緋色の宴

真ん丸の月が輝く夜更け、五年生の忍たま長屋の一室で、何人かの五年生と一人の四年生
が集まっていた。
「すごいね、こんなに綺麗な瓶初めて見たよ。」
「わたしもだ。南蛮のものはやっぱり違うな。」
「こんなのどこで手に入れたんだよ?三郎。」
「今日の実習で忍び込んだ屋敷にあってな。たくさんあったから一本くらいくすねてきて
も大丈夫だろうと思って。」
この部屋にいるのは、五年生の鉢屋、雷蔵、久々知、竹谷の四人と、四年生のタカ丸であ
った。本当は五年生だけで、集まるつもりだったのだが、久々知と一緒にいたタカ丸がこ
の話を聞いたため、急遽参加することになったのだ。
「これって、『葡萄酒』って奴だよね?」
「知ってるんですか?タカ丸さん。」
「お客さんに少し聞いただけだけど、南蛮には赤くて綺麗なお酒があるんだって。」
「へぇ、赤いんだ。赤いお酒なんて見たことないよ。さすが南蛮だ。」
鉢屋が屋敷からくすねてきたという酒は、南蛮渡来の葡萄酒であった。物珍しさから、五
年ろ組の三人と火薬委員の二人は、それを飲んでみようということになったのだ。とりあ
えず開けてみようと、持っていた道具を使って、コルクを開ける。コルクを開けると、用
意していた湯呑に瓶の中身を注いだ。
『おお――!!』
注がれる液体の鮮やかな赤色に五人は感嘆の声を上げる。すぐに飲むのは少し抵抗がある
ので、その色や匂いをじっくり確かめる。
「本当に真っ赤なんだな。」
「綺麗な色ー。」
「何か血みたいだけどな。」
「ちょっとそういうこと言うなよ、三郎!」
「あはは、すまんすまん。んー、でも、匂いは普通に酒の匂いだな。」
「うわあ、結構飲むの緊張するー。」
それぞれ思い思いの感想を述べると、お互いに顔を見合わせる。飲んだこともない飲み物
を飲むというのはなかなか覚悟がいるものだ。
「よし、じゃあ、せーので飲むぞ。」
『うん。』
鉢屋の合図でみんなで一斉に飲むということを決めると、五人は葡萄酒の入った湯呑を手
に持つ。緊張感の高まる中、鉢屋は合図の言葉を口にした。
「せーの・・・」
ぐいっと湯呑の中の赤い液体を五人は口にする。葡萄の風味と少し渋みのある味がじんわ
りと口全体に広がった。慣れない味に初めは戸惑う五人であったが、飲み慣れていくうち
にその何とも言えない風味にハマっていく。
「結構美味いじゃん!」
「そうだね。初めはちょっと渋いかなって思ったけど、慣れると気にならないね。」
「俺もこの味は好きだな。日本酒とは全く違った風味がまたいい。」
「いいもん持ってきたじゃないか、三郎。タカ丸さんはどうですか?」
「ぼくもこの味好きー。美味しい。」
葡萄酒の味に魅せられた五人は、湯呑になみなみと注がれたそれをゴクゴク飲む。半分く
らい飲んだところで、若干変化が表れてきたのは、雷蔵と久々知の二人であった。
「はあ〜、何か熱くなってきちゃった。」
「俺もー。」
「お前らもう酔っ払ってんのか?」
湯呑半分の量で酔うとは思っていなかった竹谷は、二人にそんなツッコミをする。しかし、
雷蔵も久々知もかなり酔っ払いモードに入ろうとしていた。
「タカ丸さんは、お酒強いんですか?」
「んー、普通だと思うけど。でも、これくらいの量じゃ酔わないかなあ?」
「雷蔵も兵助も普段あんまり飲まないから、たまに飲むとこんな感じなんですよ。」
湯呑に入った葡萄酒を口にしながら、鉢屋はそんなことを言う。雷蔵が酔うと、絡み上戸
になるのを知っているので、鉢屋の顔は自然に緩んでくる。
「あう〜、あっつい。ちょっと脱いじゃえー。」
酔った熱さに耐えられなくなった雷蔵は、寝巻きの帯を緩め、大きく胸をはだけさせる。
「おいおい、雷蔵。いくらなんでもそれははしたないぞ。」
「いいじゃん八左ヱ門。ねぇ、三郎♪」
「ん、ああ。」
雷蔵の言葉に頷く鉢屋であったが、その視線は雷蔵の寝巻きの合間から見える肌に釘付け
であった。雷蔵、鉢屋、竹谷がそんなやりとりをしている間に、いつの間にか久々知は、
湯呑に入っていた葡萄酒を全て飲み干していた。
