千歳の誕生日パーティーが終わった後、自宅へ帰る前に財前は銀に声をかける。
「師範。」
「どないしたん?」
「今日の夜・・・ちゅーか明け方まで、時間ありますか?」
今日は千歳の誕生日であるが、大晦日でもある。大晦日から元旦にかけてすることなど、
そう多くはない。
「東京に帰るんは年が明けてからやし、大丈夫やで。」
「ほんなら、一緒に初詣行きません?」
予想はしていたが、それを聞いて一瞬銀は黙る。初詣に行くのは大歓迎なのだが、人込み
が苦手なので、いかにも初詣に行く時間帯に出かけるのは少々不安があった。しかし、財
前がせっかく誘ってくれているのだ。銀の中に断るという選択肢はなかった。
「ええで。待ち合わせは何時頃で、どこがええやろか?」
「場所は四天宝寺中の門の前。時間は夜の11時半くらいでどうですか?」
「大丈夫やで。今日は大晦日やし寮の門限もないに等しいから、ワシは大丈夫やけど、そ
ないに遅くに出かけて財前はんは大丈夫なんか?」
「師範と一緒って言えば大丈夫っスわ。」
「はは、それなら責任持って財前はんと一緒に居とかんな。」
「それじゃ、また夜に。」
「ああ。気をつけて帰るんやで。」
嬉しそうにしている財前を見送った後、銀も自分の部屋へと戻る。
(財前はんと初詣楽しみやな。せやけど、人込みで気分悪くならないかちょっと心配や。)
困った体質だと思いながらも、こればかりはどうしようもない。楽しみ半分、不安半分な
気持ちで銀は小さく溜め息をついた。
夜遅い時間に財前を一人で待たせるのは心配なので、約束の時間よりもだいぶ早めに銀は
待ち合わせ場所に行く。約束の時間の5分前くらいに財前はやってきた。
「師範、早いっスね。」
「はは、楽しみで早めに来てしもうた。」
そんなに楽しみにしてくれていたのかと財前は嬉しくなる。しばらくそこで話をし、ゆっ
くりと歩き始める。しばらく歩いていると除夜の鐘が聞こえてくる。
「もうそろそろ年が明けますね。」
「せやな。鐘が鳴り終わるまで、ちょっと待っていよか。」
「そうですね。」
時間はたくさんあるので、人気のない場所で二人は除夜の鐘に耳を傾ける。鐘が鳴り終わ
ると二人は顔を見合わせて新年の挨拶を交わす。
「あけましておめでとう、財前はん。」
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」
「こちらこそ。今年もよろしくな。」
一番初めに挨拶をしたのが一番好きな相手で、二人とも嬉しそうな顔で笑い合う。年も明
けたので初詣に行こうと、財前は銀を誘う。
「ほんなら、初詣に向かいましょうか。」
「あ、ああ。せやな。」
人込みを覚悟しながら銀は頷く。歩き始める財前について行く形で銀も歩き出すが、財前
の向かっている方向は大きな神社や寺院がある方向ではなかった。
(こっちの方に神社やお寺さんあったやろか?)
とりあえず、財前について行ってみようと銀は特に何も聞かずに歩く。
「今日はいくつかの神社回ろうと思っとります。」
「ええんやないか?せやけど、このあたりに・・・」
銀がそう言いかけたとき、財前は立ち止まる。そして、住宅街の中にある小さな鳥居を見
上げる。
「まずは1つ目っスわ。」
財前の視線の先には、確かに小さな鳥居と神社があった。住宅街の中にひっそりとたたず
む神社は、何とも言えない趣きがあった。
「こういうとこにお参りするのもええんとちゃいます?」
「せやな。ほんなら、お参りして行こか。」
「はい。」
鳥居をくぐり、小さな祠にお賽銭を置いて手を合わせる。大きな神社のようにライトアッ
プされているわけではないのでかなり暗いが、神社らしい独特の空気が流れている。二人
の他に人もいないので、しばらくその雰囲気を楽しんだ後、ゆっくりとその神社を後にし
た。
「あまり来たことのない神社やったが、なかなかええ雰囲気やったな。」
「そうですね。この暗さだとさすがに写真は撮れんですけど。」
「まあ、お参りするんがメインやからな。写真は昼間に来たときに撮ったらええんやない
か?」
「昼間に行くときも師範一緒に来てくれますか?」
「ああ、もちろんや。昼間はまた違った雰囲気やろうしな。」
