花咲くバレンタイン
〜Before Valentine〜(氷帝)

跡部×宍戸

跡部Side

1.
とある日の通学路。宍戸は跡部を見つけ声をかける。
「おはよう、跡部。」
「ああ、おはよう。」
宍戸に声をかけられ、跡部は挨拶を返す。そんな二人の頬を冷たい風が撫でた。
「今朝みたいに冷えると空気が澄んで気持ちがいいな。」
「まあ、確かにな。あ、だったらお前も一緒に歩いて学校行くか?いつも車だろ?」
「いいんじゃねぇの。頭が冴えるし、歩いて登校するのも悪くねー。」
そんな答えが返ってくるとは思っていなかったので、宍戸はきょとんとした顔を見せる。
その顔を見て、跡部は納得いかないといった表情になる。
「あーん・・・?」
「何だよ?」
「何をきょとんとしてやがる。俺様だって歩いて登校するぜ?」
歩いて登校すると言うとは思っていなかったと思っていたことを見透かされ、宍戸は苦笑
する。澄んだ空気の中、跡部と宍戸は一緒に歩いて登校した。

2.
跡部と学校までの道のりを歩きながら、宍戸はあることを尋ねる。
「跡部、今日は昼休み何か予定あるか?」
「・・・昼休みの予定?」
「おう。」
「今日は先約がある。用事があるなら放課後にしろ。」
昼休みにもちょっと跡部と話したいなあと思っていた宍戸は、少々がっかりしながらも先
約があるなら仕方ないと諦める。ただ、どんな先約があるのかは気になった。
「先約って、どんな予定があるんだよ?」
「校内放送にゲスト出演する予定だ。」
氷帝学園一有名で人気の跡部のこと、そういうことも全然ありえるかと宍戸は納得する。
「なるほどな。それは仕方ねぇな。」
「昼休みが最高の時間になる事を約束するぜ。」
直接は会えないが、昼休みに跡部の声が聞けるのは悪くないと、宍戸は跡部のその言葉に
否定も同意もせず、こっそり昼休みを楽しみにする。そんな宍戸の胸の内を知ってか知ら
ずか、跡部はさらに言葉を続けた。
「俺様の美声に酔いな。」
「はいはい。」
いつも通りの跡部のセリフに宍戸はあしらうような返事をするものの、お昼休みが待ち遠
しいなとうきうきした気分になっていた。

3.
たまたま帰る時間が重なったため、跡部と宍戸は朝と同じように通学路を一緒に歩いてい
た。あるところに差し掛かると、宍戸が何かを探すような仕草を見せる。
「きょろきょろして何を探してんだ。」
「えっ、いや・・・何かこの辺り、バレンタインのイルミネーションがあるって聞いてよ。」
「バレンタインのイルミネーション?」
「せっかくだから、ちょっと見てみてぇなあと思ってよ。」
確かに自分もそんな話を小耳に挟んだかもしれないと、跡部は宍戸の話に同意する。
「そういえば、この辺りも今年から飾られてるんだったか。」
「去年まではちょっと違う場所だったみてぇだけどな。」
「一緒に見てくか?」
「えっ!?」
突然の跡部の言葉に宍戸の心臓はドキンと跳ねる。バレンタインのイルミネーションを跡
部と一緒に見る。そんな自分を想像して、宍戸の顔は熱くなり、跡部の言葉にどう返事を
していいのか分からなくなっていた。
「・・・と言いたいところだが、今日は時間がねえ。」
「そ、そっか。そうだよな、跡部忙しいもんな!」
心の準備が出来ていなかったので、残念だと思いつつも宍戸はどこかホッとしていた。し
かし、跡部と一緒にバレンタインのイルミネーションが見たいという気持ちは、今しがた
の跡部の言葉でかなり大きくなっている。
「ま、まあ、バレンタインまではまだ日があるし、またの機会にってことにしといてやる
よ。」
「タイミングが合えば、いつかな。」
タイミングが合えばと言ってはいるが、跡部のその表情は一緒に行くぞときっぱりと言い
切っているようであった。別に明確な約束をしたわけではないのだが、跡部と一緒にバレ
ンタインのイルミネーションを見に行くことを宍戸は心の底から楽しみにし、ドキドキと
胸を高鳴らせていた。

