冬の日差し

ただいま冬休みの真っ只中。息も白い寒い日に跡部と宍戸は公園に犬の散歩に来ている。
広い公園なので、お互いに犬を放し自分達はベンチに座り、二匹の犬がじゃれあっている
のを眺めていた。始めは話をしてテンションの高かった宍戸だが、日なたで他の場所に比
べてポカポカしているベンチに座っているために眠くなってきてしまう。
「どうした宍戸?眠いのか?」
「あー、ちょっと眠いかも。」
「こんなとこで寝たら風邪引くぞ。」
「分かってんよ。寝ねぇから大丈夫だって・・・。」
そんなことを言っていても宍戸はかなりウトウトしている。必死で起きていようとしてる
のだが、冬の日差しがあまりにも気持ちよく負けてしまいそうになる。結局、跡部に身を
預ける形ですっかり眠り込んでしまった。
「全く、結局寝ちまったじゃねぇか。ま、まだ昼間だしこの日差しなら大丈夫だろ。」
呆れながらもたまにはこんな風に宍戸の寝顔を見ていられる休日もよいと跡部はふっと微
笑んだ。日が当たり暖かいといってもやはり気温は低い。風邪を引かないようにと跡部は
自分の着ていたコートを半分脱ぎ、宍戸を抱き寄せる形で肩と背中にかけてやる。日差し
と跡部の温もりとで宍戸はすっかり夢の中。二匹の犬もまだ遊び飽きそうにないので、跡
部は持ってきていた本を広げ、静かな一時を楽しむことにした。

