新たな年になって数時間が経った。まだ夜も明けない薄暗い空の下に鳳は出る。
やっぱり寒いなあ。あっ、早く行かないと約束の時間に間に合わなくなっちゃう。
コートにマフラー、手袋をバッチリ装備して鳳はある場所へと向かう。白い息を吐きなが
ら早足で歩く。そのある場所へと到着すると自分の吐息で手を温めているこれから行動を
共にする相手が待っていた。
「滝さん。」
「あっ、長太郎。」
「待ちましたか?」
「ううん、全然。じゃあ、行こうか。」
「はい。」
滝と鳳は初日の出を見るために今この時間に会う約束をしていたのだ。冷たい風が吹き抜
ける中、二人は日の出がよく見える場所へと向かう。
「どこで見るんですか?」
「うーんと、ここらへんだとあんまりよく見えそうなとこないんだよね。でも、この前よ
さそうな場所見つけたんだ。」
「どこですか?」
「行ってからのお楽しみ♪」
滝は楽しそうに笑って鳳を見た。鳳はハテナを頭に浮かべて首を傾げる。
「それにしても寒いね。」
「そうですね。」
「まだ日の出まで時間があるからさ、ちょっとコンビニ寄っていかない?」
「いいですよ。この近くだとセブンがありますよね。」
少しでも温まろうと二人はコンビニに寄ることにした。すぐ近くにあったのでそこに入る。
早朝であるのでそんなに人はいない。
「暖かーーい。」
「やっぱコンビニいいっスね。」
「何買おうか?」
「あっ、俺お金持ってくるの忘れちゃいました。」
「いいよ。俺、奢るから。」
「いいんですか?」
「全然オッケーだよ。何欲しい。」
「えっと、じゃあココアを。」
「それだけでいいの?」
「はい。それだけで充分です。」
「そっか。じゃあ俺はコーンスープと・・・肉まんでも買おうかな。」
滝の奢りで鳳はミルクココアを滝自身はコーンスープと肉まんを購入した。買い物を済ま
せ再び外に出ると冷たい空気が二人の体を冷やした。
「寒っ!!」
「風、冷たいっスね。」
「早く見る場所行ってさ、これ飲んで温まろう。」
「はい。」
滝は鳳を連れ、人気のあまりない路地に入った。そこにはもうどう見ても使われていない
ボロボロのビルが建っていた。そこの屋上で初日の出を見ようというのだ。
「ここ、結構前につぶれちゃって今は何にも使われてないんだよね。」
「ここに入るんですか?」
「そう。鍵とかもかけられてないし、五階建てだから屋上に行けば結構よく見えると思う
よ。」
「いいんスかね。不法侵入っぽくないですか?」
「大丈夫だよ。それにそういうドキドキ感があってもいいんじゃない?」
滝のこの言葉に鳳は心を動かされた。真面目だといっても所詮はまだ中学生。こんな感じ
のスリルも味わってみたくなる年頃だ。ドアを開け中に入る滝に続いて、鳳もそのビルの
中に入っていった。
「外見のわりには中は結構キレイなんですね。」
「そうだね。こっちに階段があるよ。ここから行こう。」
屋上までの長い階段を登り、古ぼけたドアを開けた。屋上には何もなく、ただ遠くの景色
が見えるだけであった。よく見えるようにと滝は鳳の手を取り、端の方まで連れて行く。
そこには事故防止用のフェンスもなく通常だったらかなり危険な場所だ。
「何にもないっスね。」
「でも眺めはいいでしょ。」
「はい。ここからならバッチリ見えると思いますよ。」
「まだ太陽昇りそうもないから、さっき買った飲み物とか飲んじゃおう。」
「そうですね。」
二人はそれぞれ買ったものを飲み始めた。さっきよりは少し冷めてしまっているがまだ充
分温かい。体の中から温まり少し寒さが和らぐようだった。
「はい。長太郎。」
滝は自分が買った肉まんを半分に割り、鳳に渡す。鳳は素直に受け取るがちょっと申し訳
なさそうな表情を見せた。
「いいんですか?滝さん。」
「うん。二人で分けて食べた方が温まる気がするだろ。」
「ありがとうございます。」
嬉しそうな笑みを浮かべて鳳は言った。飲み物と肉まんのおかげでだいぶ体が温まってき
た。肉まんを食べ終えると滝は鳳の体にくっつく。
「くっついてた方が温かくなる気がしない?」
「確かに・・・。温かいですね。」
「長太郎ってさ、体温高いよね。」
