満月の光が差し込む夜の森で、この村の土地神である越知は子猫を抱いて眠る幼い少年を
見つける。
(こんな時間に何故子どもが・・・)
日はとっくに暮れ、辺りは夜の闇に包まれている。森の中には夜行性の動物もいるため、
このままにしておくのは危険だと、越知は人に化け、その少年を起こそうとする。
「おい。」
「ん、んん・・・」
越知に揺り起こされ、その少年は眠そうに目を開ける。
「あれ!?まっくらになっとる!!」
「こんな時分に何故ここにいる?夜の森は危険だ。お前は村の子どもか?」
「うわっ!!デッカ!!」
(つい、そのまま人の姿になってしまったが、人間にしては大きいのか。怖がらせてしま
うだろうか・・・)
ゆうに七尺を超える越知の姿を見て、その少年は驚いたような声を上げる。怖がらせてし
まったかと危惧する越知の心配をよそにその少年は明るく話し出す。
「ネコのこえがきこえるなあとおもって、もりのなかにはいったらまいごになってしもて。
むらにかえるにはどうしたらええ?こないにまっくらになってまったら、もうひとりでか
えられへん。」
「村まで連れて行ってやる。その猫はお前の猫か?」
「おれのネコやないよ。せやけど、こんなちっこいのにいっぴきでさびしそうやったから。」
「なるほどな。それなら、その猫は俺が預かろう。」
「おおきに!」
真っ白な子猫を腕に抱き、もう片方の手で少年と手を繋ぐ。立ち上がると越知の大きさが
際立ち、少年は越知の姿を目を輝かせながら見上げる。
「ホンマにデッカイな!!あっ、なまえ!なまえおしえてほしい!!」
「名前・・・」
名前を聞かれ、越知は一瞬戸惑う。土地神であるが故に人間らしい名前はなかった。
(名字は村の名前で越知でよいだろうか。名前は・・・)
そんな越知の目に木々の合間から差し込む月光が映る。読み方を変えれば、名前のような
雰囲気になるだろうと、思いついた名前を口にする。
「越知・・・月光(つきみつ)だ。」
「つきみつ・・・ほんなら、つきさんやね!」
「・・・・っ!」
純粋な笑顔を浮かべ、『つきさん』と呼ぶその声に越知の胸は何故か高鳴る。名前を呼ば
れるというのはこんな感覚なのかと、今までに味わったことのない感情を覚える。
「お前は?お前の名は何という?」
「おれは、もうりじゅさぶろうやで!」
「毛利か。覚えておこう。」
そんな会話を交わしながら、二人は村に向かって月明かりに照らされた道を歩く。
「・・・くん、越知くん、大丈夫ですか?」
「・・・ああ、すまない。どうやら眠ってしまったようだ。」
村の祈祷師の君島に声をかけられ、越知は目を覚ます。
「ここのところ、どうしても越知くんの力を借りなければいけない事象が増えていますか
らね。疲れているのでしょう。」
「ああ。もう少し力の回復を効率的にできたらよいのだがな。」
小さく溜め息をつきながら、越知はそんなことを漏らす。ここのところ越知が治めている
村では、水害などの小さな災害や流行り病などが立て続けに起こっていた。なるべくその
被害を最小限にとどめるために、越知は土地神の力を使い、村を守っている。しかし、神
の力も無限に使えるわけではないので、最近越知の力は少し不足気味になっていた。
「そういえば、今しがた懐かしい夢を見た。」
「夢?どんな夢を見たんですか?」
神が見る夢は人が見る夢とは違い、それだけで大きな意味を持つ。それを知っているがゆ
えに、君島は越知にそう尋ねる。
「昔、森で迷子になっていた幼い子どもを助けたことがあってな。そのときの夢だ。今は
もう立派に成長していると思うが、その子どもがどうなっているか気になるところだな。」
「その子どもの名前、覚えていたりしますか?」
「目を覚ます直前に聞いた気がするが、すぐには思い出せないな。」
「そうですか。」
これは越知の力を回復させる何かヒントになるではないかと、君島は真剣な様子で考える。
「何か思い出したら教えてください。」
「ああ、分かった。」
「それでは私はこの後も用事がありますので、今日はこれで。また、近々様子を見に来ま
すね。」
「ああ。」
越知のいる社を出ると、君島は考えながら歩き出す。
(越知くんの力が弱まっているのは間違いない。早急に対策をしたいが、どうすればよい
か・・・古文書によると、神婚で力を回復させるという事例もあるが、土地神である越知
くんに嫁いでくれる人物がいるかどうか・・・)
そんなことを考えていると、少し離れたところから声をかけられる。
「あっ、キミさーん!!」
「おや、寿三郎。どうしたんですか?」
「いや、ちょっと見かけたんで声をかけただけです。そういえば、さっき昼寝しとったら、
何や懐かしい夢見て・・・」
