体育倉庫を出て、コンビニに向かって走り出した小平太と滝夜叉丸であったが、途中で鞄
を持っていないことに気づき、一旦学校へ戻る。そして、鞄を持つと再び二人は走り出し
た。
「よーし、到着ー。」
「ハァ・・・ハァ・・・まさかこんなに走るとは。」
いけどん!な勢いで走ったので、学校に戻ってはいるが、それほど時間はかからず、コン
ビニに到着した。凍えそうなほど冷えていた滝夜叉丸の体も全力である程度の距離を走っ
たためにすっかり温まっていた。
「とりあえず入るか、滝夜叉丸。」
「はい。」
コンビニに入ると、二人はまずはレジの横にある中華まんのコーナーに目をやる。
「最近はいろんな中華まんがあるよなあ。」
「そうですね。」
「滝夜叉丸はどれにする?」
「んー、どうしましょう。」
「私は決めたから、滝夜叉丸は選んでおけよ。ちょっと飲み物見て来るから。滝夜叉丸は
何飲む?」
「えっと、じゃあ、ホットミルクティーで。」
「了解。」
滝夜叉丸が中華まんを選んでいる間に、小平太はドリンクコーナーへ行く。ホットドリン
クコーナーから滝夜叉丸用の紅茶を取り、自分用には500mlのスポーツドリンクを手に
取った。
「決まったか?滝夜叉丸。」
「あ、はい。それじゃ、このチョコまんで。」
「チョコまんだな。」
レジに飲み物を出しながら、小平太は中華まんを注文する。
「すいません、あと大入り肉まん二つとチョコまん一つ。」
大入り肉まんを二個も頼むところは、さすが小平太だなあと思いつつ、滝夜叉丸は会計が
終わるのを待つ。飲み物と中華まんを受け取ると、小平太は滝夜叉丸の肩を抱き、外へ出
て早く食べようと促した。コンビニの外へ出ると、二人は駐車場の段差に軽く腰かけなが
ら、ほかほかの中華まんを袋から取り出す。
「ほら、滝夜叉丸。」
「あ、ありがとうございます。」
「それじゃ、いただきまーす!!」
「いただきます。」
温かい中華まんを頬張り、二人は真っ白な息を吐く。走ったために温まった体はいまだに
冷めておらず、ほかほかの中華まんによって、気温の低い外でもさらに温まっていった。
普通の中華まんよりは二回りほど大きい大入り肉まんを二つも頼んだにも関わらず、小平
太あっという間にその二つを食べ終える。
(七松先輩、食べるの早いなー。)
チョコまんに口をつけ、もきゅもきゅと食べながら滝夜叉丸はそんなことを思う。じっと
見つめている滝夜叉丸のそんな視線に気づかず、小平太は何気なく空を見上げる。そこに
は黄金色に輝く大きな満月が、ぽっかりと浮かんでいた。
「見ろ、滝夜叉丸!!今日は満月だ!!」
大きなお月様を見つけた小平太は嬉しそうな笑顔でそう言う。小平太にそう言われ、滝夜
叉丸も空を見上げる。
(うわあ、真ん丸で大きいなあー。)
眩しいくらいに輝いている満月に見惚れながら、滝夜叉丸はそんなことを思う。そんな月
を見上げ、滝夜叉丸は小平太の言葉に同意するような言葉を紡ぐ。
「本当ですね・・・」
「だろー?」
何となく嬉しくなる気持ちが共有出来たと、小平太は笑顔で滝夜叉丸の方へ目をやる。目
に映った月を見上げる滝夜叉丸の横顔に小平太は思わずドキっとした。
(うわ、滝夜叉丸、超可愛いっ。ヤバ・・・何か・・・)
「滝夜叉丸!!」
月明かりに照らされた滝夜叉丸の顔が想像以上に綺麗で、小平太はムラっとしてしまい、
滝夜叉丸の肩をがしっと掴む。
「へっ!?何ですか?」
突然のことに少々戸惑いながら、滝夜叉丸はそう返す。肩を掴み、滝夜叉丸を自分の方へ
向かせつつ、小平太は真面目な顔で思っていることを口にした。
