花咲くバレンタイン
〜Before Valentine〜(四天宝寺・二翼)

金太郎×白石

金太郎Side

1.
学校からの帰り道、白石がたこ焼きを買い食いしながら歩いていると、聞き慣れた声が耳
に入る。
「あー!!」
「ああ、金ちゃん。お疲れ。」
「なぁなぁ、それ『たこ五郎』のタコヤキやろ。」
挨拶もそこそこに金太郎は白石の持っているたこ焼きを指差して尋ねる。
「せやで。ちょっと小腹が空いたから思わず買ってもうた。」
「やっぱ、そうやんな。ワイもめっちゃ好きやねん。」
「知っとるで。金ちゃんもしょっちゅう買い食いしとるもんな。」
金太郎が買うときは1パックでは足りないのでいくつか買っているのをよく見る。羨まし
そうに白石の持っているたこ焼きを眺めて、金太郎はしょんぼりした顔になる。
「せやけど、おこづかいがもう残り少なくて・・・」
「はは、金ちゃんたこ焼き買い過ぎやもん。」
「うう〜!匂いかいでたら食べたなってきた・・・!」
あまりに金太郎がたこ焼きを食べたがっているので、白石はまだもう少し残っているたこ
焼きを金太郎に分けてあげようとする。しかし、それを提案する前に金太郎は思い立った
ように叫んだ。
「やっぱ我慢出来ひん。ワイも買いに行ってくる!」
「えっ!?ちょっ・・・」
「ほな、また明日な〜。」
白石の話を聞こうともせず、金太郎はたこ焼き屋に向かって走り出す。金太郎らしいがも
う少し話は聞いて欲しいなあと思いながら、白石は笑う。
「おこづかい少ない言うとったし、今度おごってやるか。」
今日できっとお小遣いは使い切ってしまうだろうと思いながら、白石は残っているたこ焼
きを一つ口に運んだ。

2.
数日後の帰り道、金太郎は白石と一緒に帰っていた。大きな溜め息をつきながら、金太郎
は白石に愚痴をこぼす。
「この前の買い食いでおこづかいなくなってもうてん。」
「まあ、せやろな。お小遣いは計画的に使わなアカンで。」
「しばらくタコヤキ食えへんわ・・・」
分かってはいるものの美味しそうなたこ焼きが目の前にあれば、我慢出来ずに買ってしま
う。しょんぼりとしている金太郎を見て、白石は苦笑する。そんな金太郎に白石は何かを
差し出した。
「今日はたこ焼きは買えへんけど、その代わりにこれやるわ。」
「え、このアメちゃんくれるん?」
透明な袋に個包装された飴を一つ白石は金太郎に手渡した。その飴はたこ焼き味の飴で、
もっぱらマズイと評判のものであった。たこ焼き好きの金太郎にあげたらどんな反応をす
るのだろうという好奇心から白石は金太郎の様子をうかがう。
「おおきに。なんや、タコヤキみたいな色しとるなぁ。」
白石から受け取った飴を眺めながら、金太郎は嬉しそうにそう呟く。
「早う食べてみ。んで、感想聞かせてや。」
白石に促され、金太郎は袋を開けて、口の中にその飴を放り込む。コロコロと舌の上で飴
を転がすと、金太郎は驚いたような顔になる。
「!!味もタコヤキや。」
たこ焼き味の飴を食べたのなど初めてなので、金太郎は素直に驚きつつもパッと笑顔にな
る。
「嬉しいわぁ。今度は本物を一緒に食べに行けたらええな。」
(おー、そういう反応か。流石金ちゃんやな。)
マズイとは言わず、嬉しいと言う金太郎を見て、白石は何故だかキュンとしてしまう。も
ういくらでもおごってやると思いながら、白石は金太郎の頭を軽く撫でる。
「あはは、せやな。今度一緒にたこ焼き食べに行こうな。特別に俺が奢ってやるで。」
白石の言葉を聞いて、金太郎は花が咲いたように笑顔になる。金太郎と一緒にいるとこっ
ちまで嬉しい気分になるなと思いながら、白石は金太郎と同じように笑顔になった。