「夢・・・それはどんな夢ですか?」
越知も同じようなことを言っていたと、君島は毛利のその言葉が気になり尋ねる。
「俺がこの村に来たばっかのときの夢やったんですけど、まだ小さかった頃、森の中で迷
子になってまったんですよ。疲れて眠っとったら、夜になってまって。そんとき、メッチ
ャデッカくて、綺麗な人に助けてもろたんです。」
「なるほど。助けてくれた人の他の特徴、覚えていたりします?」
「一番印象に残ってるのは、メッチャデカかったってことなんですけど、確か・・・髪が
白くて、ところどころ青くて、片目は長い前髪で隠れてて、でも見えてる側の目は、メッ
チャ綺麗でカッコよかったです!名前は確か・・・月光(つき)さんやった気がします。」
(完全に越知くんですね。まさか越知くんが助けた子どもが寿三郎だったとは。)
毛利が口にした特徴は、越知そのままの特徴であった。
「寿三郎は、もしその助けてくれた人に会えるなら、会いたいと思いますか?」
「もちろんです!あのときのお礼を改めて言いたいですし、あんなカッコええ人、今まで
見たことないですし!」
「そうですか。では、明日の昼過ぎにここで待ち合わせしましょう。」
「ホンマに会わせてもらえるんですか!?えっ、キミさん、月光さんと知り合いやったん
ですか?」
「まあ、知り合いというか・・・私以外には基本的には見えないので。」
「えっ?何て?」
「いえ、何でもないです。それでは明日ここで。」
「はい!!」
あのとき助けてくれた人物に会えると、毛利は心を躍らせながら君島と別れる。君島も越
知の力を回復させることができるかもしれないという期待を胸に家路を辿った。
次の日、君島に指定された場所に、毛利は時間通りにやってくる。
「キミさん!」
「時間通りに来ましたね。それじゃあ、行きましょうか。」
「はい!!」
会えるのが楽しみで仕方ないといった様子で、毛利はニコニコと笑っている。越知のいる
社に向かいながら、君島は毛利に尋ねる。
「一つ聞いてもよいですか?」
「はい。何です?」
「もし、寿三郎が会いたがっているその人物が人ではなかったらどうします?会いたくな
くなりますか?」
「人ではないって、妖怪とかあやかしとかの類ってことですか?んー、それはちょっと怖
いかもしれんけど、俺を助けてくれたってことは悪い奴ではないと思うんで、やっぱり会
いたいです!」
「そうですか。」
(そんな存在よりももっと高尚な存在ですけどね。)
毛利がそう言うのであればこのまま会わせようと、君島は毛利を連れて歩みを進める。越
知のいる社に到着すると、毛利は首を傾げる。
「あれ?ここって土地神様のお社ですよね?」
「ええ、そうです。」
入ったことはないが、ここが土地神様が祀られている場所であることを毛利は理解してい
た。こんなところで待ち合わせをしているのかと不思議に思っていると、君島が社の扉を
開ける。
「さあ、入ってください。」
君島に招かれ、社の中に入ると、外とは全く異なる空気に毛利はドキッとする。君島が扉
を閉めると、子どものときに一度だけ会ったあの大きな人物の姿が毛利の目に入る。
「月光さん!!」
その声を聞いて、越知は今目の前にいる青年があのときの少年であることに気づく。見た
目も声も初めて出会ったときとはだいぶ変わっているが、純粋で明るい光を放つ魂の形は
そのままであった。毛利にあのとき教えた名前を呼ばれ、越知も毛利の名前を思い出す。
「毛利・・・」
「やはり、寿三郎にも見えているのですね。越知くん、アナタが昔助けたというのは彼で
すよね?」
社に入り、すぐに越知の名前を呼んだ毛利にも越知が見えているのだと君島は気づく。越
知の反応と毛利の名を口にしたことから、毛利が越知の助けた子どもであることに間違い
はないと確信する。
「ああ、そうだ。もう一度会えるとは思っていなかった。」
「俺もでっせ!あんなに大きくて目立つはずなのに、村の中では全然見かけんくて、アレ
は夢やったんかな?と思ってました!」
嬉しそうに越知に駆け寄る毛利を見て、そして、そんな毛利を愛おしげに見つめる越知を
見て、君島はとある提案をしてみる。
「寿三郎、越知くんはこの村の土地神です。幼い頃に出会ったときは、アナタを助けるた
めに人に化けていたのでしょう。しかし、その影響か土地神の姿のままでも、寿三郎には
姿が見えている。本来は私のように神とやりとりができる者にしか見えないのです。」
「えっ!?ホンマに月光さん、土地神様なんですか!?」
「ああ、君島の言う通りだ。だが、あのときのように俺の姿が見え、話ができることを嬉
しく思う。」
「そこで寿三郎に提案なのですが、今、越知くんはここ最近の災害や疫病の影響で、少し