「今、すっごいキスしたい!!」
「い、いきなり何を言い出すんですか!?」
無茶苦茶なことを言い出す小平太に、滝夜叉丸は顔を真っ赤にしてそうつっこむ。
「何か滝夜叉丸の顔見てたら、すっげぇしたくなった!!」
「何言ってるんですか!!こ、こんなところじゃダメですよ!!」
辺りに人影は見えず、暗いとは言えども、ここはコンビニの駐車場だ。こんなところでキ
スをするなんてありえないと、滝夜叉丸は一喝する。そんな滝夜叉丸の言葉に小平太はし
ょぼーんとし、本気で落ち込むような表情を見せる。あまりにがっかりしている小平太の
様子を見て、滝夜叉丸はう〜と胸が締めつけられるような感覚を覚える。
「七松先輩。」
周りに誰もいないことを確認すると、滝夜叉丸は思いきって小平太の頬っぺたに口づける。
そして、先程よりもさらに顔を赤く染めながら、小平太を見た。
「い、今は・・・これで我慢して下さい。」
まさか滝夜叉丸からこんなことをしてもらえるとは思っていなかったので、小平太は驚き
ながらも、あまりの嬉しさに言葉を失う。滝夜叉丸の大胆な行動に、小平太の胸は大きく
高鳴り、キスしたいよりももっともっと大きな感情が胸のうちに生まれた。
「ダメだぁ!!もういろいろ我慢出来ない!!」
「ええぇ――っ!!」
「ここがダメなら、寮でしよう!それなら、いいだろ!?」
そう言いながら、小平太はひょいっと滝夜叉丸を抱え上げた。まだ食べかけのチョコまん
とミルクティーを腕に抱え、滝夜叉丸は驚いた顔を見せる。
「ちょっ・・・七松先輩!?」
「よーし、急いで寮に帰るぞ!!いけいけどんどーん!!」
いきなり抱え上げられ、滝夜叉丸が困惑しまくっているのも無視で、小平太は寮に向かっ
って走り出す。全く困った先輩だと思いながら、滝夜叉丸は今の状況を受け入れるしかな
いのであった。
放課後に街へ出かけたタカ丸と久々知はたくさんの荷物を抱え、寮までの家路を辿ってい
た。久々知の持っているビニール袋には、絹ごし豆腐、焼き豆腐、寄せ豆腐と何種類かの
豆腐が入っていた。
「今日もいっぱい買ったね、久々知くん。」
「はい!今日の夜はどれを食べようかなあ。」
今日はどんな豆腐料理を作ろうかと考えながら、久々知は実に嬉しそうな笑みを浮かべる。
そんな久々知を見て、タカ丸の顔にも思わず笑みがこぼれた。
「ゲームセンターでも久々知くんの好きなコレ取れたしね。」
タカ丸の左腕にははんにゃり豆腐のぬいぐるみが抱えられており、右腕には飲み物が入っ
た袋が提げられていた。明らかに自分よりたくさんの荷物を持っているタカ丸を見て、久
々知は少し申し訳なさそうな顔をする。
「今日は買い物に付き合ってもらって、しかも、こんなに荷物持たせちゃってすみません。」
「気にしないで。むしろ、久々知くんと放課後デートが出来て楽しかったと思ってるし。」
嬉しそうにそう言うタカ丸の言葉に、久々知の顔はほんのり赤くなる。
「放課後デートって・・・・」
そんなことはないんじゃないかと言おうとした久々知の言葉をさえぎるように、タカ丸は
口をはさむ。
「学校の帰りに買い物したり、ゲームセンターに行ったり、一緒に帰ったりするのは、放
課後デートって言うんじゃないの?」
改めて言葉にされると、放課後デートと言う以外ない。そう思うと否定は出来なくなって
しまい、久々知は頷くしかなかった。
「・・・確かに。」
「でしょ?」
久々知が頷いてくれたのが嬉しくて、タカ丸はさらに笑顔になる。そのままてくてく歩き
ながら、タカ丸は恥ずかしそうにうつむいている久々知を見た。
「久々知くん。」
