越知×毛利
越知Side
1.
「おはよう。」
「あっ、おはようございます!月光さん!」
合宿所での朝、越知はいつものように毛利に挨拶をする。今日は一際気温が低く、冷え性
の越知はかなり寒さを感じていた。
「今朝はずいぶんと冷えるな。」
「そうですね。あっ、月光さんこれどうぞ。」
越知があまりにも寒そうにしているので、毛利は持っていたカイロを一つ渡す。毛利がし
ばらく使っていたこともあり、そのカイロは既に温かくなっていた。
「?これは・・・カイロか。」
「はい。今日は寒いなーと思て、持って来とったんです。」
「・・・・・」
毛利から受け取ったカイロをしばらく眺めた後、越知はそれを毛利に返す。自分のために
毛利が寒くなるのはいただけないと思ってのことだ。
「・・・いい、お前が使え。」
「えっ、せやけど、月光さんメッチャ寒そうでっせ。」
「その気づかいだけ受け取っておく。」
カイロを受け取ってくれない越知に、毛利はどうすればよいか考える。自分も寒くならず、
越知も寒くならない方法。越知に返されたカイロを見て、毛利はピンと何かを思いつく。
「こうすれば、俺も月光さんも寒くなくなると思います!」
そう言いながら、毛利はカイロを持った手で越知の手を握る。掌から伝わるカイロの温か
さと毛利のぬくもり。予想以上にそれが心地よく、越知は毛利の手を握り返した。
2.
越知がいつものように散歩をしていると、毛利が道の端でしゃがみこんでいた。体調でも
悪いのかと心配になり、越知は声をかける。
「そんな所にしゃがんでどうした。」
「あっ、月光さん。見てください!メッチャかわええと思いません?」
しゃがんでいる毛利の足元には真っ白な猫が眠っていた。これを見ていたのかと、越知は
毛利がしゃがみこんでいた理由を察する。
「猫が寝ていたのか。」
「はい。気持ち良さそうに寝てて、羨ましいなあと思いながら、眺めてました。」
「ここは日当たりがいい。猫にはいい昼寝場所なのだろう。」
気持ち良さそうに眠っている猫もそれを楽しそうに眺めている毛利も、どちらも可愛らし
いと思いながら、越知はふっと微笑む。
「ぐっすり眠ってますし、月光さん撫でてみます?俺もさっき軽く撫でてみたんですけど、
起きんかったですよ。」
こんなにも可愛らしい猫を撫でたいという気持ちはあるのだが、自分が触れることで起こ
してしまっては可哀想だと、越知は首を振る。
「いや、撫でるのは止めておく。」
「何でですか?」
「起こせば驚かせてしまうだろうからな。」
「月光さんはやっぱり優しいですね。ほんなら、もう少し一緒に眺めときましょ。」
愛らしい猫の寝顔を眺めながら、越知と毛利は二人で穏やかな時間をしばらくの間楽しん
だ。
3.
「月光さん、チョコレート好きですか?」
「チョコレート?」
唐突な毛利の質問に、越知は首を傾げて聞き返す。何故だか毛利はうきうきとした雰囲気
を見せている。
「練習後に食べる事はあるが、それがどうかしたか。」
「いや、嫌いやなかったんならええんです。詳しいことは今はまだ秘密なんやけど。」
「今は秘密・・・?」
何のことだかさっぱり分からないが、毛利が実に楽しそうにしているので、越知は口元を
緩ませる。
「お前が楽し気な事と何か関係があるようだな。」
「えっへへ、そうかもしれんですね。まあ、楽しみにしといてください。」
「わかった。それなら秘密が明かされる時を期待しておこう。」
そう遠くない時期みその秘密はきっと明かされるのだろうと思いながら、越知は毛利の言
葉に頷いた。
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毛利Side
1.
