神のまにまに 〜出逢ひの巻・曲種編〜

「ちょっとしけってきちまったな。結構沖の方まで来ちまったから、陸に戻ろうとする方
が危なそうだし。」
漁に出ていた漁師である大曲は、天気の急変で荒れ模様になった海を見ながらそう呟く。
どうしようか考えていると、少し先に洞窟のような形の小島を見つける。
「あそこで少し休むか。このまま海の上にいるよりはマシだろ。」
これ以上海がしける前にと、大曲はその小島に移動する。洞窟のような穴は思ったよりも
深く、岩の壁で覆われているため、雨風をしのぐにはちょうどいい地形になっていた。さ
らに岩場の陸地のような場所もあるため、大曲は一旦船から降り、そこで嵐が落ち着くの
を待つことにする。
「あんまりこっちの方まで来たことなかったが、こんなところがあったんだな。そういや、
沖の方に種ヶ島って呼んでる小島があるって他の奴らから聞いた気がするな。ここがたぶ
んそれか。」
岩場はそれなりの広さがあるので、大曲は歩き回り、どのような地形になっているかを調
べる。少し奥へ進んでいたところで、ボロボロに崩れた祠のようなものを見つける。
「これは祠か?随分ボロボロだし。まあ、こんな場所だし、手入れもちゃんとされてなさ
そうだから、経年劣化と大しけの影響とかで崩れちまったんだろうな。」
そんなことを言いながら、大曲はボロボロになっている祠の素材や形を観察する。嵐はま
だ止みそうにないので、時間をかけて祠を眺め、砂を払ったり、その周りを綺麗にしたり
と、できる範囲で整えようとする。そんな大曲の様子を側で眺めている者がいた。
(ここに人が来るなんて珍しいなあ。まあ、外は大荒れやし、雨宿りでもしに来たんやろ。
ホンマたまに来ることはあるしな。ちゅーか、俺のボロボロの祠見て、何しとんのやろ?)
大曲を観察しているのは、海神(わだつみ)である種ヶ島であった。人間からすると、か
なり来づらい場所にこの島があるため、この場所に人が来ることはほとんどなかった。来
たとしても今の大曲のように、嵐を避けるために仕方なく訪れるくらいで、それ以降、同
じ人物が再びこの島を訪れるということはほとんどなかった。
(きっとコイツも帰ったら、もうこの場所には来ぉへんやろなー。)
そんなことを考えながら、種ヶ島は寂しそうな笑みを浮かべながら大曲を見る。結局大曲
は嵐が治まるまで、祠の近くに腰を下ろしていた。
「おっ、夕日が差し込んできてるな。そろそろ帰るか。」
入口からオレンジ色の光が差し込んでいることに気づき、大曲は嵐が治まっていることを
悟る。船に乗り、凪いだ海を漕ぎ出す大曲を見送りながら、種ヶ島はいつまでもその船を
眺めていた。

それからしばらくして、よく晴れ海も凪いでいる日に大曲はたくさんの木材や道具を船に
乗せ、あの小島へと向かう。そして、その島に到着すると、真っ直ぐにあの祠のある場所
へ行く。
「こんなにボロボロなのを見つけちまったら、ほっとくなんてできねぇし。手間はかかる
が作り直すか。」
持ってきた材料と道具を使い、大曲は祠を直していく。ほぼ作り直しのため、大曲はもと
もとよりも耐久性があり、潮や雨風に強い素材を準備してきていた。そんな大曲を信じら
れないといった表情で、種ヶ島は眺めていた。
(は?祠を直すためだけにここに来てくれたん!?えー、ヤバっ、メッチャ嬉しい・・・)
こんな来づらい場所に、祠を直すために戻って来てくれた大曲を前に、種ヶ島はひどく胸
がときめくのを感じる。時折汗を拭いながら、大曲は手際よく祠を直していく。
「ふー、あともう少しだな。なかなかいい感じにできてるんじゃねぇ?」
(すごっ!!もともとのよりもメッチャ立派になっとるやん!!)