「何ですか?」
「久々知くんは、お豆腐大好きなんだよね?」
「はい、大好きです!!」
豆腐の話ならということで、久々知のテンションは一気に上がる。豆腐の話を始めようと
言葉を紡ごうとした瞬間、タカ丸がさらに言葉を続けた。
「ぼくはね、久々知くんがお豆腐を大好きだと思うのと同じくらい、久々知くんのこと大
好きだよ。」
いつも通りののほほんとした雰囲気でタカ丸はそう口にする。自分がどれだけ豆腐を好き
かは久々知自身が一番よく分かっている。それと同等に好きと言われるのは、久々知にと
って最上級の告白だった。
「それは相当ですよ。」
「うん、相当だよ。ぼくは久々知くんのこと本当に大好きだもん。」
即答でそう返すタカ丸に久々知はボンッとさらに赤くなる。あまりに赤くなり、ドギマギ
している久々知が可愛いと、タカ丸はからかうようなことを言う。
「久々知くん、顔真っ赤赤〜。可愛い〜vv」
「だ、だって・・・」
恥ずかしがって、そんなふうに返す久々知も、タカ丸にとってはとにかく可愛いと思える
要因にしかなり得なかった。
(いつもいつも俺ばっかドキドキさせられてる気がする〜。)
タカ丸のことは好きだが、タカ丸のように好きという言葉を口にすることはあまりない。
それ故、好きと言われてドキドキさせられるのはいつも久々知の方であった。それが少し
悔しくて、久々知はどうすればいいか考える。
(俺だって・・・・)
ニコニコしながら隣を歩くタカ丸の腕に、突然久々知はぎゅうっと抱きつく。当然のこと
ながら、タカ丸は驚いて久々知の方へ目をやる。
「く、久々知くん・・・?」
そんなタカ丸を上目遣いで見上げながら、久々知はタカ丸に対して抱いている想いを素直
に口にした。
「俺もタカ丸さんのこと大好きです。」
「っ!!」
突然の久々知の告白攻撃に、タカ丸は撃沈であった。まつ毛の長い大きな瞳で見つめられ、
そんなことを言われたタカ丸は、口元を押さえながら、久々知から目をそらし、ぼそりと
呟いた。
「それは反則だよ・・・久々知くん。」
先程の久々知に負けず劣らず真っ赤になっているタカ丸を見て、久々知はしてやったり顔
だ。
「タカ丸さんも顔真っ赤ですよ。」
「腕組まれて、そんなこと言われたらこうなっちゃうよ。」
「ちょっとからかいたくてしたことですけど、さっき言ったことは本当ですから。」
ニッと笑いながら、久々知は追い打ちをかけるようにそんなことを言う。畳みかけるよう
な久々知の告白に、タカ丸の心臓はもう破裂しそうなほどドキドキしていた。
(本当久々知くんには敵わないなあ。)
「久々知くん。」
「何ですか?タカま・・・」
うちゅ
「な・・・あ・・・!?」
「久々知くんが煽るのがいけないんだよ。あんなこと言われたら、キスの一つや二つした
くなっちゃう。」
ピッタリと腕にひっついている久々知の唇に、タカ丸はちゅっとキスをした。さすがにこ
れには久々知も言葉を失ってしまう。しばらく口をパクパクさせて、言葉の出ない久々知
であったが、少し落ち着いてくると、タカ丸に抗議の言葉を放つ。
「こんなところでそういうことしないでください。」
「久々知くんが可愛すぎるのがいけないんだよー。」
「う〜。」
そう言われ、恥ずかしさからより真っ赤になる久々知であるが、タカ丸の腕からは離れよ
うとはしなかった。そんな状況が幸せだなあと思いつつ、タカ丸は久々知の体温を感じな
がら、顔を緩ませるのであった。
コンコン
寮に帰り、私服に着替えた仙蔵は長次の部屋へやってきた。一回のノックで、長次は部屋
のドアを開ける。
「仙蔵・・・」
