夜もすっかり更けてしまった真夜中、宍戸はふと目を覚ます。今日はいつもより早くヤり
始めたために早く眠ってしまった。そのため、この中途半端な時間に起きてしまったのだ。
「今何時だろ・・・?」
ベッドの横にある時計を見ようと体を動かすと、隣に寝ていた跡部も目を覚ました。
「どうした、宍戸?」
「えっと・・・何か目覚めちまってよ。」
「そうだな。今日はだいぶ早く寝ちまったし。」
宍戸に続いて跡部もすっかり目が冴えてしまう。カーテンを開けると静かな闇が広がって
いた。だが、今日はとてもよく晴れている。そんな夜空を見ていると跡部はふと何かを思
いついたように立ち上がり、ベッドから下りる。
「どうしたんだよ?」
「宍戸、これから出かけねぇか?」
唐突な提案に宍戸は呆気にとられる。もう真夜中というのは誰が見ても一目瞭然だ。今か
ら出かけようというのは、普通ならどうかと思うであろう。
「今から出かけるって、どこにだよ?」
「そうだな・・・海にでも行かねぇか。ドライブがてら。」
「海?どこらへんの?」
「どうせだったら、湘南の海にでも行こうぜ。ここからなら一時間かそこらで行けるだろ。」
しばらく考えた後、宍戸はベッドを下りて着替え始める。どうやら行く気は満々なようだ。
「車、お前が運転すんだろ?だったら、行く。もう目覚めちゃって寝れそうにないしな。」
「じゃあ、行くか。」
二人は私服に着替えると、部屋を出て家を出る。跡部はキーホルダーのついた車のキーを
手にすると、車庫にしまってある車に乗り込んだ。宍戸も助手席に乗り込む。エンジンを
かけると、真っ赤な車体のオープンカーは闇にその姿を現す。
「わあ、何か楽しみー。こんな遅くに出かけるのって何かドキドキするよな。」
「何、ガキくさいこと言ってんだよ。出発するぞ。」
「ガキくさいって言うな!!」
「今は真夜中だ。そんな大きな声出すんじゃねぇよ。」
「あっ・・・」
そんな他愛も無い会話をしながら、跡部は車を発進させた。真っ黒な道に深紅のボディが
月明りに照らされて光る。目指すは海。二人は真夜中のドライブに繰り出した。
跡部は赤いサングラスをかけ、オープンカーを飛ばす。その隣では宍戸が夜の風を気持ち
よさそうに受け、伸びをしている。
「あー、風気持ちイイー。」
「ああ。この季節は風の冷たさがちょうどいいな。」
「なあ跡部、こんなに真っ暗なのにサングラスなんてつけてて平気なのか?」
「全然問題ねぇよ。それより見てみろよ。キレイだぜ。」
跡部が示す方向には、色とりどりの明かりが煌めいている。都心を少し過ぎた場所から見
るそれは、まるでたくさんの宝石が輝いているようであった。
「うわあ、激キレー。」
「宝石みてぇだよな。この角度から見ることってあんまりねぇし。」
しばらくキラキラと輝く夜景を楽しむと次第に明かりは見えなくなってくる。車通りの少
なく、明かりもそれほど多くない道に入ると今度は空の明かりがハッキリと輝き始めた。
「何かさっきよりも暗くなってきたな。」
「ああ。だいぶ海に近づいてきてる。」
「さっきはビルとか電灯の明かりがキレイだったけど、今は星がすげぇ。」
「海に行ったら、もっといっぱい見れると思うぜ。」
時間的にあまり車がないため、跡部はアクセルを少し深く踏み、スピードを上げる。直接
風が受けられるので、スピードが速くなると肌に触れる風の勢いはさらに増した。二人の
会話が一瞬途切れると跡部が突然歌を口ずさみ出す。
「星屑がバラまかれているこの場所に 月の雫が降り注ぐ♪ 頬に触れる風が この道の
向こうへと誘う(いざなう)♪」
「綺麗な歌詞だな。聞いたことねぇけど。」
跡部はさらに続けて歌う。宍戸はその歌が気に入ったとばかりに跡部の歌声に聞き入った。
「漆黒のワダツミに続く道に 真紅の風を描き出して♪」
「マジでそれ誰の曲?初めて聞く歌だぜ。」
