「飯食べて腹いっぱいになったし、これから何しよう?」
夕飯を食べ、自分の部屋に戻った宍戸は、ベッドの上でくつろぎながらそんなことを呟く。
勉強する気にもならないし、特に読みたいと思う漫画もない。ベッドでゴロゴロしている
と、机の上に置いてある携帯電話が鳴り出した。
「電話?」
ベッドから下り、携帯電話を手にすると、宍戸はその電話に出る。
「もしもし?」
『宍戸か。俺だ。』
「跡部?どうしたんだよ?こんな時間に。」
『ちょっといいもの見つけてな。テメェにも見せてやりたいと思ってよ。』
「これからどこかに来いってことか?」
『いや、その必要はないぜ。』
跡部の言うことの意味が理解出来ず、宍戸は首を傾げる。見せたいものがあるというのに、
どこにも行かなくてもよいというのはどういうことだろうか。そんなことを考えていると、
跡部が電話越しに言葉を続ける。
『テメェの部屋に窓あるだろ?』
「ああ、あるけど。」
『その窓、開けてみろよ。そしたら、俺様が見せてぇものは見れるはずだぜ。』
「窓を開けりゃいいんだな。」
跡部に言われた通り、宍戸は窓を開ける。今日の夜空は雲一つなく、見事なくらいに晴れ
渡っていた。特に変わったものは見つからないなあと思いながら、辺りを見回して見ると、
あるものを見つける。
「うわあ・・・」
『見つけたか?』
「満月だ。しかも、すげぇ赤い!」
『基本的に低い場所にある月ってのは赤いもんだけどよ、今日は雲一つねぇ天気で綺麗に
見えてるから、テメェにも見せてやりてぇと思ってな。』
家々の合間から見える赤い月に、宍戸は目を奪われる。教えてもらわなければ、気づかな
かったと、宍戸は跡部にお礼を言う。
「教えてくれてサンキューな。」
『赤はテメェの好きな色だしな。俺もあれだけ綺麗で赤い月を見たのは久しぶりだから、
誰かに話してぇと思ってよ。』
「本当、すげぇ綺麗な赤だよな。赤い月は不気味であんまり好きじゃねぇって奴もいるけ
ど、俺は好きだぜ。」
『俺もあーいう感じの月は好きだぜ。というか、どんな色であれ、基本的に月は好きだけ
どな。』
携帯電話を耳に当てながら、宍戸は赤く輝く月を眺める。違う場所で、同じ月を眺める。
そんな状況が何だか少し嬉しくて、宍戸の声色は先程よりも明るくなっていた。
「電話しながら月見ってのも悪くねぇな。全然違う場所で、同じものを見てるって感じが
よ。」
『そうだな。そうしてぇってのもあって、俺も電話したんだけどな。』
「けど、あの色の月はちょっとの時間しか見れねぇんだよなー。月が高いとこまで昇ると、
普通に白くなっちまうし。」
『その刹那さがいいんじゃねぇか。短い時間だけ見れるものを、共有出来てるってところ
がよ。』
「まあ・・・確かにそうかもな。」
いつでも見れるものを見るよりは、普段は見れないものを見る方が、贅沢に時間を過ごし
ている感がある。しかも、その時間を二人で共有出来ているとなれば尚更だ。そんな時間
を過ごしながら、二人は携帯電話越しに会話を重ねた。
『そういえば、月って中国語で何ていうか知ってるか?』
「えっ?そのまま月じゃねぇの?読み方は違うのかもしれねぇけど。」
『確かに、一月、二月とか、そういう方の月はそのままだ。けどな、今俺達が見てる月は
ちょっと表現が違うんだ。』
「へぇ、何ていうんだ?」
『月にテメェの名前の亮って書いて、『月亮』っていうんだぜ』
「ユエ…リャン・・・?」
『そうだ。その中国語の発音というより、俺はその字面が好きだけどな』
中国語で月を何というかを宍戸に教え、跡部はそんなことを言う。『月亮』という文字は
跡部にとっては、宍戸を連想させた。
「ふーん、月に亮って書くのが、中国では空にある月を表すんだな。なんかちょっと身近
に感じられて嬉しいかも。」
嬉しそうな声で宍戸はそう口にする。電話越しでもその声のトーンは明らかに嬉しさを含
んでいることが分かり、跡部もつられて明るめのトーンになる。
『そういう部分も、月が好きっつー理由の一つになってるんだよな。』