3.
金太郎と一緒に帰っている帰り道、白石は金太郎にあることを尋ねる。
「金ちゃんはチョコレート好きやったっけ?」
「チョコレート?」
「せや。好き?」
「好きやで。ワイ、好き嫌いないもん。」
白石の質問に金太郎は笑顔で答える。それなら問題ないなと白石はふっと笑う。
「さすが金ちゃんやな。好き嫌いないんはええことやで。」
「もしかして、くれるん?」
チョコレートが好きかと聞くのはくれる予定があるのかと、金太郎はキラキラした目を白
石に向けながらそう尋ねる。
「んー、それはバレンタインのお楽しみやな。」
「バレンタインのお楽しみ・・・」
「せやで。金ちゃんは少なくとも一個は確実にもらえるから楽しみに待っとき。」
「わかった!ほな、楽しみに待っとく!」
自分があげる予定なので、金太郎がチョコレートをもらえるということは確定している。
どんなチョコレートが一番喜んでくれるだろうと考えていると、金太郎がぎゅっと抱きつ
いてくる。
「わわっ、どないしたん?金ちゃん。」
「待っとるから約束やで。へへっ、バレンタインが待ち遠しいわ〜。」
「ああ、約束や。金ちゃんがメッチャ喜ぶようなチョコレート選んだるわ。」
バレンタインを非常に楽しみにしている金太郎が愛しくて、白石は目を細めて金太郎の頭
を撫でる。金太郎が喜んでくれるのは間違いないので、白石も非常にバレンタインが楽し
みになっていた。

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白石Side

1.
学校に向かって歩いていると、ふと視線を感じる。視線を感じる方に顔を向けると、そこ
には金太郎がいた。
「・・・?おはよう。」
「おはよう、白石。どないしたん?」
急に振り向かれたので、金太郎は首を傾げて白石に尋ねる。
「いや、視線感じたから、どないしたんかな思て。」
「あんなー、白石の書いてる話、結構おもろかったなーと思て、それ伝えたいと思ってた
んや。」
「えっ、毒草聖書の感想?」
まさか金太郎が毒草聖書を読んでくれているとは思わなかったので、白石は驚いたような
反応を見せる。漫画を読むのは好きだが、文字だけの文章などほぼ読まないと思っていた
からだ。
「俺が書いた小説、読んでくれたんやな。ホンマにおおきに。」
「んー、ワイ、字ばっかの本読むの苦手やから、小春とユウジとケンヤと銀に声に出して
読んでもろたんだけど、メーッチャおもろかったで!続きもメッチャ気になっとる。まだ
続きはあらへんの?」
テニス部メンバーに音読してもらったということを聞いて、それは確かに金太郎にも理解
出来るし、そのメンバーならセリフや動作を大袈裟にやってくれるので、さぞ面白いもの
になるだろうと、白石は納得する。
「続きは執筆中なんやけど、期待しとってや。」
「楽しみやー!出来たら教えてな。また、みんなに読んでもらうんや!あっ、今度は白石
も一緒に読んでな。」
自分の書いた小説を音読するのはなかなか恥ずかしいが、もともと劇にもなったりしてい
るので、それもありかと思う。何より金太郎が毒草聖書を面白いと言ってくれたことが嬉
しくて、白石はかなりテンションが上がっていた。

2.
「おはようさん。今日もええ天気やな。」
「白石ー、おはよう!・・・ふあぁ。」
前を歩く金太郎を見つけ、白石は声をかける。白石に気づいた金太郎は嬉しそうに挨拶を
返すがその後で大きなあくびをした。
「って、なんや、まだ眠そうやな。」
「んー、この季節は布団から出たくないねん。部屋ん中寒いし。」
冬真っただ中のこの季節、金太郎の言うことも分かると白石は頷く。しかし、せっかくな
ら朝から元気に活動したいものだ。
「これは俺のオススメなんやけど、朝起きたらまず健康体操するとええで。」
「健康体操?」
「1日の始まりは気持ち良く始めたいやろ。体を動かすんは気持ちええからな。」
確かに体を動かすのが気持ちいいということは、金太郎もよく分かっていた。しかし、白
石の言う健康体操がどんなものなのかは分からない。
「健康体操ってどんななん?ラジオ体操とかとは違うん?」
「健康体操・・・説明いるん?」
「いるわ。やってみたいけど、健康体操のやり方分からん〜。」
「ほな、後で動画撮っとくわ。見たほうが手っ取り早いし、わかりやすいやろ。」
「ホンマ!?おおきに、白石。」
白石が健康体操のやり方の動画を送ってくれるということを聞いて、金太郎は満面の笑み
でお礼を言う。どんな動画が送られてくるのか楽しみにしながら、金太郎は白石と一緒に
登校した。

