保健委員会の仕事を終え、夕食を食べに行こうと歩きながら、左近と伏木蔵は話をしてい
た。
「今使ってる筆が傷んできちゃて、新しい筆が欲しいんですよ。」
「へぇ、そっか。明日、午後は空いてるか?二年生は明日は午後の授業はないから、空い
てたら、一緒に買いに行ってやってもいいぞ。」
「本当ですか!?明日の午後は空いてます!!」
左近が一緒に筆を買いに行ってくれるということで、伏木蔵は嬉しそうにその誘いに頷く。
久しぶりに左近と外出が出来ると、伏木蔵の胸はうきうきした気分でいっぱいだ。そんな
二人の話をたまたま近くを通りかかった三郎次が聞いていた。
「よう、左近。何だ何だ、明日買い物にでも行くのか?」
「ああ、三郎次。そうだけど。」
「そういえば、ぼくも墨が切れちゃってたんだよなあ。」
「それじゃあ、池田先輩も一緒に行きますか?」
三郎次の言葉を聞いて、伏木蔵はそんなことを言う。せっかく伏木蔵と買い物デートが出
来ると思っていた左近は、ほんの少し焦ったような表情になる。そんな左近の表情に気づ
き、三郎次は意地悪く笑いながら伏木蔵の誘いを受ける。
「ああ、せっかくだし、一緒に行こうかな。」
邪魔をするなと心の中で思いつつも、伏木蔵が誘ってしまった手前、文句を言うことが出
来ない。そんな左近の視界にとある人物が入ってくる。その姿を見つけると、左近は迷わ
ず声をかけた。
「おーい、四郎兵衛!!」
左近に名前を呼ばれ、四郎兵衛はてくてくと三人のいる場所に向かって歩く。
「なぁに?左近。」
「明日の午後、ぼく達三人で買い物に行く予定なんだけど、お前も一緒に来ないか?」
買い物に行くという三人の中に、三郎次の姿を見つけ、四郎兵衛は少しだけドキっとする。
「いいの?」
「もちろん!な、伏木蔵、三郎次。」
「はい、構わないです!」
「ああ、断る理由なんてないからな。」
「じゃあ、行こうかな・・・」
三人のそんな言葉を聞いて、四郎兵衛は頷く。四郎兵衛も行くことになれば、ダブルデー
トのような感じになり、伏木蔵との買い物を三郎次に邪魔されないだろうと思いつつ、左
近はニッと笑った。
次の日の午後、お昼ご飯の後に門の前で待ち合わせをし、四人は町に向かって歩き出す。
今日はとてもいい天気で、絶好の外出日和であった。
「今日はいい天気でよかったですね。」
「そうだな。天気が悪いときには、あんまり出かける気にならないもんな。」
「使いやすい筆あるといいなあ。」
そんな会話を交わしながら、左近と伏木蔵は前を歩く三郎次と四郎兵衛の後について、歩
みを進める。しばらくのどかな雰囲気の道を歩いていた四人であったが、森の近くの道に
入って少ししたところで、伏木蔵が石につまずき、派手に転んだ。
「わあっ!!」
転んだ音と伏木蔵の声に、前を歩いていた三郎次と四郎兵衛は歩みを止め、後ろは振り返
る。
「おいおい、大丈夫か?」
「すごい音がしたけど・・・」
「え、えへへ、大丈夫です。転ぶのなんて、慣れっこなんで。」
保健委員もとい不運委員なので、伏木蔵はしょっちゅう転んでいた。そのため、照れ笑い
を浮かべて、起き上がろうとする。しっかりと起き上がり、パタパタと着物についた土を
払っていると、すっと目の前に手が差し出される。ハテナ顔で顔を上げると、左近が恥ず
かしそうに左手を出していた。
「ま、また、転ぶといけないからな!!手、繋いでてやるよ。」
その言葉を聞いて、伏木蔵はパァっと花が咲いたように笑顔になる。転んだ痛みなど忘れ
て、嬉しそうに伏木蔵は差し出された手を取った。そんな二人を見て、三郎次はぼそっと
呟いた。
「それ、逆効果だろ。」
「えっ?どういうこと?」
再び歩き出しながら、四郎兵衛がそう尋ねると、後ろから先程よりも大きな音と二人分の
叫び声が聞こえる。
『うわあっ!!』
振り返ると、今度は見事に二人揃って転んでいた。
「だ、大丈夫?」
「不運同士で手なんて繋いだら、余計不運になるだろ。」
そう言いながら、三郎次はケラケラ笑った。不運と言われ、左近はムッとした表情でいい
返す。
「う、うるさい!!」
「二人ともケガしてない?」
「大丈夫です。ね、左近先輩。」
「まあな。」
心配そうに声をかける四郎兵衛に、伏木蔵と左近はそう返す。それならよかったとホッと
胸を撫で下ろし、四郎兵衛は再び歩き始める。転んだ状態から体を起こした後も、左近と
伏木蔵は手を繋いだまま歩いている。
(二人で転んだのに、まだ手繋いだままだ。ちょっとうらやましいなあ・・・)