眠ってしまった宍戸は夢を見た。

小学校からの帰り道、宍戸は一人で寄り道をしながら通学路を歩いている。人通りの少な
い路地に入った時、宍戸はいつもとは違う光景を目にした。
「あれ・・・?あそこになんかおちてる?」
ちょうど道路の真ん中に小さな塊が見えた。それは動物なのか何なのか、今宍戸がいる場
所からはハッキリと判断することが出来ない。宍戸はそれが何かを確かめようと思い、パ
タパタと足音をたてながらその場所まで走った。だが、それを目の前にした瞬間、宍戸の
表情は固まる。
「・・・いぬだよね?」
道路に落ちていたもの、いや倒れていたものと言った方が正しいかもしれない。宍戸の目
に移ったものは足や背中から血を流した小さな子犬だった。人通りは少ないが意外と車通
りが多いこの路地。おそらくひき逃げをされてしまったのだろう。こんな子犬を目にした
ら普通の小学生は驚いて逃げてしまうかもしれない。だが、宍戸は違った。
「どうしよ・・・。ちがいっぱいでてる。・・・そうだ!!びょういん。どうぶつのおいし
ゃさんのとこにつれてけばいいんだ!!」
確かこの近くに動物病院があったはずだと宍戸は思いついたように手をたたく。早く連れ
ていこうとその子犬を抱き上げようとした。
「キュゥンっ!!」
傷が痛むのかその子犬は痛がるような悲鳴を上げる。宍戸は思わず手を触れるのを躊躇す
るが、治すためにはとにかく連れていかなければいけない。
「ご、ごめんな。でも、びょういんいかないとおまえしんじゃうよ。だから、ちょっとが
まんして。」
出来るだけ痛くないように考慮しながら、宍戸は優しく抱き上げ急いで病院に向かう。小
学校一年生の足では少し遠い場所にあるが、宍戸は出来るだけ急いだ。十数分後、宍戸は
息を切らしながら動物病院のドアを開ける。そして、自分の身長より少し大きな高さの受
付の人に今の状況をたどたどしい言葉で説明する。
「どうろでいぬがけがしてて・・・・はやくなおしてあげないとしんじゃうの。だから、
このいぬなおしてあげてください。」
服はもう血まみれで白いトレーナーが赤く染まっていた。受付の人はその病院の獣医を呼
ぶ。そして、獣医はその子犬を宍戸から受け取ると検査を始めた。
「なおしてもらえるの?」
宍戸は受付の女の人に尋ねる。その女の人は少し困ったような笑顔を浮かべながら、こう
答えた。
「今ね、先生があのワンちゃんがどれくらいけがをしているか検査しているの。でもね、
あなたの飼っている犬ならすぐに助けてあげられるけど、そうじゃないともしかしたら助
けてあげられないかもしれないわ。」
「なんで?」
「ワンちゃんのけがを治すにはお金が必要なの。飼い犬じゃない犬を治したとしても、飼
ってくれる人がいないとダメなのよ。まず、お母さんやお父さんに相談してみたらどうか
しら?」
「・・・・。」
宍戸が困った顔をして黙ってしまっているとさっきあの子犬を持っていった先生が戻って
来た。そして、宍戸の視線になるようにしゃがむとさっきの犬のけがの状況を説明する。
「僕、あの子犬は道路に倒れてたって言ったよね?」
「うん・・・。」
「じゃあ、あの子犬は君の飼い犬じゃないんだね?」
「・・・・うん。」
「あの子犬は足と背中に大きなけがをしてるんだ。それでね、そのけがを治すためにはた
くさんのお金がかかるんだよ。」
「どのくらい?」
不安気な表情で宍戸は獣医の顔を見る。獣医は宍戸の視線から目をそらし言いにくそうに
言う。
「七万円。分かるかな?とってもたくさんのお金なんだけど。」
「ななまんえん・・・」
小1の頭に万という単位はまだない。だが、親の話を聞いていればだいたいどれくらい大
きなお金かは想像がつく。確かこの前買い物に行ったときテレビがちょうどそれくらいの
値段だったと思い出した。それを見て自分の父親は欲しいけど買えない値段だなあと苦笑
していた。そう考えると自分の親が拾った子犬にそんな大金を出してくれるはずがない。
宍戸の目にだんだんと涙が滲んでくる。
「そんなにいっぱいはらわないと・・・あのこいぬたすけてもらえないの・・・?」
「すまないけどそうなるね。ごめんね、僕。」
「・・・・・。」
ふらふらとした足取りで宍戸は入り口を出る。そして、そこでボロボロと涙を流し始めた。
あんなにいっぱいけがをしているのに、すごく痛いはずなのにお金がないと助けてもらえ
ない。それも自分にはどうにも出来ない。あまりにも無力な自分が悔しくて宍戸は声を上
げて泣く。助けたい・・・だけど助けられない・・・・。自分では解決出来ない葛藤が頭
の中で繰り返され、宍戸はもうどうしたらいいのか分からなかった。
「ひっ・・・く・・・」
「ししど?」
とそこに真っ黒な子犬を腕に抱いた跡部が通りかかった。いつもは涙なんて絶対見せない
ような宍戸が涙を目から溢れさせて泣いている。その上、トレーナーが真っ赤だ。どこか
大怪我をしているのかと思い、跡部は一瞬本気で焦った。
「ししど、どうしたんだ?どっかいたいのか?」
「おれ、こいぬたすけたい・・・でも・・・いっぱいおかねかかって・・・ひっく・・・」
「こいぬ?おかねがかかるってどういうことだよ?」
「こいぬが・・・あしとせなかけがして・・・・いたいのに・・・ちがいっぱいで・・・」
頭の中がパニックになっている宍戸は跡部にうまく状況を説明することができない。跡部
は落ち着かせようと思って持っていたハンカチで涙を拭ってやった。
「もっとおちついてはなせ。おかねがかかるってどのくらいだ?」
「えっと・・・ななまんえん・・・・うち、あんまりおかねないから・・・そんないっぱ
いだせないよぉ・・・」
そう言って宍戸は再び泣き始める。跡部は金額を理解すると鞄から携帯電話を出し、家に
電話をかけた。
「もしもし、おれだ。いますぐにがくえんちかくのどうぶつびょういんにななまんえんも
ってこい。いますぐにだからな、はやくしろよ。」
電話を切ると跡部は宍戸を慰めにかかる。頭を撫でてやり、そっと抱きしめてやった。
「だいじょうぶだししど。そのこいぬ、おれがたすけてやる。ななまんえんあればたすか
るんだよな?」
「ほんと・・・?」
「ああ。だから、もうなくんじゃねぇよ。」
「うん・・・。」
しばらくすると、跡部の執事がお金をやって来た。跡部はそのお金を持ち、動物病院に入
っていく。そして、そのお金を受付にポンとおくと真剣な目をしてこう言った。
「これだけあれば、こいつがひろってきたいぬ、たすかるんだよな?」
「は、はいっ。」
「さっさとちりょうしてやれ。」
「分かりました!今すぐに。」
受付の女の人はパタパタと獣医を呼びに走る。跡部のおかげで宍戸の拾ってきた子犬はす
ぐに治療を受けることが出来、九死に一生を得た。結局その子犬は宍戸が引き取ることに
なる。
「よかったな、ししど。」
「おう!サンキューなあとべ。」
「キューン・・・」
元気のないその子犬を気遣ってか、跡部の抱いていた黒い犬は傷ついた子犬をぺろぺろと
舐める。
「おっ、こいつもこのこいぬのことしんぱいみたいだな。」
「でも、ほんとよかった。ぜんぶあとべのおかげだぜ。ありがと。」
「いいって。そのこいぬがげんきになったらいっしょにさんぽとかしような。」
「うん!!あとべ、だいすきだぜ!!」
純粋無垢な笑顔で、宍戸は跡部にそう言う。跡部も嬉しそうな笑みを浮かべ宍戸と同じよ
うに笑った。