3.
いつも通りの帰り道、白石は少し先に金太郎を見つける。せっかくなので一緒に帰りたい
と、走って金太郎を追いかける。
「ちょお、待ってや。」
「へっ?あっ、白石やー!」
白石の声に金太郎は足を止め、後ろを振り返る。金太郎が立ち止まったことで白石は金太
郎に追いつくことが出来た。
「良かった。追いついたわ。」
「メッチャ走っとったな。どうしたん?」
「後ろ姿見えたから、途中まで一緒に帰ろうかな思て追いかけてしもた・・・はは。」
金太郎と一緒に帰りたくて追いかけたことを白石は素直に金太郎に話す。自分と一緒に帰
りたいがために走っていたということが可愛く思えて、金太郎はニパっと笑いながら白石
を見る。
「ええで。ほんなら、白石に付き合うてもらおうかな。」
「ん?どっか行く途中やったん?」
「ちょっと買い物行こうと思ってたんや。ちょうどええから、白石も一緒行こ。」
白石の手首を握って金太郎は買い物に行きたかった場所へと向かう。
「買い物って・・・寄るところあったんか。」
「せやで。もうすぐバレンタインやろ?バレンタインは好きな奴にチョコレートあげる日
やって、小春やユウジが言うとったから買いに行くんや!」
「もうすぐバレンタイン・・・。せや、そないな時期やった。」
まさか金太郎がバレンタインのチョコを買いに行くとは思っていなかったので、白石は金
太郎が誰にあげるチョコを買いに行くのか気になってしまう。
「・・・・あげる相手は、って、こんなん聞いたらアカンな。気にせんといてや。」
「どんなチョコ買えばええかなあと思っとったけど、白石が一緒に来てくれるんなら、悩
まんでええな!白石が欲しいチョコ買うたらええんや!」
無邪気にそう言ってくる金太郎に、白石はあれ?っと気づく。金太郎がチョコを贈る相手
はもしかすると・・・と淡い期待を持ちながら、金太郎の買い物について行くことにした。

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銀×財前

銀Side

1.
学校までの通学路の途中で、財前は銀の姿を見つける。たたっと近づくと、銀の顔を見上
げるように挨拶をした。
「おはようございます、師範。」
「ん?ああ・・・おはようさん。」
財前の姿を見つけ、銀はふっと微笑む。
「明るくはつらつとした、気持ちのええ挨拶やな。」
「そんな感じやないと思いますけど・・・」
いつも通りに声をかけたつもりなのだが、そんな感じに見えていたのかと財前は少し恥ず
かしくなる。
「声をかけてくれて、おおきにやで。」
「そんな、お礼言われることやないですけど、師範がそう思うてくれてるのは、嬉しいっ
ス・・・」
照れながらもそんなことを言ってくる財前を銀は素直に可愛らしいと思ってしまう。
「今度おぬしを見かけたら、ワシから挨拶をするとしよう。」
「俺のが先に師範に気づいて、俺から声かけたりますわ。」
若干負けず嫌い感漂う財前の言葉に銀はふっと笑う。今日は良い一日になりそうだと思い
ながら、銀は財前と学校まで一緒に歩いた。

2.
「おはようさん。」
また別の日、登校時に財前を見つけた銀は迷わずに声をかける。
「あっ、師範。おはようございます。あー、やられましたわ。俺から声かける予定やった
のに、今日は師範の勝ちっスね。」
そんなことを言う財前の顔は実に嬉しそうな表情で、見ている銀の方が何だか照れくさく
なってしまう。
「・・・そうも喜んでもらえると、なんや、少し照れくさいな。」
「っ!!な、何言うとるんスか。べ、別に喜んでるようなこと言ってないっスよ。まあ、
師範から挨拶されるんは、嬉しいか嬉しくないかで言うたら・・・嬉しいっスけど。」
完全にテンパっている財前は、いつもより饒舌に自分の思っていることを素直に口にして
しまう。そんな財前が可愛らしくてたまらないと、ぽんっと財前の頭に大きな手を乗せる。
「今度はワシから挨拶する言う約束やったからな。」
「朝、軽く会ったときに話しとったことなんで・・・忘れてると思うてました。」
「はは、忘れるわけないやろ。」
笑いながらそんなことを言う銀の言葉に、財前の胸はひどくときめく。こんなに頻繁に朝
から銀と話が出来るのが嬉しくて、財前は顔が緩むのを抑えられないでいた。
「ほな、ここで会うたのも縁や。話しながら、学校まで一緒に行こか。」
(ヤバっ、メッチャ嬉しい・・・)
「はい・・・」
銀と一緒に登校出来るなんて、なんて幸せな一日の始まりだろうと思いつつ、財前は銀の
隣をいつもより少しゆっくりなスピードで歩いた。

