謙也に置いていかれ、財前は小さく溜め息をつきながら、合宿所に向かって歩き出そうと
する。
「財前はんも今帰りか?」
後ろから声をかけられ、財前は振り返る。そこには、買い物袋を手に提げた銀が立ってい
た。
「あ、師範。師範も今帰りっスか?白石部長とか他のメンバーはどないしたんです?」
「ここで子供らと遊んだ後に買い物に行って、途中から別行動や。まだ買い物したい者、
別の場所に遊びに行きたい者、たこ焼きを食べに行きたい者がおってな。」
「先輩ららしいっスわ。」
一緒に行っているのに、途中から別行動になったことを聞き、財前はくすっと笑う。
「そういえば、財前はんは駄菓子ちゃんと買えたんか?」
「あっ、さっきまでのバタバタで普通に忘れとりました。」
「ほんなら、ワシが奢ったるで。好きなの選ぶとええ。」
「えっ!?駄菓子くらい自分で買いますって。」
「駄菓子くらいの値段やったらそないに気にせんでもええやろ?それにワシのが先輩やか
らな。たまには先輩らしいことさせてや。」
ニコニコとしながら、そんなことを言ってくる銀に、財前はきゅんとしてしまう。
「ほんなら、200円分くらいでええんで、駄菓子、師範が選んでください。」
「そないに遠慮せんでもええで。自分で好きなの選んだ方がええやろ?」
「いや、俺がそうして欲しいんスわ。」
「それなら、この銀、心して選ばせてもらうで。」
「そないに気合い入れることとちゃうでしょ。」
思ったよりも気合いの入っている銀を見て、財前は顔を緩ませながらそう返す。財前に頼
まれ、銀は駄菓子屋の中に入る。財前がどんなもの好きか、どんなものを選べば喜んでく
れるかをじっくり考えて、銀は駄菓子を選ぶ。
(これでちょうど200円くらいやな。)
本当はもっと買ってやりたいのだが、財前のリクエスト通りの金額でおさめる。小さな袋
に駄菓子を入れてもらうと、銀は店の外で待っている財前にそれを持っていく。
「待たせたな。ほんならこれ、財前はんに。」
「ありがとうございます。」
銀から駄菓子の入った袋を受け取り、財前はその中身に目を落とす。
(俺の好きな駄菓子ばっかりや。)
自分の好きなものを知っていたのではないかと思うほど、銀から受け取った駄菓子は自分
好みのものが詰められていた。
「師範。」
「どないしたん?やっぱり、自分で選んだ方がよかったか?」
「師範、俺の好きな駄菓子知っとりました?」
「いや、分からんかったから、財前はんの好みを考えながら選んでみたんやが・・・的外
れやったらすまんな。」
「逆っスわ。ほとんど俺の好きなもんばっかで、ホンマビックリしとります。さすが師範
や。」
「はは、それならよかったわ。」
財前好みの駄菓子を選べていたことを知って、銀は嬉しそうに笑う。そんな銀を見て、そ
して、銀の選んでくれた駄菓子を見て、財前はドキドキと胸が高鳴る。
「せっかく会うたんやし、合宿所まで一緒に帰るか?」
「はい。ケンヤさんには普通に置いていかれたんで、師範が来てくれてよかったスわ。」
「置いていかれたん?」
「合宿所まで競争や言うて、すごいスピードで走って行きました。追いつけるわけないっ
ちゅーねん。」
「はは、ケンヤらしいな。」
「まあ、師範が駄菓子奢ってくれたし、師範と一緒に帰れるんで、別にええですけど。」
銀と一緒に帰れることが嬉しくて、財前はそんなことを口にする。ぶっきらぼうな口調で
はあるが、その言葉に嬉しさが滲み出ているので、銀も嬉しくなってしまう。
「そういえば・・・」
「何や?」
「子供らと遊んでる師範、高い高いとかぎょーさんしててすごかったスね。疲れてへんで
すか?」
「パワーには自信あるから問題ないで。何なら財前はんにもしてやるで。」
「いや、さすがに高い高いは・・・」
「あっ、さすがに子供扱いし過ぎやな。すまんすまん。」
子供扱いをしてしまったことを素直に謝る銀に財前はこういうとこが本当に好きだと思っ
てしまう。高い高いはさすがに恥ずかしいが、少しは銀に甘えたいと、財前は考える。
