前が嬉しそうに笑っているのが、俺にとってはこの上
なく好ましい。」
「えーと・・・いきなりそないなこと言われると、恥ずかしくてその・・・」
思ってもみない越知の言葉に、毛利の顔は今食べている飴と同じくらい真っ赤に染まる。
恥ずかしさを誤魔化すかのように、毛利はうつむきながらもごもごと赤い飴を口に含む。
(ああ、やはり可愛いな。)
そんなことを思いながら、越知はくしゃっと毛利の頭を撫でる。頭を撫でられ、毛利は上
目遣いで越知の顔を見た。先程よりも穏やかな笑みを浮かべるような表情で、越知は自分
を見下ろしている。それが嬉しいやら恥ずかしいやらで、毛利は鼓動が速くなるのを抑え
られないでいた。
「毛利。」
「はい。」
「合宿所の近くに椿に木があるのだが、それがそろそろ見頃でな。明日の夜にでも一緒に
見に行かないか。」
毛利が黙ってしまっているので、越知はふと思いついたようにそんな提案をする。
「ええですけど、何で夜ですか?」
「月明かりの下で花を見たいと思ってな。それにお前のことだ。朝早くよりは練習の終わ
った夜の方がよいだろう?」
「ああ、確かに。今は雨降ってますけど、明日は晴れるとええですね。」
「そうだな。」
「月光さんと散歩するの好きなんで、楽しみにしときます。」
植物が好きな毛利のこと、綺麗な花を見せてやれば喜ぶだろうと思っていた越知であった
が、毛利のその言葉にほんの少し驚いた後、ふっと口元を緩ませる。
「そろそろ夜も更ける。飴を舐めるのはそれくらいにしておけ。」
「えー、でも、まだ半分くらい残っとるけど・・・」
「残りは俺が食べる。」
毛利からハートの飴を取り上げると、越知は幾分小さくなったハートの部分を口に含んだ。
その様子を見て、毛利の顔はぶわっと赤くなる。
「人が食べてる途中の飴、そないに食べます?思いっきり間接キスやないですか。」
「さして問題はない。お前は気になるのか?」
「うっ・・・俺の飴ではええですけど、他の人が舐めてるのではやらんでくださいよ!そ
のまま寝ると虫歯になりそうなんで、歯磨いて来ます!」
頬を染めたまま、バタバタと部屋を出ていく毛利を黙って見送り、越知は口に入っている
赤いハートをガリっと噛んだ。口に広がる甘さと先程の毛利の反応に越知はふっと笑う。
「言われずとも、お前以外にこんなことはしないがな。」
そんなことを呟きつつ、越知は口の中に残る甘い余韻を楽しんだ。