3.
部活も終わり、銀と財前は一緒に学校を出る。冷たい風が吹き抜ける帰り道、銀は先程か
らうつむいている財前を心配して声をかける。
「冷え込んできたが、寒くあらへんか?」
「えっ・・・?いや、もともと寒いのはあんまり得意やないんで、寒さ対策は万全にして
ます。」
「・・・そうか。寒さ対策万全とは、さすがや。」
寒さ対策が万全で、そこまで寒くないのであれば、どうしてそんなにもうつむいているの
だろうと、銀はまた心配になる。
「うつむいとるから、寒いんかと思て心配したで。」
心配していることを伝えると、財前は顔を上げ、銀の顔を見上げる。しばらく間を置いた
後、何かを決心したかのような表情で口を開く。
「あの・・・師範、14日に話したいことが・・・あります。」
「ほう・・・14日に話したいことがある・・・?」
「14日、会ってもらえますか・・・?」
その約束を取りつけるだけでも、財前の心臓は壊れそうなほどに高鳴っていた。14日と
言えば、バレンタインデーだ。そんな日に話したいことがあるとは、少し期待してしまう。
「ええけど、なんやろか。」
「えっと・・・それは、当日まで秘密です・・・」
「・・・ふむ。当日までの秘密か。ならば詳しくは聞くまい。」
気になりはするが、14日になれば分かることだ。ひとまず14日会う約束を取りつける
ことが出来たので、財前はホッとした。
「ほな、14日にな。」
「はい。」
14日のバレンタインデー。その日は銀にとっても財前にとっても特別な日になることは
間違いなかった。

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財前Side

1.
「おはようさん。」
「・・・・」
通学路で財前を見つけ、銀は声をかけるが、財前は振り返りもしなかった。聞こえなかっ
たのかもしれないと、銀は財前の肩を叩き、もう一度声をかける。
「おはようさん、財前はん。」
「ん?ああ、おはようございます。」
肩を叩かれて、そちらの方を向くと銀の姿があった。急に銀が近くにいたため、財前はド
キドキしてしまう。
「肩叩かれるまで気づかなかったスわ。」
「声掛けてたんやけどな。」
「え、声掛けてた?」
イヤホンで音楽を聞いて歩いていたため、一度目の声掛けはほとんど聞こえていなかった。
「音楽聞いてたから、よう聞こえんかったかも。」
「なるほどな。ほんなら、仕方ないなぁ。」
表情を変えず、表面上は冷静さを保っているが、朝から銀に話しかけられ、財前の鼓動は
かなり速くなっていた。そんな心の乱れを誤魔化すかのように、財前は銀の制服の袖口を
引っ張りながら、早く学校へ行こうと急かす。
「それより寒いんで、話しとらんとはよ学校行きましょ。」
「せやな。財前はんの体が冷えんうちに学校行かんとな。」
挨拶を一度無視してしまっても、自分勝手なことを言っても、銀は怒るようなことはせず、
ただ財前の言葉に頷く。そんな銀の優しさに財前の心はぎゅっと鷲掴みにされていた。

