夏休みも終わりに近づいたある日、跡部はレギュラーメンバーを自宅へ呼び出した。門の
前でしばらく待たされ、集まったメンバーは汗だくだ。
「あっちぃー!!跡部の奴、何やってんだよ!」
「ホンマや。呼び出しといて何やねん。」
「本当どうしたんでしょうね?」
「早く入れてもらわないと、熱中症になっちゃうよ。」
そんなふうに文句を言い合っていると、ゆっくりと門が開いた。やっと入れるとそこにい
たメンバーは、ほっとしながら跡部の家の敷地内へ足を踏み入れた。執事に案内され、一
つの部屋に入ると、そこにはたくさんの箱が置かれていた。
「よく来たな。」
「跡部待たせすぎだC〜。もう暑くて溶けそうだったぜ。」
「本当だぜ。で、今日は何の用だ?」
「このテーブルに並んでる箱に、何が入ってるか分かるか?」
『えっ?』
跡部にそう言われ、ここに集まったメンバーは改めてその箱に注目する。箱のフタと表に
は何やら英語で名前が書いてある。しかし、パッと見ただけでは、これが何なのかさっぱ
り見当がつかない。
「うーん、何か名前が書いてあるけど読めねぇ。」
「Vanilla・・・Chocolate・・・・Strawberry・・・あれ?
これってもしかしてアイスの味じゃない?」
「正解だ。そろそろ夏休みも終わっちまうしな。テメェらもそれなりに頑張ってるみてぇ
だし、ちょっとした褒美だ。」
箱の中身がアイスクリームだということを聞いて、そこにいたメンバーは素直に喜ぶ。あ
の暑い中待たされていたのも、アイスをさらに美味しくさせるための余興だったのだ。
「でも、これ、すっげーたくさん種類あるよな?何種類くらいあるんだ?」
テーブルいっぱいに並べられている箱の数は半端ではない。見たこともない名前のアイス
もいくつもあるので、岳人はそんなことを尋ねた。
「そうだな、ざっと40種類はある。」
『40種類!?』
その数を聞いて、驚かないわけがない。きっと未知の味もたくさんあるのだろうと期待し
つつ、箱に目を移した。
「好きな味を好きなだけ食べていいぜ。そのかわり、腹壊さない程度にな。」
「うっわあ、マジマジ!!跡部、すばらC〜!!」
「跡部にしては、気のきいた企画だね。」
「さっきがすげぇ暑かったから、ちょうどいいぜ。跡部、サンキュー。」
「礼には及ばねぇよ。樺地、全員分の皿とスプーンを持ってこい。」
「ウス。」
既に用意されていたガラスの器と銀の小さなスプーンを樺地は他のメンバーに渡してゆく。
どんな味のアイスがあるのだろうとわくわくしながら、そこにいるメンバーは目を輝かせ
た。
たくさんの種類のアイスに目移りしながら、それぞれ好きなアイスを取ってゆく。バニラ
やチョコレートなど、お決まりの味から、抹茶やきな粉、栗などの和風アイス、リンゴや
オレンジなどのフルーツ系、バラやラベンダーなどの変わり種など、本当に様々な種類の
アイスがそのテーブルには並んでいた。
「こんなにあると迷っちまうな。侑士はどれにする?」
「せやなあ、この和風系のなんてええかなあなんて思うんやけど、どやろ?」
「いいんじゃねぇ?確かに侑士は和風なアイスとか好きそうだもんな。俺は、どれにしよ
うかなあ。おっ、これなんて美味そうじゃねぇ?」
岳人が指差したのは、真っ赤なアイスだ。美味しそうかと言われたらどうだろうと少し考
えてしまう。
「何やこのアイス。真っ赤やん。」
「んっとな、ウォーターメロン・・・だから、スイカのアイスだぜ。」
「あー、なるほど。だから、こんなに赤いんか。」
「美味そうだから、まずはこれ食べてみようっと。で、侑士は結局何にすんだ?」
「ひとまずは、この抹茶アイスにしてみるわ。」
岳人は真っ赤なスイカのアイスを、忍足は抹茶色のアイスをガラスの器に入れる。光を反
射する銀のスプーンでそれを掬って食べてみると、今まで味わったことのない味が口の中
にひんやりと広がった。
『美味い!!』
思わず二人は声を上げる。それほど、今口にしたアイスは美味しかったのだ。
「スイカ味のアイスって、スイカバーくらいでしか食ったことなかったけど、そんなの比
にならないほど、このアイス美味いぜ!!」
「ホンマ?この抹茶のアイスもな、全然嫌な甘さがないねん。普通、抹茶アイスいうたら