隣を歩く三郎次と後ろを歩く左近と伏木蔵をちらちら見ながら四郎兵衛はそんなことを考
えていた。そんな四郎兵衛を見て、三郎次はいいことを思いついたというような表情で声
をかける。
「四郎兵衛。」
「えっ!?な、何?」
「四郎兵衛が転ばないように、ぼくが手を繋いでやろう。」
「ぼ、ぼくは転ばないから大丈夫だよ!!」
突然そんなことを言い出す三郎次に、四郎兵衛はドギマギとした様子で答える。しかし、
三郎次はそんな言葉には聞く耳を持たず、パッと四郎兵衛の手を取った。
「遠慮すんなって。」
「あっ・・・うん。」
恥ずかしいのか顔を真っ赤にして、四郎兵衛はうつむく。可愛い反応をしてくれるなあと、
三郎次は楽しそうに笑っていた。
「池田先輩と時友先輩も仲良しですね。」
「三郎次は悪戯心であーいうことするし、四郎兵衛はあーいうことしたいと思ってても絶
対自分からはしないし、口にも出さないからなあ。まあ、ちょうどいいっちゃちょうどい
いんだろうけど。」
前を歩く二人が何だかんだでイチャついているのを見て、左近も伏木蔵もクスクス笑う。
町までは後もう少し。どちらも手を繋いだまま、穏やかな道のりを歩き続けた。
町に到着すると、筆と墨を買うために、四人は雑貨屋さんに入った。伏木蔵と左近はとり
あえず筆を見ようと、たくさんの筆が並んでいる一角に向かう。
「うわあ、いろんな種類がありますね。太さも素材もたくさんあって迷っちゃいます。」
「どんなのが欲しいんだ?」
「えっと、太さは細めのがよくて、素材とかはよく分からないですけど、書きやすいのが
いいです。」
「それなら・・・・」
いくつも種類のある筆の中から、左近は一つの筆を手に取る。そして、それを伏木蔵に渡
した。
「コレ、結構使いやすいぞ。」
左近が選んだ筆は、今自分が使っている筆で、かなり使いやすいと思っている筆であった。
「左近先輩が使ってる筆ですか?」
「ああ、そうだ。ぼくはかなり気に入ってるけどな。」
それを聞いて、伏木蔵はニコッと笑い、左近に渡された筆をぎゅっと握る。
「それならコレにします!左近先輩とおそろいですね!!」
「い、いや、そういうつもりじゃ・・・・」
「選んでくれてありがとうございます。一人で来たら、適当なのしか選べなかったと思う
ので。」
「お、おう。」
あまりにも伏木蔵が嬉しそうにしているので、左近は少し恥ずかしくなってしまう。早速
この筆を買おうと会計をしに向かおうとすると、伏木蔵の目にキラキラと光る鈴が映る。
「うわあ、見て下さい、左近先輩!!とってもキレイな鈴がありますよ!」
「本当だな。」
「すごくキレイだなあ。」
目を輝かせながら、その鈴を眺めている伏木蔵を見て、左近はパッとその鈴を二つ手に取
った。
「せっかくだから買ってやるよ。ぼくもキレイだなあと思ったし。」
「いいんですか!?」
「ああ。」
「そしたら、鈴もおそろいですね!!」
目を奪われた鈴をおそろいで買ってもらえるということで、伏木蔵の顔はいつもの暗さが
全く感じられないほど、明るい満面の笑みといった表情になっていた。そんな二人を横目
に、三郎次は自分の必要なものを選んでいる。
「これがいいかな。おっ?」
ふと四郎兵衛の方を見てみると、いつものぽかーんとした表情で、左近と伏木蔵のことを
見ていた。そんな四郎兵衛の側にすすっと寄って行き、三郎次はボソッと何かを呟く。
「ぼくも三郎次とおそろいの何かが欲しいなぁ・・・・」
「ふえぇっ!?」
四郎兵衛の思っていることをアテレコするかのように三郎次はそう口にする。それはまさ
に今自分が考えていたことであったため、四郎兵衛はかなり動揺するような反応を見せる。
「そ、そんなこと、思ってないんだな!!」
「なーんだ。さーてと、ぼくも会計して来ようかな。」
(何で思ってることが分かったのかな・・・・)
まるで心の中を読まれているような状態であったので、四郎兵衛の心臓はドキドキと高鳴
っていた。
「おーい、先に出てるからなー。」
「う、うん!!」
先に会計を済ませてしまった左近と伏木蔵は、三郎次や四郎兵衛よりも一足早く店の外に
出る。特に自分は買うものがないし、二人を追いかけて歩き出そうとした瞬間、四郎兵衛
は三郎次に呼び止められる。
「四郎兵衛。」
「何?三郎次。」
会計を終えた三郎次は、たたたっと四郎兵衛に駆け寄り、小さな紙袋をポムッと胸の辺り
に押し付けた。
「えっ・・・?」