「タカ丸さん、注いでください♪」
「大丈夫なの?久々知くん。結構酔ってるでしょ?」
「大丈夫ですよ〜。そんなに酔ってないですー。」
「わ、分かったよ。あんまり飲みすぎちゃだめだよ?」
完璧に酔っぱらってる久々知の言葉に困惑しながらも、タカ丸は久々知の湯呑に葡萄酒を
注ぐ。
「はあ〜、うまーいvv」
タカ丸に注いでもらった葡萄酒を口にしながら、久々知はへら〜っと笑ってそう漏らす。
「兵助もあんまり酒癖はいい方じゃないからな。」
久々知の様子を見て、竹谷は苦笑しつつ、自分の湯呑の葡萄酒を飲む。竹谷は酒には強い
方で、ある程度飲んでも全く酔ったような素振りは見せない。
「竹谷くんと鉢屋くんは、全然酔ってないみたいだね。」
「わたし達は結構強い方だから。」
「湯呑一杯くらいじゃ、酔わないって。」
そう言いながら二人は、二杯目を湯呑に注ぐ。さすがだなあと思いつつ、タカ丸も二杯目
を注ぎ足した。
「さ〜ぶ〜ろ〜。」
一杯の葡萄酒をやっと飲み干した雷蔵は、べったりと鉢屋にひっつく。寝巻きが着乱れて
いるために、目のやり場に困るなあと思いつつ、鉢屋は雷蔵の呼びかけに答える。
「どうした?雷蔵。」
「さぶろーは、どうしていつもぼくの顔なの?」
「他の顔のがいいか?」
いきなり雷蔵がそんなことを尋ねてくるので、鉢屋はパパっと顔を変え、すぐ側にいる久
々知や竹谷の顔になってみせる。それを見て、雷蔵はぶーっと膨れっ面で不機嫌そうな顔
になる。
「他の人の顔はダメ〜。三郎はぁ、ぼくの顔じゃなきゃやなの。」
「何故だ?」
雷蔵の言葉を聞いて、鉢屋は顔を雷蔵のものに戻す。何だか可愛いことを言ってきてくれ
ているなあと、鉢屋はニヤニヤしながら、雷蔵に質問を返した。
「だって、三郎はいつもぼくの顔だから、ぼくが一番見慣れてる三郎はぼくの顔なの。そ
れが一番三郎だから、その顔がいいんだよぉ。」
酔っているため、どこか舌っ足らずになり、日本語も少しおかしくなっているが、そんな
雷蔵が、鉢屋にとっては可愛く思えて仕方がなかった。
「雷蔵がそう思うなら、このままにしとこう。」
「へへへ〜、やったぁ。」
へらへらと笑って、雷蔵はむぎゅーっと鉢屋に抱きついた。
(本当可愛いっ!ヤバイなあ、こりゃ。)
雷蔵のあまりの可愛さにやられながら、鉢屋はぐいっと湯呑に入っている葡萄酒をあおる。
そんな二人の様子を見て、竹谷はくすくす笑った。
「雷蔵は完璧に出来上がってるな。」
「まあ、可愛いから、わたしは大歓迎だけどな。」
「だろうな。」
「わわっ、ちょっ!!久々知くんっ!?」
竹谷と鉢屋が言葉を交わしていると、隣で困ったようなタカ丸の声が上がった。どうした
のだろうと、そちらの方を見てみると、何故か久々知がタカ丸の胸ぐらを掴んでいた。
「おいおい、どうした兵助?」
「何か気に入らないことでもあったのか?」
「タカ丸さん!!」
「は、はいっ!」
睨みつけられるような表情で名前を呼ばれ、タカ丸はびくびくしながら返事をする。しか
し、次に続く言葉はそこにいる誰もが予想だにしていないことであった。
「タカ丸さんは俺のことが好きなんですよね?だったら、接吻の一つや二つこの場でして
みせてください!」
「え〜!!な、何言ってるの、久々知くん〜。」
「ほー、兵助とタカ丸さんはそういう関係だったのか。」
「まあ、薄々感づいてはいたけどな。」
「ちょ・・・そんなのんきに話してないで、助けて〜。」
「タカ丸さん、俺に対する愛はその程度なんですか!?」
「ち、違うよっ!!違うんだけど〜。」
二人きりなら露知らず、他の五年生が三人もいる中で、それは如何なものかとタカ丸は、
本当に困惑したような顔になる。これはなかなか面白い展開だと、竹谷と鉢屋は二人を煽
るようなことを言い出す。
「わたし達は気にしないんで、しちゃってもいいですよ、タカ丸さん。」
「そーそー。しないと後が大変だと思いますよ?」
「えー!?そ、そんなあ〜。」
「タカ丸さんは、やっぱり俺のことがキライなんですかあ?」
