とある休日の前日、鳳は滝の家に泊まりに来ていた。11月に入ってからしばらく経ち、
夜ともなれば、だいぶ気温が下がるようになってきている。
「今日は冷えますね。」
「そうだね。もう11月も半ばだからねー。少し暖房つける?」
「あー、すいません。お願いしてもいいですか?」
「了解。」
かなり寒がっている鳳のために滝は部屋の暖房をつけた。暖まるまでに少し時間はかかる
が、今よりは断然過ごしやすい気温になるのは確かだ。
「ありがとうございます。」
「ううん、全然構わないよ。あっ、それより何か温かい飲み物でも持って来ようか?ちょ
っと喉渇かない?」
「えっ、そんな。悪いですよ。」
「遠慮しないで。俺も何か飲みたいし。何がいい?」
滝の手はわずらわせられないと、一度は遠慮をする鳳だったが、ニッコリ笑いながら、滝
がそんなことを言うので、その言葉に甘えることにした。
「えっと・・・それじゃあ、ホットミルクを。」
「オッケー。ハチミツとか入れる?それともそのままがいい?」
「じゃあ、ハチミツを少し・・・」
「了解。じゃ、すぐ用意してくるから、ちょっとの間、待っててね。」
鳳からの注文を取ると、滝は部屋を出て行った。滝がいなくなってしまい、手持ちぶたさ
になってしまった鳳は、ほどよい柔らかさのクッションを抱えながら、滝のベッドにゴロ
ンと寝転がる。
(滝さんの匂い・・・)
クッションからもベッドのシーツからもふわっと滝の匂いがする。滝の腕に包まれている
ようで、心地がいいなあと思っていると、だんだんと瞼が重くなってくる。半分夢見心地
でうとうとしていると、二つのカップをお盆に乗せた滝が戻ってきた。
「おまたせ、長太郎。」
滝の声で、ハッと鳳は目を覚ます。こんなところで眠ってはいけないと、ふるふると頭を
振って、目を覚まさせようとした。
「あっ、すいません。ありがとうございます。」
「どうしたの?もう眠い?」
「い、いえ、何となく横になってたらうとうとしてきちゃって。」
「そっか。」
自分の部屋でそこまでリラックスをしてくれているのは嬉しいことだと、滝はニコニコし
ながら、持ってきたホットミルクを鳳に手渡す。ベッドのすぐ近くにある小さなテーブル
に自分用の飲み物を置くと、ベッドに寄りかかるような形で腰を下ろした。
「だいぶ部屋の中、暖まってきたね。」
「そうですね。あっ、だから眠くなってきちゃったのかもしれません。」
「確かに暖かくなると眠くなるもんねー。」
コクンと持ってきた飲み物を口にして、滝は言う。鳳も湯気のたっているホットミルクを
口に含んだ。ほのかな甘さと心地よいぬくもりが体の中に染み渡り、自然と溜め息が漏れ
る。
「ふぅ・・・」
「美味しい?」
「はい。ちょうどいい甘さですごく美味しいです。」
「そう。よかった。」
ふっと微笑みながら、滝はもう一口自分用に持ってきた飲み物を口にする。美味しそうに
飲んでいるのを見て、鳳は滝が何を飲んでいるのかが気になった。
「滝さんは、何を飲んでるんですか?」
「俺?俺は玄米茶。」
「玄米茶?」
「そ。俺、この香ばしい感じが結構好きなんだよねー。」
なかなか渋いなあと鳳はくすくす笑う。しかし、日本的な雰囲気を持った滝にはピッタリ
だとも思った。
「やっぱ、変かな?」
「いえ、そんなことないですよ。すごく滝さんらしいと思います。」
「それは褒め言葉?」
「もちろんですよ。滝さんって、何となく和風なものが似合うイメージがあるんで。」
「ふーん。俺も長太郎がホットミルクってのは、ピッタリだと思うよ。」
「何でですか??」
「何か子犬みたいだから。」
子犬みたいだと言われ、鳳は少々反応に困ってしまう。嬉しがるようなことでもないよう
な気がするし、だからと言って嫌がる要素もない。
「・・・ものすっごくリアクション困るコメントなんですけど。」
「俺としては、褒め言葉だよ?子犬みたいで可愛いvv」
「それは、あんまりホットミルク関係ないじゃないですか。」
「えー、子犬とかってミルク飲むイメージない?」
「なくはないですけど・・・・」
だからと言って自分のことを子犬の言うのは少し違うのではないかと思いつつ、鳳はそれ