「今、暇か?長次。」
「本を読んでいたが・・・別に忙しくはないぞ。」
「なら、部屋に入っていいか?」
「ああ、もちろん。」
何か用事があるようなので、長次は快く仙蔵を自分の部屋の中へ入れた。図書委員長であ
る長次の部屋には、大きな本棚があり、所狭しと本が並んでいる。部屋の中心には小さな
テーブルがあり、その上にはノートパソコンが置いてあった。
「長次、パソコン使っていいか?」
「別に・・・構わないぞ。」
長次に許可を得ると、仙蔵はパソコンの電源を入れ、起動するのを待ちながら喋り始める。
「さっきな、テレビで神保町の特集やっててな、これは長次に知らせないとと思って。」
「神保町・・・?あの古本街の?」
「そうそう。そこで今、イベントやってるみたいなんだよな。次の休みあたり一緒に行か
ないか?私もだいぶ興味があるし。」
テレビで古本街の特集を見て、そこへ行きたくなったと、仙蔵は長次をデートに誘う。読
書が趣味な長次がそんな誘いを断るはずがない。
「それは興味深いな・・・」
「だろ?」
「次の休みだな。ちょうど用事もないし、行くか・・・」
「ああ。」
長次が誘いに乗ってくれたのが嬉しくて、仙蔵は笑顔で頷く。そうと決まれば、何時頃に
行くか、どの電車に乗って、どんなルートで行くか、そんなことを二人はパソコンを使っ
て調べ始める。
「とりあえず、どのルートで行くのかは決まったな。」
「ああ。」
「神保町は神田だから、上野が近いな。折角だから美術館とかも行きたくないか?」
「それはいいな。今、何がやってるか調べてみるか。」
いろいろ調べて行くうちに、美術館にも行きたい、ランチはどこで食べようかという話に
なる。お互いに意見を出し合い、二人はその日のデートプランを立てていった。ネットで
調べ、行きたい場所、行き方を書き出してゆく。ノート1ページ分がほぼほぼ埋めつくさ
れるくらいになり、二人はふぅっと溜め息をついた。
「よし、だいたい決まったな!」
「そうだな。」
「久しぶりだな、こんなにデートらしいデートするの。」
「・・・確かに。」
「楽しみだな。」
相当楽しみなようで、仙蔵は満面の笑みを浮かべながら、長次に向かってそう言う。そん
な仙蔵が可愛すぎると、長次の胸はひどくときめいた。
(ああ・・・何だか・・・・)
笑みを浮かべる仙蔵を見ていると、胸の奥から堪えきれない想いが込み上げる。テーブル
の上に置いてある仙蔵の手を握り、長次はちゅっと仙蔵の唇にキスをした。
「!」
少々驚く仙蔵ではあるが、そこまで動揺した様子は見せない。長次が顔を離すと、挑発す
るような目で長次を見る。余裕たっぷりの口調で仙蔵は言葉を紡いだ。
「そんなに私にキスしたかったのか?」
思っても見ない仙蔵の言葉に長次の心臓はドキッと跳ねる。妖艶さを含む瞳に見つめられ、
長次は素直に頷くしかなかった。
「・・・ああ。」
長次が頷くのを聞いて、仙蔵はニッと笑いながら、長次の首に腕を回す。そして、ずいっ
と触れるスレスレのところまで、自分の顔を近づけた。
「だったら、もっとすればいい。」
煽るような仙蔵の態度と言葉に、長次はいろいろと我慢が出来なくなる。仙蔵に誘われる
まま、長次はたくさんのキスの雨を仙蔵の顔に降らす。夢中になって、口づけを交わして
いると、いつの間にか仙蔵は長次に組み敷かれていた。
「ハァ・・・ふふ、本当にしたかったんだな。」
「だって、仙蔵が・・・・」
「まあ、私もしたかったから、ちょうどいい。」
嬉しそうに微笑みながら、仙蔵は長次の顔を引き寄せ、濡れた唇を長次の唇に押し付ける。
