「なあ、跡部ー。何かしようぜ。」
日曜日の午後。宍戸は跡部の家へ遊びに来ている。だが、特にすることがないので暇を持
て余している。
「んー、なら、するか?」
「何でいつもそればっかなんだよ。たまには普通のことして遊ぼうぜ。」
「そう言われてもなあ。他にすることねぇし。」
「お前、いくつだよ!?まだ、中三なのにどうしてそればっかりしたがるんだ。他に何か
あんだろ!!」
文句を言う宍戸に跡部は側にあったゲーム機を投げつけた。宍戸はそれをキャッチしたが
見向きもせず、怒った表情で座っていた跡部の足に乗った。
「何だよ、宍戸。遊びたいんだろ?だったら、ゲームでもやりゃあいいじゃねえか。」
「俺は跡部と一緒に何かしたいんだよ!!」
「全くホント、ガキだよなお前。」
「ウルセーよ。お前が遊ぼうって誘ったんだろ!?」
「あー、重いからどけよ。」
「ヤダ。」
「どかないとこのまま犯っちまうぞ。」
そう言われて宍戸は困惑するが、どこうとはしない。呆れた跡部は目の前にある顔に口づ
けた。
「ん・・・」
「ほら、どかないとこのまま進むぞ。」
宍戸は何とか跡部の気を逸らそうと思いつくままに話をする。
「あ、跡部。お前さあ、ファーストキスっていつだよ?」
「ファーストキス?」
思いもしなかった宍戸の問いにしばらく跡部は黙り込んだ。そして、思い出したように口
を開く。
「初めては、たぶん4歳か5歳くらいだったかな。」
「マジで!?何でそんなに早ぇーんだよ。」
跡部のファーストキスをした年齢の低さに宍戸は驚かされる。相手が気になりそれも聞い
てみた。
「相手は?幼稚園で同じクラスだった可愛い女子とか?」
興味津々とばかりに宍戸は楽しそうに尋ねる。跡部は首を振って否定した。
「違ぇーよ。確か・・・公園で一緒に遊んだ奴だったと思う。」
「へぇ。どんな奴だよ?」
「そうだなあ・・・」
跡部はその時のことを語りだす。
あれは確か4歳の時だったな。母さんに連れられて、公園に行ったんだけどあんまりそう
いうところに行かねぇーから、全然つまらなかったんだよな。
「景吾ちゃん、お母さん向こうでお話してくるからお友達と遊んでなさいね。」
「はーい。」
遊べって言われても、どーすりゃいいんだ?とにかくベンチにでも座っていようと思って、
俺は母さんの話が終わるのをベンチで待っていた。しばらくすると、髪が肩くらいまで伸
びた同い年くらいの奴が俺に声をかける。
「なあ、ひまならいっしょにあそぼうぜ。」
そいつは顔が結構可愛くて、パッとみ女の子かと思ったんだけど、しゃべったら普通の男
の子だった。
「べつにいいけど。」
返事はしたものの正直何をすればいいか分からなくて、ベンチから動けなかった。そした
ら、そいつは俺の手を引いて、遊具がある場所に連れて行った。
「すべりだいにのろうぜ。」
「すべりだい?」
「おまえ、すべりだいしらないの?」
「ああ。」
「ふーん。ここにのぼってな、こうすべるんだよ。」
俺がすべり台とかシーソーとかを知らなくても、そいつはバカにしたりしないで、遊び方
とかを詳しく教えてくれた。その時は本当に楽しかったんだよな。
「おまえさあ、ブランコもしらないんだよな?」
「・・・うん。」
「じゃあ、ふたりのりしようぜ。おれがこぐからしっかりつかまってろ。」
そいつがブランコをこぐと、風がすごい勢いで顔に当たって気持ちよかったのを覚えてる。
すべり台に乗ったのも、シーソーで遊んだのも、ブランコに乗ったのもこれが全部初めて
だった。しばらく遊ぶと俺達は疲れて、さっき座っていたベンチに戻って休んだ。