「高い高いは別にやらんでええですけど、そないにパワーに自信があるんやったら、俺の
ことおんぶしてください。」
「おんぶ?」
「今日はもうぎょーさん子供らと遊んで疲れとるんですよ。せやから・・・」
言い訳のように聞こえるそれは、財前が精一杯自分に甘えようとしている言葉だと銀は捉
える。
「ええで。財前はんをおぶうくらい何てことないからな。」
そう言って銀は財前が背中に乗りやすいように屈み、腕を後ろに差し出す。まさか本当に
おんぶしてもらえるとは思っていなかったので、ドギマギしながらも、財前は銀の背中に
その身を預ける。
「しっかりつかまっとってな。」
「はい・・・」
銀におぶわれ、財前は銀の大きな背中の安心感に身を委ねる。
(師範の背中、大きいしあったかいし、メッチャ気持ちええ。)
「財前はんは、子供らや駄菓子屋の猫にえらい懐かれとったな。」
「ホンマ面倒やったっスけどね。」
「せやけど、何だかんだ言うても財前はんは、面倒見ええし優しいからな。子供らや動物
にはそれが分かるんやで。」
「そんなことないっスわ。」
「ワシは財前はんのそういうとこ、好きやで。」
「・・・そんなん言うのずるいっスわ。」
銀の言葉に財前は恥ずかしくなり、顔を真っ赤にして銀の肩に顔を埋める。しばらくそん
な会話をしていた二人だが、銀の背中の心地よさと遊び疲れがあいまって、財前はうとう
としてきてしまう。
(アカン・・・師範のおんぶ気持ち良すぎて眠なってきた。)
そう意識すると同時に財前の瞼は閉じる。背中にかかる重みと寝息で財前が眠ってしまっ
たことに気づき、銀はふっと笑う。
「子供らと遊んで疲れとる言うとったしな。このまま合宿所までおぶって行けばええやろ。」
財前をおぶったまま、銀は合宿所に向かって歩き出す。背中から伝わるぬくもりが非常に
心地よく、銀は幸せな気分で歩みを進めた。
しばらく歩いていると、銀は氷帝の面々に会う。ジローが帰り道の途中で眠ってしまい、
樺地が迎えに来たところであるようだ。
「合宿所まではあともうちょっとだっつーのに。迎えに来てもらって悪ぃな樺地。」
「ウス。」
「もうちょっと早めに帰るべきだったな。」
「どの時間に帰っても同じなんじゃないですか?」
「まあ、それは分かんねーけどよ。ジローはいつ寝るか全然予測つかねーし。」
日吉の一言に岳人は苦笑しながら返す。
「何や大変そうやな。」
樺地の背中にジローをおぶわせようとしている氷帝メンバーに銀は思わず声をかける。
「おっ、石田じゃねーか。」
「石田なら力あるし、おぶわすの手伝ってもらえば・・・ってアレ?」
銀に気づいて、宍戸と岳人は言葉を返す。ジローをおぶわせるのを手伝ってもらおうと思
ったが、岳人は銀が一人ではないことに気づく。
「手伝いたいのは山々なんやが、今はちょっと手が離せんでな。」
財前をおぶっているため、今は手伝えないと銀は苦笑する。
「お前も誰かおぶってるみてぇだな。」
「ジロー以外にそんなことあるか?」
ジローを樺地におぶわせると、誰がおぶわれているのか気になる宍戸と岳人と日吉はわく
わくとした様子で、銀の背中を覗きに行く。
「財前・・・マジか。」
その人物が財前であることを知り、日吉は驚いたような声を上げる。
「日吉と同じ部屋の奴か。」
「こんなことする奴とは思えないんですけどね。まあ、こんな無防備な状態滅多に見れな
いんで、写真でも撮っておくか。」
銀の背中で気持ち良さそうに眠っている財前を日吉は何枚か写真におさめる。あとで同室
のグループラインにでも送ってやろうと考えながら、日吉はふっと笑った。
「あんまりからかわんといてやってな。」
「それはどうでしょう?というか、本当財前は石田さんには甘えるんですね。おんぶされ
て寝てるとか、そんなに子供っぽい財前初めて見ました。」
「普段は全然そんなことないんやけどな。今日はいろいろあって疲れとったみたいでな。」
「まあ、甘えられる先輩がいるってのはいいことじゃねーの?うちは後輩に甘えすぎなヤ