あまりに積極的な仙蔵に、長次の鼓動はかなり速くなっていた。
「仙蔵・・・」
「なあ、今日は長次の部屋に泊まっていいか?」
「えっ・・・?」
「これだけじゃ終われないだろ?」
悪戯に笑う仙蔵の顔はひどく魅力的で、長次は完全に落ちていた。言われなくとも帰すつ
もりなど毛頭ないと、長次は仙蔵の言葉に頷く。
「ああ。」
「長次。」
「何だ・・・?」
「今日は、一緒に寝ような。」
仙蔵がその言葉を口にすると、言葉そのままの意味には聞こえない。そんな言葉にも長次
は胸を掻き乱され、仙蔵の言動にとにかくときめいてしまうのであった。
「間切ー、今日は重はお泊まりで、航は外食だって。」
携帯を手にしながら、網問は同室の間切にそう知らせる。間切の携帯にも同じ内容のメー
ルが重と航から届いていた。
「そうみたいだな。俺のところにも同じ内容のメールが来てる。」
「今日は二人ともいないのかぁ。・・・そうだ!」
同じ寮の二人がいないということを考えていると、網問はとあることに気がつく。いつも
はどうしても同じようなタイミングになってしまうお風呂が、今日は早めに入れば、かぶ
ることがないのだ。
「間切、ちょっと早いけどお風呂入りに行こう!!」
「風呂?」
「いつもは何でかあの二人とかぶっちゃうじゃん?今日なら二人ともいないし、航が帰っ
てくる前に入っちゃえば、二人っきりで入れるよ。」
「あー、確かにそうだな。」
網問の話に間切は納得する。二人ならゆっくり入れるし、のびのび出来ると間切は網問の
誘いに乗った。
「なら、入りに行くか。」
「うん!!」
決まったなら早速行こうと、二人は着替えを持って寮の浴場へ向かう。浴場に到着して、
中を覗いてみるが誰もいない。予想通りと網問はルンルン気分で服を脱いでいった。あっ
という間に全ての身につけるものを脱ぎ去ると網問はガラっとドアを開け、浴室に入る。
「いっちばーん!!」
かなり早い時間ということもあり、まだ誰も入っていない一番風呂の状態であった。そん
な網問を追うように間切もゆっくり浴場に入る。
「間切、早く早く!」
「そんなに急ぐこともないだろ。今日はゆっくり入れるんだから。」
寮のお風呂はそれほどメチャクチャ大きいというわけではないが、五、六人は余裕で入る
ことは出来る。真冬ということもあり、二人はまず湯船に入った。少し熱いと感じるくら
いのお湯は、二人の心を解きほぐしていく。
「はあー、気持ちいいー。」
「イイ感じの温度だな。」
「今日は寒いからねー。そうだ、間切。今日は俺が間切の髪と体洗ってあげる。」
「おー、頼む。じゃあ、お前が俺を洗い終えたら、俺が網問を洗ってやるよ。」
「本当!?うんうん、お願いvv」
網問の提案から、二人はお互いの体を洗いっこすることになった。ある程度体が温まると、
二人は一旦湯船から上がり、洗い場に移動する。
「よーし、じゃあまず髪の毛から洗うね!」
「ああ。」
まずは網問が間切の髪を洗い始める。顔にお湯がかからないように気をつけながら、髪を
濡らし、シャンプーを手の平で泡立て、間切の髪に絡めていった。
「間切の髪、相変わらずパサパサだよね。」
「海風あたるとこうなっちまうんだよ。しょうがねぇだろ。」
「海風にあたるとこうなるのかぁ。でも、間切は海の近くから離れたところに行くと、体
調悪くなるから大変だね。」
困った体質だなあと思いながら、網問はクスクス笑う。仕方ないだろーと間切は泡だらけ
の髪に少し触れた。
「うーん、確かに傷んでるよなあ。」
「ちゃんと髪の手入れすればいいんだよ。シャンプー終わったら、リンスもやってあげる
