「よっしゃー、今日の部活も終わりー!!」
部活が終わり、着替えを済ませると宍戸は大きく背伸びをし、一息つこうとソファに座っ
た。すると、そこへ跡部が入ってくる。
「あっ、跡部。」
「宍戸か。ちょうどよかった。」
他の部員は既に帰宅し、残っているのはこの二人だけ。宍戸は軽く自主練をしていたため、
跡部は監督に呼び出されていたために終わらせるのが遅くなったのである。
「あれ?樺地は?」
「樺地は今日は用があるって先に帰っちまった。」
「へぇ。じゃあ、一緒に帰るか?」
「ああ。そんなことより、宍戸。お前にちょっと頼みたいことがあるんだが・・・」
自分にものを頼むなんて珍しいと、宍戸はちょっと驚いたような顔をする。跡部はそんな
宍戸の隣に腰を下ろした。
「テメェが俺にもの頼むなんて珍しいじゃねぇか。何だよ?」
「昨日の夕方、他校の女子に告白された。」
「ふーん。そんなのいつものことじゃねぇか。」
少しは嫌だと思っているが、あんまり心配しすぎると身がもたないと宍戸は最近こういう
話をされてもそれほど気にしなくなっていた。実際、跡部もどんな女子に告白されても宍
戸がいるという理由で全て断っている。
「つきあってる奴がいるって言ったんだが、信じてもらえねぇんだ。うちの学校だったら
俺らのこといくらでも見てるからすぐに諦めてもらえるんだがな。」
「それで?」
それだけではまだ頼みたいということが分からないと宍戸は話を続けさせる。
「実際にその彼女を連れて来いだとよ。」
「ふーん。・・・えっ?」
さらっと聞き流そうとした宍戸だったが、跡部の言った言葉に引っかかった。その他校の
女子は『彼女』を連れて来いと言っている。まあ、つきあってると言ったらその相手のこ
とを『彼女』というのは一般常識だが、この二人の場合は普通とはいくらか違う。跡部が
こんなことを言うということは、なんとなく頼まれることが読めてきた。
「実際にお前を連れて行こうとは思うんだが、どう考えてもそのまま連れて行って信じて
もらえるってことはねぇだろ。だから・・・」
「ちょっと待った!!俺も最近だいぶお前の言うことが予測出来るようになってきたから
な。それって要するに俺が彼女だっていうことにして、男のままの格好じゃ信じてもらえ
ねぇから、女の格好してその女子のところへ行くってことか?」
「分かってるじゃねぇか。随分と賢くなったな。」
自分が言う前に理解をした宍戸を賢くなったと褒める跡部だが、宍戸にとってはそんなこ
とで褒められてもそんなに嬉しくはない。話の流れとしてなんとなく予測していたことだ
とはいえども、本当にそうだと言われるとかなり悩む。確かに自分は跡部とつきあってい
る。あえて一般的に言うなら『彼女』のポジションで間違ってはいない。しかし、女装を
してまで他校の女子に公表しなければいけないというのも、なかなか気の進まない話だ。
「お前がしたくないっていうなら、そのへんにいる適当な女子にでも頼むけどな。」
「はあ!?ふざけんな!!」
ふりとはいえども、やはり跡部を他の者に取られるのは嫌なようだ。そんな宍戸の態度を
見て、跡部は笑った。
「じゃあ、してくれんのか?」
「・・・・・う〜、分かったよ!!やってやろうじゃねぇか!!」
思惑通り、宍戸は跡部の言ったことを了承した。どう言えば宍戸がやってくれるかを跡部
は完璧に熟知している。他校の女子の告白を断るのが第一目的だが、跡部からすれば、そ
れよりも宍戸の女装姿が見られるという方が大事なのだ。そんなこんなで、早速、次の日
にその女子と待ち合わせることになった。
次の日、宍戸は長髪のカツラをつけさせられ、氷帝学園の女子制服を着せられ、跡部につ