それを聞いて跡部は笑いながら、歌うのを止めて宍戸をちらっと見た。宍戸は首を傾げて
運転席の方を向いている。
「あえていうなら俺様の曲だ。聞いたことなくて当たり前だろ?今、俺が作った曲なんだ
からよ。」
「うそ!?マジで!?」
「ああ。お望みなら続き歌ってやってもいいぜ。といってもこれから思いつきで作るんだ
けどな。」
「すげぇな跡部!!続き聞きてぇ。歌えよ。」
宍戸のリクエスト通りに跡部は続きを歌い始めた。歌の盛り上がり方からしてちょうどサ
ビの部分であろう。バラードにも似たゆったりと落ち着いたメロディーに思いつきの詩を
乗せる。
「果てしなく広がる空は 遥か昔に放たれた光を吸い込み♪ 今 俺達の目に映し出すよ
過去も現在(いま)も未来も♪ 全てが目の前にある今 二人の時間(とき)は止まる♪」
そう歌い終えた瞬間、跡部は車を止めた。急に止められ宍戸はどうしたんだ!?と慌てる。
エンジンを止め、跡部はサングラスを外しながら笑った。
「着いたぜ。」
「えっ、うそ?」
「本当だ。ほら、波の音が聞こえるだろ?」
そう言われて宍戸は耳を澄ましてみる。すると、車の前の方から浜に打ち寄せる波の音が
ハッキリと聞こえた。気づけばあたりには電灯一つない。ただ、空にたくさんの星と金色
に輝く大きな月があるだけだった。
「すっげー・・・東京とは比べものにならねぇくらい星がいっぱいだ。」
「この暗さじゃ当然だろ。それにここらへんは車通りもそんなにねぇみてぇだし。」
「空気がキレイなんだな。」
「しばらく天体観測でもするか?滅多にないぜ、こういうこと。」
「そうだな。」
跡部は座席の横のレバーを引き、ちょうど仰向けに寝転がれるように座席を倒した。宍戸
も同じように座席を倒し、そこに仰向けになる。視界にはキラキラと瞬く星が映る。そん
光景に感動して、しばらく宍戸は言葉を失った。
「なあ、宍戸。」
「ん?何だよ?」
「俺達は今過去を見てるんだぜ。」
「はあ?何言ってんだ??」
突然意味の分からないことを言い出す跡部に宍戸はハテナマークを頭に浮かべた。過去を
見ているという言葉を宍戸は全くもって理解出来ない。
「あの星の光は何億年前に放たれた光だ。よく星までの距離を10億光年とかそういう単
位で表すだろ?1光年っていうのは光の速さで1年間で届く距離だ。何億光年ってことは
この光が届くまでそれだけの年数がかかってるてことだろ。だから、俺達は何億年前の光
を見てるってことになるんだぜ。」
「へぇ・・・よく分かんねぇけどすげぇな。」
詳しい説明を聞いたところで宍戸が完璧に理解出来るはずがない。むしろ、何億光年なん
て単位はほとんど聞いたことがないというのに等しかった。そんな話に関連するのかしな
いのか跡部はさらに言葉を続ける。
「それからな、今ここに在るもの・生きてるものはみんな星の欠片だ。数え切れない程の
数がある星の欠片なんだよ。俺もお前も、海も砂も車も・・・全部、星の欠片だ。」
「何かさっきから難しいこといっぱい言ってんな。俺の頭じゃ理解出来ねぇんだけど。」
「ホントバカだなテメーは。」
からかうような口調で跡部が言うと宍戸はむぅっと頬を膨らまし、そっぽを向いた。どう
せ俺はバカですよーというような感じですっかり拗ねてしまった。
「地球にあるものだけじゃなくて、太陽系、その他全部の物質が星の欠片から出来ている。
これがどういう意味か分かるか?何百億、何千億・・・いやそれよりもっと多い数ある星
の欠片で出来たものが、意思を持ったものとして出会う確率はどれだけだろうな?そりゃ
もう天文学的な数字になるだろ。」
「うーん、確かにすごい確率になりそうだっていうことは何となく分かる。」
「何となくじゃなくて、これくらいはちゃんと分かれよ。それも今俺達みたいにお互いを
思いあって、それも今現在一緒にいるなんてことはありえねぇくらいすごい確率だぜ。」
