「連絡は以上だ。はい、号令!!」
「気をつけ、礼。」
『さようならー。』
氷帝学園の三年のある教室。帰りのホームルームが終わり、生徒はぞくぞくと教室から出
て行く。
「侑士ー、一緒に帰ろうぜ。」
「ちょっと、待ってや岳人。コレ、今日中に仕上げなきゃあかんのや。」
忍足は机の中からプリントを出して、机の上に置いた。今日は久しぶりのオフで部活はな
かった。ところが、委員会で使うプリントを忍足はまだ終わらせてなかったのだ。
「分かった、じゃあ待ってるな。」
「ああ、すぐに終わらすから。」
机の上に出したプリントに書かなければいけないことをスラスラと書き始めた。忍足は頭
がいいのでこういう作業は得意なのだ。
「すごいな侑士。俺、そんなの全然できないぜ。」
「そうか?こんなん簡単やで。それよりさっきから気になってたんやけど、その髪留めど
ないしたん?」
岳人はこの時可愛い花のピンを髪につけていた。
「あー、コレ?さっき、女子が可愛いからとか言ってつけってたんだよな。似合う?」
「ああ。似合う、似合う。普通の女子より似合うんとちゃうか?」
「マジで!うわあ、嬉しい!!」
忍足に髪留めのことを褒められると、岳人は本当に嬉しそうに笑った。このとき、教室に
はもうこの二人しか残っていなかった。
「もうそろそろ終わるから、帰る仕度しとき岳人。」
「おう。今日さ買い物行きたいんだけど、いいか?」
「別にかまへんで。今日は俺も暇やし。」
忍足は委員会のプリントを終わらせた。そのスピードは驚異的だ。
「じゃあ、行くか。職員室に寄るけどええよな。」
「うん。早く行こうぜ!」
忍足と岳人は教室を出て電気を消した。もう教室には誰もいない。職員室に向かう途中岳
人はふざけて忍足に抱きついた。
「侑士ー!!」
「うわっ、何や岳人!危ないやないか。」
「えー、別にいいじゃんよー。」
「そないなこと言っても、これじゃあ俺が歩けないやないか。せめて腕組むぐらいにしと
き。」
「ぶー、分かったよ。」
岳人はすねたような顔をして、忍足の腕に自分の腕を絡めた。職員室についても岳人は腕
を放そうとしない。
「岳人ー、いい加減放せや。」
「やだ!俺このまま一緒に入る!」
「わがまま言うな。お願いだから放してーな。」
忍足が本当に困った顔をしたので、岳人はしぶしぶ手を放す。そのまま、忍足は職員室に
入ってプリントと委員会の先生に渡しに行く。岳人は廊下で待ちながらにやけていた。
(あー、もう侑士可愛いーーー!!あの困ったような顔最高だね。)
「失礼しました。」
「終わったー、侑士ー?」
「ああ。ほんじゃ、帰るか。」
「うん!!」
二人はそのまま下駄箱に向かう。靴に履き替えながら、忍足は岳人に尋ねた。
「そういえば岳人、今日何買うんや?」
「うーん、別に考えてない。ただなんとなく行きたいんだよね。」
「そっか。」
岳人が買い物に行きたい本当の理由は、久しぶりのオフを忍足と一緒に過ごしたいという
ことだけだったのだ。そんなことも知らず忍足は岳人の目的のない買い物にこれから数時
間つき合わされることになるのだ。
まず、初めに二人が向かったのはアクセサリーの売っている今風のおしゃれなお店だ。岳
人はよく行くのだが、忍足はあまりこういう店には行ったことがなかった。
「ねえねえ侑士。侑士にはこんなの似合うと思うんだけど。」
岳人はシンプルな形のロケットペンダントを手にとって、忍足の胸元にそれをかざした。
「そうか?俺こういうのあんまり分からんから、岳人が選んでくれるとありがたいなあ。」
「侑士は何でも似合うからなー。俺も迷っちゃうよ。」
「そないなことあらへんって。」
忍足は照れたような顔をして笑った。その笑顔に岳人はもうドキドキで今にも飛び跳ねて
