11月 文化祭で女装喫茶

ここは四天宝寺中テニス部の部室。今日は文化祭当日だ。そんな部室で、朝から財前と小
春、ユウジがもめていた。
「せやから、しないって言ってるやないっスか。」
今年の文化祭のテニス部の出し物は女装喫茶なのだが、女装などしたくない財前はキッパ
リとした口調でそう言い放つ。
「財前ちゃん可愛いからぜーったい似合うわよー。」
「小春の言う通りや!他のみんなだってするんやから観念せぇ。」
「嫌っスわ。」
そんな三人を他のメンバーは苦笑しながら眺めている。
「どうしてもしたくないなら、しゃーないと思うけどなあ。」
「せやけど、一応テニス部としての出し物なんやし、参加した方が楽しいんちゃうん?」
「どっちの言い分も分かるけどな。」
白石、謙也、小石川も多少意見が分かれているようだ。
「なあ、銀。アレ何とか出来ひん?」
テニス部の中では比較的財前に懐かれている銀に向かって、白石はそう尋ねる。少し考え
た後、銀は三人の間に割って入る。
「財前はんも小春はんもユウジはんも一旦落ち着き。」
「師範。」
「せやけど・・・」
「確かに今回の出し物はテニス部みんなで決めたもんやし、やった方が楽しいのは間違い
ないと思うで。ただやりたくない者に無理矢理させるのは違うと思うねん。」
「ほら、師範もこう言って・・・」
「まあ、ワシ個人としては、小春はんの言う通り財前はんはきっと似合うと思うから、見
てみたいと思うけどな。もちろん財前はんがしてくれてもええっていうのが前提やけど。」
「はっ?」
自分に味方してくれていると思っていた銀が予想だにしていなかったことを言っているの
を聞いて、財前は目を丸くする。その言葉に、財前は女装など絶対に嫌だという気持ちと
銀が見たがっているのなら・・・という気持ちで揺れ動く。
(師範が見たい言うならしてもええかな・・・いや、でも・・・)
「ちなみに、師範も女装するんスか?」
「もちろんするで。」
「マジっスか・・・」
「財前はん、さてはワシに似合う女装なんてあるわけないと思ってるやろ?まあ、こんな
風貌やし、それなりに大男やしな。あっ、それなら・・・」
「何です?」
「今から文化祭用の女装するから、それが素直に似合わん思うんやったら、財前はんはし
なくてもええ。逆に少しでも似合ってると思うんやったら、財前はんもするってのはどう
や?ワシが似合って、財前はんが似合わんなんてことはありえへんやろ?」
「すごい自信っスね。それならええですよ。」
銀が条件を示してくれたことで、財前は女装をするかしないかを決めやすくなった。正直
なところ、銀に似合う女装などないと財前は思っていた。それでも似合うと思わせるもの
であるならば、それは素直にしてもいいと考えられる。
「ほんなら、少しの間、財前はんは席を外してもらえるやろか。小春はん、少し手伝って
もろてもええか?」
「もちろんよー。メイクなんかは任せてな。」
「銀の衣装、俺が作ったんやけど、絶対似合うと思うで。」
「分かりました。」
銀の指示通り、財前は席を外し、一旦部室の外に移動する。財前が部室の外へ出ると、銀
はユウジから衣装を受け取り、着替えを始める。着替えが済むと、小春に軽くメイクをし
てもらう。
(ホンマに師範に似合う女装なんてあるんかな。師範のことは格好ええと思うとるし、メ
ッチャ男らしいと思うとるから、似合う女装なんて思いつかへん。)
財前が部室の扉の前でそんなことを考えていると、部室の中から何やら盛り上がる声が聞
こえてくる。
「あはは、銀、すごいな!メッチャ似合うやん!」
「これは発想の勝利やな。」
「この衣装なかなかよう出来てるやろ?自信作やで。」
「さっすがユウくんね!」
「小春のメイクの腕もなかなかやで。」
そんなに似合うのかと財前は中の様子が気になって仕方がない。扉に耳をあて、様子をう
かがっていると、部室の扉がゆっくり開く。
「銀の準備出来たで、財前。驚くでー。」
謙也がそんなことを言ってくるのをスルーして、財前は再び部室の中へ入る。部室の奥の
方で椅子に座っている銀の姿を見て、財前は驚く。
「っ!!」
「どうやろか?やはり似合ってへんか?」
メイクを際立たせるために、銀は目を開き、財前の顔を見る。メイクと言ってもそんなに
派手なメイクが施されているわけではなく、薄い桜色のリップに、軽くアイシャドウをし