2.
別の日の朝、今度は財前が銀を見かける。今回はちゃんと挨拶をしようと、銀のすぐ隣に
まで移動し、声を掛けた。
「おはようございます。」
「・・・・・」
「・・・・・」
財前の声は聞こえているが、銀はわざと聞こえてない振りをする。この前の財前を真似て
のことだ。しかし、慣れないことをしているために、どうしても口元がニヤけてしまう。
そんな銀を見て、財前は呆れ顔を見せる。
「あの、聞こえない振りしてるのバレバレっスけど。」
「ほう、よう気づいたな。何で気づいたんや?」
「なんでって・・・口元笑ってるの見えたし。」
「はは、そりゃバレてまうな。ワシもまだまだやな。」
すぐにバレてしまったものの、財前とそんなやりとりが出来たのが、銀にとっては新鮮で
楽しいことであった。
「おおかた、この前の仕返しとか考えたんでしょ。」
「なんと!そこまでバレとったか。」
「せやけど、詰めが甘いっスわ。俺を騙そうなんて100年早いっスね。」
ドヤ顔で財前はそんなことを言ってのける。財前のそんな顔も好きだなあと思いながら、
銀はふっと笑う。
「さすが財前はんやな。今回は完全にワシの負けや。」
そう言うと財前は少し驚いたような顔を見せた後、ふっと嬉しそうに笑う。この前よりも
いい雰囲気で、二人はこの前と同じように二人で仲良く登校した。

3.
銀と一緒に帰っている帰り道、財前は銀が鼻歌を歌っていることに気がつく。その曲は最
近よく流れているバレンタインソングであった。
「あ、その曲。最近発売されたバレンタインソングっスよね。」
「ああ、何やいろんなところで流れとるから覚えてしまってな。財前はん、洋楽聞いとる
イメージやけど、この歌も知っとるんやな。」
「知ってるのかって・・・まあ、一応邦楽も聞いたりはするんで。」
基本的に音楽を聞くのが好きなので、洋楽に限らず、財前は様々なジャンルの曲を聞いて
いた。
「鼻歌で歌うって結構、気に入ってるんスね。」
銀が流行りのバレンタインソングを鼻歌で歌っているのが意外で、楽しそうな表情でそん
なふうにつっこむ。
「まあ、バレンタインも近いしな。たまにはそういう雰囲気を味わうのもええかと思て。」
「チョコ、用意したりするんスか。」
それならそういうこともありえるかもと財前はそんなことを尋ねてみる。もし、銀がチョ
コを用意するのなら、どんなものを用意するのだろう。あげるとしたら、誰にあげるのだ
ろうと、興味は尽きない。そんな財前の心の内を知ってか知らずか、銀は逆に質問で返す。
「何や?ワシがチョコを誰かにあげるかとか興味あるんか?」
「・・・別に興味あるとか言うてないでしょ。」
本当は興味津々であるのだが、素直にそれを言うのは恥ずかしくつい誤魔化すようなこと
を言ってしまう。しかし、銀にはバレていた。
「素直やないなぁ。財前はんは。」
「ちょっ・・・ニヤニヤするのやめてもらってええですか。」
「まあ、仮にチョコを誰かにあげるとしても、財前はんが嫌な思いすることはないやろう
から安心してもらってもええで。」
それはどういう意味だろうと思いつつ、財前は熱くなる顔をクールダウンしようとする。
数日後に迫ったバレンタイン。財前も銀もそれぞれの思惑の中、その日を迎えようとして
いた。

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千歳×橘

千歳Side

1.
2月のある日、橘は大阪へ千歳に会いにきていた。千歳が学校に行っている間は、軽く観
光をしていたのだが、日が傾く時分になって四天宝寺中の近くの道で千歳に会う。
「千歳、学校はもう終わったと?」
「あー、おはよう・・・?」
今の時間帯の挨拶思えない千歳の言葉に橘は呆れたように溜め息をつく。
「今はもう夕方たい。おはようってどぎゃん意味ね?」
「ははっ。俺はさっきまで昼寝しちょったけん。」
「なるほどな。」
千歳の行動を考えるとそんなことがあっても全くおかしくないと、橘は苦笑する。日が沈
みかけ、夕焼けに照らされた空を見て、千歳はさすがに寝すぎたと気づく。
「こぎゃん時間やったと・・・。ちっと寝すぎたかもしれんね。」
「あんまりサボるんじゃなかよ。それで、今はどこに向かってると?」
「今?今日中に提出せんといかん課題ば提出しに来たばい。」
起きた後、今日中に提出しなければいけない課題があったことを思い出し、千歳は学校に
戻る途中であった。午後の授業はほぼサボっているような状態にも関わらず、課題は提出
に行くのかと橘は感心する。
「それじゃあ、俺は先にお前ん部屋戻っとるな。」
「そんじゃ、また。」
「ああ、後でな。」
千歳の学校まではついて行けないので、橘は先に千歳の寮の部屋に戻ることにする。部屋
に戻ったら橘がいるという状況が嬉しくて、千歳はご機嫌な様子で学校へ向かった。