もとが苦いわりに甘く感じるんやけど、これは全然そんなことあらへん。抹茶の味がいい
感じに引きたっとって、上品な味って感じやな。」
「マジ?抹茶アイスってあんま食べたことねぇけど、それは食べてみたいかもー。侑士、
一口もらっていい?」
「ああ、ええで。ほなら、岳人のスイカアイスも一口味見させて。」
「おう。」
まだまだ箱にはたくさんのアイスが残っているのだから、そこから取ればよいのだが、こ
の二人は、あえてお互いのパートナーの食べかけのものをもらう。好みの違いで、お互い
に普段は絶対食べないような味であったが、一口もらったそのアイスは素直に美味しいと
感じられた。
「ちょっと甘味が足りない感じはするけど、これはこれで美味いな!侑士が好きそうな味
だ。」
「スイカアイスってこんな感じなんやな。初めて食べたわ。見かけのわりには、ええ味し
とると思うで。」
「だろー?あー、こんなに美味いと他のアイスも食べたくなるよな。」
「せやな。他のも食べてみるか。」
もっといろいろなアイスが食べてみたいと、岳人と忍足はそれぞれ興味のある味を器の中
に入れてゆく。岳人はチョコレートとメープルとカルピスの味のアイスを、忍足は小豆と
オレンジとリンゴのアイスを取った。
「どれも美味いなあ。岳人のはどないや?」
「おう!かなりイケるぜ!!特にこのメープル味のアイスなんて最高!」
甘いものが好きな岳人は、メープルシロップ味のアイスが特に気に入ったようだ。しかし、
忍足はそれほど甘いものが得意ではないので、そのまま味見という気にはなれなかった。
「確かに美味そうやけど、随分甘そうやなあ。」
「うーん、確かに侑士にはちょっと甘いかも。あっ、そうだ!」
何かを思いついたように岳人はメープル味のアイスを口に含む。そして、コクンと飲み込
むと、ニッと笑って忍足にキスをした。
「・・・・・っ!」
「メープル、こんな味だぜ。これならそんなに甘いって感じないで、味が分かるだろ?」
「甘すぎやで・・・岳人。」
いきなりメープル味のキスをされ、忍足は撃沈。アイスで冷えた体もすっかり熱くなって
しまう。真っ赤になる忍足を見て、本当に可愛いなあと岳人は笑う。
「侑士が食べてるのは、リンゴ味だな。唇、リンゴの味したし。今の侑士の顔、リンゴみ
たいだぜ?」
「い、いきなりあないなことされたら、こうなるのは当然やろ?」
「あはは、侑士可愛い〜♪」
「岳人〜。」
可愛いと直接言われ、忍足の恥ずかしさはMAXだ。熱くなった顔をなんとか冷やそうと
忍足はアイスを口いっぱいに含んだ。
「やるねー、岳人。」
バカップルな岳人&忍足ペアを見ながら、滝はぼそっと呟く。
「何見てるんですか?滝さん。」
「ううん、別に。長太郎は、何味のアイスを食べてるの?」
鳳の質問を軽くかわしながら、逆に質問で返す。そんな質問に鳳は素直に答えた。
「えっと、チーズケーキとラズベリーです。なかなかいけますよ。」
「ふーん、そっか。チーズケーキとか美味しそうだね。ちょっと味見していい?」
「はい。どうぞ。」
自分が食べているアイスを鳳は滝に差し出す。少し滝が近づくとハーブのような匂いが鼻
をくすぐった。
「うん。本当に美味しいね。あとで、俺も食べようっと。」
「滝さん、今、何味のアイス食べてます?何だか、ハーブみたいな匂いがするんですけど。」
「ああ。ラベンダーだよ。変わった味だなあと思って興味本位で食べてみたんだ。ラベン
ダーの匂いが嫌いじゃなければ、俺は結構美味しいと思うよ。」
「へぇ。ちょっと興味ありますね。少しもらってもいいですか?」
「うん。いいよ。」
今度は滝のアイスを鳳がもらう。スプーンに乗った薄紫色のアイスを口に入れると、口い
っぱいにラベンダーの香りが広がった。確かに匂いは少々強いかもしれないが、それほど
嫌な味ではなかった。
「何か・・・あんまりアイスっぽくないですけど、俺は好きですよ。リラックス出来そう
な香りです。」
「はは、確かにそうかもね。あっ、さっき梨のアイスを食べたんだけどね、さっぱりして
てすごく美味しかったよ。」
「そうなんですか?それじゃあ、後で食べてみます。」
そんなことを話しつつ、今、器に入っているアイスを食べ終えると、二人は次のアイスを
食べようとテーブルの向こう側に移動する。すると、鳳の目に少し長いスペルのアイスが