ている程度のものだ。そんな銀の格好は墨色の法衣を身につけ、足元には白い袴のような
ものが覗いている。そして頭は尼僧頭巾で覆われており、その部分が女装であることを表
しているようであった。銀がしている女装は尼さんの格好であった。
(メチャクチャ似合うとるし、師範もともと顔キレイやから、メッチャ美人な感じになっ
とる。)
「そないな格好、師範が似合わないわけないやないっスか。ずるいっスわ。」
そんな姿を見せられて、似合わないとは言えない。財前は素直にその格好が似合っている
というようなニュアンスの感想を口にする。
「せやけど、尼さんの格好やで?女装やろ?」
「そんなん見せられたらもう断れないやないっスか。分かりましたよ!俺もちゃんと着ま
す。」
「そうか。そりゃ楽しみやなあ。」
尼さんの姿で目を細めてそんなことを言う銀の言葉に財前はドキドキしてしまう。財前が
その気になったので、衣装担当のユウジとメイク担当の小春は張り切って財前を可愛らし
く変身させていく。
「何か・・・思ってた女装とちょっと違う気ぃするんですけど。こんな服ようありました
ね。」
「そりゃ俺が作ったからな!」
「やーん、財前ちゃんやっぱ似合うわあ。髪のセットとメイクもやりがいあるわぁ。」
財前が着せられた服は、和服とロリータ服が合体したような服で、女装と言うよりは何か
の衣装のようであった。上半身は着物感が強くなっているが、下は大きなリボンのついた
ヒラヒラのスカートになっている。さらに和柄の二―ソックスを穿かされ、財前自身は見
たことのないような女装になっていた。
(女装って、女子の制服とかメイド服とかそういう分かりやすいもんするのかと思っとっ
たけど違うんやな。まあ、まず師範の尼さんもなかなか異色やしな。)
「髪の毛はウィッグで短めのツインテールにしてぇ、この髪飾りをつけてぇ・・・あらぁ、
やっぱかわええわぁ。お化粧は銀さんよりはちょっと濃い方がええわね。」
組紐のついた大きなリボンは和と洋が絶妙にマッチしており、今の財前の格好にはピッタ
リの髪飾りになっていた。メイクは銀よりもっとしっかりしたものを施され、可愛らしい
雰囲気になる。
『完成〜!』
小春とユウジが同時に声を上げると、どんな感じになったか周りのメンバーは確認をしに、
財前の近くにやってくる。
「おー、やっぱ財前似合うなー。」
「なかなかエクスタシーな仕上がりやで。」
「うるさいっスわ。」
謙也や白石の言葉にはズバッとクールな口調で返事をする。謙也や白石のすぐ側に座って
いる銀は、予想以上に可愛らしくなった財前の姿にドキドキとしていた。
「財前はん。」
「な、何ですか?」
尼僧姿の銀に声をかけられ、財前はドキドキしながら返事をする。銀が見たいと言ったの
で、初めは嫌だと思ってた女装をしたのだ。しかし、いざその姿を見られると思ったより
も恥ずかしく、顔が熱くなってくる。
「ワシが無理矢理させたみたいになってしもて堪忍な。せやけど、ホンマに財前はん似合
っとるで。想像以上に可愛らしくてちょっとドキドキするくらいや。」
照れながらそんな感想を口にする銀に、財前の顔は真っ赤に染まる。
「し、師範がそう言うなら、しゃーないっスわ。文化祭の出し物、参加します。」
「おおきにな。文化祭、一緒に楽しもうな。」
ニッコリと笑う銀に財前はもうときめきまくりだった。したくない女装もそんなに楽しも
うと思っていなかった文化祭も、途端に楽しみになってくる。
「銀に頼んで正解やったな。」
「銀もなかなか体張った説得の仕方やったけどな。」
「まあ、どっちも似合ってるんやしええんちゃう?というか、俺らもそろそろ準備しない
と。」
「せやったら、これがお前らの分の衣装や。」
「アタシらも着替えちゃいましょ。それにしても、銀さんも財前ちゃんもホーント可愛い
わね。やりとりがもう可愛すぎって話よ。」
文化祭が始まるまでそこまで時間はない。銀と財前以外のメンバーも今日の衣装に着替え
始める。やる気のなかった財前もやる気になってくれたので、全力で文化祭を楽しもうと
四天宝寺テニス部メンバーは可愛らしい衣装に身を包み、出し物の準備を開始した。

                                END.

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