I miss you

「くそっ・・・眠れねぇ・・・」
ある金曜日の夜中、といってもほぼ土曜日に近いが。跡部は布団に入っても全く眠れない
でいた。いつもなら宍戸が泊まりに来て、いろいろしてから二人で同じ布団で眠る。とこ
ろが今日は宍戸がいない。二泊三日で家族旅行に行っているのだ。
はぁー、あいつがいねぇと何か落ちつかねぇんだよな。もう当たり前になってるっつーか
毎週、毎週あんなことしてんと、しなきゃ眠れねー。じゃなくて、寒いんだよ。別に部屋
の温度がってわけじゃないけど、何かなあー・・・。
宍戸と眠ることが休みの前の日にする当たり前のことになっているので、本当に眠れない
のだ。電話をしようかと考えたが、せっかくの家族旅行を邪魔するわけにはいかない。ま
して、こんな夜中にするのは宍戸本人だけでなく、宍戸の家族にも迷惑がかかる。大きな
溜め息をついてぼーっと天井を見ていることしかできなかった。

結局、金曜日から土曜日にかけてはほとんど眠れなかった。こんなことは初めてなので、
跡部はかなりグッタリだ。
「電話でもするかな。」
跡部は自分の携帯に手をかけ、メモリーに登録されている宍戸の番号を押した。
トゥルルル・・・トゥルルル・・・カチャッ
『現在、電波の届かないところにおられるか、電源が切られております。』
「ちっ・・・宍戸の奴、電源切って・・・。あっ、確か旅行先、山の方だっけ。」
宍戸の旅行先は山なので携帯の電波が届かない。電話もできないとわかると、跡部はかな
りへこんだ。休みの日の間はいつも宍戸と一緒。あと二日間どのように過ごすか、跡部に
とっては重要な問題であった。
こんなに嫌な休日は初めてだ。どうして宍戸、旅行に行っちまうんだよ。って、まあ、そ
こまで俺が干渉できることじゃねぇけどな。あー、でも、やっぱりツライな。
疲れた顔をしながら、跡部は一階に降りて行った。
「景吾坊ちゃま。顔色がよくないようですが・・・」
「ちょっと、寝不足なだけだよ。そんなに心配することでもねぇ。」
この日は跡部は特にどこにも出かけず、一日中家にこもっていた。そして、夜。昨日あん
なに眠れなかったにも関わらず、今日も寝つくことができない。
こんなに眠れないのって、初めてじゃねーか?平日は普通に寝れるのに何でだよ?腕に抱
けるものがないのって、結構ツライもんがあるな。何か、ガキがぬいぐるみがないと眠れ
ないの少し分かるかも・・・。
この日は少しは眠れたが、とても浅い眠りで眠るというにはかなり足りないものだった。
次の日も跡部は元気がない。とその時、跡部の携帯がメールの受信を伝えるメロディーを
奏でた。
「宍戸からだ!」
宍戸からのメールだけは着信音を変えているので、中身を見ないでもすぐに分かった。
『元気かー?俺はしっかり楽しんでるぜ。お土産バッチリ買って帰るから待ってろよ!』
「元気じゃねーよ。」
跡部はぼそっと呟いて、返事を送った。
『元気じゃねーよ、バーカ。早く帰って来い。寂しい。会いたい。』
「何だよ、跡部の奴。たかが、二日、三日会えないくらいで何言ってんだか。あっ、また
電波が悪くなりやがった。しょうがねーなあ、これじゃ返事送れねーじゃん。」
宍戸は旅行をそれなりに満喫しているようだ。跡部があんな状態になっているなんて知る
由もない。二泊三日の予定なので今日の夜、帰る予定だ。
「う〜、何で返事送って来ねーんだよ。」
跡部は携帯を持ちながら、ベッドにつっぷしている。電波が悪くなってしまったのだから
しょうがないのだが・・・。結局、この後、宍戸からのメールはなかった。