とある日の朝、越知は毛利のあることが気になり、毛利の顔をじっと眺めていた。
「俺のことじっと見とるね。何かついてます?」
「いや、少々寝ぐせがついているように見えてな。」
「寝ぐせ?」
高身長な毛利は基本的には下から眺められる側だが、越知が相手だとそうはいかない。自
分より少し下にある頭に寝ぐせがついていることに、越知は気づいていた。
「はは、気づかれてもうた。一応、軽くは直してきたんや。」
「そうか。わりとお前はそういう準備はきちんとすると思っていたが・・・」
「最近めっちゃ冷えるやないですか?せやから、朝は布団から出れんくて。」
寝ぐせを直しきれなかった理由を毛利は話す。確かに最近は冷えると越知は毛利の言葉に
同意する。
「天パやし普段とそんなに変わらんから目立たんと思っとったけど・・・案外気づかれて
まうもんやね。」
困ったように笑いながら、毛利はそう呟く。言われてみれば、あまり目立たない気もする
が普段から毛利をよく見ているから気づくのかもしれないと越知は考える。
「俺はいつもお前をよく見てるからかもしれないな。きっと、他の者にはそう気づかれな
いと思うぞ。」
自分のことをよく見ている発言をされ、毛利の顔は赤く染まる。こういうことをさらっと
言ってくるのはずるいと思いながら、毛利は越知の顔を見上げた。
2.
「毛利、またこのあたりに寝ぐせがついているぞ。」
毛利の髪にふわっと触れながら、越知はそんなことを言う。
「ん?また寝ぐせあった?」
軽く越知に髪を直してもらいながら、毛利は苦笑する。
「今日もギリギリまで布団にくるまっとったからなぁ。だから、まだ眠くて・・・」
毛利と同室な越知は毛利がなかなか布団から出てこないことを知っていた。だからこそ、
ちょっとした寝ぐせにも気づいてしまう。そんなまだ眠そうな毛利の頬に、越知は買って
きた缶コーヒーを当てた。
「・・・って、うわ!」
急に熱い缶が頬に触れ、毛利はビクッとして声を上げる。そんな毛利の反応に越知はふっ
と微笑んだ。
「急に缶コーヒーを当てられたらびっくりするやん。」
「差し入れだ。」
「差し入れ?」
「これを飲んで、眠気を覚ますといい。」
「確かにええ目覚ましになりますね。ありがとうございます。」
越知からコーヒーを受け取り、毛利は笑顔でお礼を言う。まだ眠いが越知のおかげで元気
になったと毛利は越知からもらったコーヒーをこくんと飲んだ。
3.
昼寝をして合宿所に戻ろうと毛利が歩いていると、たくさんの荷物を持った越知を見つけ
る。
「なんや荷物がいっぱいやね。買い物帰りですか?」
「ああ。」
「重そうやし荷物持ちますわ。」
かなりたくさんの荷物を持っているので、部屋まで一緒に持っていこうと毛利は手を差し
伸べる。
「この程度の荷物問題ない。」
「遠慮せんでええよ。こんくらい軽いもんやし。」
遠慮する越知であるが、毛利は気にしないでいいと、越知から荷物を一つ受け取る。毛利
と一緒に部屋に戻るのも悪くないと、越知はそのまま毛利と歩く。そして、今日買ってき
たものの中に、毛利への贈り物が含まれていることを思い出す。
「手伝ってもらった礼は期待しててもいいぞ。」
「ん?お礼は期待しててって・・・」
「今年は俺から何かを贈ろうと思っている。もうすぐだろう?」
越知から何かを贈る、もうすぐという言葉が何を示しているのかを考え、毛利はあっと気
づく。
「あ。もしかしてバレンタイン――」
「・・・・・」
ハッキリと頷くわけではないが、越知は意味ありげに微笑む。そんな越知の顔を見て、毛
利は全てを察した。
「はは、そういう事ならお礼、期待して待っときます。」
「ああ。」
軽くバレンタインの話をしながら、二人はそろって合宿所の部屋へ向かった。
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大曲×種ヶ島
大曲Side
1.
