甲斐×平古場
甲斐Side
1.
「あい、どこ行くばー?」
「おー、裕次郎。おはよう。」
学校に向かいながら、海沿いの道を歩いていると甲斐は平古場を見つける。自分とは真逆
の方向に向かおうとしている平古場を見て、甲斐は首を傾げる。
「学校と反対行くからよー。サボり?」
「裕次郎じゃあるまいし、サボりじゃないさー。ちょっと忘れ物したから取りに戻ろうと
思ってよ。」
呆れたような表情で笑いながら、平古場は学校とは逆の方向に向かっている理由を説明す
る。
「ああ、忘れ物。そっか。ちばりよー。」
「応援されるほどのことじゃないやし。んじゃ、ちょっくら行ってくるさー。」
家に向かって走り出そうとする平古場の腕を掴み、甲斐はその動きを止める。
「何かよ?」
「じゃあ、そのカバン邪魔だろ。教室に持ってっといてやるさー。」
「おー、それはありがたいかも。やしが結構重いぜ。じゅんにいいばぁ?」
同じクラスなので、カバンくらいは持って行ってやろうと甲斐はそんな提案をする。あり
がたいが、結構な荷物になるのではないかと、平古場は念のため甲斐に尋ねた。しかし、
甲斐はそんなことは全く気にせず、平古場に忘れ物を取りに行くように促す。
「いいって、ほら行け。3、2、1!」
「ったく、止めたり、早く行けって言ったり、忙しい奴やし。」
甲斐の言動に苦笑しながら、平古場は走って忘れ物を取りに戻る。そんな平古場を見送っ
た後、甲斐はまだ学校には向かわず、近くの海を眺めていた。
2.
しばらくすると、忘れ物を取りに行った平古場が戻ってくる。
「おー、サボりマン。」
「誰がサボりマンかよ。サボりじゃねーって言ってるやし。」
カバンを持っていくと言っておきながら、先程の場所から大して変わらない場所に留まっ
ている甲斐に平古場は大きな溜め息をつく。しかも、全くもって身に覚えのないあだ名を
つけられ、少々ご立腹だ。
「アハハ、サボりじゃなかったやー。じゃあ忘れ物マン?」
「どんなよ?お前は小学生か。」
小学生じみたあだ名に平古場は呆れ顔だ。甲斐が持っていた自分のカバンを受け取ると、
平古場は学校に向かって歩き出そうとする。しかし、甲斐はまだそこから動こうとしない。
「何してるば?早く学校行くぞ。」
「俺はこれからちょっと、海行ってこようと思ってよー。」
「はあ!?また学校サボる気ばぁ?」
かなりの頻度で学校をサボっている甲斐に、一応風紀委員である平古場は注意をする。
「サボりじゃねーって。学校はちゃんと行くからよー。」
「今から海に寄って行ったら、完全に遅刻になるばぁよ。」
「遅刻ぅ?あーあー、聞こえねー。」
平古場の注意を完全にスルーして、甲斐は学校の方に背を向け、すぐ側の海に向かおうと
する。
「つーわけで、後で教室でな!」
「あっ、裕次郎!!・・・はぁやぁ。」
甲斐を追いかけてもいいが、そんなことをすれば自分も遅刻してしまうので、とりあえず
平古場は学校へと向かう。全く仕方がないなあと思いながら、平古場は浜辺を歩く甲斐を
ちらりと横目で見た。
3.
海へ寄ってから登校した甲斐は案の定授業が始まる前までには間に合わず、完全に遅刻な
状態で教室に入ってきた。そんなことがあったため、ニヤリと笑いながら、平古場は甲斐
のことを朝自分が呼ばれたようなあだ名で呼んでみる。
「よぉ、遅刻マン。」
「あぁ?遅刻マンって誰のことばー?」
「裕次郎以外にいないさー。」
「俺かよ。変な名前で呼ばないで欲しいさー。」
あれだけ朝はからかうような感じで平古場のことを変なあだ名で呼んでいたにも関わらず、
いざ自分が呼ばれる側になると、甲斐は困惑した表情で止めて欲しいと訴える。しかし、
平古場はひるまなかった。
「遅刻するって注意したんに、話聞かないで遅刻してきたんだから、遅刻マンさー。」
「それ言ったら、そっちは忘れ物マンさ。やーい忘れ物マン〜。」
確かに忘れ物はしたが、途中で気づいて取ってきているので、最終的には忘れ物はしてい
ない。しかし、そんなことを説明するのは面倒なので、平古場はぼそっとあることを呟く。
「そんなことばっかり言ってる裕次郎には、もうあげるのやーめた。」
「・・・え。あげるのやめたって・・・」
平古場から何かもらう予定があっただろうかと甲斐は考えてみる。考えた結果、もう少し
でバレンタインであることに気がつく。
「あっ、そうだ、もうすく14日・・・!」
「本命チョコもらえるチャンスやったんに、もったいないさー。」
平古場からのチョコがもらえないのは困ると、甲斐はすぐに自分の言っていたことを取り
消す。
「・・・忘れ物マンは取り消すさー。」
「あはは、そんなにバレンタインに俺からのチョコ欲しいばぁ?仕方ないやー。」
あからさまに態度の変わった甲斐が可笑しくて、平古場は声を上げて笑う。取り消された
なら許そうと、平古場は甲斐へのバレンタインチョコをしっかり用意しようと決めた。
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平古場Side
1.