月曜日、跡部の顔色はこれ以上ないほど悪い。この三日で眠れた時間はおそらく四時間く
らいだ。それもかなり浅い眠りである。
「景吾坊ちゃま、大丈夫ですか?」
「何がだ?」
「顔色がかなり悪いです。今日は学校お休みなされたほうよいのではないでしょうか?」
「いや、大丈夫。今日は行かなきゃならないんだ。」
「無理はいけません。」
「分かってる。」
いつものように跡部は学校へ行く。足取りはかなり重い。だが、どうしても宍戸に会いた
かった。教室に入るといつものように宍戸があいさつをしてくる。
「はよ、跡部。」
「ああ、おはよ。」
「はい、旅行の土産。ゴメンなこの休日一緒に居れなくて。」
「別に・・・」
「跡部、大丈夫か?何か顔色悪いけど。」
「ちょっと、寝不足なだけだ。」
「寝不足?何で?」
「どうでもいいだろ。」
まさか、クラスで寝不足の理由を言えるわけがない。眠いのを必死に押し殺して、いつも
通り授業を受ける。だが、さすがに部活に出る気にはなれなかった。
「やっぱ、帰った方がいいよ跡部。」
「そうだな。宍戸、これからうちに来てくれねぇか?」
「?ああ、別にいいけど。」
「それから、できれば・・・今日俺の家に泊まって欲しい。」
「まあ、昨日とか一昨日とか泊まれなかったからな。いいぜ。」
快くうなずく宍戸を見て、跡部は心底ホッとした。家に向かいながら、宍戸は旅行のこと
を話す。だが、跡部の耳にはほとんど入っていなかった。部活を休んだと言っても、時間
はもう五時近く。家に着くと、跡部はそのまま自分の部屋に向かった。宍戸もそれについ
ていく。
「疲れた・・・。」
「つーかさ、何で跡部そんなに寝不足なわけ?」
「お前のせいだ。」
「はあ?何でだよ。」
跡部は躊躇しながらもこの三日間のことを宍戸に話した。全部話し終えると宍戸は爆笑す
る。
「あははは、マジで!?お前、そういうキャラだっけ?激ダサー。」
「そこまで笑うか・・・?マジで辛かったんだぜ。」
「ゴメン、ゴメン。じゃあ、今日はバッチリ一緒に寝てやるよ。」
「ちなみに今日はしねぇから。とてもそれをやる気にはなれねーよ。」
「そっか。たまにはいいんじゃねぇの?」
本当に元気のない跡部を見て、宍戸はクスクス笑いっぱなしだった。

食事やシャワーを済ませた後、再び跡部の部屋に行く。まだ、少し早いが跡部はもう眠る
気満々であった。
「もう寝るのか?」
「ああ。眠くてしょうがねぇ。」
「じゃあ、俺はもうちょっと起きてようかな。」
「お前も一緒に寝ないと意味ねーんだよ。」
「はは、冗談だよ。じゃ、ベッドに入ろうぜ。」
電気を消して、二人はベッドに入った。跡部は隣に横になった宍戸を思いっきり抱きしめ
る。相当宍戸が恋しかったらしい。
「跡部、ちょっと苦しい。もうちょっと、腕緩めてくれねーか?」
「宍戸、マジで寂しかった。もう、俺、お前がいねぇとダメだ。」
「何言ってんだよ。そんなに寂しかったのか?じゃあ、今週の土日、この前できなかった
分、全部取り戻そうぜ。」
「ああ。そう・・・だな・・・・」
腕に宍戸がいることで落ち着いたのか跡部はすっかり睡眠モードに入ってしまった。三日
間ほとんど眠れなかったのだから、当然といえば当然だろう。
「跡部?」
「・・・・・。」
宍戸が話しかけても、もう返事もしない。跡部は深い眠りに入った。宍戸はそんな跡部に
抱かれながら、目の前にあるキレイな寝顔を眺めていた。
跡部の奴、意外と寂しがりやなんだな。でも、これはこれで結構うれしいかも。俺、愛さ
れてるなあ。そうだ、こんだけぐっすり眠ってりゃ少しくらい何かしても起きないよな。
宍戸はそっと手を伸ばし、跡部の頬に触れた。そして、そっと唇を押しつけた。もちろん
跡部は目を覚ます気配はない。
「いつもはすぐ舌入れられちゃうから、あんましこういうキスってできねぇんだよな。」
宍戸は何度も何度も跡部の唇に優しく口づけた。いつもしているものほど気持ちがよいと
いうわけではなかったが、違う意味でとても心地がよかった。しばらくすると、宍戸にも
睡魔が襲ってくる。
「オヤスミ、跡部。」
最後にもう一度だけキスをすると、宍戸は跡部の腕の中で眠りについた。

「ふあー、よく寝た。」
大きなあくびをして跡部は起き上がった。宍戸もすでに起きている。
「よかったな。これで睡眠不足も解消されただろ?」
「ああ。サンキュー宍戸。・・・・?」
「どうしたんだ?跡部。」
突然、黙り込んで口を押さえる跡部に宍戸は尋ねた。
「宍戸。」
「何?」
「昨日、俺が寝てる間にキスしたか?」
「な、何でだよ?」
「何か・・・お前の味がする。」
「マジで・・・?」
まさか、味でバレるとは思わなかった。てゆーか、味で気づく跡部も跡部だよな。俺の味
ってどんな味だよ?
「でも、マジで昨日はよく寝れたぜ。ありがとな、宍戸。」
「別にいいぜ。これくらい。さあ、さっさと用意しようぜ。今日も学校だぜ。」
「そうだった。お前と寝た後ってどうも休みって感じがするんだけどな。」
「いつもはな。とにかく、早く学校行く用意しないと。」
「そうだな。」
跡部の顔色はすっかりよくなっていた。今日は最高の体調で一日を過ごせるだろう。

                                END.

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