「そんなことないと思いますけど・・・。」
「俺よりかは温かいと思うよ。そうだ、ねぇ長太郎。手袋外して。」
「えっ、何でですか?」
「いいから。」
寒いのになんでだろう?という顔をしながら鳳は右手の手袋を外す。すると手袋よりも何
倍も温かい滝の手がその外気にさらされた手を包んだ。鳳は一瞬ドキッとした。
「こうしてちゃダメかな?」
「いえ、いいです!俺より体温が低いだなんてうそじゃないですか。滝さんの手、メチャ
クチャ温かいですよ。」
「そうかな?長太郎の手の方が温かいと思うけど。」
どちらもさっきまで手袋をしていたので手は温かいままなのだ。お互いのぬくもりを重ね
合わせた手から分け合い、日が昇るのを待つ。
何かすごいドキドキしてきちゃったなあ。滝さんの手、ホント温かいしキレイだし、寒い
のなんて全然感じなくなっちゃう。
「もうそろそろだね。」
「だいぶ東の空が明るくなってきましたもんね。」
しばらくするとオレンジ色の太陽が顔を見せる。その光があたり一面を照らし出し、空に
浮いている雲を鮮やかな色に変えた。
「うわあ、キレイ・・・。」
「眩しいけど、すっごくキレイです。」
「そうだ、長太郎。初日の出に願い事しなくっちゃ。」
「何でですか?」
「初日の出にこの1年がどうあって欲しいかを願うとそれが叶うんだよ。」
「へぇ。」
二人は手を合わせて太陽に向かってお願い事をする。しばらく沈黙があった後、鳳が滝に
尋ねた。
「滝さんは何をお願いしたんですか。」
「そんなの決まってるじゃん。今年も長太郎と仲良く過ごせますようにってだよ。」
「俺も同じです。滝さんと一緒にいろんなことができますようにってお願いしました。」
ニコニコと笑いながら、二人は顔を見合わせる。
「あけましておめでとう長太郎。」
「あけましておめでとうございます滝さん。」
改めて新年のあいさつを交わすと、滝は鳳の顔にそっと手を伸ばし、軽くキスをした。
「!!」
「今年もヨロシク。」
満面の笑顔でそう言われ、顔を真っ赤にしながら鳳も嬉しそうな声で答えた。
「今年もよろしくお願いします。」
「じゃあ、あれを交換しよう。」
「はい。」
滝の言うあれとは実際は郵便物として届けられる年賀状である。誰よりも早く相手のもと
に着くように手渡しにしようと約束していたのだ。その年賀状には普段は言葉で伝えられ
ない気持ちが一面に書かれている。
『あけましておめでとう。去年はいろいろあったけど、それなりに楽しかったよね。今年
は長太郎といっぱいいっぱいいろんなことしたいな。俺は三月で中学卒業しちゃうけど、
テニスの方も頑張れよ。長太郎なら大丈夫だよ。今年もヨロシク。俺、長太郎のこと大好
きだからね。』
滝の年賀状には可愛らしい干支の絵にこんな文章が書かれていた。それを見て鳳は本当に
嬉しそうに笑う。
『あけましておめでとうございます。去年は本当に迷惑ばっかかけてすいませんでした。
ちょっとしたすれ違いとかもあったけど、今は何にも問題がなくて幸せです。滝さんは今
年卒業ですけど、高校行っても俺のことたくさんかまってください。寂しいのは嫌です。
テニスの方も頑張ります。滝さんも頑張ってレギュラーになってください。今年もヨロシ
クお願いします。』
鳳の年賀状はこんな内容。長々と書かれた文章を見て滝に思わず笑みがこぼれた。最後の
方はちょっと耳が痛いなあと思いつつ、この年賀状はとても満足だった。
「さ、じゃあもうそろそろ帰ろうか。」
「そうっスね。」
「ねぇ、長太郎。」
「何ですか?」
「もっかいキスしていい?」
「・・・・いいですよ。」
もう一度唇を重ねる。さっきよりも少し長めのキスを終えると二人はビルから外に出た。
もう寒いとは感じていない。
「今日長太郎暇?」
「はい。暇ですけど。」
「じゃあ、今日は一日ずっと一緒に居ようよ。」
「はい!」
滝の提案で鳳は滝の家にそのまま向かうことになった。手袋を外したままの手で手を繋ぎ、
家路を辿る。新年の一番初めの日。この二人は一番好きな人と一緒に過ごす。こんな幸せ
な日が1年の初めなのだから、きっと今年はとてもいい年になるのだろうと二人とも思っ
ているのであった。
END.