「そういう部分って、どういう部分だよ?」
『月がテメェと関わってるところだ。』
さらっとそういう跡部の言葉を聞き流しそうになったが、何気にすごいことを言っている
ことに気づき、宍戸は思わず聞き返してしまう。
「ん?えっと・・・それってつまり・・・?」
『月は中国語で、『月亮』。テメェの名前は亮。俺にとって月はテメェを連想させる。だか
ら、俺は月が好きだ。』
分かりやすく言い替えられ、宍戸は跡部の言わんとしていたことの意味を理解する。そん
な跡部の言葉を聞いて、宍戸は呆れるような口調で呟いた。
「テメェ、どんだけ俺のこと好きなんだよ?」
呟いた後で、宍戸は自分が物凄い言葉を言ってしまったことに気づく。しかし、口から出
てしまった言葉はもう元には戻せない。
『言葉では語り尽くせねぇが、テメェが聞きたいっつーんなら、いくらでも聞かせてやる
ぜ?』
まさか宍戸からそんなことを言われるとは思っていなかったので、跡部は嬉しそうな口調
でそんな言葉を返す。
「別に語らなくていい!今のはちょっと口が滑って、おかしなこと言っちまっただけだか
らな!」
『おかしなことではねぇだろ。実際、俺様がテメェを好きだってのは事実だからな。』
「そんなにポンポン好きとか言ってんじゃねぇよ!あー、もう、すげぇ顔熱いし!」
自分の言ってしまったことと、跡部が好きと何度も言ってくることに、宍戸の顔はひどく
熱くなり、その熱さを表すかのように真っ赤に染まる。その熱さは耳に当てている携帯電
話にもしっかりと伝わっていた。
『電話越しなのに騒がしいな。傍から見たら一人で騒いでるようにしか見えてねぇんじゃ
ねぇの?』
笑いを含んだような声で跡部はそう口にする。その言葉に少しムッとする宍戸だったが、
確かに跡部の言う通り、電話をしながら騒いでいるのはよくない。とりあえず、少し落ち
着こうと、宍戸は大きく深呼吸をした。
「もー、跡部が変なことばっか言うから、全然月見れてねぇし。」
『俺はちゃんと見てるぜ。』
「跡部は言う方だからそうかもしれねぇけど・・・聞く方としては、そうはいかねぇんだ
よ。」
『なら、テメェも言う方になればいいだろ。』
「なるほど・・・って、それって俺がお前のこと好きとかそういうこと言わなきゃいけな
くなるじゃねぇか!」
一旦は納得してみせる宍戸だが、何を言わなければいけないかを考えて、そう突っ込んで
しまう。まるでノリツッコミのような宍戸の言葉に、跡部はクスクス笑った。
『言えばいいじゃねぇか。』
「言わねぇよ!」
『なら、俺様が代わりにテメェの分まで言ってやるよ。』
「だから、それも言わなくてもいいって!」
『わがままだなぁ、テメェは。』
宍戸が必死になっているのが面白くて、跡部はからかうような口調で宍戸の言葉に言葉を
返す。
「別にそんなにたくさん言葉にしなくたって、跡部が俺のことすごい好きだってことは分
かってるし、俺だって跡部のこと同じくらい好きなんだからな!だから、そんなに言う言
わないとかこだわるつもりはねぇんだよ!」
跡部とのやりとりのノリで、宍戸は電話に向かってそんな言葉を放つ。売り言葉に買い言
葉の勢いで発してしまった言葉のため、宍戸は自分の言ったことが、跡部が言う言葉と同
等の告白になっているとは気づいていなかった。
『あんだけ言わねぇって言ってたくせに、随分分かりやすい告白してくれるじゃねぇか。
俺の言葉なんかより、よっぽど激しい告白だっと思うぜ。』
「へっ・・・?」
明らかにニヤつきながら言っていると分かるような声色で跡部は言う。そんな跡部の言葉
を聞いて、宍戸は先程自分が放った言葉を思い出す。
「〜〜〜〜っ!」
無理矢理言わされたわけでもないのに、物凄いことを言ってしまったことに気づいた宍戸
は言葉を失う。恥ずかしさから心臓の鼓動は速くなり、顔に血が集まってくるのがよく分
かった。
『きっと、今、テメェは真っ赤な顔してすげぇ焦ってんだろうなぁ?』