商店街へ買い物に来ていた大曲は、道の真ん中で立ち止まっている種ヶ島を見つける。
「こんな所に突っ立って何やってんだし。」
「ああ、竜次。向こうの店に看板あるやん?」
「あっちの店の看板?」
少し離れた場所の看板を指差し、種ヶ島はそんなことを言う。そこには2種類の味のお菓
子が描かれていた。
「あー・・・菓子が新発売したんだな。あれがどうしたよ。」
「いやー、買いたいと思ってんのやけどな、どっちも美味そうでどっち買おうかなーと思
っててん。」
「2種類の味で迷ってんのか。」
大曲の言葉に種ヶ島は頷く。自分ではどうしても決めきれないので、大曲に意見を求める
ことにした。
「竜次はどっちがええと思う?」
「・・・どっちがいいって俺に聞くのかよ。」
「竜次が選んだ方なら間違いないなあと思て。」
そんな種ヶ島の質問に大曲はふっと笑いながら答える。
「そんなの両方買えばいいし。二兎追う者は二兎を得るって言うだろうが。」
「あはは、何やそれ?そんなことわざ初めて聞いたわ。」
「初めて聞いた?また1つ新しい事が知れて良かったな。」
「ほんなら、竜次の言う通り両方買おうかな。せっかくやし、竜次も一緒に食べよ。」
結局お菓子は大曲の助言通り2種類とも買うことにし、種ヶ島は大曲を連れて看板の店に
向かった。
2.
「ふわぁ・・・」
合宿所の外に出て、大曲は大きなあくびをする。
「何や竜次、えらい眠そうやん。」
「眠そうって、そりゃ徹夜明けだしな。」
あまりに眠そうな大曲に種ヶ島は声をかける。徹夜明けだということを聞いて、種ヶ島は
驚いたような反応を見せる。
「徹夜明けって、何してたん?」
「本棚にあるはずの本が見当たらなくて探してたらいつの間にか朝の5時よ。」
「あはは、竜次らしいやん。」
さすが大曲だなあと思いながら、種ヶ島は声をあげて笑う。
「ほんで、探してた本は見つかったん?」
「ん?ああ、本は見つかったぞ。持ち出してたヤツには、きっちりと灸を据えてやったし。」
「持ち出されとったんやな。そりゃなかなか見つからんはずやわ。」
とりあえず探していた本が見つかってよかったなあと、種ヶ島はニコニコとしながら大曲
を見る。そんな種ヶ島を見て、何だか眠気が少なくなったような気がする。
「とはいえ、話したせいか少し目が覚めてきた。」
「ホンマに?そりゃよかったな。」
「完全に覚めるまでもう少しつき合ってくれや。」
「ええで☆竜次になら、どれだけでもつき合うてやるわ。」
大曲がそう言うならと、種ヶ島はご機嫌な様子でそう返す。練習が始まる前まで、二人は
大曲が眠くならないように他愛もない話をして時間を潰した。
3.
「今日も冷えるな。」
「せやなー。ホンマ最近寒くてかなわんわ。」
寒空の下、白い息を吐きながら、大曲と種ヶ島はそんな会話を交わす。
「こういう日は担々麺が食べたくなるし。」
「竜次は辛いもん好きやもんな。」
「別に辛いのだけが好きってわけじゃねぇよ。甘いたいやきも好きだしな。」
大曲の好きな食べ物は把握しているが、改めてそれを聞き、種ヶ島はニヤリと笑う。
「ふーん、ええ事聞いたわ・・・なーんてな。」
「いい事聞いたって何がだし。」
「んー、まだ内緒やで。14日楽しみに待っててや☆」
ニパっと笑ってそう返す種ヶ島に、大曲は呆れるような視線を向ける。
「14日を楽しみに待ってろ?それ答え言ってるようなもんだろうが・・・」
「答え?何のことやろ?」
誤魔化すような言葉を口にしながら、種ヶ島は楽しそうな表情を浮かべる。そんな種ヶ
島に大曲は口元を緩ませる。
「ま、楽しみにはしとくがよ。」
バレンタインに何かあることは確定なので、大曲はそんなことを口にする。その期待に
応えようと、種ヶ島はいつそれを用意しようかなど、頭の中で計画を立てるのであった。
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種ヶ島Side
1.