「はあー、たのしかった。」
「なんか、おなかすいちゃったな。」
俺はポケットに入っていたアメを口に入れて舐め始める。隣にいた髪の長い少年は俺の方
をずっともの欲しそうな目で見てた。
「そのアメ、なにあじ?」
「いちごみるくだけど。」
「ふーん。」
俺はそいつがアメが食べたいって分かったんだけど、一つしか持っていなかったし、もう
自分は食べちゃったし・・・。しばらく、考えた結果、俺はあることをしようと決めた。
「なあ、こっちむけよ。」
「なに?」
そいつを自分の方を向いた瞬間、俺は自分の口の中に入っていたアメをそいつの口の中に
移した。
「んうっ・・・」
「ゴメンな。アメひとつしかなくて。これでがまんしてくれねえか。」
「えっ、あっ、うん。ありがと・・・。」
日がだいぶ沈みかけていて、俺は話し終わった母さんに名前を呼ばれた。
「景吾ちゃーん、帰るわよー。」
「はーい。じゃあな。きょうはあそんでくれてありがとな。」
「おれも・・・。アメ、ありがと。」
それから、俺はそいつに会うことはなかった。
「それが、俺のファーストキスだったかな?」
一通り語り終えると、跡部はつぶやいた。宍戸は何故かとても驚いたような顔をしている。
「どうしたんだよ、宍戸?」
「それって、お前が4歳の時の話だよな?」
「そうだけど。」
「その公園って、この近くのあの公園?」
「ああ。」
「・・・・・。」
宍戸は突然、黙って真剣な顔で何かを考えている。
「宍戸?」
「あのさ、跡部・・・。」
「何だよ。」
「その髪の長い男の子って、たぶん・・・俺。」
「はあ!?」
跡部は思わず、声をあげる。そのことについて宍戸はあんまりハッキリと覚えてはいない
が、確かに記憶にはある。金髪で青い目をした綺麗な男の子と遊んだ。そんな印象的なこ
とを忘れずはずがない。
「そっかー。じゃあ、俺のファーストキスってどっちにせよ宍戸なんだな。」
「あれ、跡部だったんだ。変わった奴だなとは思ったけど、まさか跡部とはなあ。」
「宍戸、ちょっと待ってな。いいもの持ってきてやるよ。」
跡部は何かを取りに部屋を出た。しばらくして、可愛い小さな缶を持って戻って来る。そ
の缶の中にはあの時と同じ“いちごみるく”のアメが入っているのだ。
「これ、あの時と同じアメだぜ。」
「何であるんだよ?」
「このアメ、母さんのお気に入りなんだ。だから、常にうちにあるの。」
「そうなんだ。」
包みから出し、跡部はアメを舐め始める。味覚が少々変わっているのか、今の跡部には少
し甘すぎた。
「すっげぇ、甘い。」
「俺も食いたい。」
「分かった、じゃあ・・・」
跡部は自分の舐めていたアメを宍戸に渡した。もちろん、口移しでだ。
「なんか・・・すっげー、懐かしい味。」
跡部が舐めた後のいちごみるくのアメの味、それは、あの時食べたアメの味そのものだっ
た。宍戸にとっては甘いものはおいしいものなので、本当にうれしそうな表情をして食べ
る。それを見ていた跡部はもう一度食べたいと思った。
「俺も食べたいな。」
「じゃあ、食べればいいじゃねぇか。まだ、いっぱいあるんだろ?」
「いや、こっちがいい。」
「ぅ・・・ん・・・」
腕をつかんで、跡部はアメが口の中にある宍戸の唇に自分の唇を重ね、そのまま舌を滑り
込ませた。その瞬間、さっきと同じようで微妙に違う甘さが広がる。宍戸は驚いたが、跡
部を離させようとはせず、素直に舌を絡ませた。
「ん・・・んぅ・・・」
(何か、すっげぇ無茶苦茶なことしてるよな俺達。アメが口に入ったまんまキスするか?
