「うわあっ、湖だー!!」
湖に着き、一際はしゃいでいるのはジロー。湖と言っても本当に自然の中にあるものなの
で、特にボートなどそういう関係のものは見当たらない。そんな湖を前にして、跡部、宍
戸、ジロー、樺地はそれぞれのペアに分かれて、違うことをし始める。
「宍戸、あっちの方に行くぞ。」
「えっ!?何すんだよ?それに樺地達は?」
「お前ら、勝手に二人で好きなことしてろ。分かったな、樺地。」
「ウス。」
「じゃあ、樺地。俺達は森の方行って遊ぼうぜ。」
「ウス。」
というわけで、跡部と宍戸は湖の向こう側に、樺地とジローは森の中へと歩いて行った。
跡部達と別れて、樺地と二人で遊べることになったジローはかなりご機嫌だ。ルンルン気
分で森の中を歩いて行く。
「跡部は宍戸と遊ぶから、俺は樺地と二人で遊べるー♪」
「・・・・。」
「なあなあ、樺地。何して遊ぼっか?俺的に昆虫採集なんてしたいと思うんだけど、どう
よ?」
「ウス。」
「それはYESと取っていいんだよね?」
「ウス。」
樺地は頷きながら『ウス』という返事をした。ジローはニコニコ笑って、樺地の前を歩く。
無口な樺地とはあまり会話は弾まないが、この状況をジローはかなり楽しんでいた。少し
歩いていくと目の前に立ちはだかる大きな木に、とある昆虫がいるのをジローは見つけた。
「わあ!!見ろよ、樺地!!カブトムシだぜ、カブトムシ!!でっけー!!」
「ウス。」
都会では売っているものしか見ることの出来ないカブトムシが、今目の前にいるとジロー
は感激の声を上げる。樺地もどこか少し嬉しそうだ。
「すげーなぁ。つかまえてー!!でも、虫かごとかないし・・・うーん、残念。」
カブトムシを見ながら残念そうな顔をしているジローを見て、樺地は黙って何かを探し始
めた。そんなことには全く気がつかずにジローは大きなカブトムシを眺め続けている。樺
地が探し始めたもの、それは細い木の枝と丈夫そうな木の蔓だった。ここは森の中でそん
なものは簡単に見つかる。いくつかの枝と蔓を集めてくると樺地はその場に座り、何かを
作り始めた。
「いいなあ、カブトムシ。欲っC〜。なあ、樺地。」
くるっと振り返ると樺地は何かを作っている。その意外な光景にジローは興味津々になっ
て、樺地の隣に座った。
「何作ってんの?」
「・・・・・。」
「出来てからのお楽しみか。」
樺地が夢中になって作業をしているので、ジローは黙ってそれが出来上がるのを待つ。数
分が経過して、樺地は小枝と蔓であるものを完成させた。
「ウス。」
「?」
その出来たものをジローに手渡す。初めは何だか分からなかったジローだが、それが今自
分が一番欲しいと思っていたものだということに気がついて、目を輝かせた。
「うっわー、これ虫かごだよな!?マジマジすっげー!!樺地、天才〜!!」
「ウ、ウス。」
あまりに嬉しがっているジローに樺地は少し戸惑い気味。だが、喜んでもらえたので、樺
地は心からホッとした。美術が得意で趣味がボトルシップを作ることという樺地には、こ
の程度のものを作るのは朝飯前なのだ。虫かごを作ってもらったジローは早速カブトムシ
を捕まえにかかる。だが、ジローの手が伸びたのを感じたのかカブトムシは木の上の方へ
逃げてしまった。背伸びをしてギリギリまで手を伸ばすが全く届かない。
「う〜、届かないー。」
ジローが一生懸命になってるのを見て、樺地は手を貸してあげた。次の瞬間、ジローの体
は宙に浮いた。
「うぉわっ!!」
「ウス。」
そう樺地はジローの体を持ち上げたのだ。軽がる30cmくらい上がったので、ジローは
その手に大きなカブトムシを捕らえることが出来た。ゆっくりと地面に下ろされ、さっき
作ってもらった虫かごにそれを入れる。
「おおー、取れたぜ樺地。やったな!!」
「ウス。」
手作りの虫かごに入ったカブトムシを嬉しそうに眺めてジローは笑う。それを持ち、今度
はまた別の方へ歩き出した。しばらく行くと、今度はまた別の昆虫を発見する。
「おー!!オオクワガタ発ー見!!」
今度はオオクワガタを見つけたようだ。当然のようにジローはそれを捕まえて、さっきの
虫かごに入れる。これでかごの中には珍しい昆虫が二匹になった。
「カブトムシに、オオクワガター♪どっちも強そー。」
二匹の昆虫を捕らえて、ジローの機嫌は最高によくなっている。あたりにはセミの鳴く声
が響く。今度はセミを捕まえたいとジローは樺地にねだった。
「樺地、俺、セミも捕まえたい!!どうすれば捕まえられるかなー?」
「・・・・・。」