また銀と一緒に神社巡りデートが出来ると、財前はうきうきとした気分になる。しかし、
まだ初詣の神社巡りは終わってはいない。
「まだ、初詣は終わりやないですよ。次のとこ行きましょ。」
「うむ。何や財前はんと一緒やとわくわくするな。」
「それは俺も同じっスわ。」
次の場所へと財前は歩き出す。次がどこかは分からないが、銀は人込みの不安などすっか
り忘れ、心を躍らせながら財前の後をついていく。
(次の場所はこの先か。昼間に来たときとはだいぶ違って結構暗いなあ・・・)
とある細い路地の入口で財前は足を止める。いくつかの提灯がぶら下がっているものの、
その狭い路地は昼間に比べるとかなり暗く、財前でさえも少し怖いと思える雰囲気であっ
た。
「あ、あの・・・」
「どないしたん?」
「次の神社、ここの先にあるんスけど、思ってたより暗くて・・・」
「ああ、ここはワシも知っとるで。確かに夜中に来るとなかなかの雰囲気やな。」
「道も人一人しか通れないくらいなんスけど・・・もし、嫌やなかったら、手繋いでもろ
てもええですか?」
非常に小さいことで有名なその神社は、昼間はそれなりに人の往来があるものの、さすが
に今の時間では静まり返っている。その暗さ故か手を繋いで欲しいと頼んでくる財前に銀
は頬を緩ませる。
「ええで。横に並んで歩くことは出来なそうやが、手はしっかり握っといたるわ。」
「ありがとうございます。」
しっかりと手を繋ぎながら、二人はその暗く狭い路地を進んで行く。道の中腹あたりに壁
と一体化しているような鳥居と祠があり、両サイドには玉串が供えられている。
「ここやな。」
「そうですね。ホンマに小さいんスね。」
「せやな。ほんならお参りしとこか。」
「はい。」
お賽銭を入れ、頭を下げた後、手を合わせる。もう一度頭を下げると、二人は顔を見合わ
せる。
「ここでもしっかりお参り出来ましたね。」
「せやな。まだ、どこか違う場所に行く予定なんやろか?」
「そのつもりっスわ。けど、あと一か所って感じっスね。」
「楽しみやな。」
財前との初詣が楽しく、銀は笑顔でそう口にする。そんな銀を見て、財前はドキっとして
しまう。
「あの、師範。」
「何や?」
「もう全然怖くはないんスけど、また、手繋いでもろてもええですか?」
恥ずかしそうに手を差し出してくる財前に、銀はひどくときめいてしまう。こんなにも可
愛らしい頼みを断れるはずがないと、銀は頷き財前の手を握る。
「もちろんええで。手繋いでた方があたたかいしな。」
「確かにそうっスね。」
もう一度手を繋ぎながら、二人は細い路地を歩く。お参りをするために手袋は外している
が、お互いの手の平から伝わるぬくもりが心地よく、それほど寒さは感じなかった。誰も
いない道を進み、財前は次の目的地に向かって歩いて行く。先程よりも長い時間をかけて
歩き、そこに辿り着く。
「ここは・・・ワシがよく水ごりする滝やな。」
「ここの近くにも神社があるんスよ。」
「ほう、それは初耳やな。」
「そこまで手入れされてるって感じではないんスけど、自然の中にあって雰囲気はええ感
じっスよ。」
「その分暗そうやけどな。注意して歩くで。」
銀がよく滝行をする場所の近くに神社があることを財前は事前に調べて把握していた。ス
マホのライトで足元を照らしながら、その神社に向かって二人はゆっくりと進む。しばら
く歩くと、葉のない木に囲まれた古びた鳥居が目に入る。
「ここみたいですね。」
「ああ。随分古い感じやけど、何や神聖な雰囲気があってええな。」
「分かります。空気感が違うっちゅーか、ホンマパワースポットって感じっスね。」
「この先も暗そうやから、気をつけてな。」
「はい。」
鳥居の前で一礼すると二人は自然の中にたたずむ神社に足を踏み入れる。厳かなその雰囲
気をじっくり味わった後、二人並んでお参りをする。お参りを終えると、鳥居の手前で立
ち止まり、銀は財前に話しかける。
「・・・なあ、財前はん。」
「はい、何です?」
「ホンマおおきにな。」
「何っスか急に。」
「初詣の場所、ワシが人込みが苦手なの分かっとって、人があまり来ないような神社を選
んでくれとったのやろ?」
「まあ・・・そうっスね。」