合宿所の朝、種ヶ島は大曲と外で鉢合わせる。大きなあくびをし、非常に眠そうな大曲
を前に、種ヶ島はいつものテンションで話しかける。
「なんや、せっかく会ったのに眠そうやなぁ。頬でもつねったろか?」
眠そうな顔を種ヶ島の方に向け、大曲は種ヶ島のそんな提案に頷く。
「お願いするし・・・」
「お願いするって・・・冗談に決まっとるやん。」
まさかそう返されるとは思っていなかったので、種ヶ島は困惑した表情を見せる。
「ふあぁ・・・眠・・・」
「そんなに朝弱いん?」
「まあ、あんまり強い方ではねぇな。」
まだかなり眠そうな大曲を前に、種ヶ島はどうしたらいいかなと考える。とりあえず驚か
せれば目も覚めるだろと考え、それを大曲に教えてやろうとする。
「せやったら、今度ええ目覚まし方法教えたるわ。」
「へぇ、そりゃありがてぇな。」
「期待してくれてええで。」
「まあ、適当に期待しといてやるよ。」
種ヶ島と話しながら、少し目が覚めてきたようで、しっかりとした表情で大曲はそう口に
する。明日はそれで目を覚ましてやろうと、種ヶ島は悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
2.
大曲がいつも通る道に先回りをし、種ヶ島は見つからないように隠れている。大曲が近づ
いてくるのを確認に、わくわくとした様子でタイミングを計る。
「・・・きたきた。」
大曲が自分の目の前まで来ると、種ヶ島は勢いよく大曲の前に飛び出した。
「わっ!!」
「うわっ!?何だし!」
突然飛び出てきた種ヶ島に大曲は素直に驚く。バッチリ驚いてくれた大曲を前に種ヶ島は
楽しそうに笑った。
「ははっ、ええ反応やなぁ。」
「お前、どこから出てきたし?」
「歩いてくるのが見えたから隠れてたんやで。ええ目覚ましになったやろ。」
確かに目は覚めたが、あまりにも驚きすぎて、いまだに心臓がばくばくしていた。
「確かに目は覚めたが、朝から心臓に悪いし・・・」
「ん?朝から心臓に悪い?」
「何の予告もなしにあんなことされたら、驚くのは当たり前だし。」
「前もって言うといたやん。ええ目覚まし方法教えたるって。」
そういえば昨日そんなことを言ってた気がするなあと思いつつ、まさかこんな方法とは思
ってはいなかった。
「勘弁しろし。」
「ほな、今日も1日楽しもか☆」
大曲の目を覚ますことが出来たので、満足した様子で種ヶ島はそう言い放つ。小さな溜め
息をつきながらも、そんな種ヶ島に大曲はふっと顔を緩ませた。
3.
合宿所の近くの商店街を歩きながら、種ヶ島は隣にいる大曲に話しかける。
「最近、街中の雰囲気がバレンタインっぽくなったと思わん?」
「そうだな。まあ、バレンタインも近いし。」
バレンタインまで後数日なので、当然のことだろうと大曲はそう返す。バレンタインが近
いという状況に、種ヶ島は思案を巡らせる。
「きっと、あちこちでチョコを巡る駆け引きが始まっとるで。」
「お前は余裕そうだけどな。」
「余裕そうに見えるって・・・」
そんなことを言えるのは、自分に自信があり何の心配もしていない証拠だ。しかし、種ヶ
島としては、そこまで余裕があるというわけではなかった。
「どうやろなぁ。」
「そんなこと言いつつ、余裕でチョコもらえると思ってんだろ?」
そうは思っていないが、チョコが欲しいのは確かであった。どうせだったら、大曲からの
本命チョコが欲しいとふと思いついたことを言う。
「あ。俺もチョコはいつでも受けつけとるから。」
「それを俺に言うのかよ。まあ、そんなに欲しいっつーんなら、別に用意してやってもい
いぜ。」
ふっと笑いながら、大曲はそんなことを言う。内心ドキッとしながら、種ヶ島は確認する
ような言葉を口にした。
「楽しみにしててもええ?」
「好きにすればいいし。」
大曲からチョコレートがもらえるかもしれないという期待感に種ヶ島の胸はドキドキと高
鳴っていた。
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君島×遠野
君島Side
1.