うるうると潤んだ瞳で見つめられ、他の二人にそんなことを言われれば、タカ丸もその気
になってしまう。恥ずかしいなあと思いつつ、タカ丸は久々知の頬に手を添えて、ドキド
キしながら久々知の唇にそっと口づけた。
『お――っ!!』
なかなかこんな光景は見られるものではないと、竹谷と鉢屋は一気にテンションが上がる。
タカ丸に接吻をしてもらったことで、かなり上機嫌になった久々知は、にぱーと笑って、
タカ丸に抱きつき、想いの内を全て口に出す。
「タカ丸さん、大好きです!!」
「なっ・・・ええっ!?久々知くんっ!?」
「好き、好き〜。超大好き〜vv」
普段の久々知からは考えられないその台詞に、タカ丸の胸はドキドキと高鳴る。ここまで
素直に自分のことを好きだと言ってくれる久々知は初めて見ると、戸惑いと嬉しさがゴッ
チャになって、タカ丸の頭を混乱させた。
「兵助、大暴走。」
「だな。タカ丸さんも一応飲んでるからなあ。プッツンするのも時間の問題だろ。」
鉢屋と竹谷の予想通り、久々知の猛烈なアタックにタカ丸の方が耐えられなくなる。久々
知ほど酔ってないとは言えども、普段よりは理性を保ってられる時間は短くなっているの
は確かだ。
「久々知くんっ!!」
ドサっ!!
「う・・わあ・・・」
いきなり畳に押し倒され、驚く久々知であったが、それでもまだへらへらとした表情のま
までいる。
「あはは〜、タカ丸さんが俺の上に乗っかってるー。」
「久々知くんが悪いんだからね!!ぼく、すっごい我慢してたのにー。」
「タカ丸さん、キスまでですよ。それ以上は他でやってください。」
「うぅっ・・・頑張る。」
まだ理性を保っている竹谷と鉢屋は、冗談めいた口調でそんなことを言う。キスまでは自
由にしてもいいという許しが出ているため、タカ丸は先程よりはいくらか激しい接吻を自
分の下に組み敷いている久々知に施す。
「やっぱ、酒の力ってすごいよな。」
「そうだな。」
「む〜、さぶろー。もっとぼくにもかまえ〜!!」
タカ丸と久々知に気を取られ過ぎて、雷蔵の相手をしてやれなかったため、雷蔵は拗ねた
ような口調で鉢屋にそんなことを言ってくる。
「ああ、悪い悪い。」
「へーすけとタカ丸さん、ちゅうしてる〜。ぼくもしたいー。」
「へっ!?」
「さーぶろーvv」
「えっ、ちょっ、雷蔵っ!?」
久々知とタカ丸がイチャイチャしているのに感化され、雷蔵も完全に甘えモードが発動す
る。油断しているところに、雷蔵からの熱い接吻を受け、三郎は珍しく動揺してしまう。
「あはは、今日の雷蔵は大胆だな。」
「いや、マジこれはヤバイって・・・」
「三郎ー、ぼくね、三郎のこと大好きなんだよぉ。」
ふにゃ〜と笑いながら、そんなことを言ってくる雷蔵に、鉢屋はもう理性を失う寸前であ
った。今なら、タカ丸の気持ちが痛いほど分かると、速くなる鼓動を抑えられないでいる。
「あー、超ヤリてぇ・・・」
「はい、そこ、何気に下品なこと言わない!!」
「だってさあ、雷蔵可愛すぎるんだもんよ。」
「さっき、タカ丸さんにキスまで言ってたじゃん。それ以上は三郎だって、ダメだからな。」
「分かってるけどさ。分かってるけど・・・」
「さーぶろーvvもっとちゅうしよ〜♪」
「ああー!!我慢だ俺っ!!」
この場では手を出せないことが分かっていながら、そんなことはお構いなしに雷蔵は、ハ
ートを振りまき、鉢屋に迫る。それ故、鉢屋は半端ない精神力を使い、自分の欲望を必死
で抑えていた。
「頑張れ、三郎ー。」
「うう・・・」
「で、兵助の方はどうなってる?」
完全傍観者の竹谷は、二組のカップルの挙動が面白すぎると、この状況をかなり楽しんで
いた。鉢屋と雷蔵から、タカ丸と久々知の方へ目を移すと、こちらもまた、なかなか面白
いことになっていた。
「ハァ・・・タカ丸さんのキス、すっごい気持ちイイー。」
「あうっ・・・」
「もっとしてください!」
あまりに積極的な久々知にタカ丸はもう限界だった。さすがにもう耐えられないと、タカ