以上言葉を続けなかった。滝はいつも自分のことを子犬のようだというが、こんな大きい
子犬がどこにいるのだろうと、鳳はいつも思っていた。ちょっと納得がいかないなあとい
う顔をしていると、滝が持っていたカップを取り、テーブルの上に置いてしまう。そして、
ベッドに手をつき、鳳の唇にちゅうっとキスをした。
「・・・・っ!?」
「甘い。ミルク味。」
「な、いきなり何するんですか!?」
「何って、キスだよ?」
「そ、それは分かってますけど・・・・」
ふしゅ〜と顔から湯気を立たせるかのごとく、鳳の顔は真っ赤になる。反応が素直で可愛
いと、ニコニコ笑いながら、滝はもう一度口づけようとする。すると、鳳はぎゅうっと目
をつぶり、体を緊張させて身構える。心の中でくすくす笑いながら、滝は唇が触れるスレ
スレのところで、顔を近づけるのをやめた。
「・・・・・?」
絶対されると思ったのに、いつまで経っても触れる感触がない。恐る恐る目を開けてみる
と、その瞬間、滝の唇がピッタリと重なった。驚くほど近くにある滝の顔と、不意打ちで
キスされたことで、鳳の心臓は壊れてしまうのではないかと思うほど、速いテンポでリズ
ムを刻んでいた。
「ふふ、長太郎の心臓、すごいドキドキいってる。」
胸の辺りに手を触れ、滝は楽しそうに言う。
「ずるいですよ〜、滝さん。あんなふうにキスされたら、誰だってビックリします。」
「あはは、だって、長太郎の驚いてる顔、可愛いんだもん。つい悪戯したくなっちゃう。」
悪びれもなくそんなことを言うので、鳳は少し怒った様子で拗ねてみる。すると、滝は苦
笑しながら、頭を撫でて謝ってきた。
「ゴメンゴメン。俺が悪かったから、機嫌直して。」
「・・・・・」
「ね、長太郎。」
「・・・・・」
何も答えてくれない鳳に、滝は少しやりすぎたかなあと本気で困惑する。どうしようと困
っていると、突然鳳が動いた。
「っ!!」
次の瞬間、滝は鳳にキスされていた。しかも、なかなか離してもらえない。予想だにして
いなかったことなので、滝は動揺しまくる。唇を離されても何が起こったのか分からず、
しばらく呆然としていた。そして、ハッと我に返ると口を押さえて、真っ赤になる。
「ちょ、長太郎っ!」
「お返しです。いきなりキスされるとビックリするでしょう?」
「・・・うん、すっごく。」
「これでおあいこですよ。」
悪戯っ子のような笑みを浮かべて鳳は言う。まさかここまで動揺させられるとは思ってい
なかったので、滝はちょっと悔しいなあと思いつつ、鳳からキスしてくれたことを素直に
嬉しいと思っていた。
「すっごいドキドキしてる。顔も超熱いし。」
「俺だって、さっきそんなだったんですからね。」
「やるねー。ちょっと油断してたよ。」
お互いにドキドキさせ合って、しかし、それが楽しくて、二人は声を上げて笑った。気温
とは違う暖かさが二人の胸の中に広がる。
「あっ、飲み物、早く飲まないと冷めちゃいますよ。」
「そうだね。ひとまずこれを飲みきってから、他のことしようか。」
「はい。」
せっかく持ってきた飲み物を残してしまうのはもったいないと、再び二人はそれを飲み始
める。穏やかな温かさの飲み物が、二人の少し高ぶった心をやんわりと静めていった。
ホットミルクと玄米茶をそれぞれ飲み終えると、二人はホッと一息つく。これから何をし
ようか話していると、ふと滝の目に黄金色の光が映る。
「わあ、見て長太郎。綺麗な半月。」
「本当ですね。左側が欠けてるってことは上弦の月ですか?」
「そうだね。やっぱ冬になると空が澄んでていいねー。」
窓の外を見ると、金色に輝く上弦の月がぽっかりと夜空に浮かんでいた。空気が澄んでい
るため、その輝きはいつにも増して強いものになっている。
「綺麗だねー。」
「はい。お月見っていうと満月な感じがしますけど、今日の月なら、全然半月でもいけま
すよね。」
「うん。じゃあ、ここからはちょっとお月見タイムにする?」
「そうですね。せっかくですし、いいと思いますよ。」
いいものを見つけたと、二人は月が一番よく見えるところに移動し、じっくりその月を眺
