花の吹雪と夕日と星と

だいぶ空気が暖かくなってきた三月の上旬。甲斐は珍しく早起きをし、平古場の家へとや
ってきた。
「凛ー、いるか?」
「裕次郎。裕次郎がこんな時間に学校行こうとしてるなんて珍しーな。」
風紀委員である平古場は、部活の朝練がない日もかなり早めに登校している。そんな時間
に合わせて、甲斐が自分のことを迎えに来たのだ。意外そうな顔をして、平古場は外へ出
た。
「今日は特別な日だからな。」
「特別な日?今日学校で何かあったっけ?授業はもうないはずやし、卒業式の練習だけだ
と思うけど。」
「とにかく早く出かけようぜ。」
「あ、ああ。」
甲斐に急かされ、平古場は家を出る。かなりご機嫌な様子で道を歩く甲斐だが、ある程度
のところまで進んで、甲斐が向かっている場所が明らかに学校ではないことに平古場は気
づく。
「ちょ、ちょっと待て裕次郎!!」
「あい?何か?」
「何かじゃないやし!!こっちは、全然学校とは逆方向だろー。」
「そーだな。」
「そーだなって・・・。もー、いつもの寄り道に俺を巻き込む気ぃか?」
困ったような顔で平古場はそんなことを尋ねる。そんな平古場の質問に、甲斐は悪びれる
こともなく答えた。
「今日は寄り道じゃないぜ。」
「じゃあ、何かよ?」
「さっきも言ったろ?今日は特別な日だって。そんな日に学校なんて行ってられないし。」
「だから、その特別な日って何よ?」
「今日は三月三日だぜ?俺にとっては、でーじ特別で大事な日なんだけど。」
「あっ・・・」
今日の日付など特に気にしてなかった平古場は、甲斐の口から今日の日付を聞いて、ある
ことを思い出す。
「俺の・・・誕生日だ。」
「何だよ?忘れてたば?」
「あー、裕次郎に日付聞くまで気づかんかった。」
「しょうがないなあー、凛は。というわけで、今日は一日凛と一緒に学校サボっていろん
なとこ行くさー。」
実に楽しそうな表情を浮かべて、甲斐はそんなことを口にする。確かに誕生日に、卒業式
の練習をしに行くためだけに学校へ行くのはどうかと思ってしまう。
「どうせ出席とかも大してとらないだろーし、今日一日くらいいいかなー。」
「そうそう。んじゃ、出発しようぜ。」
「出発するってどこによ?」
「それは風の向くまま気の向くままにさー。」
「要するに、何も考えてないってことだな。」
甲斐の言葉に苦笑しつつも、平古場は今日一日甲斐と一緒に行動することを嬉しく思う。
とにかく甲斐について行ってみようと、平古場はこれからの行動を全て甲斐に任せること
にした。

