10月 運動会で借り物競争

(はあー、運動会とかホンマだるいわ。しかも、借り物競争て、また面倒な競技に出させ
られたもんやな。)
「次の競技は借り物競争です。出場する選手は入場門のところへ集まってください。」
今日は四天宝寺中学校の運動会の日だ。放送席からそんなアナウンスが聞こえ、財前はだ
るそうな足取りで集合場所へと向かう。入場門から競技を行う場所へと移動すると、その
場に座り、自分の番が来るのを待つ。
(やっぱ、わけ分からんもんが書いてあるんやろな。一組終わるのにえらい時間かかるや
ん。)
四天宝寺の運動会ということで、借り物競争の紙に書かれているものは一筋縄ではいかな
いもののようだ。先に走っている者が借り物を探して放つ声には、時折そんなものあるわ
けないだろといったものも含まれていた。しばらくして、財前の番になると、ゆっくりと
立ち上がり、スタートラインに並ぶ。
(おかしな内容やったら、さっさとギブアップして終わらそ。)
「位置について、よーい・・・」
パンっ!
ピストルの音が鳴ると、財前はとりあえず借り物が書かれた紙のところまで走る。たくさ
んの紙が並べられたところで立ち止まると、足元にある紙を拾い上げた。面倒でないもの
であって欲しいなあと思いながらその紙を開くと、中には『偉人』の文字が書かれていた。
「偉人ってなんやねん。そんなん無理に決まって・・・」
そう呟くと、ふとある人物が思い浮かぶ。
「おるやん。」
ふっと笑って財前はある場所に向かって駆け出す。財前が向かったのは、二年生の応援席
であった。
「師範ー!」
財前にいつもの呼び方で呼ばれ、銀は立ち上がる。銀の姿を見つけ、財前は手を差し出す。
「師範、一緒に来てください!」
「財前はん。借り物、ワシが持ってる何かなんやな。」
「はよ、来てください。」
「分かったで。すぐ行くわ。」
応援席から財前の前まで移動すると、財前にパッと左手を掴まれる。力強く手を握られ、
銀は図らずもドキッとしてしまう。
「師範、走りますよ。」
「あ、ああ。」
銀の手を引きながら、財前は全力で走り出す。そんなに頑張る予定ではなかったが、銀が
協力してくれるなら話は別だ。他の者はまだ借り物を探すのに苦労している。このままゴ
ールまで駆け抜ければ一位になれると、財前は銀と一緒に走った。白いゴールテープを切
ると、紙に書かれた借り物と持ってきた(連れてきた)ものが正しいかをチェックされる。
「はい、オッケーです。」
拾った紙と銀を見比べ、判定係はOKを出す。『1』と書かれた三角の旗を渡され、財前
はゴール後の待機場所へ銀と移動する。
「師範のおかげで、一位取れましたわ。ありがとうございます。」
「どういたしまして。それで、借り物の内容は何やったんや?ハゲの人とかか?」
自分が持っているものを貸したわけでなく、自分自身を見て判定されていたので、銀は冗
談っぽくそんなことを尋ねる。そんな銀に財前は意味ありげな笑みを浮かべて、持ってい
る紙の中身を見せた。
「っ!!??」
その文字を見て、銀はひどく驚く。そして、あたふたと慌てるような素振りを見せた。
「なっ・・・ワシ、そんな立派な人物やないで。」
「けど、審判の人はオッケーくれましたよ。つまり、師範は『偉人』で間違いないってこ
とっスわ。」
「い、いや・・・えーと・・・・」
「せっかく一位取れたんですし、もっと喜んでください。あっ、せっかくなんで記念に写
メ撮っときましょ。」
体操服のポケットからスマホを取り出すと、インカメラを起動し、財前は嬉しそうに笑い
ながら、シャッターを押す。銀と一緒に走って一位になれて、銀とのツーショットの写真
が撮れた。恥ずかしそうに笑う銀との写真を見て、財前はかなり上機嫌になる。
「嬉しそうやな。」
「そりゃ師範と一位取れたんで、嬉しいっスよ。」
「まあ、『偉人』いうのは納得いってないところがあるが、財前はんがそないに嬉しそう
にしてるんやったらええか。」
「何言うとるんスか。師範は尊敬出来るところぎょーさんあるし、人としての手本みたい
な人やないっスか。間違いなく『偉人』っスよ。」
「財前はん・・・」
財前があまりにも褒めてくるので、銀は恥ずかしくて真っ赤になってしまう。
「師範。」
「何や?」
「師範は俺のこと一位にしてくれたんで、今度は俺が師範のこと応援したりますわ。」
にっと笑いながらそんなことを言ってくる財前に、銀は図らずもときめいてしまう。今年
の運動会は一味も二味も違うなあと思いつつ、銀はドキドキと胸を高鳴らせるのであった。

                                END.

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