「開けてみてもいいぞ。」
三郎次に言われるまま、四郎兵衛はその紙袋を開ける。中には小さな巾着型のお守りが入
っていた。
「ぼくとおそろいだ。」
いつもの悪戯っ子の笑みを浮かべ、三郎次はそんなことを言う。これは素直に嬉しく、四
郎兵衛はほのかに顔を赤らめてお礼を言う。
「ありがとう、三郎次。」
「んじゃ、ぼく達も出るか。あんまり待たせると文句言われそうだからな。」
「うん。」
とりあえず買いたいものは買ったので、三郎次も四郎兵衛も店を出る。店の前では、左近
と伏木蔵が実に楽しげに会話をしていた。
「墨は買えたのか?三郎次。」
店から出て来た二人に気づき、左近はそんな言葉をかける。
「ああ。ちゃんと買えたぞ。」
「時友先輩も何か買ったんですね。何買ったんですか?」
四郎兵衛が紙袋を持っているのを見て、伏木蔵はそう尋ねる。特に自分で買ったわけでは
ないので、四郎兵衛は若干戸惑うような反応をする。
「え、えっと、これは・・・あっ!!」
「へぇ、巾着型のお守りか。」
四郎兵衛の持っていた紙袋を取り上げ、左近は勝手に中身を確認する。どんなものを買っ
たのかと、伏木蔵も左近の手の中を覗き込んだ。
「あ、これ、恋愛なんとかなお守りですよね!」
「恋愛成就な。確かにこんなのも売ってたな。」
自分達の買い物を済ませた後に、左近と伏木蔵もこのお守りを見つけて、ちょっと可愛い
なあなどと思っていた。それをまさか四郎兵衛が買っているとは思わなかったので、左近
も伏木蔵も興味津津というような視線を四郎兵衛に向ける。
「左近先輩、れんあいじょーじゅってどういう意味ですか?」
「好きな人と仲良くなって、イチャイチャ出来ますようにって感じだな。」
「じゃあ、時友先輩は好きな人と仲良くなりたいってことですね!」
ハッキリとそう言われ、四郎兵衛は真っ赤になる。まさかそんなお守りだとは思っていな
かったので、無駄にドキドキしてしまっていた。
「こ、これは・・・ぼくが買ったんじゃないんだな。」
「えっ?じゃあ、どうして・・・・」
「ぼくがあげたんだよ。」
「三郎次。」
「四郎兵衛がぼくとおそろいの何かがどうしても欲しいって言うから。」
「そんなこと、言ってないんだな!!それに、恋愛成就のお守りだなんて、知らなかった
し・・・」
「知ってたら受け取らなかったのか?」
「・・・・そりゃ、三郎次がせっかく買ってくれたものだし、もちろんもらうけど・・・」
三郎次と四郎兵衛の話を聞いて、左近と伏木蔵はなるほどなという顔をする。何だかんだ
でがっつり両思いでラブラブなんだなあと、顔がニヤけてしまう。
「要するに、三郎次が四郎兵衛と仲良くなりたいってことだな。」
「れんあいじょーじゅ、叶うといいですね!!」
「もう叶ってるんじゃないか?」
「さあ、どうだろうな。どう思う?四郎兵衛。」
「ええっ!?・・・うーんと、個人的にはかなり効果があるんじゃないかと・・・思うん
だな。」
お守りをもらう前から、今日はもう三郎次がいろいろなことをしてくるので、四郎兵衛と
しては恋愛運最高状態であった。極めつけにこんなものをもらえたのだから、効果がない
とは言えなかった。
「だってさ、三郎次。」
「そっかそっか。それならよかった。」
「さ、三郎次は?三郎次はこのお守り、効果あると思うの?」
「そりゃそうさ。効果があると思ったから買ったんだからな。今日の四郎兵衛はコロコロ
表情が変わって面白いし。いつもよりたくさんぼくと喋ってくれてるしな。」
ニッと笑いながら、三郎次はそう答える。その言葉が少し照れくさくて、しかしそれ以上
に嬉しくて、四郎兵衛も笑顔になった。
「さっき伏木蔵と話してたんだけど、せっかく町まで来たんだし、何か美味しいものでも
食べていかないか?」
「乱太郎達が美味しいお団子屋さんがあるって話をしてたんですよ。」
「そりゃいいな。大賛成だ。」
「ぼくも美味しいお団子食べたいんだな。」
「じゃあ、決まりだな。」
「一応場所は教えてもらってるので案内しますね。こっちです。」
伏木蔵を先頭に、四人は団子屋さんへと向かう。団子屋さんの中でも、四人はそれぞれの
相手との仲の良さを惜しみなく醸し出していた。
美味しい団子を食べながら、今日は本当に買い物日和で良い一日だなあと、皆思っていた。
好きな人と一緒に買い物し、おそろいのものを買い、美味しいものを一緒に食べる。そん
な何気ないことがどんなことより嬉しくて、四人の顔には絶えず笑みが浮かんでいた。
END.