学校とは全く逆の方向へかなり長い時間歩いていくと、人気のない森のような場所に辿り
着く。
「随分歩いたと思うけど、どこに向かってるば?」
「それは着いてからのお楽しみさー。この森ん中に入るんだけど、ここからは目隠しして
もらうぜ。」
「目隠し?何でよ?」
「いいから、いいから。目的地までは俺がちゃーんと手を繋いで連れてってやるから、安
心しろよな。」
慣れない場所を歩くのに、目隠しをされるのはちょっとなあと思いつつも、平古場は甲斐
に従う。持っていたタオルで、平古場に目隠しをすると、甲斐はその手をしっかりと握り、
森の中へ向かってゆっくりと歩き出した。目隠しをされているためか、どれくらい歩いた
かが掴めない。何となく不安になって平古場は何度も甲斐にまだかと尋ねる。
「裕次郎ー、まだ着かないか?」
「もうちょっとだって。」
「もう結構歩いてると思うんだけどよー。」
「そこまででもないぜ。お、見えてきた。」
「じゅんになぁ?」
「ああ。もうちょっとだからあと少し我慢してくれよな。」
「分かった。」
森が開けたところまで来ると、甲斐は立ち止まって平古場の手を離す。
「今から目隠し取るからな。」
「おう。」
目的地に到着したので、甲斐は平古場につけた目隠しを外してやった。閉じていた目を開
けると、昼間の明るい日差しが目に入る。眩しさの中で、平古場の目に映った景色。それ
は目を疑うような光景であった。
「・・・・雪?」
思わず平古場の口をついて出たのはそんな単語であった。平古場の目に映った景色は、一
面真っ白な雪景色。地面も白く、たくさん並んでいる木も白く染まっている。しかも、風
が吹くと、目の前で雪が吹雪いているように見えた。しかし、ここは沖縄。雪など降るわ
けがない。
「目隠ししてる間に、北国でも連れてってくれたのか?」
「まさか。でも、本当雪が降ってるみたいに見えるだろ?」
「ああ。でーじちゅらさ景色さー。でも、雪じゃないとなると、この白いのは?」
「これは『フブキバナ』って名前の花さー。ほら、いー匂いがするだろ?」
甲斐に言われて辺りの匂いを嗅いでみると、ふわりと何とも言えない香りがしていること
に気づく。これはいい匂いだと、平古場は小さな花の咲く木の側へと近寄った。
「近くで見ると、小さい花がたくさん咲いてるんだな。」
「ああ。かたまってると真っ白に見えるけど、よく見るとほんの少し紫だよな。」
「確かにそうだな。遠目から見ても近くでも見てもでーじちゅらさー。」
辺りを白く染め、芳しい香りを放っているフブキバナに囲まれ、平古場は嬉しそうな笑顔
を見せる。そんな平古場の笑顔を見て、甲斐の顔もほころんだ。
「去年の今頃な、もう凛の誕生日は微妙に過ぎてたと思うんだけど、いつも通り適当に散
歩してたらココを見つけてさー。俺も初めて見たときは、雪が降ってる!と思ってでーじ
ビックリしたんだけど、近くで見て花だって気づいたんだ。で、あんまりにも綺麗だから、
凛にも見せたいなあと思ってよ。ただ、意外と花が咲いてる期間が短くて凛に見せる前
にほとんど散っちゃったんだばぁよ。だから、今年は凛の誕生日に見せてやろうって思っ
て連れてきたってわけさー。」
「こんなにいいとこに連れてきてもらえると思ってなかったから、しに嬉しいさー。あり
がとうな、裕次郎。」
「どういたしまして。喜んでもらえたなら連れてきてよかったさー。」
自分のことのように嬉しそうに笑う甲斐を見て、平古場の胸はきゅんとときめく。何とな
く甲斐に触れたくなり、平古場は甲斐の腕に手を伸ばす。
「どうした?凛。」
「あ・・・いや、何でもな・・・」
甲斐に気づかれ、慌てて手を引いた平古場は足元にある花で足を滑らせる。転びそうにな
る平古場の体を支えようと甲斐は手を伸ばしたが、その手を平古場が掴んだことによって
一緒に転んでしまった。
『うわっ!!』
真っ白な花の絨毯の上に倒れ込んでしまった二人の距離は、ほぼゼロ距離であった。あま
りに近くにあるお互いの顔に、二人の心臓は一気に速くなる。
「裕次郎。」
「何?」
「ここって、あんまり他の人とか入って来ない場所だよな?」
「そうだな。かなり森の奥だし、なかなかここまで入る人はいないだろ。」
「じゃあ・・・」
ほのかに顔を赤く染め、平古場は甲斐の首に腕を回す。
「ちゅうして・・・裕次郎。」
花の上に押し倒しているような状況でそんなことを言われ、甲斐の心臓は爆発寸前であっ
た。口づけを求める平古場の唇に、甲斐は深々と口づける。一度口づけてしまうと止まら
なくなってしまう。何度も何度もキスを交わしていると、どちらも気分が高まってくる。
「ハァ・・・凛。」
「裕次郎・・・」
「何かいろいろ我慢出来なくなってきた。」
「俺も・・・なあ、裕次郎、もっとして?」
「そんなに煽られたら、本当止まらなくなっちまうぞ。」
「別にいーさー。今、俺の頭ん中、裕次郎のことでいっぱいだから。もっともっと裕次郎
のこと、考えてたいし、感じてたい。だから、な?」
すっかりその気になってしまった平古場は、これでもかというくらい甲斐のことを誘う。
そんな平古場の誘いを断ることなど、甲斐には不可能だった。花の吹雪が舞う白い景色の
中で、二人は甘い甘い契りを交わした。