目にとまった。
「Condensed・・・milk・・・?何だろう?」
ミルクとあるので、牛乳系のアイスなのかなあと思い、鳳はそのアイスを器に入れる。そ
して、それを口に入れてみると、何味なのかがすぐに分かった。
「甘い・・・これ、練乳だ。」
「何々?何食べてるの?長太郎。」
「あ、滝さん。これ、何て書いてあるのか読めなくて、でも、食べてみたら練乳だってす
ぐ分かりました。」
「コンデンス・・・ミルクか。なるほど。」
「練乳となると、やっぱりちょっと甘いですね。」
想像以上の甘さに苦笑する鳳だが、滝はその顔の他の部分に意識がいっていた。今食べた
アイスが、鳳の口元についているのだ。それが、他のものを連想させ、思わず口元がニヤ
けてしまう。
「長太郎、アイスが口の横についてる。」
「本当ですか!?何か拭くもの・・・」
「いいよ。俺がとってあげる。」
そう言うと滝は鳳の頬に手を伸ばし、指でアイスを拭うと自分の口に運んだ。それを見て、
鳳はカアッと顔を赤くする。
「長太郎の甘くて美味しいよvv」
「た、滝さん、それは反則ですよ〜。というか、その台詞もちょっと・・・」
「ふふ、だって、それっぽく見えたんだもん。」
「だからって・・・」
「ほら、まだまだ食べてないアイスいっぱいあるよ。もっと食べよ?」
「・・・はい。」
ニッコリ笑われ、そう言われれば、もう頷くしかない。練乳の甘さが口に残り、恥ずかし
さを助長させるが、しばらくその味を消そうとは思わなかった。
「うわあ、マジマジうっめぇ!!樺地、それも取って。」
「ウス。」
ラブラブな雰囲気の滝&鳳ペアを尻目にジローは、次から次へと器にアイスを入れてゆく。
そんなジローを見て、日吉は溜め息をつく。
「ジローさん、美味しいのは分かりますけど、あんまり食べ過ぎると腹壊しますよ。」
「大丈夫だって!俺の腹、けっこー丈夫なんだぜ。」
「なら別にいいですけど。」
ここまで際限なく食べれるのもすごいと日吉は呆れるのを通り越して、感心する。
「おっ、樺地は何食ってんの?」
「きな粉と・・・桃と・・・パインです。」
「へぇー、美味い?」
「ウス。」
「じゃあ、じゃあ、全部一口ずつちょーだい!俺のもやるからさ!!」
「ウス。」
イエスの意味で樺地は返事をする。スプーンで一口ずつ味見をした後、今度は自分のアイ
スを掬って、樺地の口元へ持ってゆく。
「これは、ストロベリ〜。食べて、樺地。」
「ウ、ウス。」
ゆっくり口を開けて、スプーンに乗ったアイスを入れてもらう。まさか食べさせられると
は思っていなかったので、少し恥ずかしいなあと思いながら、樺地はジローに食べさせて
もらったアイスを味わう。心地よい甘酸っぱさが口の中に広がると、何だかドキドキして
しまう。
「んで、次がキャラメル〜。」
自分が持っているアイスを全種類あげる勢いで、ジローは樺地にアイスを差し出す。差し
出されるままに樺地はそれを口に含んだ。
「美味い?樺地。」
「ウス。」
「へへー、やっぱ二人で食べると美味しさ倍増だよな!!」
「・・・ウス。」
二人で食べるとという台詞に樺地は照れを感じる。無邪気なジローとそんなジローに振り
回される樺地を見て、日吉はボソッと呟いた。
「こいつらも、他の先輩達と大して変わらないな。」
「何か言った?日吉。」
「いや、別に。何でもないですよ。」
『???』
飄々としている日吉を見て、絶対何か聞こえたのになあと思いながら、ジローと樺地はハ
テナマークを頭の上に浮かべた。
他のメンバーが樺地から渡された器にアイスを入れているにも関わらず、宍戸はあるもの
が欲しいと跡部にねだった。
「なあ、跡部、俺、器じゃなくて、普通のアイスみてぇにコーンで食べてぇ。コーンねぇ
の?」
「いや、あるぜ。持ってこさせるか?」
「おう!」
どうしてもコーンに乗せて食べたいと言う宍戸のために、跡部はコーンを持ってこさせた。
コーンをもらうと宍戸は嬉しそうにアイスをコーンに乗せようとする。
「跡部、跡部、ミントのアイスってあるか?」
「ああ、あるぜ。これがそうだ。」
跡部が差し出した箱の中には、バニラアイスとも思えるほど真っ白なアイスが入っている。
それを見て、宍戸は首を傾げた。
「これがミントアイス?ミントアイスって、普通ブルーとか緑とかそういう色してんじゃ