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宍戸Side

1.
冬の風が吹き抜ける朝、学校に到着する直前で宍戸は見知った後ろ姿を見つける。
「ん・・・?」
今日はいつもより寒いためか、いつもは堂々としている姿勢が今日は少し縮こまっている
ように見えた。そんな後ろ姿に宍戸は声をかける。
「よっ。縮こまって歩いてるから気づかなかったぜ。」
「ああ、宍戸か。このぐらいの寒さどうってことねぇが、お前は寒くないのか?」
隣に並ぶ宍戸の方に顔を向け、跡部はそう返す。
「寒くないのかって言われても・・・これくらいで寒がってたら朝練で動けねーからな。」
宍戸らしい言葉だと思いながら、跡部はふっと笑う。2月と言えば卒業も目前であるが、
当然のように朝練に参加する宍戸に、跡部は好感を抱いていた。
「お前も気合入れろよ。そしたら、寒さなんて感じなくなるぜ。」
「別に気合なんて入れなくたって、この程度の寒さ問題ねぇよ。」
そこまで寒いとは感じていないのだが、宍戸にはそう見えるようだ。少し意識をして姿勢
を正すと、跡部は朝からやる気満々な宍戸に視線を移す。
「んじゃ、俺はこのままテニスコートに行くからよ。」
「ああ。俺は今日は別の用があるから朝練には出られねぇが、しっかり練習しとけよ?」
当然だと言わんばかりに宍戸は頷き、一足早く学校に向かおうとする。テニスコートに向
かう前に、宍戸は跡部に向かって一言言い放つ。
「また教室でな。」
違うクラスなのに何を言っているのだろうと跡部は首を傾げるが、今日は宍戸のクラスと
合同の授業があることを思い出す。卒業が目前に迫っているため、変則的な授業がいくつ
もあるのだ。
「そうか。確か今日は2限がアイツのクラスと合同の授業だったな。」
そう口にすると、跡部は嬉しそうな表情を浮かべ、ゆっくりと教室に向かって歩みを進め
た。

2.
一日の授業が終わり、跡部と宍戸は帰り路を辿っている。今日の合同授業のことを思い出
し、宍戸は軽く溜め息をつく。
「はあ・・・今日は助かったぜ。」
「あーん?何のことだ?」
急に何を言い出すのかと、跡部は宍戸にそう返す。
「ほら、2限の数学だよ。居眠りしたのをこっそり起こしてくれたろ。」
跡部のクラスと合同授業であった数学の授業で宍戸は居眠りをしていた。たまたま近くに
座っていた跡部は、こっそりと宍戸にメールをし、マナーモードの振動で宍戸を起こした。
「ああ、ジローみてぇにぐっすり寝てやがったな。起きたときに、顔にすげぇ跡ついてた
し。なかなかに可愛かったぜ?」
宍戸の顔になかなか派手に跡がついていたことを思い出し、跡部はくっくと笑う。
「顔に跡ついてたって・・・思い出し笑いしてんじゃねー。」
顔に跡がついていたのを見られたのは跡部だけなのだが、それを改めて指摘されるのが恥
ずかしくて、跡部に文句を言う。しかし、起こしてもらったことで助かったのは事実なの
で、すぐにその表情は笑顔に戻った。
「ま、おかげで当てられても慌てずに済んだんだけどよ。」
「あのまま寝かしといて、慌てる様を眺めてやるってのもよかったんだけどな。まあ、貸
しってことにしといてやるよ。」
それを聞いて、宍戸はパッと思いついたことを言う。
「今度お前が居眠りしてたら起こしてやるぜ。今回の礼代わりって事でな。」
「俺様が授業中に居眠りなんてするわけねぇだろ。礼は他のことでしてもらうぜ。」
何をしてもらおうかと、跡部は実に楽しそうな表情で考える。跡部にはいろいろ借りがあ
るなあと思いつつ、宍戸は楽しそうにしている跡部の様子をしばらく眺めていた。

