十五夜

「本日は十五夜です。十五夜とは旧暦8月15日にお月見を・・・」
9月も中旬に差し掛かる頃、夕食を終えた種ヶ島と毛利はテレビを見ていた。今日は十五
夜で、テレビでも十五夜に関する話題が話されている。
「へぇ、十五夜ってそういう意味やったんですね。8月15日って月光さんの誕生日やな
いですか。」
「旧暦やけどな。でも、まあ、お月見って時点でちょっとツッキー感あるよな。」
「そうですよね!せやから、今日は月光さんとお月見するの楽しみなんですわ。」
今日は空には雲一つなく、絶好のお月見日和であった。部屋からではあるが、越知とお月
見の約束をしている毛利はニコニコしながらそんなことを言う。
「・・・・『月が綺麗ですね』という言葉は、一説には夏目漱石が『I Love You』
を訳した言葉とも言われており・・・・」
テレビから聞こえる話に毛利は釘付けになる。
「えー、これって、『月が綺麗ですね』は『あなたを愛してます』って意味になるってこ
とですよね?」
「せやな。まあ、一説によるとやけど。ほな、今日のお月見でツッキーに言ってみたらえ
えんちゃう?」
悪戯っぽい口調で種ヶ島はそんな提案をする。その言葉に毛利は少し赤くなるが、しても
いいかなといったニュアンスの反応を返す。
「ちょっと文学的でええですね。」
「竜次は間違いなくこういうこと知ってそうやけど、ツッキーはどうなんやろな?」
「月光さんも知ってそうですけど。でも、ちょっと言ってみたい気します。」
「俺も竜次に言ってみよかな。」
「大曲さんは、知ってる上ではいはいみたいに返しそうですけどね。」
「せやねんなー。絶対スルーされるわ。」
今夜のお月見で、一緒に月を見る相手に愛の告白の意味を込めて『月が綺麗ですね』と言
ってみたいと、二人は盛り上がる。そんな二人の様子を少し離れた壁の陰から越知と大曲
がこっそり眺めていた。どちらもパートナーを呼びに来たのだが、テレビを見ながら楽し
そうに話をしている二人に声をかけるタイミングを失ってしまったのだ。
「だとよ。アレ、言われたらどう返すよ?」
「お前はどうするんだ?」
「さあな。だが、あーいうこと言われるのは心外だからよ、スルーはしないでおくか。」
「そうか。俺も少し考えておくとしよう。」
きっとテレビが終われば部屋に戻ってくるだろうと考え、越知と大曲は毛利と種ヶ島に声
はかけずに、それぞれの部屋へと一足先に戻った。