次の日、全ての練習を終え、夜の自由時間になると、越知と毛利は例の椿の木が花を咲か
せている場所までやってきた。
「うわー、ホンマに満開ですね!」
「ああ。」
「椿って赤い花のイメージやったんですけど、ここのはピンク色なんやね。」
「ここに咲いているものは、『乙女椿』という名らしい。」
「へぇー、見た目通りの可愛らしい名前ですね。」
ピンク色をした満開の椿の花に囲まれて、毛利はいつものようにニコニコとした表情で越
知を見上げる。越知の上には明るい月が輝いていた。
「今日はお月さんも綺麗やし、絶好のお花見散歩日和ですね。」
「そうだな。」
毛利が越知と月を見上げていると、ざあっと少し強めの風が吹く。舞い散った花びらが越
知を彩り、月明かりに照らされキラキラと輝きながら地面に落ちていく。そんな光景に毛
利は思わず見惚れてしまう。
「どうした?毛利。」
花を見ず、ぼーっとこちらを見ている毛利に気づき、越知は声をかける。
「へっ!?えっと・・・月光さんがあまりにも綺麗で、何や椿の精みたいやなーと思て、
思わず見惚れとりました。」
「綺麗というのは、あの月のことか?」
『月光さんがあまりにも綺麗で』という言葉が空の月を指しているのか、はたまた自分の
ことを指しているのか分からず、越知はそう聞き返す。後者のような気がするが、勘違い
であった場合、少々恥ずかしいので確認のためにだ。
「ちゃいます。今、俺の前にいて俺のことを見てくれてはる『月光さん』です。」
越知のジャージの裾を握り、見上げるようにして毛利はそう答える。その仕草と言葉に気
をよくした越知は、足元に落ちている花の形の残った椿を拾い上げ、すっと毛利の髪を飾
る。
「俺よりもお前の方がこの椿が似合う。」
「俺、女の子とちゃいますよ?」
「さして問題はない。ほら、こんなにも愛らしい。」
ピンク色の椿に触れ、その手で毛利の髪を撫でる。越知のそんな言葉と行動に、毛利の胸
はひどくときめき、顔が赤く染まっていくのを感じる。
「そんな可愛らしい的なこと190超えの高校生男子に言います?」
「そう思ったから言ったのだが、不愉快だったら謝るぞ?」
(ホンマ月光さんには敵わんなぁ。)
「月光さんにそないなこと言われて不愉快なわけないやないですか。むしろ・・・」
「何だ?」
「・・・嬉しくて、心臓ドキドキして、もうどうにかなってしまいそうや。」
恥ずかしそうにそう言う毛利に越知の胸は高鳴る。どうしてこんなにも可愛らしい顔を見
せ、こんなにも嬉しいことを言ってくれるのだろうと毛利の愛らしさにあてられる。
「毛利。」
「何です?」
「今夜はお前とここに来れてよかった。お前とこの椿の花を見れたこと、本当に嬉しく思
うぞ。」
「っ!!」
精神の暗殺者と呼ばれるとは思えないほど、優しい笑顔を浮かべ越知はそう口にする。明
らかに笑顔を浮かべている越知に毛利の心臓は射抜かれる。
「もー、月光さん俺をこんなに喜ばせてどないしたいんですか?」
「お前が喜んでくれているなら、俺はそれで満足だが・・・」
「ホンマそういうところがもう・・・」
赤くなる顔を両手で覆いながらそんなことを呟く。越知の放つ言葉全てが嬉しくて仕方が
ない。そんな毛利の反応が可愛くてたまらないと思っている越知は、もう一つ椿の花を拾
い上げ、先程とは逆側の髪にその花をつけた。
「何してはるんですか?月光さん。」
「一つより二つの方が可愛いかと思ってな。」
「・・・つけてみた感想は?」
「先程より可愛くなったな。」
冗談なのか本気なのか分からない越知の言葉に毛利は思わず吹き出す。こんな可愛らしい
花でまさか髪を飾られるとは思っていなかったが、越知がしてくれたことならもう何でも
嬉しかった。
「せっかく月光さんがつけてくれはったから、このまま合宿所戻ってもいいかもしれんね。
何かつっこまれたら、可愛いやろ?みたいに返せばええし。」
「そうだな。」
「月光さん。」
「何だ?」
「綺麗な花で俺のこと飾ってくれて、ありがとうございます。」
恥ずかしそうに笑いながら毛利は言う。月明かりに照らされた乙女椿の花と毛利の笑顔。
ここにある全てのものが自分の心を満たしてくれると越知は穏やかな幸せを感じ、毛利の
頭を優しく撫でた。

「あっ、月光さん。俺、ちょっと花壇寄ってから帰りますわ。」
「分かった。先に戻ってるぞ。」
「はい。また、後で。」
椿の花を見た帰り道、毛利はそう言って一旦越知と別れ、花壇の方へと向かう。椿の花も
よかったが、せっかくなので花壇の花も見ておきたいと思ったのだ。
(今の時期なら、花壇も結構花咲いてるはずやもんね。)
「あれ?毛利先輩?」
「コンバンワ。」
花壇に到着すると幸村と蔵兎座が声をかけてきた。どうやら二人は花壇の世話をしに来て
いるようだ。
「こないな時間に花壇の手入れしとるん?」
「はい。さすがに夜は軽く水をあげるくらいですけど。」
「寝る前の日課デス。」
「へぇー、えらいなあ、二人とも。」
たまたま会った二人と他愛もない会話をする毛利であったが、中学生の二人は毛利につい
てとても気になることがあった。
「先輩、頭のソレは椿の花デスカ?」
「へっ?ああ、せやね。」
「毛利先輩もあの椿を見に行ったんですね。俺も今朝、真田と見に行きました。」
「髪飾りみたいでカワイイデス。」
「せやろ?月光さんがつけてくれたんやで。」
「越知先輩が?へぇ、意外ですね。」
毛利がふざけてつけたというのであれば、らしいというか納得出来るが、あのクールで真
面目な越知がそんなことをするのかと幸村は驚く。
「椿の花言葉は確か・・・」
越知からもらったというような話を聞いて、蔵兎座は椿の花言葉を思い出そうとする。も
ちろん幸村も椿の花言葉は知っているので、自分の知っている意味を口にする。
「乙女椿の花言葉は『控えめな愛』だったかな。」
「Oh、そうなんですね。西洋ではちょっと違った気がします。確か『longing』
だったと思いマス。日本語にすると・・・うーん、難しいデス。」
「花言葉的に訳すと『恋しく思う』かな。」
英語のニュアンスは分かるものの日本語に不慣れな蔵兎座は正しく訳すことが出来ない。
そんな蔵兎座に幸村は助け舟を出した。
「二人とも物知りやね。椿の花言葉は知らんかったけど、『控えめな愛』ってのは、ちょ
っと月光さんっぽいかも。」
「確かにそうかもしれませんね。」
「そんな花言葉の椿を二つももらって、毛利先輩は越知先輩にすごく愛されているんデス
ね。」
「へっ!?い、いや、そうだったら嬉しいけどなー。月光さん知らないと思うで。」
純粋無垢にそんなことを言ってくる蔵兎座の言葉に毛利は思わず赤くなってしまう。椿の
花言葉を聞いて、ちょっと嬉しいなーなんて思っているところにそんなことを言われ、毛
利はついどぎまぎとしてしまった。
「知ってそうですけどね。今も毛利先輩のこと恋しく思ってるんじゃないですか?」
動揺している毛利を見て、幸村はくすくす笑いながらそんなことを言う。
「幸村、先輩をからかうもんやないで。まあ、万が一にもそういうこともあるかもしれん
から、俺は先に部屋に戻らせてもらうわ。おやすみな、二人とも。」
「はい、おやすみなさい。」
「オヤスミナサイ。」
花好きな後輩二人と別れると、毛利はドキドキしながら自分の部屋へと向かう。部屋に帰
ったら花言葉について越知に聞いてみようと、先程教えてもらった花言葉を頭の中で反芻
した。