「・・・・星の数分の一くらい?」
跡部のふったネタに興味があるのか、宍戸は拗ねていながらもちゃんと跡部の言葉に対し
て言葉を返す。跡部の話を聞いていて思いついた単位がこれだった。
「星の数分の一か・・・。確かにそれくらいの確率だな。俺達が今ここに一緒に居て、こ
んなふうに話しているってことは相当奇跡的なことだぜ。星の数分の一の奇跡って感じだ
な。」
この言葉を聞いて、宍戸はことのすごさを理解したのか急に表情がぱあっと明るくなる。
星の数といったら、自分が知っている単位以上の数だ。それくらいの確率で今自分は跡部
と一緒に居る。
「何か跡部と一緒に居るってのは当たり前なことだと思ってたけど、実はメチャクチャす
ごいことなんだな!!」
「ああ。だから、そう簡単には離れられねぇだろ?こんな奇跡はそう滅多にないもんな。」
「おう!!うわあ、何か嬉しい〜。跡部もそう思うだろ?」
「さあな。」
本当は嬉しいのだが、跡部はあえてこんなことを言ってみる。そんなことを言うと宍戸は
ちょっと不機嫌そうな顔をして、やっぱり跡部は嬉しくないんだあというようなことを呟
いて目をつぶってしまう。跡部は声殺して笑いながら、体を宍戸の上にゆっくりと移動さ
せた。宍戸はその気配に気づき目を開ける。
「何してんだよ?」
「宍戸的には何して欲しいんだ?」
「別に何もしなくて・・・・」
「嘘つけよ。目がキスして欲しいって言ってるぜ。」
「そんなことねぇ・・・」
強い口調で言おうと思ったのだが、いざ跡部の顔を前にするとその声は力のないものにな
ってしまう。自然に覆われる唇は何の違和感もなしにいつものキスを受け入れた。柔らか
い唇は何度か口づけを重ねると、さらに深いものにしようと跡部は舌で宍戸の唇を軽くつ
ついた。そうされると宍戸は反射的に口を開く。
「ん・・・ぁ・・・」
いったん舌を入れると跡部はしばらく離さない。気が済むまで長い長いキスをする。それ
は特に何も食べていなかったにも関わらず、ほのかな甘さが感じられる。心地のよい甘さ
に酔いしれながら、宍戸は夜空に浮かんでいるたくさんの星と黄金色の月を眺めた。
(マジ綺麗だよなー。激気分イイし・・・。跡部のヤツ、いろんなこと言ってるけど遠ま
わし過ぎなんだよ。まあ、こんなことしてくれるんだから、言いたいことは理解出来るけ
どな。)
宍戸はそんなことを考えながら、座席に横たえていた腕を跡部の背中に回す。跡部はそう
されることが嬉しいということを表すかのように、さらにキスを続けた。しばらくそんな
ことをして、時間を過ごしているとかすかに地平線が明るくなってくるのが分かった。
「ふ・・・はぁ・・・」
「随分、長い時間キスしてたみてぇだな。海の向こうの空の色が変わった。」
「変わったったって、まだ濃い青って感じだぜ?」
「あと一時間半くらいで日が昇る。」
それを聞いて宍戸は呆れる。一時間半といったらだいぶ長い時間だ。でも、相当長い時間
キスをしていたということは認めざるを得なかった。そう思うと、何となく恥ずかしくな
って跡部と顔を合わせていられなくなる。車から降り、海の方へと向かった。
「どこ行くんだ?宍戸。」
「ちょっと足だけ浸かりに行ってくる。何か今のキスで暑くなっちまったからよ。」
そうかと軽く跡部は返事をして、そのまま海の方へと歩いていく宍戸を眺めていた。波の
音に引き寄せられるかのように宍戸は海の水に足を浸す。
「うひゃー、冷てぇー!!」
「当然だろ。まだ、春なんだからよ。」
「でも、気持ちいいぜ。」
「すっ転んで服濡らすんじゃねーぞ。」
「濡らさねぇよ!」
笑いながらそんなやりとりをしていると、跡部はふとあることに気づく。本当に少しずつ
ではあるが、宍戸が海の方に向かって進んでいっているのだ。おそらく無意識か、波の力
