春休みに入って二、三日が経ち、氷帝レギュラーメンバーは暇を持て余していた。特にす
ることがないので、岳人が全員に声をかけると簡単に集まることが出来た。これから、ど
うするかを多数決で決めたところ、ファースト・フードで軽くおやつを取ることになった。
それぞれ好きな物を注文したあと、空いている席に着く。運良く9人全員がくっついて座
ることが出来、全員が座り終えると誰からともなく話し始める。
「なあ、春休み入って何かおもしろいことあったか?」
「俺はずっと跡部んちに泊まってるけど。他にはどこにも行ってねぇな。」
「俺も特にどこにも出かけてない。」
春休みに入ったからといって、みんなどこか特別に出かけるということはしていないよう
だ。家にいることが多いということは必然的にテレビを見る機会が多くなる。だからなの
か、話の方向はいろいろと話しているうちに戦争の話題へと移っていった。
「そういやさ、最近ニュース見てるか。」
切り出したのは滝だった。
「ああ。こんなふうになっちまったんだ。見ないわけにはいかねぇだろ。」
「そうですよね。まさか、本当に始まるとは思ってなかったですけど。」
「俺も。普段はニュースなんて見ないんだけどさあ、さすがにこの事態は他人事とは思え
ねぇもんな。」
跡部も鳳も岳人も、その他の人も誰もが気にしている今世界で起きている大変な事態。そ
う“イラク戦争”だ。中学も卒業、最高学年になる直前となれば、こういう世界情勢に興
味を持ち始めるのは当然であろう。まして、歴史や政治の仕組みを習ったばかりというの
なら尚更だ。
「そういうニュース見ててどう思う?」
「俺はなんの意味があるのか分からねぇ。」
「この戦争がってこと?」
「ああ。だって、どう考えてもおかしいんじゃねーの?アメリカはイラクを自由にするた
めだって言ってるけどよ、本当に自由になれるっていう保障はねーし、民間人の犠牲者だ
って結構出てきてんじゃん。」
宍戸はこの戦争に根本的な疑問を抱いているようだ。
「確かにそうやな。今の状態からすると、どうしたって長期化は避けられんだろうし、ア
メリカの兵士やって、イラクの兵士やって、それから民間人やって、たくさん死んでまう
んやろな。」
「そんなのヤダよ。だって、誰かが死んだらそれだけ悲しむ人がたくさんになるってこと
だろ?」
「そうですよね。アメリカ軍の兵士だって、母国に家族がいるはずだし、イラクの人だっ
て、知人がどんどん犠牲になっていくのを見るなんて耐えられないほど悲しいと思います
よ。」
「俺ね、普段新聞なんて読まないんだけど、今日ちょっと見てみたんだ。」
いつも眠っているジローもこのことに関しては興味があるらしく、普段は全く見ない新聞
に目を通したようだ。
「そしたらね、イラクで死んじゃったアメリカの兵士のことが載ってた。19歳だったん
だって。アメリカにいる家族のコメント読んでてすごいつらかったなあ。絶対帰ってくる
と思ってたのに、死んじゃってもう会えないんだよ?それも、俺達より少し上くらいの年
でさ。これって悲しすぎだよね・・・。」
普段はあんなにも明るいジローの表情が、ひどく悲しそうだった。それを聞いている他の
メンバーの表情も浮かない。
「俺、思うんだけどさ、これって元はと言えば上の奴らがいけないんだよね。」
「大統領や首相レベルの奴らだろ?」
「うん。俺、テレビで見たんだけど、イラクの大統領って本当に悪い奴らしいんだ。それ
見てて、確かにこんな奴が国を支配してたらダメだよなあって思ったよ。だけどさ、戦争
する必要ってないと思わねぇ?戦争したらたくさん人が死ぬって、誰でもわかるじゃん。
それなのにアメリカの大統領は無理やり戦争起こしちゃってさ。」
「俺もそう思いますよ。そんなにそいつを倒したいなら、戦争なんかで勝負しないで、上
同士、一対一で戦えばいいんですよね。」
「でも、それはちょっと難しいんじゃない?日吉。」
「どうしてですか?それだったら、民間人は被害を受けないし、ふざけた指導者どっちも
死んで大助かりじゃないですか。」
さすが日吉、結構過激なことを平気で言う。
「それは無理じゃねーの。それが出来たらこんな戦争初めから起こらねぇよ。」
「確かにそうですけど・・・」
「その二人の大統領も大統領だけど、うちの首相もかなり終わってるよな。」
日本の首相を批判し始めたのは、跡部だった。
「だってよ、日本の首相テレビで何て言ってたと思う?勝ち目のない戦争に抵抗せよと言
うイラクの大統領は間違ってる。自分達はアメリカを支持するって。バカだよな。ケンカ
しかけられて、抵抗せずにそのまま白旗あげる奴がどこにいるよ?しかも、大量破壊兵器
を持ってる疑いのある国だぜ。抵抗しないわけがないっつーの。それくらい少し考えれば
分かるだろうに。」
「そう言われればそうやな。」
「ああ。それにアメリカを支持するって、戦争に賛成してるってことになるし。日本は戦
争しない国じゃなかったのかよ。」