ツが約1名いるけどな。」
樺地におぶわれているジローを見て、宍戸は笑いながらそんなことを言う。いつも樺地の
背中で寝ているジローは、今日も気持ち良さそうにぐっすりと眠っている。
「人一人おぶって平気な顔して歩けるのさすがパワー自慢って感じだよな!大変じゃねぇ
の?」
「自分の背中で安心して眠ってもらえるいうんはなかなかええ気分やで。」
「それは少し分かります・・・」
何気なく呟いた銀の言葉に樺地は同意するような言葉を返す。それはちょっと分からない
感覚だなーと思いながらも岳人は感心する。
「へぇ、そうなんだ。力持ちならではの感覚なんだろうな。」
「はは、そうかもしれへんな。」
「あっ。」
そんな会話をしながら、合宿所に向かって歩いていると、日吉が何かに気づいたように声
を上げる。
「どうした?若。」
「跡部部長。」
日吉の視線の先には跡部がおり、こちらに向かって歩いてきていた。
「お前ら、まだこんなところでちんたらしてやがったのか。」
「ジローが寝ちまったんだ。しょうがねーだろ。」
「アーン?なかなか帰って来ねぇから様子を見にきてみりゃそういうことか。」
それなら仕方がないと、跡部は納得する。
「あ、そうだ!俺ら駄菓子屋に寄ってきたんだけどよ、これ、お前にお土産だ。結構気に
入ってただろ?」
合宿所に帰るメンバーに加わった跡部に駄菓子屋で買ったものが入った袋を宍戸は渡す。
その中には跡部が好きな駄菓子が入っていた。
「ああ、あのカラフルな小さな餅みたいな菓子か。ありがとよ。」
「あ、それ、俺の分の駄菓子も入ってるから全部食うなよ。後で一緒に食べようぜ。」
「ああ、いいぜ。」
合流した跡部に宍戸は嬉しそうに絡む。そんな二人のやりとりを見て、銀はなんだかほっ
こりとした気分になっていた。
(何や騒がしいな。ちゅーか俺、何しとったんやっけ?)
跡部が加わり、少し騒がしくなったこともあり、財前は目を覚ます。パチパチと瞬きをす
ると、いつもとは明らかに違う視点と目の前にある銀の頭。銀におんぶをしてもらい、そ
のまま眠ってしまったことに気づき、財前は慌てる。
「うっわ、師範、すんません!俺、寝て・・・」
「ははは、大丈夫やで。」
「随分と気持ち良さそうに眠ってたな。おはよう。」
「っ!?なっ、日吉!?」
「ウチの芥川さんみたいに、いい感じに寝てたぞ。」
樺地におぶわれているジローを見ながら、日吉はからかうような口調でそんなことを言う。
「し、師範、もうおんぶはええんで下ろしてください!」
「せやけど、もうすぐ合宿所やで。」
「合宿所まではええです!とにかく下ろしてください!」
日吉以外にも氷帝のメンバーがいることに気づき、財前は慌てた様子で銀にそう訴える。
銀の背中から下りると、財前は恥ずかしさから腕で顔を覆う。
(あー、もう、やってもうた!てか、何で日吉とか氷帝の人らが一緒におんねん。)
ピロリン
と、財前のスマホの通知音が鳴る。スマホを見ると、自分が銀の背中で眠っている写真が
何枚か貼ってあり、財前の顔はぶわっと赤くなる。
「日吉、何送ってきとんねん!ちゅーか、これ、205号室グループやんか!」
「あんまり見れない姿だったもんでな。海堂や切原にも共有してやろうと思って。ブログ
のネタにしてもいいぞ。」
「するわけないやろ!」
「石田さん、おぶってる間は財前がどんなふうに寝てたか見れてないでしょう?こんな感
じなんですよ。」
「なっ!?何見せとんねん!」
日吉に財前の寝顔の写真を見せられ、銀は思わず顔を緩ませる。
「ほう、こないにええ顔で寝とったんか。」
「っ!!」
「だとよ。よかったじゃないか、財前。」
「何しとんねん、アホ!!」
財前が銀を慕っているのは一目瞭然なので、日吉はそんなふうにして財前をからかう。楽
しそうに財前とじゃれあっている日吉を他の氷帝メンバーは少し意外そうな顔で眺める。
「若のやつ、長太郎とか樺地とかと一緒にいるときとだいぶテンション違うな。」
「ウス。」