樺地はしばらく考える。虫取り網もないのにどうやってつかまえるかなど、普通なら思い
つかない。だが次の瞬間、樺地は通常ではありえないことをやってのけた。
ミーン、ミンミンミン・・・・ジジジ・・・
さっきまで、うるさいほどに鳴いていたセミが突然鳴きやんだ。地面から2メートル程の
高さのところに止まっていたセミを樺地は素手で捕まえたのだ。
「ウス。」
それをジローの持っている虫かごに移す。突然の信じられない出来事にしばらくの間、ジ
ローは言葉を失った。
「・・・・スッゲー!!樺地、おめぇすげーな!素手でセミ捕まえるなんて普通出来ない
ぜ!!」
「ウス。」
自分ではそんなにすごいことをしたと思っていたいないので、樺地は無表情でかごの中を
見る。さっきまで鳴きやんでいたセミは再び夏らしい歌を歌い始めた。
「はぁ〜、何か疲れちゃった。ちょっと休もうぜ。」
「ウス。」
はしゃぎすぎて疲れてしまったと、ジローは樺地に休もうと提案した。樺地はジローに言
われるまま木陰に腰かける。
「ふあ〜、座ったら何か眠くなってきちった。樺地、枕してぇ。」
「ウス。」
一休みをしようと考えたジローだが、座った瞬間眠くなってきてしまった。樺地に膝枕を
頼み、しばらく眠ることにする。ジローがぐっすり眠ってしまうと樺地は暇になってしま
った。ジローが自分の膝を枕にしているので、容易に動くことは出来ない。あたりを見回
していると小さな花がたくさん咲いていることに気づいた。ちょうど、手の届くところに
あるので、樺地はその花を使い小さな輪っかを作り始めた。
「う〜ん・・・」
人の膝を枕にしているということなど全く気にしないでジローは普通に寝返りをうったり、
むにゃむにゃと寝言を言ったりと自由気ままに短い睡眠を楽しむ。樺地はコツコツと花を
繋げていく。ある程度の長さになると、端と端とを繋ぎ合わせて直径が25cmほどの輪
を作った。それを眠っているジローの頭にそっとかぶせる。思ったよりその花の冠がジロ
ーに似合っていたので、樺地は思わず微笑んだ。
「う・・・うん・・・おわっ!!俺、爆睡しちゃったよ。ゴメンな樺地!」
「ウ、ウス。」
突然、ジローが目を覚ますので樺地はとても驚いた。タイミングがよすぎだとドキドキし
てしまう。と、その時、色鮮やかな一匹の蝶がジローの頭に止まった。
「すげー、蝶々が俺の頭に止まったー!!なあ、見て見て。」
「・・・・。」
花の冠に止まる真っ青な蝶はまるで髪飾りのようだ。樺地は言葉を失い、ジローから目が
離せなくなった。樺地が固まってしまっているので、ジローは不思議に思い、そのまま樺
地に近づいてゆく。
「どーしたの?樺地。」
「っ!?」
いきなりジローの顔が目の前にくるので、樺地はドキっとしてしまう。花の冠に蝶の髪飾
りをつけたジローはまるで森の精だ。そんなことを思っていると、さっき捕まえたセミが
一際大きな声で鳴き始める。それを聞き、樺地は現実に引き戻された。
「・・・何でもない・・です。」
「そっか。もうそろそろ戻ろうぜ。跡部とか宍戸にこれ見せて自慢してやろう。」
虫かごを持ち上げジローはさっき来た道を引き返し始めた。樺地は黙ってジローの後につ
いていく。頭に花の冠と蝶々がついたままだということはあえて黙っていた。
湖では跡部と宍戸が釣りをしていた。道具はどうやら跡部が持ってきていたようだ。
「うっわ、跡部っ!!引いてる引いてる!!どうすりゃいいんだ!?」
「普通に引っ張れ。そうすりゃ、ちゃんと釣れる。」
「わっ、無理無理!!跡部、跡部っ!!」
「ったく、しょうがねぇなあ。」
宍戸は釣りに慣れていないので、うまい具合に魚を釣り上げることが出来ない。どうすれ
ばいいのか分からないので、とにかく跡部に助けを求めた。跡部は宍戸の後ろから手を回
し、竿を上げてやる。糸の先端には大きな魚が擬似餌に喰らいついていた。
「ほらよ!!」
一際力を入れて竿を上げると、その魚は陸に体を横たえた。まだ余裕で生きているので、
ピチピチと激しく跳ねている。
「おー、すげー。でけぇ。」
「お前にしてはやるじゃねーの。なかなかの大物だぜ。」
「ホントか!?やったー!!」
跡部に褒められ、宍戸は嬉しそうにはしゃぐ。事前に用意していたボックスにその魚を入
れると宍戸はさらに嬉しそうな笑顔を見せた。
「なあなあ、跡部。これって食える?」
「食えなくはねぇけど、あんまりうまくないぜ。しばらくしたらまた湖に戻す。」
「えー、もったねー。せっかく釣ったのに。」
不満そうな表情をする宍戸だが、そんな宍戸を納得させるかのように跡部は言葉を続ける。