「ただいま戻りましたー。」
「おかえり。」
部屋に戻ると越知は本を読みながらくつろいでいた。そんな越知の前に歩いて行き、毛利
は先程幸村や蔵兎座と話していた椿の花言葉について尋ねた。
「月光さん。」
「どうした?」
「月光さんは、この椿の花言葉知ってはりますか?」
「・・・・・。」
そんな毛利の質問に越知は少しの間黙る。少しの沈黙の後、越知は肯定の意味を込め頷い
た。
「・・・ああ。」
「へ、へぇ、そっか。知ってはったんですね。ちなみに日本の花言葉と西洋の花言葉とど
っちですか?」
「どちらも知っている。」
「ほんなら、この髪につけてくれた椿もそういう意味だったりして。」
冗談めいた口調で毛利はそう言う。座ったまま越知は毛利の手を握り、いつも通りのクー
ルな表情で毛利を見た。
「もし、そうだと言ったらどうする?」
「え、えっと・・・どうって言われても・・・・」
真剣な越知の眼差しとしっかりと手を握られているという状況に毛利はどぎまぎしてしま
う。ただこの椿に花言葉の意味が込められてるとしたら、思うことはただ一つだ。
「どっちの花言葉にしても、月光さんがそう思てくれとるんなら・・・メッチャ嬉しいと
思います。ただ、『恋しく思う』ってのは、離れてるときに思うもんなのかなーて。」
「今はいつも一緒にいられるが、合宿が終わればそうはいかないだろう。そう考えると、
『恋しく思う』という気持ちは間違っていないと思うが。」
「あー、確かに。それ考えるとちょっと寂しくなりますね。」
学校も学年も違う二人は、合宿が終われば今まで通り共に過ごすことは出来ない。そのこ
とを考えて、毛利の表情は非常に寂しそうなものになる。
「そんな顔をするな。」
「だって、月光さんがそないなこと言うから。」
「俺はお前の笑っている顔が好きだ。俺自身は笑うのは苦手だが、お前には笑顔でいて欲
しい。」
「ほんなら、いつもみたいに頭撫でて、好きって言ってください。したら、いくらでも笑
顔でいられますわ。」
寂しい気持ちを相殺したいと、毛利は甘えるようにそんなことを言う。毛利の体をぐっと
引き寄せると、越知は柔らかな毛利の髪に触れ、優しく耳元で囁いた。
「好きだぞ、毛利。」
大好きな声に大好きな大きな手。越知のその一言で、毛利の胸は幸せな気持ちでいっぱい
になる。越知に顔が見えるようにほんの少しだけ離れ、にっこりと笑ってその言葉に答え
た。
「俺も月光さんのこと大好きです!」
花が咲くような笑顔を浮かべ、毛利は心を込めて想いを伝える。その言葉を聞いた越知の
顔にも穏やかな笑みが浮かんでいた。

                                END.

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