新しくなった祠をもっとよく見たいと、種ヶ島は大曲の隣に座るくらいの勢いで近づく。
祠の扉を閉じると、大曲は満足気な表情で頷く。
「よし、こんなもんだろ。」
「うっわー、こないに立派に直してもろてメッチャ嬉しいわ!!おおきに!!」
大曲には聞こえていないこと前提にそんなことを口にした種ヶ島であるが、種ヶ島のその
言葉を聞き、大曲はあからさまに驚いたような声を上げる。
「うわっ!!な、何だよオメェ!?いつからそこにいんだよ!?」
「あれ?もしかして、俺の姿見えとるん?」
「は?何言ってやがる。」
「この祠直してくれたからかもしれへんなあ。なあ、アンタ名前何て言うん?」
自分の姿が見えているなら好都合だと、種ヶ島は大曲に話しかける。
「名前?大曲竜次だけどよ。」
大曲の名前を聞き、種ヶ島は嬉しそうに笑う。誰も見向きもしてくれなかったボロボロの
祠を直してくれた大曲の名を種ヶ島は小さな声で呟いてみる。
「・・・りゅーじ。」
「ん?何だ?修二?それがお前の名前か?」
種ヶ島があまりにも小さい声で呟いたため、大曲は『竜次』を『修二』に聞き間違える。
それを聞いて、種ヶ島の胸はトクンと高鳴る。
(竜次には『海神様』とか『神様』って呼ばれたくない。竜次がそう言うてくれてるなら・・・)
「せやで☆俺の名前は種ヶ島修二や!」
この島が『種ヶ島』と呼ばれていることを知っていたので、種ヶ島はそれを名字のように
して、大曲にそう名乗る。
「種ヶ島ってこの島の名前じゃねーの?」
「何やそう呼ばれてるらしいな。俺のことは修二って呼んでくれてええで☆その代わり、
俺はアンタのこと竜次って呼ぶわ!」
「別にいいけどよ。つーか、お前、何でこんなところにいるんだし?」
「何でって言われても、ここに住んどるからなぁ。」
「はぁ?冗談だろ?こんなところに住んでるってどういうことだよ?前、来たときはいな
かったし。」
「出かけてたかもしれへんで?」
「いや、そんなわけ・・・」
とても人が住める場所ではないと思いつつ、何か事情があるかもしれないと、大曲は口を
噤む。
「とにかくこの祠、こないに立派に直してくれておーきに!ボロボロやったのに、ずーっ
と放置されとって。」
「自分じゃ直せねーのかよ?」
「直せへんねん。せやから、ホンマ竜次が直してくれてよかったわ☆」
「そうかよ。まあ、もともとのよりは丈夫に作ってやったからよ、今度はそう簡単に壊れ
ねーし。」
「ホンマおおきに!!こないによくされたら、竜次に惚れてまうわ☆」
「勘弁しろし。」
種ヶ島の言葉に大曲は苦笑しながらそう返す。冗談ではないんだけどなーと思いつつ、種
ヶ島は嬉しそうに笑いながら大曲の顔を眺める。
「なあ、竜次。」
「何だよ?」
「ここに来るの大変やって分かっとるんやけどな、また来てくれる?」
こんなふうに会話を交わすことができるのであれば、もっと大曲と一緒にいたいと種ヶ島
はそんなことを尋ねる。
「まあ、お前がここに住んでるっつーんなら来てやるよ。普段は漁があるから暇なときに
な。」
「ホンマに!?メッチャ嬉しいわ!!」
そんなに嬉しそうにされると何だかこちらまで嬉しくなってしまうと、大曲はふっと笑う。
「まだ時間はあるし、もう少し話していくか。」
「ええの!?竜次、ホンマ好っきやわー!」
今日は漁を休み、祠を直しに来ただけなので時間はあった。大曲のことをもっと知りたい
と、種ヶ島は時間が許す限り、大曲といつまでも喋っていた。

それからしばらくして、大曲は漁に出れば大漁、天候が悪くても漁に出たいと思えば何故
か晴れるといったかなり運のよい状態が続いていた。
(昨日も大漁だったからな。今日は修二の島に遊びに行くか。)
そんなことを考えながら浜辺を歩いていると少し離れた場所に見知った顔を見つける。