普通。でも、これはこれでいいな。)
宍戸がこんなことを考えている間にも、口の中のアメは二人の口でみるみる溶けていった。
いちごの香りとミルクのふわっとした甘さがどちらの口にも広がって、夢中でお互いを味
わう手助けをする。
「・・・ふ・・・ハァ・・・」
「ちょっと甘すぎだけど、すげぇうまかったぜ。」
「二人で舐めんとアメってなくなるのこんなに早いんだ。知らなかった。」
「そうだな。俺も初めて知った。」
そんなことは普通しないので、知らないのは当然だと思うが・・・。しばらく、口の中に
残った甘味に浸っていると、宍戸は跡部を見て、恥ずかしそうだがうれしそうに言う。
「俺らのファーストキスって、こんなに甘かったんだな。」
「ああ、確かに甘ぇな。何だよ宍戸、そんなにうれしいのか?」
「いや、だって、俺、跡部のファーストキスって絶対俺以外だと思ってたからさ。やっぱ
うれしい・・・。」
「なあ、宍戸。今からあの公園行かねぇ?」
突然、思いついたように呟き、跡部は立ち上がって、宍戸のことも立ち上がらせた。そし
て、手を握りあの公園へ向かうため部屋を出る。その公園は跡部の家からは歩いて三分く
らい。
「うわあ、全然変わってねえな。」
「俺はあんまり覚えてねーな。」
だいぶ涼しくなってきたので、公園にある木々は赤や黄色に色づき始めている。
「どこ行く?宍戸。」
「今の俺達が行ってもおかしくないっつったら、ブランコとかかな。」
「じゃあ、ブランコのとこに行くか。」
二人はブランコに向かい、着くと今ではとても低いと感じる板の部分に腰かけた。
「懐かしいー。このブランコこんなに低かったっけ?」
「まあ、俺達もだいぶでかくなったもんな。」
二人が話し込んでいると、4,5歳の二人の少年がこっちに寄ってきた。ブランコに乗り
に来たようで、大きな瞳を輝かせて二人に話しかける。
「ねぇ、おにいちゃんたちなんでブランコのってるの?」
「おにいちゃんたちもブランコすきなの?」
幼い口調でニコニコしながら話すその姿は、跡部から見ても、宍戸から見てもとても可愛
いものだった。
「お兄ちゃん達もな、お前達くらいの時よくブランコ乗ったんだ。まあ、こいつは一回き
りだったけどな。」
「お前らブランコ乗るのか?」
『うん!!ふたりのりするんだあ。』
本当に楽しそうに答えるので、二人はブランコから降りてその子達を乗せてあげた。二人
乗りをし始めると、明るく純粋な笑い声があたりに響きわたる。
「俺達もこうだったんだよな。」
「ああ。いいなこういうのも。」
思い出に浸り、その二人の少年を見ていると跡部と宍戸は何だかとても優しい気持ちにな
った。飽きてしまったのか少年たちはブランコから降りる。
「次、おにごっこしよう!」
「うん!!」
走り出そうとする二人に跡部は声をかけて、止める。
「なーに、おにいちゃん?」
「お前ら、手ぇ出しな。」
『?』
跡部はいくつか持ってきていた、あのアメ玉をその二人の少年にあげた。その子達はニッ
コリと笑って、跡部にお礼を言う。
『ありがとう、おにいちゃん!!』
そして、二人は駆け出し、あのベンチがある方へ向かっていった。
「いいとこあるじゃん跡部。」
「いや、あいつら見てたら、あの時のこと思い出しちゃってさ。」
「あはは、俺も。・・・ハ、ハクシュンッ。」
冷たい風が吹いたとたん、宍戸は大きなくしゃみをした。
「おい、大丈夫か。寒いんだったらこっち来いよ。」
跡部は宍戸の腕を引き、自分の方へ倒れさせ、肩をぎゅっと抱いた。体の触れ合っている
ところからぬくもりが伝わり、ほのかな暖かさが宍戸を覆う。
「こうすりゃ、少しは暖かいだろ?」
「ま、まあな。でも、ここ普通の公園だぞ。俺、恥ずかしい・・・。」
頬を赤く染め、ほんの少しだけ上にある跡部の顔を上目づかいで見上げる。その可愛さに
跡部は思わず口づけをする。
「ちょっ・・・跡部!?ここでキスすんな!!」
「別にいいじゃねぇか。だって、ファーストキスの場所だぜ?」