「全く、どうしてこう上の奴らは人の気持ちを考えないのかね。確かに全体的に見りゃあ
プラスになることもあるかもしれねぇけど、一人一人として考えるとマイナス面ばっかじ
ゃねーか。」
「どういう意味?跡部。」
跡部の言うことがあまり理解できなかったらしく、ジローは首を傾げ、尋ねる。
「確かにこの戦争が終わって、イラクの今の大統領が失脚しちまえば、独裁的でない自由
な国になるかもしれねぇ。だけど、そうなるまでに何人の人間が死ぬ?人が死んだら、周
りの奴らは何を思う?」
「・・・悲しいと思う。」
「ああ。悲しいと思うだろうな。だけど、悲しいだけじゃねぇ。たぶん、イラクの奴らは
アメリカを憎むだろう。勝手に戦争始めて、民間人には手を出さないとか言っときながら
たくさん死なせて、裏切って。戦争なんて、憎しみと悲しみしか生まねぇよ。どうして、
それが分かんないのかね?俺達、中学生にだって分かるのによ。」
「本当、何でだろうね?」
「自己中心的すぎるってのと、想像力が欠けすぎてるっちゅーのが原因やろな。」
「そうだな。侑士の言う通りかも。」
忍足が言うことに岳人は納得。他のメンバーもその意見は確かにそうだと思った。
「樺地はどう思う?この戦争。」
「・・・たくさん人が死んでしまうのは・・・悲しいです。・・・・それから、環境汚染
も・・・問題だと思います。」
「環境汚染?」
環境汚染という戦争とは全く関係のなさそうな言葉が出て、岳人をハテナを頭に浮かべる。
「ああ、確かにそうだね樺地。」
すぐに頷いたのは鳳だった。鳳は人一倍ニュースを見ているので、そのネタにもすぐに対
応出来る。
「どういうことだよ?鳳。」
「イラク側がアメリカ軍の目をくらますために石油を燃やしているんです。その時に出る
煙に含まれるガスが環境汚染の原因になるんですよ。オゾン層の破壊に地球温暖化、喘息
の原因になるものも含まれてます。」
「そうそう。確か・・・イラクにある25%の石油が燃えちゃうと、京都議定書で決めた
二酸化炭素排出量のスウェーデン1国分が無駄になっちゃうんだって。それで、100%
燃えると世界で10年間今まで努力して減らしてきた分が、全て無駄になっちゃうって、
テレビで言ってたな。」
滝もなかなかこの件に関して詳しい。だが、この二人が言うようにこの戦争が環境問題を
悪化させる原因になることは確からしい。
「本当、何でこんな戦争起きちゃったんだろうな?」
「そうやな。」
「つーかさ、俺達に出来ることって何にもねぇのかよ?」
「反戦デモとかやってますけど、それに参加するとかは?」
「確かにいいかもしれないけど、それで戦争がすぐ終わるわけじゃないだろ?」
「そっか・・・。何か本当つらいよなこういう状態って。」
「そうだよね。早く終わらせたいと思っても終わらせられない。日本的には戦争を支持し
ちゃってる。俺達は、戦争をテレビで眺めていることしか出来ない・・・そんなの悲しす
ぎー。」
「今は出来ねぇかもしれないけど、俺達に確実に出来ることが一つだけあるぜ。」
「何だよ?跡部。」
跡部が自信満々に言うので、宍戸は聞き返す。
「俺達が大人になったとき、こういうことを二度と起こさないことだ。」
『・・・・・。』
跡部があまりにもあっさり言うので、他のメンバーは言葉を失う。
「いや、跡部、そんな簡単に言うけどそれ結構難しいと思うよ。」
「何でだよ?俺達が選挙権持ったときにちゃんとした政治家選んで、子供にはそういう教
育をする。それだけでもかなり変わるはずだ。」
「どうかな?」
「だって、考えてもみろよ。第二次世界大戦時、日本は教育であんなふうになっちまった
んだぜ。でもよ、それって裏を返せばその逆も可能ってことだろ?だから、全く出来ない
ってことはないはずだ。」
「・・・すごいな、跡部。」
「うん。そんなこと考えてもみなかった。」
「さすが、うちの元部長さんやな。」
「そうですよね。俺達がこういう気持ちや考えを持ち続けていればなんとかなりますよね。」
「ああ。そっか、俺達にも出来ることがあるんだな。」
「そうだぜ。さてと、もうそろそろ出るか。あんまり長居してもこの店に悪ぃしな。」
跡部達はたくさんのことを話し終え、店をあとにした。何気なく話していた氷帝メンバー
だったが、聞いてる周りの人たちがいろいろ考えさせられたのは言うまでもない。
「先輩達、これからどうするんです?」
「どうするかって言われてもなあ。どうする跡部?」
「特にもう用もねぇし、俺達は帰ろうぜ。」
「ああ。岳人達はどうすんだ?」
「俺達はゲームセンター寄ってから帰る。」
「俺達は買い物してから行くよ。ね、長太郎。」
「はい。ジロー先輩と樺地は?」
「俺、もう眠いー。帰るぅ。」
「・・・・帰ります。」
「そっか。じゃあ、行こうぜ。」
「そうだな。」
何だかんだ言っても、みんなまだ中学生。それぞれやりたいことをして帰るようだ。だが、
誰もが今日の談話はいつもと違ってためになったなあと思うのであった。
END.