いて行くことになった。思った以上のスカートの短さに落ち着かず、無駄にそわそわして
いる。
「そんなに緊張しなくてもいいんだぜ。いつも通りにしてろ。」
「そんなこと言われてもよぉ・・・てか、これ絶対スカート短すぎだって。」
「今の女子ってこんなもんだろ。でも、なかなか似合ってるじゃねぇか。マジで普通の女
子に見えるぜ。」
「そんなこと言われても嬉しくねぇ!!それに何だよこのカツラは。普通にポニーテール
でいいじゃねぇか。」
跡部につけさせられたカツラは髪を切る前と同じくらいの長さではあるが、一つにまとめ
ているという形ではない。そのまま下ろした状態で、細い三つ編みが耳の後ろあたりに編
みこまれている。
「ポニーテールじゃ、前の髪型と変わんねぇだろ。それにこの髪型の方がより女っぽく見
える。」
「確かにそうだろうけど・・・あっ、跡部、お前が言ってたのってあいつか?」
「ああ。」
さっきからぶつぶつ文句を言う宍戸だが、向こうの方に跡部に告白をしたという女子を見
つけると一気に口数を減らす。声が聞こえてしまったら、自分が男だということがバレて
しまう恐れがあるからだ。
「さてと、行くか。宍戸、絶対しゃべんじゃねぇぞ。」
「分かってる。」
そう言いながら、跡部はまず一人でその女子の前に出て行く。そして、今日はちゃんと彼
女を連れてきたという話をしてから、宍戸をその場に呼んだ。宍戸の姿を見て、他校の女
子は驚いたような顔をする。170cmを越える長身(これは女子としてだが)に整った
顔立ち、スレンダーなスタイルに可愛さもセクシーさも感じさせる雰囲気。どれをとって
も自分には勝ち目はない。しかし、すぐには諦めきれなかった。
(うわあ、すっげぇ俺のこと見てるよ。バレてねぇよな?う〜、すげぇ緊張する〜。)
本当に美人な子だと思ってその女子は見ているのだが、宍戸からすれば、じっと見られる
のはバレているのではないかという不安を生み出す。心臓をバクバクさせながら、早くこ
こから去りたいというのをただただ心の中で願うしか宍戸には出来なかった。
「た、確かに綺麗な子だけど、本当につきあってるかはまだ信じられない。」
そんなことを言うとは思わなかったので、跡部はなんとなくイライラして軽く舌打ちをし
た。そして、宍戸の腕をぐいっと引っ張り、自分の方へと引き寄せる。
(うわっ!!)
声を出すなと言われている宍戸は声が出そうになるのを必死でこらえる。自分の腕の中に
宍戸が入ると跡部はそのまま宍戸のことを抱きしめ、顎を引き上げ自分の方へ向かせた。
宍戸からすれば、何をされるか分からないのでさっきからずっとドキドキしっぱなしだ。
「こいつは本当に俺の彼女だぜ。なあ?」
そう尋ねられ、宍戸はとにかく頷いた。跡部の目が自分の言うことを聞かないとどうなる
か分かってるよな?というようなことを物語っている。
「で、でも・・・!」
まだ、信じない他校の女子に跡部はそろそろ怒りを覚える。だったら分からせてやるよと
言わんばかりに宍戸の唇に噛み付くようにキスをした。まさかそこまでされるとは思って
いなかったので、宍戸の頭の中は大パニックだ。
(うわ〜、そこまでするなんて聞いてねぇぞ!!って、マジで跡部のヤツ、やってやがる。
こ、これ以上されるとヤベェ・・・)
「・・・ぅ・・・あっ・・・・」
普通にしゃべる声は自分の意思で抑えられたとしても、こういう無意識に出てしまう声は
抑えられない。ヤバイヤバイと思いながらも跡部はさらに激しくキスをしてくる。そのう
ちすっかり思考が停止してしまって、宍戸は跡部にされるがままになっていた。端から見
ればその表情は、とにかく跡部のキスに酔い、恍惚としているという感じだ。さすがにそ