フブキバナの中で長い時間過ごした二人は、すっかり花まみれになり、服や体にその匂い
がしみついていた。
「もう夕方だな。」
「そーだな。そろそろ移動するか。」
「移動するって、今度はどこに行くば?」
「次に行く場所もいいところだぜ。」
ニッと笑いながら、甲斐はそう答える。花の香りのする白い景色を後にすると、甲斐は平
古場の手を引いて、その場所の近くにある小高い丘へと向かった。
「到着ー。」
日が沈み始めているこの時間、甲斐が足を止めた場所からは、水平線が一望出来た。そこ
から見える景色。オレンジ色の太陽が海の中へ沈み、空と海とをいつもとは違う色に染め
上げる。自然が織り成すその絶景に、平古場は言葉を失った。
「ここからの景色も俺のお気に入りなんだばぁよ。特に夕暮れ時は本当綺麗でさー。この
景色見てると、嫌なこととか全部吹っ飛んじまうんだよな。」
その景色に釘づけになりながら、平古場は甲斐の言葉を聞く。平古場があまりにも夢中に
なって、この景色を眺めているので、甲斐はこれ以上声をかけることなく、一緒に太陽が
沈んでいく様を眺めていた。コバルトブルーの夕闇を残し、太陽は海の中へとその姿を隠
す。太陽が完全に沈んでしまうと、平古場はほぅっと溜め息をつく。
「本当、すごい景色だったさー。」
「だろ?これも凛と一緒に見たいなあと思ってた場所なんだばぁよ。」
「裕次郎、いろんないい場所知ってるんだな。」
「まあ、しょっちゅういろんなとこに行ってるからな。」
甲斐の散歩癖には少々困らせられることもあるが、こんな景色をたくさん知っているので
あれば、許してあげてもいいかなあと思ってしまう。しばらくそのままそこに留まってい
ると、辺りは一気に暗くなる。
「街の方とは違って、このへんには全然街灯がないからよー、暗くなると星の見え方がす
ごいんだぜ。」
甲斐にそう言われ、平古場は空を見上げる。まだ日が沈んでそれほど時間が経っていない
にも関わらず、そこには無数の星が輝き始めていた。
「うわあ、本当だな。」
「これが凛にあげる三つ目の景色。」
「俺にくれる?」
「ああ。フブキバナの雪景色もここから見る夕暮れの景色も今見えるこの星空も、全部俺
からの誕生日プレゼントさー。」
今まで見てきた筆舌尽くし難い美しい景色が、自分への誕生日プレゼントだということを
聞いて、平古場はどうしようもなく嬉しくなる。こんなにすごいプレゼントはなかなかも
らえないと、平古場は心から甲斐にお礼の言葉を述べた。
「こんなに豪華なプレゼント他にないさー。ありがとう、裕次郎。」
「俺も今日はでーじ楽しかった。やっぱ、同じ景色でも好きな人と見るってなると、また
違って見えるもんだな。」
「じゅんになあ?」
「ああ。凛と一緒に見た方が何倍も何十倍もキラキラして見えるぜ。」
甲斐のそんな言葉に平古場の胸はひどく高鳴る。好きな人に贈られた好きな人と見るこの
上なく美しい景色。今年の誕生日は、なんていい誕生日なんだと、平古場の胸は嬉しさと
感動でいっぱいになっていた。
「なんか本当いくらお礼を言っても足りないくらい、すごく嬉しくて、どうしたらいいか
って気分なんだけど。」
「そんなに喜んでくれてるなら、もうそれで十分さー。それにこんなにたくさんの星を見
てると、俺も凛にお礼を言いたくなるさー。」
「えっ?何でよ?綺麗な景色、たくさん見せてもらったのは俺の方なのに。」
「こんなにたくさん星があって、でも、生き物が住める星は限られてて、そんな中俺は今
凛と一緒にここにいて、同じ場所で同じ景色を眺めてる。しかも、凛が生まれたっていう
特別な日に。この星空を見てると、それがどれだけすごいことなんだろうって気分になる
んだよな。」
「裕次郎・・・」
「だからさー、凛の誕生日に凛と一緒に俺の大好きな景色を見れたことが、俺はでーじ嬉
しい。今日一日、俺と過ごすことを選んでくれてありがとう、凛。」
いつも通りの明るい笑顔を浮かべながら、甲斐はそんなことを口にする。まさかそんなこ
とを言われるとは思っていなかったので、平古場は泣きそうになるくらい胸がいっぱいに
なり、言葉を詰まらせる。もうどうしていいか分からず、甲斐の肩に顔を押し付けながら
平古場はぎゅっと甲斐に抱きついた。
「・・・もう裕次郎、格好良すぎやし。」
「あはは、今のセリフはさすがにクサイかなーと思ったんだけどよ。」
「確かにクサイセリフだなーと思ったけど、でーじちむどんどんしてるし、しにときめい
たさー。」
「惚れ直した?」
「惚れ直すも何も俺はずーっと、最大限に裕次郎のこと大好きと思ってるのに。これ以上
好きにさせてどうするば?」
「そりゃ俺だって同じやし。凛のこと、大好きだぜ。」
平古場は甲斐の言葉が、甲斐は平古場の言葉が、嬉しくてたまらなかった。お互いのこと
を好きだと思う気持ちでいっぱいになり、自然に笑顔が溢れてくる。
「なあ、裕次郎。」
「ん?何?」
「俺も裕次郎の誕生日のときは、最高のプレゼント用意して祝ってやるさー。だから、来
年の俺の誕生日も、また今日みたいに一緒に過ごそうな。」
「ああ、もちろんさー。」
来年も一緒に過ごしたいという言葉に、甲斐は即答で返事をする。好きな人の誕生日を好
きな人と一緒に過ごし祝えることがどれほど幸せなことか。そんな幸せを噛みしめながら、
甲斐は来年はどんなプレゼントを用意しようか考える。

満天の星空は、キラキラと瞬きながら、幸せいっぱいな二人を照らす。春の夜風が吹く三
月三日。今日は平古場にとっても甲斐にとっても特別な一日として、胸の中に深く刻まれ
るのであった。

                                END.

戻る