丸は前かがみになりながら、久々知から離れる。
「ご、ごめん!!ちょっと厠行ってくるっ!!」
「ほえっ?」
「まあ、正常な反応だな。」
突然タカ丸がいなくなってしまったことにショックを受け、久々知はじわ〜と目に涙を浮
かべる。そして、声を上げて泣き出してしまった。
「うわあぁぁんっ!!」
「何故泣く!?兵助!!」
「タカ丸さんが、どっか行っちゃった〜。」
「厠に行っただけだって!!」
「ふえぇぇん、タカ丸さ〜ん!!」
さすが酔っ払いと思いながら、竹谷は困ったような表情で、鉢屋を見た。しかし、鉢屋は
もうそれどころではない。雷蔵にべったりくっつかれながら、嬉しさと困惑の中で、自分
自身と格闘していた。
「三郎、兵助が泣き出しちゃったんだけど。」
「はあ?そんなの放っておけよ。わたしは今、それどころじゃないんだ。」
「でも、雷蔵、もう寝ちまってるぞ。」
「ええっ!?うおっ、本当だ!!」
いつの間にか、鉢屋に抱きついたまま、雷蔵は眠ってしまっていた。これは本当に蛇の生
殺し状態だなあと思いながら、鉢屋は大きな溜め息をついた。
「まさか、こんなに早く寝られるとは・・・」
「まあ、もともと酔っ払ってたんだから仕方ないだろ。」
「うーん、このままの状態で起きていても、ムラムラが高まるだけだしなあ。いっそわた
しも寝てしまおうか。」
「別にいいんじゃないか?明日も授業はあるわけだし。」
竹谷と鉢屋がそんな話をしていると、厠からタカ丸が戻って来た。タカ丸の姿を見つけ、
久々知はガバッと勢いよく抱きつく。
「タカ丸さんっ!!」
「うわあっ、く、久々知くんっ!!」
いきなり抱きつかれ、タカ丸はバランスを崩してその場に倒れてしまう。久々知がタカ丸
を押し倒したような状態になりながら、久々知はタカ丸の胸に顔を埋め、文句を言った。
「何で急にどっか行っちゃうんですかぁ!!」
「な、何でって言われても〜。」
それはなかなか説明しづらいとタカ丸は言葉を濁す。
「タカ丸さんが居なくなったら、寂しいです・・・」
「久々知くん・・・・」
何だかすごく可愛いことを言ってくれていると、タカ丸の胸はキュンキュンしてしまう。
抱きしめようかと、そっと長い黒髪に触れようとすると、急に久々知が黙り込んでしまっ
たことに気づく。
「久々知くん?」
「ZZzzz・・・」
「寝ちゃってる・・・。」
「兵助もダウンか。三郎ももう寝るようなこと言ってたし、今日はここらへんでお開きに
するか。」
「えっ、でも、これじゃあぼく、動けないよ?」
「今日はそのまま寝ちゃっていいですよ。ここに泊まること自体は全然構わないんで。」
「分かった。何かすごい体勢だけど、これはこれでオイシイかも・・・」
「ははは、三郎も似たような感じだし、悪くはないんじゃないですか?よし、それじゃ、
寝るか。三郎、灯り消すけどいいよな?」
「ああ、構わないぞ。ちゃっちゃと、消しちゃってくれ。」
そろそろ眠ろうと竹谷は、ふっと灯りを吹き消した。いくら神経が高ぶっていても、何も
見えないくらい真っ暗になってしまえば、嫌でも眠くなってしまう。それも酒を飲んでい
るのであれば尚更である。それからそれほど時間が経たないうちに、部屋には五人分の寝
息が響き始めた。

次の日の朝、竹谷は生物委員の仕事があると言って早々と部屋を出て行ってしまった。委
員会に行く前に他の四人のために、保健委員の伊作から二日酔いに効きそうな飲み物をも
らい、部屋に置いていった。
「さすが、八左ヱ門だな。用意周到だ。」
竹谷の用意してくれた飲み物を飲みながら、鉢屋は呟く。竹谷が部屋を出る頃には、鉢屋
も既に目を覚ましていた。そして、今は、自分の腕の中で、眠っている雷蔵の寝顔を見な
がら、いい眺めだなあと悦っている。
「ん・・・んん・・・・」
しばらくすると、雷蔵も目を覚ます。目の前に自分と同じ顔、もとい、鉢屋の顔があるこ
とにビックリして、素直に声を上げる。
「うっわあ!!な、何でっ!?」
「おはよう、雷蔵。何をそんなに驚いているんだ?」