2.
千歳の部屋に泊まっていた橘は、千歳よりはいくらか早く起きて、軽く寮の周りを散歩し
ていた。部屋に戻ろうかと思っていたところで、制服姿の千歳に会う。
「おはよう・・・眠・・・」
眠そうな表情で千歳は橘に朝の挨拶をする。
「おはよう。今日は随分と早いんだな。」
「そうたいね・・・。こげん朝早い登校、久しぶりかもしれんばい。」
朝練も自由気ままに出ている千歳がこんなにも早く登校することを意外に思った橘は、そ
の理由を聞いてみる。
「今日はなしてこぎゃん早く学校に行くとね?」
「今日は日直で・・・日直はさすがにサボれんやろ。」
確かに日直は朝早くからやらなければいけないことがあると、橘は千歳のその話に納得す
る。しかし、別に日直でなくてもサボらないのが普通だ。
「それは真面目でよか心がけばってん、そうじゃなくてもサボるのはいかんばい。」
「いつもサボるなって・・・。厳しいこち言うばい。」
まるで母親のようなことを言ってくる橘に苦笑しながらも、そう注意されるのは嫌ではな
かった。橘と話している間に少し目が覚めてきた千歳は、気合を入れるように背筋をピン
とさせる。
「ばってん、いつも自由にやらせてもらっとるけん、今日はシャキッとせなんね。」
「頑張りなっせ。あっ、早めに起きたけん、弁当作っといたばい。ちゃんと食えよ?」
それを聞いて、千歳の表情はパッと明るくなる。早起きの眠気など一瞬で吹っ飛んでしま
うほど、千歳は嬉しくてたまらなかった。橘の手料理を食べれるのであれば、これはもう
頑張るしかないと、千歳は鞄を肩にかけ、学校に向かって走って行った。

3.
学校が終わり、寮までの帰り道、千歳はいくつかの袋を手に提げた橘を見かける。すぐ側
まで近づくと、何の前置きもなしに橘に話しかける。
「買い物?」
「うわっ!な、何だ、千歳か。」
そこまで知り合いのいない場所で突然声をかけられたので、橘は驚いたような反応を見せ
る。声をかけてきたのが千歳だと気づいて、ホッとしたような顔になった。
「おっと、驚かす気はなかったったい。たまたま見かけたけん。」
「そうか。ん?何か食べてるようだな。タコ焼きか?」
部活の後、小腹が空いていたので、千歳はタコ焼きを買って食べていた。
「すぐそこのタコ焼き屋、たまに部のヤツらと行くばってん、今日は1人で寄ってきてな。」
「夕飯前なのに・・・と言いたいところが、部活後に腹が減るのは分かるからな。」
運動するとお腹が空くことは橘もよく分かっていた。ほぼ空になっているタコ焼きの器を
見て、橘は笑いながらそんなことを言う。
「ちっと食べ過ぎたばい・・・。いるんわかっちょったら半分こしたばってん。」
「確かにお前らがいつも食べとるタコ焼きは興味あるばい。」
「そうだ、バレンタインキャンペーンでチョコばもらったとやけど、いるね?」
たこ焼きはないが、チョコをもらったと千歳は橘にそんなことを尋ねる。しかし、橘は甘
いものが苦手で、チョコもあまり得意ではなかった。
「俺が甘いもん好かんことは知っとるやろ?」
「お返しは本番でよかばい。ははっ、なんてな。」
今チョコをあげることに関しての本番というのは、もちろんバレンタインのことだ。それ
を聞いて、橘は千歳の言わんとしてることを考える。
「なるほど。こんチョコ使ってお前にあげるチョコば作ればよかね。」
それならばありがたく受け取っておこうと、橘は千歳からチョコを受け取る。バレンタイ
ンまでは一緒にいる予定なので、どんなチョコを作ってやろうかと橘はうきうきしながら
千歳と家路を辿った。