跡部は眠っている宍戸の表情変化にもう本を読むどころではなくなってしまった。いきな
り涙を流したり、笑ったりとどんな夢を見ているのか全く想像がつかない。
「何なんだこいつ。いきなり泣き出したり、笑ったり。」
「・・・・んっ、跡部・・・大好き・・・」
いきなりの告白に跡部唖然。本当にどんな夢を見ているのだろうと気になってしまう。で
も可愛いのには変わりない。ほのかに微笑んでいるその唇にそっとキスをする。その瞬間
宍戸の目が開いた。
「っ!?」
「おっ、起きたか?どんな夢見てたんだよ?おもしろかったぜ、泣いたり笑ったり、俺の
こと好きっていったりよぉ。」
「えっ、うそ?マジで俺そんなこと言ったか?」
「ああ。ハッキリ“大好き”って言ってたな。」
恥ずかしい〜と宍戸は顔を真っ赤にする。そんな風になっている宍戸のもとに飼い犬がキ
ャンキャン鳴きながら駆け寄ってきた。それを追うように跡部の犬も走って来た。
「キャン、キャン。」
「さっき見た夢、何か子供の頃の俺がケガした犬を助けようとしたんだけど出来なくて、
お前が助けてくれる夢だった。」
「へぇ、いい夢じゃねーの。」
「夢ん中でも俺、お前の世話になってばっかだ。」
苦笑しながら宍戸はそんなことを呟く。跡部は笑いながら宍戸の頭をポンっとたたいた。
「いいんじゃねぇの?お前は俺様がいないとダメなんだもんな。だから、お前には俺がず
っとついていてやる。」
「お前・・・俺のこと馬鹿にしてんな。・・・でも、確かにもうお前がいないとダメかも。
だから、お前俺の前から絶対いなくなんじゃねぇぞ!!。」
「そんな分かりきったこと今更言うんじゃねぇよ。」
こんな他の人が聞いたら恥ずかしいと思うようなことを二人は笑い合いながら言い合う。
だいぶ風が冷たくなってきたので、今日はこのへんで帰ることにした。
「はぁ〜、でもあんな外で寝たのに全然寒くなかったんだよなあ。」
「俺が温めてやってたんだぜ。」
「マジで?あっ、跡部、もし明日も暇だったらさまた一緒に散歩来ねぇ?」
「はあ?明日もかよ。」
「べ、別に嫌ならいいけどよ・・・・。」
「いや、まあ俺も暇だしな。いいぜ、付き合ってやる。」
「じゃあ、明日もこの公園な。」
本当に嬉しそうに宍戸は言う。跡部も心の中では宍戸に会う口実が出来たと喜んでいた。
家に帰るまでの間二人の片手は犬のリードを握り、もう片方の手はお互いの手を握ってい
た。そして、別れ際いつものように軽い口づけを交わす。
「じゃあ、跡部。明日な。」
「ああ。宍戸、今日の夜メールか電話してもいいか?」
「おう。全然へーき。何だよ、俺がいなくて寂しいのかぁ?」
「バーカ。それはテメーだろ。お前が寂しがらないようにしてやるって言ってんだよ。」
「まあ、どっちでもいいけどよ。じゃあな。」
けらけら笑いながら宍戸は跡部に手を振る。跡部もポケットに手を入れながら、またなと
一言だけ言う。別れ際はやっぱりちょっと寂しい感じはするが、明日も会える。宍戸は元
気な飼い犬に引っ張られながらふっと呟いた。
「お前のおかげで、明日も跡部に会えるぜ。お前も嬉しいだろ?」
「ワン!!」
宍戸の犬も明日の散歩がかなり楽しみのようだ。冬休みのある日、ただいま宍戸の心は春
模様だ。

                                END.

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