越知が部屋戻ってからしばらくして、毛利が戻ってくる。
「月光さーん、ただいま戻りました。」
「おかえり。遅かったな。」
「修二さんとテレビ見とったら、ちょっと盛り上がってしもて。」
「そうか。」
「お月さん、見えますかね?」
「ああ、今日はよく見える、」
カーテンの開いた窓から越知は月を眺める。窓の外では丸く明るい月が穏やかな光を放ち、
輝いていた。
「ホンマですね。」
「今日は月見日和だな。」
「はい。そういえば、さっき見てたテレビで言っとったんですけど、十五夜っちゅーんは
旧暦の8月15日のことらしいでっせ。」
「ほぅ。」
「8月15日言うたら、月光さんの誕生日やないですか。旧暦だからアレですけど、月光
さんの誕生日に月光さんと一緒にお月見するって、なんかええなあと思って。」
嬉しそうな笑顔を浮かべ、毛利はそんなことを言う。その言葉が嬉しくて、越知も小さく
微笑んだ。しばらく、二人で十五夜の月を眺めていると、毛利は先程種ヶ島と話していた
ことを思い出す。
「あっ・・・」
「どうした?」
「えっと、月光さん・・・月が、綺麗ですね。」
お月見をしているのなら、普通に言うであろう言葉を毛利は照れたような様子で口にする。
この言葉を言われることを予め知っていた越知であるが、いざ毛利の口からその言葉を聞
くと、少なからずドキドキしてしまう。
(月光さん、どんな反応するんやろ・・・)
普通にそうだなと返されるのか、はたまた自分の言いたかった意味を理解し、別の反応を
してくれるのか、ドキドキしながら毛利は越知の反応を待った。夜空に輝く月に注がれて
いた視線がふと自分の方へと向けられる。少しの間があった後、ゆっくりと越知の口から
言葉が紡がれる。
「月は・・・ずっと前から、そして、これからもずっと綺麗だ。」
予想していなかった言葉を返され、毛利は越知の言葉にきょとんとしてしまう。これは伝
わっていないなと気づいた越知は、毛利の髪を軽く撫でるとちょっとしたヒントを出す。
「お前の言った言葉は、異なる意味を含んでいるのだろう?」
「えっ・・・?」
「俺も同じだ。月が綺麗だという言葉に込めた意味は。」
毛利が『月が綺麗ですね』に込めたかった想いは『あなたを愛しています』という意味だ。
それと同じだと越知は言っている。そのことを踏まえ、もう一度越知の言葉を思い出して
みる。そこから導き出された答えは、
『ずっと前から、そして、これからもずっと、あなたを愛しています』
「っ!!」
そのことに気づいた毛利の顔は一気に赤く染まる。自分が放った言葉よりも遥かに深い愛
の言葉。まさかそんな言葉を返してもらえるとは思っていなかったので、毛利は嬉しさと
恥ずかしさで、ただただ越知の顔を見ることしか出来なくなる。
「伝わったか?」
「えっと、あの・・・はい。」
「そうか。」
満足気な表情で越知は言う。毛利はと言えば、思ってもみない越知の言葉にドギマギして
いる。そんな毛利が可愛くて愛しくて、越知はどうしようもなく毛利に触れたくなった。
両手で毛利の頬に触れ、優しい口調で問う。
「毛利。」
「何ですか?」
「もっとお前に触れてもいいか?」
「・・・はい。」
試合中に見せる鋭い眼差しとは全く違う優しい眼差しで、越知は毛利を見つめる。じっと
見つめられるのが恥ずかしくて、毛利はぎゅっと目を閉じた。まるで、口づけを待つよう
なその表情に、越知の胸はひどく高鳴る。頬に両手を添えたまま、引き合うかのように越
知は毛利の唇に自身の唇を重ねた。
(ああ、なんて柔らかい。止まらなくなってしまいそうだ。)
一度目はその唇の感触を確かめるかのように、二度目以降はより深く甘く口づける。何度
も繰り返される接吻と柔らかな月の光に毛利の頭はすっかりとろけていた。越知の唇が離
れると、毛利はまだ物足りないといった表情で越知を見る。
「毛利・・・」
「月光さん、まだやめんといてください・・・・」
「これ以上は、キスだけでは済まなくなりそうで・・・」
「ええです。明日は休みですし、少しくらい平気ですよ。」
「だが・・・」
「してください、月光さん。」
すっかり上気した顔で、毛利は越知を誘う。そんなふうに誘われてしまっては、越知も断
ることが出来ない。
「まったくお前には敵わないな。」
「全部、月が綺麗すぎるせいですわ。」
「ふっ、そうかもしれないな。せっかくの十五夜なのにもう月は見なくてよいのか?」
「今からは、月光さんのことぎょうさん見るんでええです。」
空に浮かぶ月よりも今は越知の方を見ていたいと毛利は笑顔で答える。もちろん、越知も
今は月よりも毛利のことを見ていたかった。窓から差し込む綺麗な月の光を浴びながら、
二人はもう一度キスをした。