しまいそうだった。
「じゃあ、これにしよう。多分これなら侑士のイメージにぴったりだと思うぜ。」
結局、長方形でブルーの小さな石がついているネックレスを選んだ。シンプルな形とシル
バーに映える鮮やかな青い石は忍足の魅力を最大限に引き出すには充分なものだった。
「これそんなに高くないから俺が買ってやるよ。」
「えっ、ええよ。俺もちゃんとお金あるし・・・。」
「遠慮すんなよ!俺が買ってやるって言ってんだから素直に受け取れよ。その代わりちゃ
んと後でお返ししてもらうからさ。」
「ほんなら、お言葉に甘えて・・・。」
「そうこなくっちゃ!!」
岳人は嬉しそうにそのネックレスを持ってレジに向かう。いつも忍足に甘えてはいるがこ
ういう風に何かプレゼントをしたり、喜ばれるようなものをあげたりすることは岳人には
なかった。なので、このネックレスを忍足のために買ってあげることは、岳人にとってと
ても新鮮で楽しいことだったのだ。
「すまんな、岳人。コレ買ってもらっちゃって。」
「いいよ。俺があげたかったんだから。それよりさ、次どこ行く?」
「岳人は何も買わなくてええんか?」
「ここでは別にない。うーん、今おやつの時間だし、ソフトクリームとかクレープとか買
いに行こうかなあ。」
「せやな。じゃあ、一回外に出るか。」
二人はアクセサリーの店を出ると、アイスなどの食べ物が売っている小さな売店に立ち寄
った。その店にはアイスクリームやクレープなどのおやつ系のもの以外にもたこ焼きやお
好み焼き、焼きそばなどの軽いおかずになるようなものも売っている。
「侑士は何買う?」
「俺はたこ焼き。岳人は何買うん?」
「えーと、じゃあストロベリーとチョコのクレープにしよ。」
忍足も岳人も自分の好きなものを頼み、それを食べながら歩き始めた。近くに噴水があっ
たので、そこの囲いに座った。
「侑士ー、たこ焼き一個ちょーだい。」
「ええよ。ほなら、岳人のクレープも一口頂戴。」
お互いに自分の食べているものを相手の口に運ぶ。はたから見ればどうみてもただのバカ
ップルだ。だが、二人はそんなことを全く気にしていない。
「はー、うまかった。」
「この後、どうするん?まだ、寄りたいとこあるんか?」
「おもちゃ屋行きたい!」
「はあ?おもちゃ屋ぁ?」
「いいじゃんよー。俺欲しいぬいぐるみがあるんだ。」
「それもぬいぐるみ買いに行くんかい。まあ、岳人が行きたいって言うんなら別にええけ
ど。」
制服のままおもちゃ屋に入るというのに忍足は少し抵抗があったが、岳人が行きたいと言
っているのなら仕方がない。というわけで、二人はおもちゃ屋に向かった。おもちゃ屋に
着くと岳人は迷いもせずにぬいぐるみコーナーへ向かう。
「で、どのぬいぐるみが欲しいんや岳人。」
「これ、これ!!可愛いと思わない?」
岳人が手にしたぬいぐるみは白いうさぎで何故か眼鏡をしていた。イメージ的には『不思
議の国のアリス』に出てくるようなうさぎだ。
「何やこのうさぎ、眼鏡かけとるで。」
「俺、このうさぎ侑士にそっくりだと思うんだよね。だから、前から欲しいと思ってたん
だ。それでー、コレ買ったら抱っこして一緒に寝るんだあ。」
「な、何言っとんのや岳人!?」
思いがけない岳人の言葉に忍足の顔は真っ赤になった。自分に似てるから欲しい、それも
抱いて一緒に寝るなんてことを聞けば誰でもそうなるだろう。それも自分の好きな人に言
われればなおさらだ。
「なーに赤くなってんだよ。もしかして照れてるのか?侑士って本当に可愛いよな。」
からかうような口調で岳人が言う。忍足はもう何も言えなかった。
「じゃあ、俺これ買ってくるから。侑士は出口のところで待ってて。」
忍足にそう告げると岳人はニコっと笑って、レジの方へ走って行った。忍足は赤くなった