3.
跡部と一緒に歩いていると、跡部が自分とは逆の方向を眺めている。跡部が何を見ている
のか気になり、宍戸は素直に聞いてみる。
「なあ、さっきから向こうばっか見て、なんか気になるもんでもあったか。」
「ああ、チョコレートやらハートやらがたくさん描いてあるポスターがそこらじゅうに貼
ってあるなあと思ってよ。」
「ああ、バレンタインフェアのポスターか。そういえばそんな時期だよな。」
跡部の視線の先には、バレンタインフェアのポスターが貼られていた。バレンタインが近
いこの時期、どの店でもバレンタインフェアなるものが行われている。
「そろそろバレンタインだが、お前はどうなんだ?やっぱり、楽しみなんじゃねーの?」
「楽しみじゃないのかって・・・あのなぁ、ストレートに聞くなっての。答えにくいっつ
ーか、なんていうか・・・」
基本的にバレンタインは跡部と過ごすことになっている。そのことを聞いているのか、そ
れとも誰かからチョコレートをもらうことについて聞いているのか分からず、いずれにし
ても答えづらいと宍戸は口ごもる。
「まあ、俺様と一緒に過ごすなら、最高のバレンタインを味わわせてやるけどな。」
自信満々にそんなことを言ってくる跡部に、宍戸の顔は真っ赤に染まる。
「あー!もう、この話は終わりにして早く帰るぞ!」
そんな恥ずかしさを誤魔化すかのように宍戸はそう言い放つ。今年のバレンタインデーも
十分に楽しめそうだと思いながら、跡部は口元を緩ませ、バレンタインらしい雰囲気でい
っぱいの通りを宍戸と歩いた。

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岳人×忍足

岳人Side

1.
登校時、学校に着く前に忍足は岳人を見つける。
「おはようさん、岳人。」
「おぉ、おはよ。」
「朝から元気やなー、岳人は。」
いつもより高いテンションで挨拶を返され、忍足はそんな感想を持つ。
「今日さ、1限目の体育、楽しみだよな!」
1限目は岳人のクラスと忍足のクラス合同での体育だ。今日行う種目が何かを思い出し、
忍足は溜め息をつく。
「あー、せやな。」
「・・・なんだよ、テンション低いなぁ。トランポリンなんだぜ?」
「そりゃ岳人は楽しみかもしれんけど、俺はそないにトランポリン得意やないからなぁ。」
跳ねることが大好きな岳人は体育の授業の種目がトランポリンというだけで、朝からかな
りハイテンションであった。
「へへっ、昨日から楽しみでさ。早く飛びたくてウズウズしてるぜ。」
自分自身はそれほどトランポリンは楽しみではないのだが、あまりにも岳人が楽しそうに
しているので、忍足もつられて笑顔になる。
「まあ、自分自身がやるのはさておき、岳人が楽しんでトランポリンで跳んでるところは
しっかり見とくわ。」
「アクロバティックなジャンプ、たっぷり披露してやるから楽しみにしてろよな!」
「期待しとるで。」
ふっと微笑みながら忍足はそんなことを言う。大好きな忍足に大好きなトランポリンで格
好良いところ見せてやろうと、岳人はさらに体育の授業が楽しみになっていた。

2.
「はぁ、今日の授業も長かったなー。」
一日の授業が終わり、少々疲れたような様子で岳人は呟く。
「授業の時間はいつもと変わらへんで。」
「いつもと変わらないだろって・・・分かってるよ、ったく。」
それは分かっているのだが、今日は好きな授業が1限目にあったので、岳人にとっては余
計に他の授業が長く感じられていた。座学よりも体を動かすことが好きな岳人は、どうし
てもじっとしているより動きたくなってしまうのだ。
「でもさ、なんだか運動してーとか、どっか出かけてーとか思わねぇ?」
「せやなぁ・・・」
岳人にそう言われ、忍足はしばし考える。ある程度テニスをしてきた後なので、今運動し
たいとは思わない。どこか出かけたい場所があるかと考えた時、この時期に関連するある
場所が忍足の頭に思い浮かんだ。
「今度駅前にスイーツショップが出来てん。そこにちょっと行ってみたいと思っててん。」
「・・・今度駅前にできたスイーツショップに行きたいと思ってたって?」
「見た目わりとオシャレでええ感じやったで。せやから、中もどうなってるんか気になる
なあと思てな。」
忍足の口からスイーツショップとは少し意外だなあと思いつつ、それはなかなか興味深い
と岳人もそこへ行ってみたくなる。
「いいじゃんその話、乗った!行く時は、俺にもぜってー声かけろよな!」
「ほんなら今から行ってみるか?」
少し寄り道するくらいの時間はあるので、忍足はこれから行ってみようと岳人を誘う。善
は急げと言わんばかりに、岳人は忍足のその誘いに二つ返事でOKした。