「だ、だ、だって、三郎の顔がこんな近くにあるから・・・・」
「昨日、お前の方から抱きついてきたんだろう。ほら、これ、八左ヱ門が持って来てくれ
た飲み物だ。二日酔い防止になるらしいぞ。」
「そ、そう。ありがと。」
鉢屋から飲み物を受け取ると、雷蔵は恥ずかしさから鉢屋から少し離れて、その飲み物を
口にした。薬草が入っているのか、ほんの少し苦味のあるそれは、じんわりと雷蔵の胃に
優しくしみこんでいく。
「確かにこれは効きそうだね。」
「まあ、わたしは別に飲まなくても大丈夫だがな。一応、飲んではおいた。」
「これなら気持ち悪くなったりとか、頭痛くなったりとかはしなさそうだ。」
もともと二日酔いの症状は出てなかった雷蔵だが、その代わりに違う問題が起こる。余裕
があるが故に、昨日の夜の記憶がかなり残ってしまっているのだ。
「・・・あー。」
「どうした?雷蔵。」
「いや、別に何でもないよ・・・」
誤魔化そうとするが、顔が勝手に赤くなってきてしまっているので、鉢屋には見破られて
しまう。ニヤリと笑って、鉢屋は雷蔵に昨日の感想を言い出した。
「昨日の雷蔵は、本当可愛かったなあ。」
「なっ!!」
「覚えてんだろ?昨日のコト。わたしのこと大好きだって言ってくるわ、抱きついてくる
わ、キスしてくるわで、もうたまらなかったぞ。」
「わあー、やめてやめて!!」
恥ずかしさでもう穴があったら入りたいというような気分で、雷蔵はポカポカと鉢屋をぶ
つ。そんなふうに二人が騒いでいるので、まだ眠っていたタカ丸と久々知も目を覚ます。
「ん〜・・・」
「んん・・・」
パッと目を開けると、お互いの顔が目の前にある。それに驚いて、二人は飛び起きた。
『うわあっ!!』
「おー、おはよう。兵助、タカ丸さん。」
「おはよう。二人とも。」
「な、な、何でっ!?」
「久々知くんが、昨日ぼくの上で寝ちゃったんだよー。起きてちょっとビックリしちゃっ
たけどさ。」
「そ、そうだったんですね・・・」
あまり思い出したくはないが、久々知は昨日のことを思い出してみる。酔っ払っていた割
には、なかなか記憶が残っており、久々知はボッと顔を真っ赤にした。
「き、昨日のことは忘れてください!!あんなの俺じゃないんで!!」
「昨日の久々知くん、超可愛かったもん。忘れるわけないじゃん。」
「タカ丸さーん!!」
もう昨日のことは忘れて欲しいと騒ぐ久々知だが、タカ丸は笑って絶対忘れないよ〜と、
返す。何だか先程の自分達を見ているようだと、鉢屋と雷蔵は顔を見合せて笑った。

「あの・・・竹谷先輩?」
「ん?どうした、孫兵?」
「いや、それはこっちのセリフなんですけど・・・」
ところ変わって、ここは生物委員会が管理している飼育小屋だ。毒虫に餌を与えている孫
兵を竹谷はさっきから自分の腕に抱えている。後ろから抱きしめられているような状況に、
孫兵はかなりドギマギしていた。
「いやー、昨日の夜、三郎や兵助にあてられてなあ。」
「あてられるって?」
「酒が入ってたのもあるんだが、三郎は雷蔵と、兵助はタカ丸さんとイチャイチャしてた
もんだから、それに影響されてってことだ。」
「・・・そうですか。」
だからって、何故自分なんだろうと不思議に思いながら、孫兵は毒虫を手に乗せ、餌を箸
で与えていた。その時、竹谷が孫兵に髪にちゅっと軽くキスをする。それに驚いた孫兵は
すぐ側にあった毒虫の入っている籠を倒してしまった。
『あっ。』
もちろん毒虫は大脱走。二人は慌てて、毒虫捜索に取りかかる。
「い、今のは竹谷先輩の所為ですからねっ!!」
「わ、悪ぃ。あーあ、また仕事が増えちまったな。」
「本当ですよ、全く。」
朝から大変なことになってしまったなあと思いながらも、二人で一緒に行動出来ることが
何となく嬉しくて、竹谷と孫兵の口元には、小さな笑みが浮かんでいた。

                                END.

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