「凛〜、おはよう!」
「おはよう・・・って、お前、誰だっけ?」
登校中、嬉しそうに声をかけてきた甲斐に平古場はそう言い放つ。平古場のことを一番好
いていて、こんなにも一緒にいる自分に誰だっけとは失礼だと、甲斐はあからさまに怒り
顔になる。
「冗談だって。目ぇ吊り上げんなよ。」
「凛、ひどいさー!俺はこんなに凛のこと好きと思ってるんに!」
ドンっとぶつかってくる勢いで、甲斐は平古場に抱きつく。甲斐のあまりの剣幕に平古場
は目を逸らしながら呟く。
「ったく、おっかねーなー。」
「俺のこと誰だっけなんて言うなら、がぶってして忘れられないようにしてやるさー。」
平古場の首元に噛みつく真似をしながら、甲斐はそんなことを言う。もちろん本当に噛み
つくようなことはしないので、ただじゃれているだけだ。ハブが口を大きく開けているよ
うな甲斐を前に、平古場は笑いながら一言口にする。
「おっと。まぶぅやー、まぶぅやー。」
「がぶー!」
ふざけてそんなことする甲斐の腕を掴みながら、平古場はケラケラ笑う。そんなおふざけ
をしながら、二人は遅刻しない程度にゆっくりと学校に向かって歩いた。
2.
また別の日、登校時に甲斐を見つけた平古場は声をかける。
「あ。えー!」
平古場に声をかけられ、ちらっとそちらの方を向くが、甲斐は返事をせずふいっと目を逸
らす。
「なんで無視するわけ。目ぇ合ったやし。」
甲斐のすぐ隣まで移動し、平古場は困ったような表情になる。
「どちら様?」
わざとらしく甲斐は平古場に向かってそう尋ねる。そう言われ、平古場は数日前のことを
思い出した。
「どちら様って・・・。お前、この前のまだ根に持ってるばー?」
この前、自分が甲斐に誰だっけ?と持ち掛けたことを思い出し、平古場は苦笑する。今に
なってこんな仕返しをしてくるのは子供っぽいなーと思いつつ、それはそれで甲斐らしい
とも思ってしまう。
「知らない人やっし。この前のことって何のことかねぇ?」
畳みかけるようにそう返す甲斐に、平古場は観念する。とにかく謝っとけとこの前のこと
を素直に謝ることにした。
「あー、はいはい。俺が悪かったどー。」
「ぷっ・・・あははっ、やっぱ凛を知らないフリするのは難しいさー。」
「お、やっと笑ったさー。あははっ!」
平古場が謝ったことで、甲斐は思わず吹き出してしまう。甲斐が笑うので、平古場もつら
れて笑った。その後はいつも通り仲良く話をしながら、二人は学校へと向かった。
3.
いつものように一緒に帰りながら、甲斐はふと平古場に相談を持ちかける。
「なあ、凛。ちょっとバレンタインのことで相談があるんだけど・・・」
「相談?バレンタインの?」
甲斐からバレンタインの相談をされるとは思っていなかったので、平古場は少々驚いたよ
うな反応を見せる。
「どんなチョコをあげればいいかって、そんな感じなんだけどよ。」
「誰にチョコやるか知らないやしが、俺を踏み台にするとはいい度胸さー。」
甲斐がバレンタインにチョコレートを用意するというようなニュアンスのことを聞いて、
平古場はそんな言葉を返す。
「あい?やっぱ、相談には乗ってくれん感じばー?したら、別の奴に・・・」
「わぁーったわぁーった。乗らねーとは言ってねーやっし。」
甲斐が他の誰かに相談するのも癪だと平古場はそう答える。相談に乗ってもらえるならと
甲斐は平古場に聞きたかったことを聞く。
「凛はどんなチョコが欲しい?やっぱり、それなりにいい値段帯のチョコとかはやりのチ
ョコとかが嬉しい?」
「値段?はやり?気にしねーだろ、そんなん。もらえるだけで嬉しいに決まってるさー。」
値段もはやりも気にしないという平古場の言葉に、甲斐はニッと笑ってお礼を言う。
「了解。でーじ参考になったさー。ありがとうな。」
「・・・え、もういいのかよ。おお・・・」
「だって、凛がどんなチョコが欲しいか聞けたやし、俺的には十分と思うけど?」
「今の、もしかして・・・。俺への質問だばー?」
「もちろんさー。本命チョコ、期待してていいぜ。」
甲斐がチョコをあげる相手など平古場一択だ。単純に自分がどんなチョコが欲しいかを聞
かれていたということに気づき、平古場の顔は赤く染まる。そんなことを言われたら、バ
レンタインが楽しみで仕方なくなってしまうと、平古場の胸はドキドキと高鳴っていた。