顔を手のひらで覆い、出口のある方へゆっくりと進んだ。本当は岳人が欲しいというもの
をさっきのネックレスのお返しとして買ってあげたいと思っていたが、さっきの台詞と岳
人の素早い行動からそれが出来なくなってしまった。
(あないなこと言われたら、俺が買ってあげるなんて言えへんやないか・・・。)
自分に似てると言われたぬいぐるみを自分から買ってプレゼントするなんて、意外に恥ず
かしがりやな忍足には絶対に出来ないことなのだ。
「お待たせ、侑士。」
岳人はさっきのぬいぐるみにリボンをかけてもらうだけで、袋には入れてもらわずそのま
まの状態で持って忍足のもとへ戻ってきた。
「何でそのまま持ってきとんのや!?」
「だってえ、袋に入れるのなんて可愛そうだし、このままの方が可愛いじゃん。」
「そないなこと言っても、そのぬいぐるみそのまま抱いて家まで帰るんか?」
「そうだよ。あっ、それとも侑士このぬいぐるみに焼きもちやいてるとか。」
「んなわけあるか!!」
忍足は恥ずかしさからさっさとおもちゃ屋の外に出てしまった。岳人はそれを慌てて追い
かける。追いつくと忍足の手をぎゅっと握ってえへへと笑った。
「本当に侑士は恥ずかしがりやだな。」
「そないなことあらへん。」
「でも、さっきから顔赤いのとれてないよ。何がそんなに恥ずかしいんだよ?」
「・・・・だって、可愛い可愛い言ってたぬいぐるみ俺に似てるとか言うし、その上その
ぬいぐるみ素で持ってこられたら恥ずかしくてかなわんわ。」
「ふーん、そう。でもさ、俺本当に侑士のこと好きだからこういうことするんだよ。侑士
は俺がこういうふうなことするのそんなに嫌?」
岳人はわざとさみしげな表情をして、忍足に問う。もちろん、忍足も岳人のことは大好き
なので嫌なわけがない。
「嫌やないで・・・。だって、俺も岳人のこと好きやし・・・。」
「よかった。ならいろいろ問題ないよね。」
「いろいろってなんや。」
「内緒。それよりさ、もう買い物いいから侑士の家行かない?」
「別にええよ。」
「じゃあ、早く行こうぜ!!」
岳人は忍足の手を引いて走りだした。商店街を抜けて住宅街まで一気に駆け抜ける。
「はあ、はあ、いきなり走り出すなよ。」
「だってさ、早く侑士と二人っきりになりたかったんだもん。」
岳人のいう通り商店街を過ぎたことでまわりには誰も見当たらなかった。時間が五時をま
わっていたので、住宅街でも人影がなくちょうど太陽が沈みかけていた。
「今なら大丈夫だよな。ねえ侑士ちょっとその壁の前に立ってくれる?」
「こうか?」
忍足は岳人の言った通りに電柱の隣に壁を背にして立った。岳人はにっと笑って、忍足の
首に腕をまわす。そして、そのまま背伸びをして唇にそっとキスをした。
「さっきのペンダントのお返しこれでいいや。」
岳人は満足そうな笑みを浮かべて言った。
「・・・・。」
急な出来事で忍足は何が起こったのかを把握できていなかった。数秒間固まった後、正気
に戻り驚きの声をあげた。
「うわああ、何しとんのや岳人ぉ!!いきなりそれはないやろ!?」
「別にいいじゃんよー。減るもんじゃないし。」
「でも、こないなとこでするのはあかんやろ!!」
「大丈夫。誰も見てないよ。」
確かに誰も見ていなかったが忍足にとってはかなりドキドキものだった。
「ほら、早く侑士の家に行こうぜ。今日は俺お前んちに泊まる予定だから。」
「何勝手に決めとんのや!!ほんまにお前自分勝手やな。」
「お前だから、わがまま言えんだよ。」
「しょうがないやっちゃ。今日だけやで。」
何だかんだ言っても、岳人と一緒にいられるのは忍足にとっても嬉しいことなのだ。結局、
この後岳人は忍足の家に行ってお泊まりすることになったのだった。
END.