越知と毛利がお月見を楽しんでいる頃、種ヶ島も自分の部屋へ戻り、大曲とお月見をしよ
うと考えていた。毛利が帰ったのと同じようなタイミングで部屋へ入ると、大曲が窓際の
椅子に腰かけ、何かを食べていた。
「竜次、何か食べてるー。何食べてるん?お団子?」
「いや、たい焼きだけどよ。」
「お月見なのにたい焼きとか竜次らしいな☆ええなあ。俺も何か食べたいかも。」
「何だよ?腹減ってんのか?」
「そこまででもないけど、竜次食べてんのみたら食べたくなってもうた。」
「しゃあねーなあ。半分やるよ。」
「ホンマ!?おおきに☆」
頭を一口かじった程度だったので、大曲はお腹のあたりから半分に割り、しっぽ側を種ヶ
島に渡す。半分にされたたい焼きを受け取ると、種ヶ島は大曲と向かい合うように椅子に
座り食べ始める。
「うまいなー。このたい焼き。」
「だろ?結構気に入ってるし。」
「お月様もよう見えとるやん。」
「そうだな。まあ、月見団子の代わりに買ったようなもんだし。月見するにはちょうどい
いんじゃねぇ?」
そう言いながら、大曲は袋の中からもう一個たい焼きを出す。
「新しいたい焼きあるやん!」
「あるけど、それがどうした?」
「半分やなくて、それくれればよかったやん!竜次も食べ始めたばっかりやったし。」
「もっと食べてぇのか?しゃあねーなあ。ほら。」
新しく出したたい焼きも半分に割り、その片方を種ヶ島に渡す。新しいものをそのままで
はなく、二人で分ける形で渡してくる大曲に、種ヶ島は何故かきゅんとしてしまう。
「・・・たい焼き食べるときな。」
「ああ。」
「どこから食べる?的な質問あるやろ?」
「あるな。んで、お前はお腹からとかふざけたこと言ってたし。」
「それ、竜次のせいやねん。」
「はあ?何でだし。」
どちらもぱくぱくとたい焼きを食べ進めながら話をする。一旦食べるのを止め、種ヶ島は
食べかけのたい焼きを大曲に見せる。
「竜次、たい焼き食べてるとき俺が一緒におると、今みたいに半分に分けてくれるやろ?
半分に分けられたたい焼きって、お腹から食べるしかないねん。頭側渡されても、しっぽ
側渡されても、お腹側から食べないとあんこが飛び出てまうからな。」
種ヶ島の食べかけのたい焼きを見て、その話を聞いて大曲は納得する。確かに半分にした
たい焼きはお腹から食べるしかない。そういう意味だったのかと腑に落ちた。
「なるほどな。そりゃそうなるわ。」
「せやろー?それなのに、竜次すごい微妙な反応するからー。」
「まるまる一個のたい焼きをお腹から食うかと思ってたんだよ。そしたら、どう考えても
微妙だろ。」
「まあ、たい焼き食べるときはだいたい竜次と一緒やからな☆好きな食べ物なのに、竜次
はいっつも分けてくれて、ホンマ優しいなーと思うわ。」
「好きなもんは二人で食った方がうまいだろ。」
しれっとそんなことを言う大曲に種ヶ島はときめいてしまう。こういうところが本当に好
きだと思っていると、先程毛利と話していたことを思い出す。
「竜次。」
「何だし?」
「今日は、ホンマに月が綺麗やな。」
月を見た後、大曲に視線を移し、笑顔でその言葉を口にする。もちろん、例の言葉の意味
を込めてだ。ここで来たかと、大曲も返しの言葉を考える。
「今日だけじゃなくてよ、満ちてる途中の月も、欠けてる途中の月も、新月になって見え
なくなった月も、俺は全部綺麗だと思ってるし。けど、まあやっぱ一番綺麗なのは、今み
てぇに明るく光ってるような月かもな。」
空に輝く月ではなく、種ヶ島の目をしっかりと見つめながら大曲は言う。軽くスルーされ
ると思っていた種ヶ島は、そんな大曲の言葉にドキドキして顔が熱くなるのを感じる。
「それは、空にあるお月様のこと言うとるん?」
「さあな。」
「俺は月じゃなくて、竜次のこと・・・」
「知ってるし。」
「えっ?」
「夏目漱石のだろ?俺が知らねぇわけねぇだろ。」
「せやな。さっすが竜次☆えっ、てことは・・・」
やはり先程の言葉はそういう意味で言っていたのかと気づいた種ヶ島は、今しがた言われ
た言葉を反芻する。どんな状態でも好きだと思っているが、一番好きなのは今のように明
るく光っているすなわち明るく笑っている自分だとそんなふうに解釈出来る。
(うわぁ、どないしよ!メッチャ嬉しい!!)
「おい。」
嬉しさのあまり思わず顔が緩むのを抑えられないでいる状態で話しかけられ、種ヶ島はド
ギマギする。そんなことはお構いなしに、大曲は言葉を続ける。
「お月見ってのは、月を見ながらうまいもんを食うのが習わしだろ?」
「せやな。せやから、たい焼き食べてたんやろ?」
「半分はお前に食われちまったから、ちょっと足りねぇんだよ。」
「食いしん坊やなあ、竜次は。」
「だからよ・・・」
何かを企んでいるような笑みを浮かべ、大曲は座っている種ヶ島の顎をぐいっと上げる。
「今度はお前を食わせろし。」
「へっ!?」
「言いたいことは分かるよな?」
先程の文学的な比喩に比べ、かなり直接的な言葉に種ヶ島の顔はボンっと赤くなる。
「えっ、えっと・・・そういうことしたいっちゅー意味やんな?」
「ああ。」
「お月見は?」
「別に月見ながらすればいいし。それもまた風流なんじゃねーの?」
「竜次とそういうことしてたら、月見る余裕なんてなくなってまうで。」
「それならそれでいいんじゃね?お前がどうしても嫌っつーんなら仕方ねぇけどよ。」
(そんなん言うのずるいわ。嫌やなんて言えなくなるやん。)
先程のやりとりで、月よりも大曲のことで頭がいっぱいになっている種ヶ島は、ドキドキ
しながらそんなことを思う。じっと大曲の顔を見上げたまま、誘いに乗るような言葉を口
にする。
「ええよ。竜次とするの嫌なわけないやん。」
「好きなもん食った後に、また好きなもん食えるってのはいいな。」
「その言い方やと、俺たい焼きと同列やん。」
「はあ?たい焼きよりよっぽどお前の方が好きだし。」
さらっとそんなことを言う大曲に、種ヶ島はどうしようもなくときめいてしまう。今日は
もうとことん甘やかして欲しいとぎゅうっと大曲に抱きついた。
「俺だって、竜次のことメッチャ好きなんやからな!」
「知ってるし。」
もう比喩など使わず、直接的な言葉で想いを伝え合う。十五夜の月の光が差し込む窓辺で、
大曲と種ヶ島は甘い口づけを交わしつつ、お互いの体に腕を回した。

年に一度の十五夜の夜。お月見をしていた面々は秋の夜長を心ゆくまで楽しんだ。

                                END.

戻る