テスト

どうしよう。
難問が降りかかってきた。
跡部の機嫌が、すこぶる悪い。

「アーン!?テメーどこ見てラケット振ってやがる!!!」

大きな音を立てて地面を抉るボールが、1年生のテニス部員の足元へ突き刺さる。
怯えの色を隠すことなく身体を震わせる少年は、もうすでに涙目だ。

「やる気がねぇなら来るな!」

ぴしゃりと言い放つ跡部に、優しさの欠片も見られない。
いくらその1年が真剣にテニスに身を打ち込んでいなかったとしても、
決して言い過ぎでは無いのだ。
これくらいの跡部の厳しさについて来れなければ、
準レギュラーになれるどころか部員としてもやっていけない。
跡部のテニスに向けられる精神は、特に相手が素質がありそうな人物である程、
外見を裏切って半端でなく厳しかったりする。

「すすすすすみません!ごめんなさい!やる、やる気ならあああります!!!」

背筋を伸ばし、叫ぶようにして謝るのは先程怒鳴られた後輩にあたる1年だ。
どうやらテニスは本当に好きらしく、
退部させられることだけは避けたいという意思が痛々しいほど伝わってくる。
確かに悪ふざけが過ぎたと認めているのか、その姿は必死そのものにしか見えない。

「次、俺様の前でそんな真似したら解ってるだろうな!?」
「はっ、はいぃぃぃ!!!!」

もはや泣いているとも言える後輩に、跡部が舌打ちをする。
そんな跡部を見て、益々身体を小さくしたのは言うまでも無いだろう。

「おー・・・こわ」

もちろんそんな様を見ていないレギュラー陣では無い。
元々、好奇心が旺盛な集団と言っても過言ではないのだ。
珍しく本気で怒鳴る跡部へ視線が行ってしまうのは、当然と言えよう。

「跡部部長があんなに怒鳴るなんて・・・」
「何か久々に見たCー!」

怒鳴り声で起こされてしまったのか、ジローのテンションが上がっている。
ここ数ヶ月は聞かなかった怒号だけに、驚きも半端では無いらしい。

「ひゃ〜・・・。俺、ぜってー跡部だけは敵に回したくねー」
「俺も同感や」

跡部に怒られる自分を想像してしまったのか、岳人がぶるりと身体を震わせる。
きっと謝ることでさえ相当な勇気がいるだろう。
そう考えると先程の1年が謝れたことは称えるべきなのだろうか。

「宍戸もよくあんな跡部と喧嘩出来るよなー。・・・感心するぜ」

尊敬とも取れる眼差しを向けられ、宍戸が首を傾げる。
まさかそんなことで感心されるとは思ってなかったらしく、
やけに仕種が幼く可愛らしく見える。
それもそうだろう。
跡部との喧嘩はすでに日常と化しているのだから。

「僕も、跡部に怒鳴られるのはごめんだね」
「そうか?」

苦笑して言う滝に、益々宍戸が首を傾げる。
やはり慣れてしまった者は跡部についての捕え方が違うらしい。
相変わらず、宍戸の顔だけは表情が崩れていない。

「やっぱ毎日喧嘩してたらあれくらいは何ともなくなるのかー」
「だからって慣れるために跡部部長と喧嘩もしたくないですけどね・・・」
「あはは、それ言えてるCー!」

怒った跡部は、確かに怖い。
それくらい宍戸にも解っているが、
跡部の特徴さえ掴んでしまえば何とも無いと思えるのも事実だ。
しかし、そんなことを知らない皆はやはり怖いことには変わり無いのだろう。
怖い怖いと言う皆に、今度は宍戸が苦笑してしまう。

「てーか、マジで怖くねーの?」
「お?お、おう・・・」

確認するような岳人の質問に、戸惑うように宍戸が頷く。
まじまじと視線を寄越す岳人は、宍戸が思った以上に真剣らしい。
しかもまだ一言も話していない樺地や日吉にまで視線を向けられて、
余計に戸惑ってしまうのは否めない。

「げ、ホンマに?結構宍戸って大物なんちゃうん」

大物、なのだろうか。
確かに跡部と堂々と喧嘩出来ているのは今のところ宍戸だけだから、
大物と言えば大物なのかも知れない。

「つーか・・・跡部って考えてることが表に出るからすっげぇ解りやすくねぇ?」
「はあ!!!???」

想像以上の反応の良さと大声に、耳の奥がキーンと鳴っている。
絶対に意外だと言わんばかりの声が返ってくるとは思っていたが、
まさかこれ程とは思わなかった。
自分しか知らない跡部がいるということに、密かに優越感を持ってしまう。