「おい。」
合宿所の外で君島を見つけ、遠野は声をかける。
「おや・・・?」
その声に気づき、君島は遠野の方を見た。そこには腕を組んだ遠野が立っていた。
「誰かと思えばキミでしたか。急に声を掛けられたので、てっきりファンの方かと・・・」
「ふん、誰でもお前のファンだと思うなよ。まあ、ファンではねぇけど、お前のことはよ
く知ってるけどな!」
「自分もファンだから間違いではない?」
「はぁ?そんなこと言ってねぇだろーが。それより、これから暇だったら買い物に付き合
え!」
「フフ、どうもありがとう。そう言ってもらえると嬉しいですよ。」
誰かに見られていては困るので、君島はわざといつもファンを相手にしているような口調
で遠野と話す。もちろん若干会話は噛み合わなくなるが、遠野と話しているとそれはいつ
ものことなので、気にせず会話を進める。遠野は見た目は非常にいいのだが、口を開くと
処刑の話ばかりなので、合宿所外ではあまり会話をしたくなかった。
「もう少しお話出来るとよかったのですが、あいにく、この後撮影が入ってまして。」
「なんだ予定があるのか。それじゃ仕方ねぇな。それなら、俺は買い物した後、帰るから
な。撮影が終わったらちゃんと帰って来いよ!」
「キミも気をつけて帰ってくださいね。」
傍から聞いていれば当たり障りのない会話をした後、君島はふぅと小さな溜め息をつく。
別に合宿所で同室でもないにも関わらず、自身の予定を話していくあたり、ある程度構っ
て欲しいのだろうなあと思いながら、君島は買い物に向かう遠野の後ろ姿を見た。
2.
練習のない日の朝方、特に目的はないが何となく外に出かけた遠野は君島に会う。
「よぉ、君島じゃねぇか。」
「おはようございます。」
君島と挨拶を交わしていると、君島の後ろの街頭ビジョンに今目の前にある顔と同じ顔が
映っていることに気づく。そのことに気づいて、遠野はじっと君島の顔を見る。
「?私の顔に何か」
「あそこにお前が映ってると思ってよ。」
「あちらの街頭ビジョン・・・」
君島の後ろを指差しながら遠野は答える。遠野の指差す方を見て、君島はなるほどと遠野
が自分の顔を見つめていた理由を理解する。
「あれって確か・・・・」
「ああ、この前撮影したバレンタインのCMが流れてますね。」
ついこの間、合宿所で君島が出演するバレンタインのCMの撮影があった。遠野も参加し
ていたので、ある程度どんな内容のCMであるかは理解していた。
「つーか、あんな大画面で映ってて、こんなとこ歩いてたら、一発でバレるだろ。別に変
装とかもしてるわけでもねーし、バレねぇもんなのか?」
「周りにバレないのか、ですか?」
たまにバレることもあるが、今もこんなふうに遠野と話していられるほど、いつでもバレ
てしまって大騒ぎになるということはないと君島は知っていた。ふっと笑いながら、君島
はそんな遠野の疑問に答える。
「案外、堂々としていた方が気づかれにくいものなんですよ。」
「そんなもんか。なら、今日は俺の買い物に付き合ってもらうぜ。」
君島と買い物がしたいようで、遠野はこの間のようにそんなことを言ってくる。今日は仕
事はなく、センスのいい遠野と買い物をするのも案外悪くないかもしれないと、君島はそ
の誘いに頷いた。
3.
二人で買い物をしながら街の雰囲気を見て、君島はふと呟く。
「もうすぐバレンタイン本番ですね。」
「バレンタイン?ああ、確かにそうだな。浮かれたヤツが多くてやんなるぜ。」
そういうイベントで浮かれているのをみるのがあまり好きではない遠野はぶっきらぼうに
そう答える。
「キミもチョコレートの準備をしていますか?」
「はぁ?どうして俺がチョコレートの準備なんかしなくちゃならないんだよ?」
「本命や義理のチョコレート以外に友達や家族に贈る事もあるそうですが・・・」
君島のそんな言葉を聞いても、遠野は興味のなさそうな表情のままだ。
「どのチョコレートも贈る側の愛が込められているのは変わらないのでしょうね。」
「何だよ?俺からのチョコレートが欲しいって催促か?」
冗談じみた口調で遠野はそう返す。そんなことを遠野が言ってくるとは思わなかったので、
その質問に肯定も否定もせず、君島はにっこりと笑う。
「キミの過ごすバレンタインが素敵なものでありますように。」
「俺を満足させるには、処刑が必要だけどな!」
いつも通りの処刑トークはスルーし、君島は遠野の少し前を歩く。先に進み始めた君島を
追いかけるように、遠野は君島の隣に並び、バレンタインの起源などを話し始めた。
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遠野Side
1.