3.
忍足の行きたいと言っていたスイーツショップに寄った後、二人はまた家路を辿る。
「どうだ、行きたかったスイーツショップは。最後に何か買ってたな。」
「なかなかよかったんちゃう?最後に買ったんは、チョコやで。」
「チョコ?ああ、なんかフェアとかって言って店のあちこちに置いてあったな。」
2月のこの時期、スイーツショップで行われるフェアと言えば、バレンタインフェアだ。
そのフェアの対象商品を忍足は一つ買っていた。
「・・・・」
バレンタインフェアだということに気づいて、岳人は忍足が買ったそれをどうするのかが
気になって仕方がなかった。その買ったチョコを誰にあげるのか、それを聞き出したくて
自然と口が動く。
「・・・なぁ、その・・・バレンタインとかって・・・・」
「何や?バレンタインがどないしたん?」
「・・・・・」
希望的にはそのチョコは自分がもらいたいが、そんなことは言えない。もし、自分ではな
い誰かにあげると言われたら、それはそれで何とも言えない気分になってしまう。これ以
上は追及するべきではないと、岳人は尋ねるのをやめる。
「な、何でもねー!」
「何やねん。」
「あー、何だか腹減ってきちまったからもう帰るわ。それじゃあな!」
もやもやする気分をふり払うかのように岳人はそう言って走り出す。そんな岳人の背を見
送りながら、忍足は苦笑する。
「あないに気にせんでも、コレは岳人のために買ったんやけどなぁ。」
それを言うのはバレンタイン当日までとっておこうと、忍足はスイーツショップで買った
本命チョコを一旦取り出して眺めた後、鞄の中にしまった。

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忍足Side

1.
2月のある日の帰り道、少し遅い時間にも関わらず、忍足は岳人と鉢合わせる。
「なんや、まだ学校残ってたんか。」
「おー、ちょっと図書館で読書してた。」
普段はあまり小説を読んだりはしないのだが、忍足とバレンタインを楽しむために、岳人
は慣れない読書を頑張ってしていた。
「ああ、図書館におったんやな。どんな本読んでたん?」
「えっと、恋愛小説・・・みたいな?」
「恋愛小説・・・。自分、ええ趣味しとるやん。」
もちろんそれは忍足の趣味に合わせてのチョイスだ。自分では選びきれないので、読書が
趣味の滝にアドバイスを得ながら、忍足が読んでなさそうな、しかし、忍足が好みそうな
小説を選んで読んでいた。
「俺も結構読んどる方やけど、まだ読んだことないタイトルやな。」
「結構面白かったと思うぜ。侑士の好きそうな話だったし。」
それはなかなか興味深いと、忍足はその本に興味を持つ。
「今度借りてみるわ。ええ本の情報、おおきに。」
「へへ、んじゃ、今日は一緒に帰りながら、恋愛小説の話でもしよーぜ!」
今しがた読んだばかりなので、今日なら忍足の恋愛小説談義にも付き合えると岳人はそん
なことを言う。その言葉通り、二人は帰り道を歩きながら、恋愛小説の話に花を咲かせた。