「楽しそうで何よりじゃねーの。」
「でも、一方的にからかってる感あるぜ。まあ、アイツらしいっちゃアイツらしいけど。」
他校生とも仲良く出来ているのは悪いことではないと、日吉以外の氷帝メンバーはくすく
す笑う。合宿所まではあともう少し。あまり一緒になることが多くないメンバーは、わい
わいと騒ぎながら帰り道を辿った。
夕食や入浴を終え、レクリエーションルームで財前がくつろいでいると、今しがた入浴を
終えたと思われる銀に会う。
「あ、師範。」
「財前はん。」
「今日はホンマすいませんでした。師範の背中があまりにも気持ちよくてつい・・・」
「謝らんでもええし、気にせんでええで。」
「いや、けど・・・」
財前がおんぶで眠ってしまったことについて、銀は気にしていないどころか、むしろ、嬉
しいことだと思っていた。しかし、財前は違うようで、申し訳なさそうに謝ってくる。
「あ、ほんなら・・・」
「何です?」
「財前はんがどうしてもお詫びしたい言うんなら、財前はんがワシの背中で寝とる写真、
送って欲しいかもしれへんな。」
「ええっ!?」
「もちろん、どうしても嫌やなら送らんでもええ。」
「・・・そんなんがお詫びになるんスか?」
「もちろんや。」
「ハァ・・・」
気は進まないがといった溜め息をつき、財前はスマホをいじる。銀のポケットから数回通
知音が鳴り響く。
「送りました。」
ポケットからスマホを出し、財前からのメッセージを開くと、そこには日吉に見せてもら
った財前の写真が表示されていた。
「おおきに。」
「いえ・・・」
「ホンマは嫌やっただろうに堪忍な。せやけど、ワシの背中で気持ち良さそうに眠っとる
財前はんがホンマに可愛らしくて、どうしても欲しかったんや。」
可愛らしい財前の写真を手に入れられたことが嬉しくて、銀はいつもより上機嫌な様子で
財前の頭を撫でる。
(そないに嬉しそうな顔で可愛い言いながら、頭撫でてくるとかホンマ師範ずるいわ。)
「師範。」
「あ、すまんな。財前はんが可愛くてつい・・・」
頭を撫でていることを咎められていると思った銀は、パッと財前の頭から手を離す。
「別に師範になら頭撫でられるんも可愛がられるのもええです。師範は師範なんで。」
「ん?それはどういうことやろ?」
「他の先輩らとは違うってことっスわ。」
座っていたソファから立ち上がり、財前は銀をしばらくじっと見る。どうしてこんなにじ
っと見られているか分からず、銀はドギマギしてしまう。
「俺、そろそろ部屋に戻ります。おやすみなさい、師範。」
「うむ、おやすみ。また、明日な。」
何事もなかったかのように財前はそう言い残し、自分の部屋へと戻って行く。自分も部屋
に帰ろうと立ち上がると、再びスマホの通知音が鳴り響く。
「何やろ?」
スマホを見てみると、一通のメッセージが届いていた。メッセージの送り主は財前であっ
た。
『師範、今日はホンマにありがとうございました。師範に買ってもらった駄菓子、大事に
食べます。師範は特別なんで、子供扱いでも可愛がるんも何でもしてくれてええですから。
ホンマに大好きっス。』
財前らしからぬメッセージに銀の顔は緩み、ドキドキと胸が高鳴る。そこへ217号室の
他のメンバーが通りかかる。
「あっ、石田くんがスマホ見てニヤけてるー。なになにー?彼女からのメッセージ?」
「さあ、どうやろな?」
「色恋沙汰とはたるんどる!」
「はは、きっと何かいいことでもあったんだろ。」
「橘はんが一番近いかもしれへんな。」
「えー、なになにー?教えてよ。」
「それは秘密や。」
千石からの質問をさらりと流し、銀は他の三人と一緒に部屋に帰ることにする。部屋に帰
った後、銀は財前からのメッセージに返信する。
『こちらこそ今日はおおきに。ワシの背中で安心してねむとったこと嬉しかったで。ワシ
も財前はんのこと大好きやで。』
そんなメッセージを受け取った財前は、205号室で大きなリアクションを取ってしまい、
日吉や他のメンバーにまたからかわれるのであった。
END.