「遠野くん、キミは昨日のテレビを見たんですか?」
思う事があり、君島はそんなことを遠野に尋ねる。
「は?昨日のテレビ?」
「ええ。」
「人の顔を見るなり、なんの話をしやがる。」
「昨日、テレビで中世の処刑についての番組がやっていたんですよ。」
「中世の処刑についての番組がやってただと?」
少し興味があると思ったが、テレビで映せる程度のものを見ても面白くないと、遠野はつ
まらなそうな表情で言葉を返す。
「この俺がテレビで放送される程度の内容で満足すると思ってんのか。」
「まあ、しないでしょうね。その番組に軽く自分も関わってたので、試しに聞いてみたの
ですが。」
それを聞いて、遠野の顔はパッと明るくなる。テレビで放映できるレベルではなく、もっ
と深い内容を君島に教えてやりたいと、いつも通り処刑ネタで盛り上がろうとする。
「なんなら、もっと凄惨な処刑の歴史を教えてやるよ。」
「いえ、結構です。」
キッパリとそう断り、君島は遠野の前から立ち去る。
「チッ・・・逃げやがったか。」
せっかく処刑の話が出来ると思ったのにと少々ガッカリしながら、君島が去っていくのを
見送った。
2.
君島にテレビで処刑の話がやっていたことを話された後、遠野はお気に入りの本を持って、
君島の前に現れる。
「今日はいい本を持ってきてやった。」
「何ですか?」
「『世界の処刑大全』だ。俺も読んだ専門的なものだぜ。」
何度か薦められてはいるが、興味がないと君島はいつも断っていた。それを知っているに
も関わらず、やはり君島に処刑のよさを分かって欲しくて、遠野は諦めずに薦める。
「何もわかってないようだから読んどけ。」
「その本は前から読まないと断ってるじゃないですか。それにこんなところで突然渡され
ても困るんですよ。」
「突然渡されても困るだぁ?」
せっかく持ってきたのだから読んで欲しいと、遠野は君島に無理矢理渡そうとする。
「つべこべ言わず、さっさと受け取りやがれ。」
「全く仕方のない人ですね・・・」
とりあえず受け取らないと埒が明かないと、君島は遠野からその本を受け取る。後でさく
っと遠野の部屋に返しに行こうと思いながら、パラパラっとその本のページをめくった。
3.
「最近、妙に浮かれたヤツが多いな。」
そろそろバレンタインという時期、合宿所でもそんな話題をするものが多くなり、遠野は
そんなことを呟く。
「バレンタインが近いですからね。」
「・・・バレンタインが近いからか。」
バレンタインの起源が起源のため、バレンタイン自体に興味がないかと言われればそうで
はなかった。チョコレートがどうこうというよりは、処刑の観点から遠野はバレンタイン
に興味があった。
「チョコレートに騒いでる連中は、バレンタインの起源を知ってるのかねぇ。」
「まあ、知っている人は少ないでしょうね。」
「1人の人間の処刑が語り継がれた結果、祭日になるんだから処刑の歴史は奥が深いぜ。」
遠野ほどではないが、君島もバレンタインの起源については仕事をする上で調べたことが
あり、概要レベルでは知っていた。
「バレンタインをより楽しみたいなら、お前もその歴史を調べてみな。」
「軽く調べたことはありますけどね。なかなか感動的な話だったと記憶しています。」
「なんなら俺が話してやってもいいぜ?」
「今回ばかりは少しくらいつき合ってあげてもいいですよ?」
処刑関連の話の中でも、聖ヴァレンティノの話は嫌いではなかった。処刑好きの遠野のこ
と、さぞ詳しく話してくれるのであろうと、君島は珍しく遠野の話に乗ることにした。