2.
数日後の朝、忍足は岳人に話しかける。
「この前、勧めてくれた本・・・」
「ん?この前の本って、あの恋愛小説か?」
岳人の問いに忍足は頷きながら答える。相当その話の内容が気に入ったようで、実に嬉し
そうな表情で感想を話す。
「めっちゃよかったわ。ラストは王道のハッピーエンドやったし、本でも現実でも人が幸
せそうなんを見るんは気持ちええなぁ。」
「はは、侑士らしいな。」
人が幸せそうにしていると、自分も幸せな気分になるという忍足の話を聞いて、忍足のそ
ういう部分はやはり好きだなあと岳人はニコニコ笑う。そんな岳人に忍足は一つ頼み事を
する。
「それで、頼みなんやけど・・・放課後図書館につき合うてくれへん?」
「別に構わねぇけど、何でだ?」
「あの著者が書いた本で、他にオススメがあれば教えてほしいと思って。」
そんなこともあろうかと思い、岳人は同じ著者の小説を何冊か読んでいた。滝のアドバイ
スではあるが、こんなにあからさまに役に立つとは思っていなかった。
「いいぜ。俺が読んでよかったと思うヤツ、バッチリオススメしてやるよ!」
「・・・おおきに。放課後、楽しみにしとるわ。」
岳人と自分の好きな恋愛小説の話が出来るのが嬉しくて、忍足は笑顔で岳人にお礼を言う。
放課後が待ち遠しいと思いながら、忍足は小説の主人公達と同じように幸せな気分に想い
を馳せていた。

3.
「そういえば、今日の昼休みも図書館におらんかった?」
放課後、図書館に向かいながら忍足は岳人にそう尋ねる。
「ああ、いたな。見かけたんなら声掛けてくれりゃよかったのに。」
「声掛けようとしたんやけど、めっちゃ真剣に本読んどったから邪魔するのも悪い思て。」
そんなに真剣に読んでたかなあと思いつつ、岳人はそのとき読んでた本が何だったかを思
い出す。
「昼休みは・・・ああ!お菓子作りの本読んでたな!」
「お菓子作りの本?ああ、バレンタインが近いもんなぁ。」
岳人がお菓子作りの本を読むとは意外だなと思いつつ、今の時期を考えるとそうでもない
かと思い直す。
「自分も誰かにチョコレートを・・・いや、やっぱなんでもあらへん。」
この時期にお菓子作りの本はバレンタインの準備以外の何物でもない。岳人がチョコレー
トを作って誰かにあげるのかかなり気になりはするが、それを聞いてしまうのは何だか負
けたような気がしていた。
「聞くのも野暮やろうし・・・誰に渡すか気になってまいそうやしな。」
「んー、まあ、作るとしても本命チョコだけだぜ?だから、バレンタインは楽しみにしと
けよ、侑士。」
ニッと笑いながら岳人はそんなことを言う。それはもう答えを言っているようなものでは
ないかと思いながら、忍足は胸をときめかせていた。

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ジロー×樺地

ジローSide

1.
いつも通りの朝。ジローは大きなあくびをして、かなり眠そうにしながら通学路を歩く。
「ふあぁ・・・」
そんなジローを少し後ろから樺地は眺めていた。すると、ジローのポケットから何かが落
ちるのに気づく。その落ちたものを拾って、樺地はジローに声をかけた。
「ジローさん・・・」
「・・・え、何・・・俺になんか用事・・・?」
樺地に声をかけられ、ジローは眠そうな表情のまま振り返る。そんなジローに樺地は手に
持っているスマホを差し出した。
「んー・・・それ、俺の携帯だー・・・」
「ウス。」
「あれ・・・でもどうして俺の持ってるの・・・?」
スマホを落としたことに気づいていないジローは頭にハテナを浮かべて、そう樺地に尋ね
る。
「今、ポケットから落ちていたのを、拾いました・・・」
「今落としてた・・・?あー・・・拾ってくれたんだ。ありがとー・・・」
落としたスマホを樺地が拾ってくれたということを理解し、ジローは笑顔でお礼を言う。
そのときは一瞬目が覚めているような雰囲気になったが、すぐにまた眠そうな表情に戻る。
「ふぁ・・・眠い・・・。そんじゃ、後でねー・・・」
眠いながらも朝練には出るつもりらしく、ジローは樺地にそう伝える。途中で眠ってしま
うのではないかと心配しつつ、樺地は万が一ジローが眠ってしまっても大丈夫なように、
ジローを置いていくことはせず、ジローのペースに合わせて通学路を歩いた。