楽しそうな口調で跡部はそんなことを言う。それは完全に図星であったが、宍戸はそれを
否定するような言葉を返した。
「う、ウルセー!別に焦ってもねぇし、赤くなってもないんだからな!」
『言葉ではそう言っても、声でバレバレだぜ。まあ、俺的にはテメェの口から大胆な告白
が聞けたから、それだけで十分だけどな。』
「うー・・・」
全てを見透かされているようなことを言われ、宍戸はもうそれ以上返す言葉がなかった。
しばらく何も言えずに黙っていると、跡部の方が言葉を紡ぐ。
『もうテメェは月を見る余裕なんかねぇのかもしれねぇけど、そろそろ赤から白に変わり
そうになってるぜ。』
月を見ることなどすっかり忘れていた宍戸は、跡部のその言葉に再び視線を窓の外へ向け
る。先程までは赤く輝いていた月は、その高度を少し上げ、オレンジ色から白へと変わり
始めていた。
「・・・本当だ。」
『赤い月の月見も終わったし、そろそろ電話は切っとくか。』
「あー、うん・・・」
途中からお月見どころではなくなっていたが、電話が切られるとなると、ほんの少し寂し
くなってしまう。とりあえず、跡部の言葉には頷いてみたものの、宍戸としてはもう少し
跡部と電話をしていたかった。
『じゃあな、宍戸』
「あっ、跡部、ちょっと待て!」
『どうした?』
「・・・月は赤じゃなくなっちまったけど、まだ月は出てるわけだし、もう少しだけ月見
続けねぇか?」
お月見を続けたいという宍戸の言葉の真意を跡部はすぐに理解する。その真意をあえて口
にはせず、跡部は宍戸の提案を受け入れた。
『別に構わないぜ。まだ、寝るには早い時間だしな。』
宍戸にとってお月見などはもうどうでもよかった。もう少し跡部と電話をしていたい。た
だそれだけであった。窓の外の月を眺めながら、跡部と他愛もない話を続ける。時折、言
い争いのような口調にはなるが、それは二人にとってはいつものことで、それさえも楽し
いことであった。
『さすがにそろそろ終わりにしとくか。』
「そうだな。思った以上にたくさん喋っちまったし。」
『けど、なかなか楽しかったぜ。』
「・・・俺も。」
『じゃあ、また明日学校でな。ちょっと夜更かししちまったが、朝練遅刻すんじゃねーぞ。』
「言われなくても分かってんよ。じゃあ、また明日な。」
『おやすみ、宍戸。』
「おやすみ。」
眠る前にする挨拶を口にすると、宍戸は耳から離し、通話終了ボタンを押下する。あれほ
ど低い場所にあった月は、今はもう晴れた夜空の高い場所まで移動していた。
「随分長電話しちゃったな。でも、何かすげぇイイ気分かも。」
満足ゆくまで跡部と話が出来た宍戸は、ご機嫌な様子でパジャマに着替え、明日の用意を
する。寝る準備が整ったところで、充電中の携帯電話が再び鳴った。
「ん?メール?」
今度の着信音を電話の着信を知らせるものではなく、メールの受信を伝えるものであった。
着信音が鳴り終わると、宍戸は携帯電話を開く。
「わざわざこんなメール送って来なくたっていいのに。ま、アイツらしいっちゃアイツら
しいけど。」
メールの差出人は跡部であった。メールの内容としては、電話が出来て楽しかった、長電
話になってしまって悪かったといった内容に、いつも通りの告白的な言葉が少し添えられ
ている。そんなメールを見て、宍戸はくすっと笑う。
「俺も楽しかったぜ!また、お月見しような!跡部大好きハート。よし、送信っと。」
カチャカチャとそんな文章をメールで打つと、宍戸は送信ボタンを押す。送信完了しまし
たというメッセージを確認すると、宍戸はパタンと携帯を閉じて、枕の横に置いた。そし
て、自分自身もベッドに横になる。
「今日は綺麗な赤い満月も見れたし、跡部とたくさん話せたし、この感じで寝たら、いい
夢見られそうだぜ。」
そんな独り言を口にしながら、宍戸は床につく。もうかなり夜も更けているので、布団に
入った宍戸はすぐに夢の中へと落ちて行った。それと同じ頃、跡部も満足したような表情
でベッドに入り、宍戸と同じように気分よく眠りに落ちるのであった。
END.