ねぇのか?」
「あれはイメージを出すために着色料で染めてんだ。嘘だと思うんだったら、一口食べて
みろよ。」
半信半疑のまま、持っていたスプーンでそのアイスを掬い、口に含んだ。すると、食べ慣
れたミントの風味が口いっぱいに広がる。
「本当だ!!これ、ミントアイスだ!!」
「だから、言っただろ?コーンに乗せるんだったら、三つくらいにしとけよ。あんまり重
ねると落とすから。」
「了解!!」
好きなものは最後にということで、宍戸はまずミントアイスを初めにコーンの上に乗せ、
その上にイチゴミルクのアイスを乗せる。そして、一番上には、変わった色をした紫いも
のアイスを乗せた。
「何かすげぇ組み合わせだな。」
「いいんだよ!俺が食べたいのを乗せたんだからよ。」
「まあ、落とさないように気をつけろよ。」
「そんな激ダサなことしねぇよ!」
跡部は器に好きなアイスを入れて、少しずつ食べていた。二種類くらいのアイスが食べ終
わったところで、ふと宍戸の方に目を移すと大変な状態になっていた。
「う〜、どうやって食べりゃいいんだ?コレ。」
三つも乗せているため、上を食べている間に一番下のアイスが溶け出してしまったのだ。
手に垂れてくるアイスをどうすることも出来ず、宍戸は困惑しまくっている。
「何してんだよ?」
「跡部ー、助けて。」
「ふっ、本当、テメェはどうしようもねぇ奴だな。」
ニヤリと笑いながら、跡部は宍戸の手首を掴み、溶けてきているアイスを舐め取る。いき
なり指や手の平を舐められ宍戸は驚いたような声を上げる。
「うわっ!!」
「ほら、さっさと上の方食べちまわねぇと、どんどん下が溶けちまうぜ。」
「お、おう。」
手にくすぐったさを感じるが仕方がない。急いで上の二つを食べると、やっとミントアイ
スを食べれるところまできた。しかし、半分くらいそれは溶け、質量はかなり少なくなっ
ている。
「う〜、せっかくのミントアイスが・・・」
「だったら、もう少しつけたすか?」
「いや、もうそんなにたくさん食べれねぇからいい。」
「そうか。」
ミントアイスもなかなか美味いと思いつつ、跡部は宍戸の手から唇を離す。残りのミント
アイスを食べ終えると、宍戸はコーンも綺麗に食べきり、ふと跡部の方を見る。跡部も他
のアイスを食べていたが、さっき溶けたアイスを食べた所為か、口の周りが白く汚れてい
た。
「あはは、跡部、口の周りすげぇぜ。」
「あー、さっき、テメェのアイスを妙な状態で食べたからだろ。」
「つーことは、今、跡部の口の周りについてんのはミントアイスってことだよな?」
「たぶんな。」
それは勿体無いと宍戸は自分でも驚くようなことを無意識にしてしまう。跡部の口の周り
についているアイスを、直接舌で拭ったのだ。
「ミントアイスだな。」
「お前・・・随分大胆なことしてくれるじゃねぇか。」
さすがに宍戸のこの行動に跡部は驚き、思わずつっこむ。跡部につっこまれ、宍戸は自分
が今した行動のすごさに気づいた。
「あっ・・・今のは、別に深い意味はなくて、つい・・・」
「ついであーいうことが出来るのはすげぇな。でも、嬉しいぜ、宍戸。」
「う〜・・・」
今更ながら、恥ずかしくなってももう遅い。顔を真っ赤にしてうつむいている宍戸に追い
打ちをかけるように、跡部はその唇にキスをした。その瞬間、宍戸の口内にふわっとバラ
の香りが香る。
「ん・・・?」
「俺様が今さっきまで食べてたアイスは、バラ味のアイスだ。いい香りだろ?」
「なっ・・・いきなり何すんだよ!?」
「テメェがさっき俺にしたことだって、これと大して変わんねぇと思うぜ?」
「ウ、ウルセー!!とにかく、いきなりキスはすんな!!」
二重の恥ずかしさに宍戸は跡部を怒鳴りつける。しかし、それは照れ隠しであって、本気
で嫌だとは思っていない。ミントの香りとバラの香りが混じり合い、宍戸は何とも言えな
い気分になっていた。
それぞれのペアでいろいろなことがありつつも、跡部の家に来たメンバーは十分に美味し
いアイスを味わった。夏休みももう終わりというときに、なかなかいい思いが出来たと、
どのメンバーも大満足であった。初めに待たされたのは、少し気に入らなかったが、今回
ばかりは、誰もが跡部に感謝するのであった。
END.