2.
「おーい、おっはよー!」
前日の眠そうだった朝の雰囲気とはうってかわって、ジローは元気よく樺地に朝の挨拶を
する。
「おはようございます、ジローさん。・・・今日は元気ですね。何かいいことがありまし
たか?」
「何かいいことでもあったのって・・・へへっ、分かる?」
「ウス。」
昨日とはかなり雰囲気の違うジローに、樺地は素直に頷く。そんな樺地にジローは嬉しそ
うにこのハイテンションのわけを話した。
「昨日の夜さ、漫画読んでたら新しいボレーのアイディア思いついちゃったんだ。」
はしゃぎながらそう話すジローに、樺地は流石だなーと感心する。眠そうなジローの世話
をすることが多い樺地であるが、こんなふうに楽しそうにしているジローもかなり好きで
あった。
「早く試したいから、俺、ダッシュで先行くね。」
今の時期、三年生は朝練や自主練は必須ではないにも関わらず、ジローは思いついたアイ
ディアを試したいという理由で、自分よりも先にテニスコートに向かう。自分も負けられ
ないと思っていると、くるっと振り返りながら声をかけられる。
「あっ、そうだ。あとでコートに見においでよ〜!」
「ウス。」
もちろん自分もテニスコートに向かう予定ではあるが、そう言われてしまってはジローの
練習を見逃すわけにはいかない。ジローを追いかけるように、樺地も早足でテニスコート
に向かった。

3.
朝練の後、教室に向かいながら、樺地に話しかける。
「皆とおしゃべり、盛り上がってたじゃん。何の話してたの?」
二年生同士で仲良く話をしていたのを見ていたジローは、樺地にそんなことを尋ねる。
「バレンタインの・・・話です。」
「バレンタインの話かぁ。そういえばもうすぐ14日だもんな〜。」
2月14日といえば鳳の誕生日でもあるが、やはりバレンタインも気になるということで
そんな話題の話をしていた。それを聞いて、ジローは楽しそうな表情で笑う。
「ねぇねぇ、俺にもチョコくれる?」
バレンタインの話をしていたならと、ジローはニコニコしながら樺地にそんなことを言う。
もともとそのつもりであったものの、まさか本人にそんなことを言われるとは思っていな
かったので、樺地は少し戸惑うような反応を見せる。
「えっと・・・その・・・・」
「えー、いいじゃん!1つくらいくれたってさ。」
樺地が頷いてくれないので、ジローは冗談じみた口調でそう口にする。こういうところも
憎めないところなんだよなーと思いながら、樺地はジローを見た。
「俺、14日は楽しみに待ってっから!」
「・・・ウス。」
そう言われてしまったら、もう頷かないわけにはいかない。ジローのためにどんなチョコ
レートを作ろうかと考えながら、樺地は教室に向かって歩き出した。

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樺地Side

1.
「あの・・・」
どこかで昼寝をしていて、今起きたと思われるジローに樺地は声をかける。
「あー、樺ちゃん・・・どした?」
まだ寝ぼけ眼でジローは返事をする。
「家庭科の先生から、伝え忘れたと・・・伝言があります。」
「何〜?」
明日は二、三年生合同での調理実習が予定されていた。ジローのクラスは樺地のクラスと
合同での調理実習となっている。三年生の卒業がせまっているため、授業の時間を使って
の学年を越えた交流の一環として、いくつかそんな予定が組まれていた。
「・・・調理実習の際に、ふきんを持ってくるのを忘れないように・・・だそうです。」
「ふきんねー・・・りょうかーい・・・」
まだまだ眠たそうなジローを見て、何となく忘れそうだなと樺地は心配になってしまう。
幸いジローとは同じ班なので、自分が予備のふきんを持ってくればよいかと考える。
「んー、俺、家庭科の授業出てたよね・・・?俺がいないタイミングとかあったっけ?」
「・・・ウス。あなたは委員会で不在でしたから・・・」
家庭科の時間のすぐ後に委員会の予定があったため、他のメンバーより早めにジローは教
室を後にしていた。その後で、家庭科担当の教師からふきんの話があったのだ。
「あー、委員会はほぼ引継ぎだけなんだけどー・・・ほとんど寝てて、宍戸に怒られたー。」
ジローは宍戸と同じ委員会であるため、ジローはぼーっとしながらそんなことを話す。と
りあえず、伝言をジローに伝えられてよかったと樺地はホッとする。
「帰ってしまう前に・・・伝えられて、良かったです。」
「うん、ありがとー。俺、まだ超眠くて帰ってる途中で寝ちゃいそうだから、樺ちゃん一
緒に帰ろ〜・・・」
確かにこの状態では、帰り道のどこかで寝てしまいかねないと、樺地はジローの誘いに頷
く。明日の調理実習が楽しみだと思いながら、樺地はジローの様子を見ながら一緒に下校
することにした。