力が弱まっています。力が弱まっていると言うよりは、力を使いすぎていると言った方が
適切かな?越知くんの力を効率よく回復させるために、越知くんと神婚してくれませんか?」
「神婚??って、なんです?」
「神に嫁ぐこと。つまり、越知くんと結婚するということです。」
「ええっ!?」
「君島!!」
思ってもみないことを君島が言い出すので、毛利は顔を赤くして驚き、越知も無茶なこと
を言うなという気持ちを込め、君島の名を呼ぶ。
「私も何の考えもなしにはこんなことは言いませんよ。越知くんも寿三郎も、昔一度しか
会っていない相手とは言えども、今こうして再会して、お互いに心惹かれていると思って
いるのではないですか?」
「それは・・・」
「た、確かに月光さんともう一回会えて、メッチャ嬉しいと思ってますし、あのときと全
く変わってなくて、メッチャカッコええとは思ってますけど、俺、男やのに・・・」
「神との結婚には男も女も関係ありません。むしろ大事なのは、お互いの気持ちです。」
『・・・・・・』
もっともらしい君島の言葉に越知と毛利は顔を見合わせて赤くなる。そんな二人の間に真
っ白な毛並みの美しい猫がすり寄ってくる。
「にゃあん。」
「あれ!?もしかして、この猫って・・・」
「ああ、あのときお前が俺に預けてくれた子猫だ。名は今宵と言う。」
「今宵って名前つけたんですね!えっ、でも、あのとき子猫とは言えども、もうかなり年
が経っているはずですけど、猫の寿命ってそんなに長いんでしたっけ?」
「神と一緒にいる時点でそれはもう通常の猫ではなくなりますよ。寿命などないに等しい
んじゃないですか?」
君島の言葉に毛利はなるほどと納得する。どう見ても越知の愛情を一身に受けている今宵
を見て、毛利は疑問に思っていることを君島に聞く。
「神様に嫁ぐって、その・・・生贄みたいになるイメージですか?」
「それは神によって違うでしょうが、少なくとも越知くんはそんな感じではないと思いま
すよ。」
「ああ、そうだな。」
「このお社から出れなくなるとか、もう村の人に会えなくなるとかそういうことになった
りします?」
「そんなことはさせない。お前はそんなこと望んでいないだろう?」
そこは毛利の意思を尊重すると言わんばかりに、越知は即答する。
「んー、せやったら、月光さんに嫁ぐことの制約とか難点ってあんまりない感じですよね?」
「強いて言うなら、その猫のように寿命がなくなるといった人ならざる者になる可能性が
あるのと、生活拠点はこの社になると言うことでしょうか。」
君島の言葉を聞いて、毛利はしばらく黙って考える。
「月光さん。」
「何だ?」
「月光さんは、キミさんが言ってることどう思います?キミさんも気持ちが大事やって言
っとったんで。」
真っ直ぐな瞳で見つめられ、越知の胸はひどく高鳴る。
「俺は・・・お前が俺に嫁ぐと言うのなら、とても嬉しいと思う。初めて会ったときから、
そして今でも、間違いなくお前に惹かれている。だが、だからこそ、お前の意思を尊重し
たい。お前が嫌だと思うのに、無理矢理嫁がせることはしたくない。」
越知のその言葉を聞いて、毛利は嬉しいそうなそれでいて恥じらいを含んだ笑みを浮かべ
る。そして、越知の手を取り、にっこりと笑って越知の言葉に答える。
「月光さんがそう思うてくれとるなら、俺、月光さんに嫁ぎます。俺も月光さんのこと大
好きです。子ども頃に一度しか会ってなくて、神様な月光さんに会うのは今日が初めてで、
信じてもらえへんかもしれへんけど、この気持ちに全く嘘はないです!」
「本当にいいのか?」
「はい!よろしくお願いします!」
提案をしてみたものの、ここまで上手くいくとは思っていなかったので、君島は驚きつつ
もふっと笑う。
「交渉成立ですね。」
「キミさん!」
君島の方を向き、毛利は君島に声をかける。
「何ですか?」
「月光さんのところに連れてきてくれてありがとうございます!」
「俺からも礼を言う。ありがとう。」
「いえ、アナタ達がこうなったのは私ではなく、アナタ達の縁ゆえですよ。これで越知く
んの力が戻るのであれば、私も助かるので。」
感謝されるのが照れくさく、君島はお礼を述べる二人にそう返す。
(ダメ元で提案したことですが、この二人、本当にお似合いですね。越知くんのあのよう
な表情も初めて見ましたし。)
本当に嬉しそうに手を取り合う越知と毛利を見ながら、君島はそんなことを考える。
過去の出逢いから生まれた縁が土地神と一人の青年を結び、その縁をさらに強きものとす
る。そんな縁で一緒になった土地神と青年の穏やかな日常が今ここから始まるのであった。
END.