さすがにバレるかと財前は銀の質問に素直に頷く。バレているのならと、財前も質問を返
す。
「初詣、ちゃんと楽しめましたか?暗いとこばっかで、全然人もおらんくて、あんまり普
通の初詣感はない感じになっちゃいましたけど。」
「もちろんや。実を言うとな、初詣行こうて誘われたとき、人込みで気分悪くなったりし
たらどないしようって心配しとったんや。財前はんにも迷惑かけてしまうし。せやけど、
財前はんが人込みがない場所選んどってくれたから、そないな心配せずに存分に初詣を楽
しめたわ。」
「それなら良かったっスわ。」
ふっと微笑みながら、財前はそう呟く。そんな財前を見て、銀の胸は愛おしさでいっぱい
になり、無意識に財前の身体を自分の腕の中に引き寄せていた。
「し、師範・・・!?」
「急にすまんな。何や財前はんをメッチャ好きやって気持ちでいっぱいになって、こうせ
ずにはいられんかった。財前はんが嫌やったら、すぐ離れるから・・・」
「嫌なわけないでしょ。このままでいてください。」
銀に抱き締められ、財前の胸はひどく高鳴る。しかし、嫌な気持ちは一切なく、むしろ、
幸せな気持ちが溢れてくる。
(ああ、年明け早々メッチャ幸せや。)
「もうちょっとこのままでいてもええやろか?」
「ええですよ。こないな場所、誰も来うへんやろうし。」
「おおきに。」
真っ暗な神社の境内で二人はしばらく抱き合う。お互いの鼓動が聞こえてしまいそうなほ
ど静かな場所で、お互いのぬくもりを伝え合う。それはこの上なく心地よく、まるで別世
界にいるようであった。
「財前はん。」
「はい。」
「2つ目の神社、縁結びの神社でもあるの知っとったか?」
「まあ・・・ある程度は調べとったんで。」
「ワシの願い事、早速叶ったかもしれん。」
「早すぎでしょ。何願ったんです?」
「今年はもっと財前はんと仲良うなれますようにってお願いしたんや。年明け早々財前は
んと二人きりで初詣出来て、今こんなふうに抱き合えとる。ほんで、今、メッチャ幸せな
気分なんや。もうこんなん叶ったも同然やろ?」
嬉しそうにそんな話をしてくる銀に財前の胸はきゅんとしてしまう。それは自分も同じだ
と思いながらも、自分はもっと仲良くなるつもりだといったニュアンスを含んだ言葉を返
す。
「俺も同じ気持ちですけど、まだまだっスわ。俺としては、もっと師範と仲良うなるつも
りなんで。」
「そりゃ楽しみやな。なあ、財前はん・・・」
上を向いて話す財前の頬に触れ、銀は穏やかな口調で財前の名を呼ぶ。銀がしたいことを
すぐに理解した財前は、ドキドキしながらも目を閉じ、ほんの少し背伸びをする。
(暗くても分かるくらいにホンマにかわええ顔しとるな。)
少しの間、財前のキス待ち顔を堪能した後、銀は優しく目の前にある唇に口づける。触れ
るだけのキスであるが、どちらも心の中がぽかぽかと温かくなるような心地になる。
「ホンマは初日の出とかも見たいですけど、まだ時間かかりますよね。」
「初日の出となるとせやなあ。」
「その時間まで、師範の部屋で休憩しません?」
「外はまだ寒いし、それがええかもな。ほんなら、一旦帰ってちょっと休もか。」
ふわふわした気分のまま、二人は一旦離れ、そんな会話を交わす。離れた後ももう少し触
れ合っていたいと、どちらからともなくお互いの手を握った。
「師範の部屋に帰ったら、さっきの続きしてもええですよ?」
「姫はじめにはまだ早いんちゃうか?」
「別にええやないっスか。俺はしたいです。」
「はは、ホンマ財前はんの誘い文句には敵わへんなあ。」
滝の近くの神社を後にしながら、二人は楽しげに話す。銀の部屋ではもう少しイチャイチ
ャしたいと、冗談めいた口調で財前はそんな誘い文句を銀に投げかける。困ったように笑
いながらも、銀も満更ではなかった。
まだまだ始まったばかりの新しい年。お互いにもっともっと仲良くなりたいという二人の
願いは、縁結びの神様にしっかりと届いていた。相手のことを想い、幸せな気分を分かち
合う。年始めにそんな姿を見せる二人の願いが叶わないということはなく、これからより
心を通わせる姿が、二人が訪れた神社の主にははっきりと見えていた。
END.