「食べもしねぇのに殺すのは俺の性に合わねぇ。それに、帰ったらもっと豪華な食事を食
べさせてやるよ。」
「まあ、確かに食べもしねぇのに殺すのは可哀想だよな。分かった。じゃあ、後でちゃん
と戻すよ。」
だが、まだ名残惜しいので宍戸は釣った魚をしばらく眺める。そんなことをしているうち
に森の方からジローと樺地が戻ってきた。
「跡部、宍戸、たっだいまー!!」
「あー、おかえりジロー・・・って、あはは、何だよジローその頭。」
花の冠をかぶっているジローを見て、宍戸は大爆笑。ジローは何故笑われてるか分からな
いので、宍戸に対してむぅっというような顔を見せた。
「何だよぉ、宍戸。人の顔見て笑うなんて失礼だぞー。」
「だって、お前それどうしたんだよ?似合ってるけどさ、普通男はあんまりそういうもん
かぶんねぇだろ。」
「はあ?何言ってんの宍戸。」
樺地が何も言っていないため、ジローは自分が花の冠をしているなんて気づいていないの
だ。
「珍しい蝶もつけてんな。どこ行って来たんだお前ら?」
「跡部まで何だよー。俺の頭がどうかしたの?」
跡部まで妙なことを言い出すので、ジローは不審に思って自分の顔を湖に映して見た。そ
こには真っ白な花の冠とキレイな蝶の髪飾りをしている自分の姿が映っていた。
「うわあ、何これ!?すげー。」
「お前、気づいてなかったのか?」
「うん。俺、何でこんなのかぶってんだろ??」
見に覚えのないことなので、ジローは頭の中は?マークでいっぱいだった。だが、思い当
たるとしたらあの時。そう、樺地に膝枕をしてもらって眠った時だ。
「これ、樺地がやったの?」
「・・・・ウス。」
控えめに樺地は答えた。ジローが怒っていると思ったのだ。だが、ジローの反応は全く逆
だった。
「樺地、本当器用だな。虫かご作ったり、こんなの作ったり、マジですげーよ!!この花
の冠さ、俺、もらっちゃっていいの?」
「・・・ウス。」
「うわあ、うれC〜!!サンキュー、樺地♪」
「ウス。」
意外なジローの反応に樺地はなんとなく嬉しくなった。今日はジローのために二つのもの
を作って、ジローはそれをどちらもすごく喜んでくれた。それは樺地にとってはかなり嬉
しいことだったのだ。
「それよりさ、見ろよ。これ、俺達が捕まえたんだぜ!!」
ジローは捕まえてきたカブトムシとオオクワガタとセミを跡部と宍戸の二人に見せる。跡
部の反応はそうでもなかったが、宍戸の反応はかなり大きなものだった。
「うわー、カブトムシにオオクワガタじゃん!!どこで見つけたんだ?」
「森の中ー。このセミはねー、樺地が取ってくれたの。」
「網もないのによく取れたな。すっげー!!」
「俺はそんな甲虫よりも、その蝶の方に興味があるけどな。」
跡部はジローの頭に止まっている蝶に手を伸ばした。だが、その瞬間蝶は逃げてしまう。
逃げた蝶は今度は樺地の手に止まった。
「跡部、嫌われてやんのー。あははは。」
「ちっ。樺地、そいつを逃がせ。」
「ウス。」
樺地は跡部に命じられた通り、その蝶を森の方へ逃がしてやった。真っ青な羽を持った蝶
は森の奥へと消えてゆく。
「さて、だいたいもう昼くらいの時間だな。そろそろ戻るか。」
「そうだな。あっ、その前に釣った魚、湖に戻してやらなきゃ。」
「えー、跡部達釣りしてたの?いいなあ。」
「いいだろ。ほら、これ俺が釣ったんだぜ。」
宍戸は自慢気にボックスの中の魚を見せた。思った以上の大きさにジローは驚きの声を上
げる。
「うわっ、でかっ!!」
「だっろー?」
「テメー一人で釣ったんじゃねぇだろ。俺様が手伝ってやったから釣れたんだ。」
「うっ、確かにそうだけど・・・まあ、いいじゃねーか。」
跡部に事の真相を言われ、少し怯む宍戸だがそんな細かいことは気にすんなと誤魔化すよ
うに笑った。ボックスをそのまま水につけ、釣った魚を逃がすと岳人や忍足など二日酔い
メンバーが待つ別荘へと戻り始める。
「あれ?お前らはそのカブトムシとか逃がさねーの?」
「岳人とかに見せてから逃がす。ずっと虫かごに入れっぱじゃ可哀想だし。な、樺地。」
「ウス。」
「おら、お前ら。ぐずぐずしてると置いてくぞ。」
「あっ、待てよ!!跡部。」
「置いてかないでよー。」
跡部がかなり前方に行ってしまっているので、三人は慌ててその後を追った。四人はこん
なにもいろいろなことを楽しんでいたのに、他のメンバーは二日酔いで苦しんでいる。そ
れなのにジローは捕まえた昆虫を岳人達に自慢しようと考えている。岳人や忍足、滝、鳳、
日吉にとっては何とも納得のいかないことであろう。
END.