「マジマジ!?・・・あの景ちゃんが???」
「まぁ、あれは怒ってるって解るっちゃー十分解るけどもやな」
「宍戸が、ってのは聞いたことあるけどよー・・・」
「だって実際そうだしねぇ?」
「てめェら・・・何気に失礼だな、オイ」

咄嗟に握るのは拳だ。
喧嘩を売るつもりではないが、どうやら癖になっているらしい。

「例えば・・・そうだな」

気を取り直して宍戸が跡部へと視線を向ける。
先程怒った反動で気持ちが分散しているのか、
明らかにこちらのやり取りに気付いていない。
途中で物事を投げ出すことが嫌いな跡部は、相変わらず後輩達の面倒を見ている。
時折、誰かを視線だけで殺してしまいそうだと思わせるが、
どうにか抑えることは出来ているようだ。

「例えば、何?」
「んー・・・さっきの舌打ち、とか?」
「舌打ち???」

ただ頭にきた、怒り任せの行動では無かったのだろうか。
宍戸を見れば、しかしそうでは無いのだと言う。

「怒ってるのもあるだろうけど・・・どっちかっつーとバツが悪いってのが正解」
「うっそだぁー」

驚きと興味の眼差しで、再び跡部へと視線を向ける。
自分の思った通りに動いてくれない後輩にイライラしてか、
何とベンチを蹴り上げている。
壊れていてもおかしくない程の音がコート内に響き渡った。
これではバツが悪いと言うよりは、むしろ。

「おおおお俺には解りません、宍戸さん!!!」
「・・・暴君と化した跡部部長にしか見えませんが」
「ウス」

どうやら全員一致の意見らしく、一斉に首を縦に振られた。
荒れた行動しか取ってくれない跡部は、確かに暴君にしか見えない。
あれでバツが悪いと取る方がどうかしている。

「や、でも、よく見りゃ解るんだって!」

信じて欲しい一心なのか、
一生懸命に説明しようとしている姿はとても可愛らしいと言っても良いだろう。
しかし、それが跡部のためであると考えてしまえば気持ちも変わってしまうのだが。

「・・・ま、それはそれで置いといてやな」
「あっ、忍足。てめェ信じてねぇだろ!」
「せやからそれは置いといてやな。・・・あれはどうなん?」
「あれ?」

宍戸が単純で良かった。
次の項目を示してしまえば怒りすら逸らせるのだから。
跡部についての説明を受けるのは正直言って怖いものがあるが、
こうして宍戸を自らで躍らせるように気を引かせるのは面白いと感じる。
おそらく、ここにいる誰もがそう思っていることだろう。
楽しそうにしているのが何よりの証拠だ。

「・・・何か考えてますよね?」
「おー、ちょたろーもそう見えるかー」

遠くを見渡すような仕種で、
長太郎の背中へ体重を乗せるようにしながらジローが跡部の様子を伺う。
長太郎が重いと言おうが、すぐに笑って誤魔化す姿は変わらなく明るい。

「・・・何してんだろ」
「さあ・・・?後輩のデータでも見てるのかな」
「ウス?」

真剣な眼差しで見つめているのは、確かに後輩についてのデータだ。
それぞれの短所や長所を全て跡部自身が見て書いた、
意外にまめだと気付かされるものでもある。
もちろん氷帝のテニス部員は跡部一人が面倒見れる程少人数では無いので、
素質がありそうな人物のみのデータになるのだが。

「お、さっき怒ってた後輩見てんで」

跡部が顔を上げるたびにちらちらと向けられる視線の先には、
確かに先程、怒りを向けた後輩がいた。
となると、この1年生はテニスの素質があるのか。
もしそうならば、跡部が怒ったことも納得がいく。

「もう部長としての姿勢に入ってるんですか。さすが跡部部長・・・切り替えが早いですね」
「ウス」

以前にも増して跡部に注目することになっているせいか、
日吉の素直な感想が述べられていく。
言葉には出していないが、長太郎も少なからず尊敬の眼差しを向けているらしい。
純粋な樺地も当然、隠しきれない程の尊敬を跡部に向けている。
しかし意外にも、その尊敬を容易く手折ったのは宍戸だった。