ね。」
自分でも少し気にしている素振りを見せる間切に網問はそんなことを言う。シャンプーを
流し、リンスも終えて、体まで洗い終えると、網問は間切の全身にシャワーをかけた。
「よし、終わり!!」
「なら、今度は俺が網問を洗う番だな。」
「うん!」
場所交換をし、今度は間切が網問を洗い始める。まずは髪の毛からと間切はシャンプーを
手につけ、ゆっくりと網問の髪を洗ってゆく。弱すぎずかといって強すぎない絶妙な力加
減で髪と頭を洗う間切のテクニックに、網問は思わず溜め息を漏らす。
「はぁー、気持ちいー。」
吐息混じりのその言葉に、間切は一瞬ドキっとしてしまう。しかし、表面上は平静を装い、
そのまま洗い続ける。
「あー、そこ。そこ超気持ちいい。」
またもやドキっとするようなことを言われ、間切の心臓はドキドキと速くなっていった。
動揺していることを何とか網問に悟られないようにしながら、間切は網問の髪の毛を洗い
終えた。
「よし、髪は終わったぞ。」
「じゃあ、次は体だね♪」
間切に洗ってもらえると、網問はご機嫌な口調でそう返す。
「ほら、とりあえずちゃんと前向いてろ。洗いにくいだろうが。」
「はーい。」
可愛らしい網問にドキドキするのを止められないながらも、間切はしっかり洗い終える。
網問の体を洗い終えると、綺麗に泡を流し、ちょっとした悪戯心から顔面に向けてシャワ
ーをかける。
「ぶっ・・・」
「これで全部洗い終わったな。」
「ちょっと、間切!!顔にかけるなんてひどいじゃん!!」
「ホッペに泡がついてたんだよ。」
「そんなことないもん!!もぉ、間切のバカ!!」
「あははは。」
そんなやりとりをしながら、二人は再び湯船に入る。湯船に入ると網問は間切にベッタリ
くっついた。
「そんなにくっつくなよ。」
「いいじゃん、今日は二人っきりなんだからさ。こんな機会滅多にないよ?」
「まあ・・・そうだけどさ。」
ちょっと困ったような反応を見せながらも、網問にくっつかれて満更でもない様子だ。し
ばらく湯船の中でイチャコラし、のぼせる前に二人は風呂から出る。部屋着に着替えた後
も、網問は間切にベッタリだった。
「今日はやけにくっついてくるな。」
「そういう気分なの!」
「ま、別にいいけどさ。」
「えへへ、じゃあ、腕くんじゃおーっと。」
間切が嫌がらないのをいいことに、網問は間切の腕にぎゅうーっと抱きつく。ちょっと照
れくさいがこんなこともたまには悪くないと、間切は網問の好きにさせた。しっかりと腕
を組んだまま、二人は誰もいない廊下を歩きながら、自分達の部屋へ戻るのであった。
学校からアパートに帰った蜉蝣と疾風は、蜉蝣の部屋で海鮮鍋を食べていた。寒い日にコ
タツでぬくぬくしながら、熱い鍋を食べるのはまた格別だ。
「はあー、腹いっぱい。超満足だぜ。」
満足いくまで鍋を堪能した疾風は、ゴロンとそのまま仰向けに寝転がる。そんな疾風を見
て、蜉蝣は呆れたような口調でつっこむ。
「コタツで寝ると風邪ひくぞ。」
「んー、大丈夫だって。」
注意をする蜉蝣の言葉に耳を傾けず、疾風はそのままうとうとし始める。
「全くしょうがないなあ。」
そんなことをぼやきつつ、蜉蝣はテレビゲームをし始める。ゲームの内容は学校を舞台に
したホラーゲームだ。普段はそんなゲームをしようものなら、疾風が必死で止めようとす
るのだが、今は半分寝ているのでしようとしていることにも気づいていない。疾風に止め
られないので、蜉蝣はカチャカチャとコントローラのボタンを押しながら、ゲームを進め
てゆく。
バンっ!!!!