で引き寄せられているかのどちらかだ。いずれにしても、このままでは宍戸は海に引き込
まれてしまう。そんな宍戸の姿に不安を覚え、跡部は車から降りて宍戸の元へ歩いていっ
た。ゆっくりと心の中を読まれまいとして跡部はサラサラとした砂を踏みしめる。
「あれ?どうしたんだ?跡部。」
「別に。俺も春の海に浸かってみようかと思ってよ。」
「そっか。」
さらっと返して宍戸は、また海の方を眺める。そろそろ月が傾いてきている。海の端の色
もさらに青みを帯びてきた。そんな景色もまた綺麗だとその表情は楽しそうだ。だが、跡
部としては、さっきの不安が消えてないのと宍戸の視界から自分が消えたことを不満に思
う気持ちでいっぱいだった。不機嫌な顔は見られまいとしながら、跡部は後ろから宍戸を
思いきり抱きしめた。宍戸は何だよ?と一瞬離れようとするがすぐに離れられるほど、跡
部は弱く抱いていない。
「何だよ?いきなり。」
「・・・・・。」
すぐにいい言い訳が思いつかない。宍戸に尋ねられても跡部は何も答えることが出来なか
った。そんな跡部に抱きしめられながら宍戸は大きな溜め息をつく。そして、呆れたよう
な口調で跡部にキッパリと言い放った。
「俺はどこにも行かねぇよ。何不安がってんだよ?」
「そんなこと言ってねぇよ。急に何言い出すんだ?」
「お前が理由もなしにこういうことすんのはそういう時だろ?何年つきあってると思って
んだよ。言われなくても分かるっつーの。」
「生意気な口きくじゃねぇか。」
「テメーこそ、そのくせさっさと直せ。何度言ったら分かるんだよ。俺はお前の前から絶
対に居なくならねぇって。それもあんな話聞いた後だぜ。そう簡単に離れてたまるか。」
ちょっと照れながら宍戸は言う。それを聞いて落ち着いたのか跡部はいつもの自信満々な
笑顔を取り戻していた。
「そりゃ、嬉しいな。でも、これはそんなんじゃねぇよ。単なるスキンシップだ。」
「よく言うぜ。まあ、そうして欲しいならそういうことにしといてやるよ。」
「アーン?誰に対して口きいてんだ?あんまり生意気なことばっか言ってると、その口塞
ぐぜ。」
「んんっ・・・!?」
調子を取り戻した跡部はやはり俺様だ。無理やり口を塞がれ宍戸はちょっと腹が立ったが
そんなのはいつものこと。唇が離れるとお互いに目を合わせ笑った。そして、もう一度キ
スをする。
「あっ、宍戸。さっきのさっきの歌の続き思いつたぜ。二番だ。」
「ふーん。どんなん?」
跡部はドライブしながら歌っていた歌の二番が思いついたと宍戸に告げる。そして、宍戸
を抱きしめたまま歌い出した。
「波の音を聞きながら 甘く長い口づけを何度も交わす♪ 地平線の先に 朝の女神が現
れるまで♪ 果てしなく広がる空は 鮮やかな光のベールをその身に纏い♪ 一日の始ま
りを告げる 昨日も今日も明日も♪ 二人で時を刻んでいこう いつまでも一緒に♪」
「うっわ、くさい歌詞!!」
「失礼だな。いい歌詞だろ?」
「ま、悪くはねぇんじゃねぇの?」
くすくす笑いあって二人は赤い車の方へと戻っていく。空はだいぶ明るくなってきた。あ
と数十分で日が昇る。日が昇るまで、二人は車に乗ってその時を待つ。
「見ろよ跡部。太陽昇るぜ。」
「ああ。」
「眩しい〜。でも、激キレイだ!!うわあ、海に光の道が出来てるぜ!!」
「へぇ、すごいな。」
朝日の道が海に出来る。眩しいので手のひらを軽く影を作りながら、出来るだけ太陽を眺
め、その景色を記憶に残そうと努力した。でも、やはり眩しいのでそんなに長くは見てい
られない。
「あー、もう限界!!眩し過ぎ!!」
「あんまり見てると目痛めるぜ。」
「そうだな。・・・・なあ、跡部。」
「何だ?」
「また、見に来ようぜ♪」
「そうだな。」
ニコっと笑って宍戸は跡部にそう言う。跡部も笑顔で返した。海に出来た光の道は、これ
からの二人の未来を描き出しているのだろう。
END.