「あー・・・あれな。どう見ても指導のためとかじゃねぇだろ」
「はあ???」

もしかして宍戸は、後輩から跡部への尊敬の念を向けさせたくないのだろうか。
聞きようによっては、跡部の評価を落下させたがっているようにも取れる。

「指導じゃないとなると・・・何なんですか、宍戸さん???」
「知りたいか?長太郎」
「知りたく無いと言えば・・・嘘になりますけど・・・」

誰も知らない跡部についての説明が出来ることがそんなに嬉しいのか、
今の宍戸の表情は眩しいくらいに輝いている。
きらきらした眼差しにハキハキした声。
それはまるで、宍戸が跡部で遊んでいるような錯覚を感じさせる。
しかも聞いてくる相手が長太郎なだけに、ますます宍戸が張り切ってしまうのだ。

「あれはな、どうやったらさり気無くあいつに謝れるか考えてんだよ!」
「は、い・・・???」

目が点になる、とはきっとこのことを言うのだろう。
跡部が相手を謝らせるならまだしも、謝る姿など見たことは無い。
全く予想にもしなかった宍戸の台詞に、声を上げることも忘れてしまった。

「えっと・・・もう一回言ってくれます?」
「何だよ、日吉。聞いてなかったのか?」
「ええ・・・まあ・・・」

普段の日吉ならきっと、聞き逃すはずは無い。
信じられない事態の反応は、日吉とて他人と大差無いのだ。

「だーかーら。跡部の奴は絶対に面と向かって謝ったりしねぇからな。
ああやって機会狙ってんだよ」

見てみろよ、と言う宍戸の声に素直に従ってコートへと視線を向ける。
すると跡部がベンチから立ち上がり、
一直線に先程怒りを向けた1年生へと足を運んでいるではないか。
再び怒るのかとも思ったが、
跡部に怒鳴られて反省した1年生は何も仕出かしてはいない。
ならばやはり、宍戸の言った通りになるのだろうか。
思わず真剣に跡部の姿を目で追ってしまう。

「あ。・・・何か言ってますね」
「ウス」
「お。・・・1年、喜んどるなぁ」
「何て言ったか解る〜???」
「全っ然、解んねぇ。ここ遠すぎだっての!」

例え一瞬だったとしても、緊迫した時間が嘘のように和んでいく。
1年生の反応から、跡部が怒ったわけではないことは解った。
しかし解ったのはそれだけだ。
一体何と言ったのかが問題なのに、
口の動きが見えただけで全く聞き取れなかったのだ。

「クソー、気になる!あの1年に聞いてこようかなー」
「おいらも聞きたEー!」

最初を見てしまうと、最後まで気になる。
すぐさま行けばどんな経緯で1年生に詰め寄ることになったのか跡部に問いただされるが、
そんなことに構っていられない。
身を乗り出したところで、突然、滝が何やら台詞を言い放った。

「『お前は向いてないわけじゃねぇんだから、もっと真面目に取り組めばすぐに上達するぜ』?」

この口調は滝のものではない。

「えー、スゲースゲー!萩、聞こえたのー!?」
「んーん。唇読んだ」

ジローに答える滝はにこやかで、自信たっぷりといった感じだ。
だとすればやはり、先程の台詞は跡部のものだったのか。
とすると、どうやらこれが跡部の謝罪方法らしい。
跡部の意外な一面を見た気がした。

「・・・実は宍戸って跡部のことよく知ってるよなー・・・」
「伊達に喧嘩してたわけとちゃうんやな」
「じゃーおいらも亮ちゃんのことよく知るためにいっぱい喧嘩したいCー!!!」
「お、俺も喧嘩したいですっ!」
「何アホなこと言ってんだ」

そう言う宍戸の表情は何だか楽しそうだ。
跡部について困ったことがあれば、
悔しいが宍戸に聞けば良いのだということが、今日初めて解った。


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お題が「テスト」という事で、跡部の事を宍戸はどれくらい知っているか・・・
を書きたかったのですが、何だかただの宍戸のノロケのようにしか見えないですね(汗
しかも最初に考えてた内容と徐々に違っていき、最終的には何だか支離滅裂に・・・!
だからお題は苦手なんですよ〜(汗
でも楽しく書かせてもらいましたv
たまにはお題を利用するもの良いかな、と。
・・・今度、ホントにどこかからお題を借りてこようかな、と思っちゃいました(単純;
あむるさん、お題提供ありがとうございましたvvv

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お題提供をしたということで、頂いちゃいましたVv
宍戸さんのノロケ最高ですよ!!
もうラブラブですね。
こんな素敵小説をくださって、本当にありがとうございました!!

実和あむる

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