める。これからだんだんと満ちてゆく月は、えもいわれぬ趣を醸し出していた。そんな月
を眺めながら、二人は他愛もない会話を交わす。
「ねぇ、長太郎。」
「何ですか?」
「長太郎は、冬って好き?」
「うーん、そうですね・・・嫌いではないですよ。」
特に意図があったわけではないが、滝はそんな話題を鳳にふる。
「俺は好きだよ。空気が澄んでて星も月も綺麗だし、雪が降るのも楽しいし、見る分には
綺麗だし。」
「あー、確かにそう言われてみればそうですね。でも、木の葉っぱとかはみんな落ちちゃ
うし、風も冷たくて何となく寂しい気分になりません?」
「確かに寒いし、寂しい感じはするかもしれないけど・・・・」
そんなことを言いながら、滝は鳳の手に自分の手を重ね、少し高めに位置にある肩に頭を
預ける。急にそんなことをされ、鳳の胸は少なからずトクンと高鳴った。
「人のぬくもりが一番感じられる季節だと思う。」
月から鳳の顔に視線を移し、滝は微笑みながらハッキリとそう言う。その笑顔に鳳は、ま
た鼓動が速くなるのを感じる。
「だから、俺は冬ってすごく好きだな。」
「そんなこと言われたら・・・・」
「ん?何?」
「嫌でも冬が好きになっちゃうじゃないですか。」
滝の言葉に感化され、ほのかに頬を赤く染めながら、鳳はぽつんとそう漏らす。人のぬく
もりが一番感じられる季節。それは今身を持って感じている。鳳もそう言ってくれること
が嬉しくて、滝は鳳の指に自分の指を絡め、ぎゅっと優しく握った。
「自然とか雰囲気だけじゃなくてね、行事もいっぱいあるからっていう理由もあるんだ。
クリスマスもあるし、大晦日もあるし、お正月もあるし、バレンタインデーもあるし、何
より・・・」
「何ですか?」
「長太郎の誕生日があるから。」
自分の誕生日があることが一番の理由だというようなニュアンスの言葉を聞き、鳳はどう
しようもなく嬉しくなる。こんなにも冬は楽しいことがいっぱいだったのかと気づかされ、
鳳の頭の中で一気に冬のイメージが変わった。どちらかと言えば、冬と言えばマイナスの
イメージが鳳にとっては多かった。それが、滝の言葉で全てがプラスに変わったのだ。
「俺、やっぱり冬がすごく好きです!」
「さっきは、嫌いじゃない程度じゃなかった?」
「初めは、寒いし、寂しいし、日もすぐに沈んじゃうし、あんまりいいことないなあと思
ってたんですよ。でも、滝さんの話聞いてたら、冬っていっぱい楽しいことがあるんだな
あと思って。」
「でしょ?まあ、俺は長太郎と一緒だったら、どの季節も好きなんだけどね。」
「滝さん・・・」
「でも、やっぱ冬が一番かなあ。長太郎と一緒に過ごす機会が一番多くなるのは、冬だと
思うから。」
鳳と一緒に過ごせることが滝にとっては何よりも幸せだった。冬は行事に託けて普段以上
に一緒にいることが出来る。だから、冬が好きだと滝は繰り返した。
「滝さん。」
「何?」
「今年の冬は、たくさん滝さんと一緒にいたいです。」
滝の頭に自分の頭を預けるようにして、鳳は言う。甘えるようにそんなことを言われ、滝
は嬉しくて、顔を緩ませた。
「俺もそう思うよ。クリスマスも大晦日も、お正月もバレンタインデーも、長太郎と一緒
に過ごしたい。」
「じゃあ、指きりしましょう。」
「指きり?」
「あっ・・・やっぱ、子供っぽいですか?」
約束をして欲しいという意味合いで、指きりをしたいと鳳は言う。滝にとっては、少し意
外なことだったので、思わずそう聞き返してしまった。
「指きりかぁ。なつかしいね。うん、いいよ。指きりしよう。」
小学生の頃はよくやっていたが、中学に入ってからはめっきりやらなくなった指きり。そ
んな形で約束をするのもよいと、滝は鳳の提案を呑んだ。小指を絡め、指きりげんまんの
歌を歌う。小指が離れたとき、それは破れない約束となる。
「今年の冬は、楽しくなりそうですね。」
「うん。いっぱいイイ思い出作ろうね。」
「はい!」
月の眩しい初冬のある日。二人はこの冬をたくさんのぬくもりを感じながら、過ごしてい
こうという約束をするのであった。
END.