2.
「おっはよー、樺ちゃん!」
ジローには珍しくかなり元気な様子で、樺地に声をかける。
「ウス。おはよう・・・ございます。」
挨拶をした後、ニコニコしながらも特に会話がないので、樺地はしばらく黙っている。
「・・・・」
しかし、せっかくジローが元気に起きている状態なのだ。何か話したいと、樺地は自分か
ら話しかける。
「・・・今日は、調理実習の日ですね。」
「うんうん!樺ちゃんと一緒に作れるし、超楽しみ〜!!」
今日の調理実習の話をすると、ジローは嬉しそうな笑みを浮かべてそう返す。ジローが楽
しそうなのを見ていると自分も楽しくなるなあと樺地はふわっと胸の中が温かくなる。
「・・・はい、自分も楽しみです・・・。美味しいクッキーが、作れるといいです。」
今日の調理実習で作るのはクッキーの予定だ。お菓子が大好きなジローはそれだけでもも
う楽しみで仕方がなかった。
「樺ちゃんが作るクッキー絶対美味しいと思う!マジで楽しみだC〜!」
「同じ班ですし・・・一緒に頑張りましょう。」
「うん!頑張って作って、いっぱい食べるぞー!!」
好きなことに関しては全力で楽しむ姿勢を見せるジローに、樺地は心惹かれていた。ジロ
ーに美味しいクッキーを食べさせてあげたいと、顔には出さないが樺地は気合を入れて調
理実習に臨むと決めた。

3.
今日も樺地はジローと一緒に帰っている。商店街の近くに差し掛かると樺地はふと足を止
め、少し先にある店に視線を向ける。
「あれは・・・」
「どうしたの?樺ちゃん。」
「・・・先日、あのお店のブラウニーを食べました。」
その店を指差し、樺地は答える。少し前にその店のブラウニーを食べたことを思い出した
のだ。
「へぇ、そうなんだ。樺ちゃんが自分で買ったの?」
「妹が・・・バレンタインフェアだからと買ってきて・・・美味しかったので・・・おす
すめです。」
これはいいことを聞いたとジローは目を輝かせる。そう言えば、もうすぐバレンタインだ
なーと思うが、何故急に樺地がそんな話を自分にしてくれたのか、ジローには分からなか
った。
「それなら、俺も食べてみたいかも〜。バレンタインも近いしねー。でも、どうして急に
そんなこと教えてくれたの?樺ちゃんもまた食べたいとか?」
「・・・調理実習の時に、甘い物が好きと言っていたのを思い出したので・・・」
特にバレンタインの話題を出したかったわけではないが、結果的にそういう話になってし
まったので、樺地は目を逸らしながらそう答える。
「そっかぁ。樺ちゃんがおすすめしてくれるなら食べてみなきゃだね!教えてくれてあり
がとー!」
調理実習のときに自分が言ったことを覚えてくれているのが嬉しくて、ジローは満面の笑
みで樺地にお礼を言う。そんなジローの言葉に樺地は嬉しくなった。
「ウス。・・・どういたしまして。」
「もし、俺があそこのブラウニー買ったら樺ちゃんも一緒に食べよう!二人で食べた方が
絶対もっと美味しいよ!へへっ、楽しみだな〜。」
また楽しみなことが増えたと、ジローはご機嫌な様子で樺地を見る。あの美味しいブラウ
ニーをバレンタインにジローと一緒に食べれたらいいなあと思いながら、樺地はふっと微
笑んだ。

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