と、突然テレビから大きな音が鳴る。その音で疾風は夢の中から現実へと引き戻された。
うるさいなあと思いながら、音の鳴っているテレビの方へ視線を向ける。そこには誰が見
ても驚くような恐ろしい顔が映し出されていた。
「うっわあああぁっ!!!!」
それを見て、疾風は思わず絶叫する。
「近所迷惑だぞ、疾風。」
画面から目を離さず、ゲームを進めながら蜉蝣は冷静につっこんだ。
「何でこんな真冬にホラーゲームなんてしてんだよ!?」
「ゲームをするのに季節は関係ないだろ。」
キレ気味で、そう言う疾風に対し、蜉蝣は飄々としながらそう返す。ホラーな映画やゲー
ム、話が苦手な疾風は、俺の前でやるのはやめろとぎゃあぎゃあと騒いでいたが、蜉蝣は
そんな疾風の言葉に聞く耳を持たなかった。
「そんなに怖いなら、自分の部屋に戻ればいいじゃないか。ここは俺の部屋なんだから、
別に俺が何しようが問題ないだろ?」
「あんな怖いの見て、一人で帰れるわけないだろ!!」
蜉蝣の言葉に、疾風はさらに逆ギレする。あまりに素直で可愛らしい疾風の言葉に蜉蝣は
吹き出しそうになるのを必死で堪えていた。蜉蝣はゲームをやめてくれないし、一人で自
分の部屋に帰ることは怖くて出来ない。先程までは蜉蝣と向かい合わせに座っていた疾風
であったが、いつの間にか蜉蝣の隣へ移動していた。
「何だ?疾風。寝るんじゃなかったのか?」
「う、ウルセー!!お前がそんなゲームしてるから、寝たくても寝れねぇんだよ!!」
蜉蝣の隣に移動してから、疾風は蜉蝣にしがみつき、叫びっぱなしであった。近所迷惑だ
と再三注意するが、疾風は少しも黙りはせず、ほんの少し驚かすような演出があれば、力
の限り絶叫していた。
「今日はこれくらいにしておくか。」
パチっとゲームの電源を切り、テレビも消すと蜉蝣はぐっと伸びをしながら、そう口にす
る。蜉蝣がゲームをしている間中叫びっぱなしであった疾風の喉は、もうガラガラであっ
た。
「明日も学校あるし、そろそろ帰るか?」
そんな蜉蝣の問いに疾風は激しく首を横に振る。すっかりかれてしまっている声で、疾風
は蜉蝣を怒鳴る。
「あんなにたくさん怖いの無理矢理見せられて、一人で寝れるわけねぇだろ!!泊まらせ
ろ!!」
あまりに必死な蜉蝣が可愛すぎると、蜉蝣は声を殺して笑う。こっちは怖い思いをしてい
るのに、どうして笑うんだと、疾風はポカポカと疾風の胸を殴った。
「おいおい、そんなに叩くな。」
「お前がっ・・・!!」
「分かった分かった。今日はちゃんと泊まらせてやるよ。」
「うー・・・」
とりあえず、一人で眠る必要はなくなったと、疾風はホッとするが、まだ蜉蝣に言いたい
ことがあった。
「蜉蝣・・・」
「何だ?」
「便所・・・」
「ぶっ・・・」
二人の住んでいるアパートの部屋はそんなに広くないので、二人のいる場所からトイレま
でなど、目と鼻の先の距離だ。それでもトイレについてきて欲しいという疾風に蜉蝣は再
び吹き出してしまう。
「笑うな!!」
「こんなに近い距離なんだから、大丈夫だろ?」
「無理無理!!もう限界なんだって!!早くついて来いよ!!」
「はいはい。」
だだをこねるように、ついて来いと言う疾風を蜉蝣は心底可愛いと思ってしまう。部屋の
すぐ近くのトイレまでついて行くと、蜉蝣はドアの前で疾風が用の足し終わるのを待った。
「蜉蝣、ちゃんといるか?」
「・・・・・・。」
「蜉蝣っ!!」
「いるぞ。そんなに大声出さなくても聞こえるって。」
「いるんだったら、すぐ返事しろよ!!」
どれだけ怖がっているんだと蜉蝣はクスクスと笑う。明日は学校であるが、少しは疾風の
怖さも取り除いてやらないとと、蜉蝣はこの後どうやってそういう雰囲気に持っていこう
かということを考えるのであった。
長く短いいつも通りの一日。寒い冬空の下、いくつもの想いが交じりながら、ゆっくりと
夜が更けていくのであった。
END.