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橘Side

1.
2月に入って少しした頃、千歳は大して重要な授業もないため、学校を休み、橘のもとへ
遊びに来ていた。しかし、橘は普通に学校があるため、千歳は登校していく橘を途中まで
送ることにする。
「ずいぶんと寒そうだな。」
隣で首をすくめて歩いている千歳を見て、橘はそう呟く。
「そぎゃん寒そうに見えるとね?」
「いや、亀みたいに首をすくめて歩いてるから、気になってな。」
確かに寒いと思ってはいたが、そんなふうに見えているとは思っていなかった。
「東京の冬は冷えるとね。ばってん、亀みたいはひどか。」
「はは、亀みたいは余計か。悪かった。」
千歳が拗ねたような表情を見せるので、橘は笑いながら謝る。寒さを忘れるためには何を
すればいいだろうと考え、思いついたことを橘は提案してみる。
「そんなに寒いなら、学校まで走るか?俺もつき合うが。」
「学校行くのは桔平やけん、俺がつき合う感じになるち思うが、よかよ。桔平の学校まで
競争たい。」
「おっ、ノリがいいな。では行くぞ!」
「おう、行くばい!」
寒さ対策として二人は不動峰中学校に向かって走り出す。遅刻になる時間帯でもないのに
全力で走ってくる二人を見て、校門近くにいる生徒はそれはそれは驚いていた。

2.
「フ・・・。今日も寒そうだな。」
次の日の朝も橘を送ろうと、千歳は橘と一緒に外に出る。今日も今日とてかなり千歳はか
なり寒そうな様子であった。
「今日も寒いばい。ばってん、今日は走る気力はなか。」
「走る気力はない?なんだ、調子が悪いのか?」
走る気力がないと言い出す千歳を橘は心配する。しかし、千歳は首を振り、困ったように
笑いながらその理由を説明した。
「桔平の作った朝飯ば美味すぎて、ちょっと食べ過ぎたばい。」
「朝食の食べ過ぎ・・・。それはある意味、元気だな。」
「すまんね、桔平。」
謝る千歳に橘はふっと笑ってみせる。今日はゆっくり学校へ行こうと千歳のペースに合わ
せることにした。
「そう急ぐこともない。腹ごなしがてら、ゆっくり歩いて行こう。」
「そんなら、ちょっとだけ散歩してもよか?遅刻しそうなら、俺一人で行ってくるけんね。」
「俺もつき合うさ。風よけくらいにはなってやれるだろうしな。」
「はは、桔平のが小さいのに俺の風よけになれると?」
千歳のその言葉を聞いて、橘は軽く千歳を小突く。昨日とはうってかわってゆっくりとし
たペースで、二人は朝の時間を楽しんだ。

3.
橘の下校時間に合わせ、千歳は橘を校門まで迎えに行く。橘と合流すると、千歳はここま
で歩いてくるときに見た街の雰囲気の話をした。
「商店街はもうすっかりバレンタインの雰囲気たい。もうすぐバレンタインやけんね。」
「もうすぐバレンタイン・・・。ああ、そうだな。」
そういえば、そんな時期だと橘は千歳の話に頷く。学校内でも最近そのような話が多くな
ってきていた。
「さっき教室で、そんな話をしてたところだ。今年もやってきたってな。」
「えっ、桔平もそんな話するとね?そぎゃんことにはあんま興味ないと思うとったばい。」
「意外か?まあ、率先して話題にはしないかもしれないが・・・」
千歳から見ても橘は見た目格好よく、モテそうであるのはよく分かるが、バレンタインに
はお互いの兄妹でチョコレートを贈り合ったり、返し合ったりしているので、学校という
場であまりバレンタインに関心があるとは思っていなかった。
「そっか・・・桔平もクラスメートとバレンタインの話ばするとね。」
「というか、お前の考える俺はどういうヤツなんだ?」
千歳にとって橘は、男前で可愛くて、頼りになって面倒見がよくて、料理が上手で、バレ
ンタインにも手作りチョコを作ってくれて・・・と、いろいろ思いついたが、それを言う
と何だか怒られそうで、千歳は口には出来なった。
「な、内緒たい!」
「内緒か。そう言われると余計に聞きたくなるが・・・」
「気にしないのが一番たい!」
「そのうち、気が向いたら教えてくれ。」
「まあ、桔平はちゃんとチョコもらえるけん、安心してよかよ。」
まあ、確かに杏からはもらえるが、と橘は千歳の言葉に頷く。今年は自分からチョコを贈
ろうと考え、千歳はこっそり橘のために買った甘くないチョコレートが入った自分の鞄に
そっと触れるのであった。

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