「そ、そうだけど・・・・。」
二人の世界に入っていて気づいていないが、さっきの少年達がまた戻ってきていた。片方
がイチャついている二人に声をかける。
「あのさ、おにいちゃんたち。」
『・・・・っ!!』
いきなり声をかけられ、二人はめちゃめちゃビビる。特に宍戸の驚きは尋常なものではな
かった。
(見られた!?こんな純粋そうな小さい子達に。うわあっ、どうしよ〜・・・。)
「あのね、さっきのアメのおれいにママがこれもっていきなさいって。」
紅葉のような小さな手には、ハートや星の形の可愛らしいクッキーが真っ白な紙に包まれ、
置いてあった。どうやら手作りらしい。それを跡部も宍戸もうれしそうに受け取り、口に
運ぶ。
「うまい。このクッキー、すげぇうまいよ。」
「ああ、それほど甘くないけどバターの香りがよくていい味出してる。」
「ホント?そのクッキーね、ぼくたちもつくるおてつだいしたんだよ。」
「そうなの。おいしい?」
「ああ。とってもおいしいよ。」
「サンキューな。お前ら。」
二人がその少年達の頭をなでながらお礼を言うと、とてもうれしそうに笑い、また向こう
の方へ戻って行こうと向きをかえる。走り出す直前、少年達は振り返って跡部達に言った。
「ぼくたち、おおきくなったらおにいちゃんたちみたいになりたい!!」
「とってもなかよしさんで、すっごくうれしそうなかおしてるんだもん。」
「これからもずっとなかよくしてね。ぼくたちもそうするから。」
「じゃあね、おにいちゃん!」
パタパタと走って行く姿を見送ると二人は顔を見合わせて笑った。
「俺達みたいになりたいだとよ。」
「俺達、あいつらに変な影響与えちまったかな?」
「心配すんな。それよりもうそろそろ帰るか。」
「そうだな。」
西の空が輝き始め、一番星も見えそうな時間帯になっていたので、二人は家に帰ることに
した。
「じゃあな、跡部。」
「お前、また寂しそうな顔してるぜ。」
「してねーよ。アホ!!」
「そうだ。お前、これ持ってけ。」
跡部は五つくらいのいちごみるくのアメを宍戸に渡した。こんなにも持ってきているとは
思っていなかったので宍戸は驚いた。
「何でそんなに持ってきてるんだよ!?」
「んー、なんとなく。」
「まあ、いいや。一応、もらっとくぜ。」
「じゃあな。あっ、夜メールするから。」
「ああ。じゃあな。」
お互いに手を振り合って、それぞれの家へ帰って行く。
その日の夜、宍戸はお風呂から上がると携帯を見てメールの受信記録がないかを確認した。
「何だよ、跡部の奴・・・。」
携帯に受信記録はない。宍戸は跡部からもらったアメを舐める。
「はあー、早くメール来ないかな。」
ベッドに寝転がり、携帯を抱える。何度か寝返りをうっているとお気に入りの着メロがな
った。跡部からのメールを知らせるメロディーだ。宍戸は飛び起き、メールを読む。
『俺がいなくて寂しがってんだろ?アーン?』
「何だ、これ?」
跡部の家でもメールの返事を待っている者が一人。宍戸からの返事はすぐに返ってきた。
『んなわけねーだろ、アホ!!』
「強がっちゃって。正直に寂しいって言やあいいのに。」
この後、二人は何通かメールを交わした。
『寂しいなら、寂しいって素直にいえよ。バーカ!!』
『違うっつってんだろ!?』
『ふーん。そう。じゃあ、明日はお前のこと無視するから。』
『な、何でだよ!?無視すんな。すいません、俺が悪かったですー。確かにお前からのメ
ールめちゃめちゃ楽しみだったし、お前がいなくて寂しいよ。』
『だろーな。あー、俺もう眠ぃー。もう、寝る!』
『もう、寝るのかよ。寂しいー跡部ー。』
『しょうがねぇなあ。じゃあ、明日、モーニングコールしてやるからお前も早く寝ろ。』
『分かった。おやすみ跡部。』
『ああ、おやすみ宍戸。』
二人はメールをし終えるとそのまま眠ってしまった。宍戸は手に携帯を手に持ったままう
つぶせに眠っている。
次の日、宍戸は一番好きな声で目覚めることができた。今日も実にいい天気だ。
END.