んなものを見せつけられれば、その女子も諦めざるを得ないだろう。いったん唇を宍戸か
ら離すと、跡部は他校の女子の方を向き、笑いながら言い放つ。
「これでも信じられねぇか?俺様の熱いキスを受けていいのはこいつだけだ。他の奴には
全く興味はねぇ。」
ここまでキッパリ言われ、その女子はボロボロ涙を流し、顔を覆いながらその場から走り
去って行った。自分でも少々ひどいやり方だなあと思いつつ、跡部は諦めさせたことに安
堵の溜め息を漏らした。宍戸はといえば、何が起こったのか分からず、ただただぽーっと
して、ドキドキしながら跡部に身を預けたままになっている。
「どうした?宍戸。そんなに俺様のキスがよかったのか?」
からかうような口調でそんなことを言われ、やっと宍戸は正気に戻った。そして、さっき
までのことを思い返し、跡部に文句を言いまくる。
「あ、跡部っ、あんなことまでするなんて俺聞いてねぇぞ!!」
「あーん?しょうがねぇだろ。流れでそうなっちまったんだからよ。」
「だからって、あんな激しくする必要はねぇだろ!?」
「そんなこと言って、よかったんだろ?」
「〜〜〜〜〜っ」
否定出来ないあたりが悔しくて宍戸は黙ってしまう。まあ、目的は達成したのだからいい
かと思いつつも、やはりどこか納得いかない。
「じゃ、じゃあ、帰り何か奢れよ。それで許してやる。」
「いいぜ。じゃあ、俺様行きつけのレストランでも行くか?」
「えっ、そんな高いもんじゃなくても別にいい・・・」
「どうせそんな格好してんだ。制服デートと行こうぜ。」
自分が女子の制服を着ているということをすっかり忘れていた宍戸は、自分で言ったこと
を取り消そうとした。しかし、跡部はもう行く気満々。今日は跡部に振り回されっぱなし
だと思いながらも、美味しい料理の誘惑には勝てない。そのまま跡部に連れられ高級レス
トランに行くことになるのだった。
こんなことがあった次の日。氷帝学園内では妙な噂でもちきり。内容は『跡部が物凄い美
少女とつきあっている』というものであった。当然、その美少女とは女装をした宍戸のこ
と。昨日、あのままの格好でデートをしてしまったために、何人かの生徒に目撃されてし
まったのだ。
「ねぇねぇ、宍戸君。あの噂って本当なの?」
「そうだよ。宍戸君、跡部君とつきあってるんでしょ?」
「要するに浮気ってことよね?いいの?宍戸君。」
朝から興味本位な女子の質問攻めにあい、宍戸はだんだんとイライラが溜まってくる。初
めのうちは「知らねぇ」とか「俺には関係ない」とか言って流していたが、あまりのしつ
こさにどうしようもなくなってしまい、思わず言ってしまった。
「だー、もうっ、テメェらウザイんだよ!!あれは俺だ!!昨日跡部に頼まれて、仕方な
くあーいう格好してたんだよ!!分かったか!もういちいち質問してくんじゃねぇ!!」
それを聞いて、教室内は一気に静まり返った。そして、しばらくすると男子も女子も関係
なくざわめき始める。『物凄い美少女』と称されていた者が宍戸だったのだ。そりゃ騒ぎ
たくもなるだろう。
「随分大胆な告白してくれたな、宍戸。黙ってりゃバレなかったのに。」
「へっ?」
跡部の言葉を聞き、宍戸は自分の言ってしまたことの重大さに気がついた。口から出てし
まった言葉はもう元には戻らない。今度はまた違う話題で盛り上がるクラスメートをどう
することも出来なくなってしまい、宍戸は顔を真っ赤に染めて、机の上に突っ伏した。
(あー、何やってんだよ俺〜。また、余計なこと言っちまったー。)
面白い反応をする宍戸を見ながら跡部は笑う。宍戸自身このことを断言してしまったのだ。
しばらくこの学園内では、この二人の仲を疑う者は現われないであろう。
END.