(あれは君島と毛利だな。浜辺に二人がいるなんて珍しいし。)
せっかくなので声をかけようと、大曲は二人に近づく。かなり近づいたところで、君島と
毛利以外にも誰かがいることに気がつく。
「あっ!!竜次やー!!」
君島と話していたのは種ヶ島であった。大曲の姿を見つけ、種ヶ島は抱きつかんばかりの
勢いで大曲に駆け寄る。
「わっ!!お前、いきなり抱きついてくんなし。つーか、毛利の隣にいる奴、随分デカい
な。村にそんなやついたっけか?」
大曲の言葉を聞いて、君島と毛利は驚いたような表情を見せる。
「大曲くん、種ヶ島くんも越知くんも見えているのですか?」
「ああ?どういうことだし?」
「月光さんも種ヶ島さんも、神様なんで普通の人には見えへんのですよ。俺は月光さんに
嫁いだんで、月光さんも種ヶ島さんも見えてますけど。」
「は?何言って・・・」
種ヶ島を見ながらそう言いかけると、種ヶ島はバレてしまったといった表情で笑っていた。
「お前、人間じゃねぇのか?」
「あーあ、バレてもうた。せやで。俺は海神(わだつみ)。海の神や。竜次が直してくれ
た祠あったやろ?あれ、俺を祀ってた祠やってん。」
「なるほど。種ヶ島くんの祠を直したことで、種ヶ島くんが見えるようになり、その影響
で越知くんも見えているということですね。」
「いやいや、待て。全然理解が追いついてねーんだけど。」
最近出会って仲良くなった人物が実は神様だったということを聞かされ、大曲は混乱する。
大曲が漁師であることを思い出し、君島はあることを尋ねる。
「大曲くん、最近やけに運がいいとか妙に魚が獲れるとか、そういった心当たりはありま
せんか?」
「ああ、確かに最近漁に出りゃ大漁だし、天候のせいで漁に出られなくなるってことはほ
ぼねぇな。」
「海神が過剰に加護を与えている人物がいると、上位の神から苦情がありまして。今、種
ヶ島くんに事情聴取をしていたところです。」
最近の種ヶ島の加護の仕方が目に余ると、上位の神は君島に神託を与えていた。面倒だと
思いながらも、神託を受けた以上何もしないわけにはいかないので、種ヶ島に話を聞きに
来ていた。
「えー、せやけど、竜次はずーっとボロボロやった俺の祠を直してくれたんやで?別に恩
恵与えたってええくらいの働きしとるやろ。」
「越知くんはどう思います?」
確かにそれは加護を与えるに値することかもしれないと君島は考える。念のため、この辺
りの海も含め、この土地を治めている越知に君島は意見を求める。
「大曲のしたことは、この辺りを治めている俺達神にとっては非常に徳のあることだ。力
を使う上でもな。そのような人物に一定の加護を与えるのは問題はないと思う。但し、生
態系を崩すようなやり方やそれが原因で争いが生まれるようなことはなるべく避けるべき
だ。」
「確かに越知くんの言う通りですね。」
越知の言葉に君島は同意する。
「越知くんの言う通り、大曲くんに加護を与えること自体は問題ありません。ただ、やり
方は注意してくださいね。大曲くんのしたことも含め、問題はなかったと上には報告して
おきます。」
「ちゃーい☆」
君島の言葉に種ヶ島はおちゃらけた雰囲気で返事をする。種ヶ島のしたことが問題ないと
分かったので、君島、越知、毛利は浜辺を後にする。浜辺に残された大曲と種ヶ島は、砂
の上に座って話をする。
「お前、本当に海神なのかよ?」
「せやで。別に騙すつもりは全然なかったんやけどな。何か竜次に神様扱いされるのは嫌
やなーと思って黙っとった。」
困ったように笑いながら種ヶ島はそんなことを言う。種ヶ島のその言葉を聞いて、大曲は
小さく溜め息をつく。
「最近、妙に魚が獲れるのも、俺が漁に出るときに天候が安定してるのもお前の加護だっ
たってわけか。そんなことができるんなら、確かに海神かもしれねーな。」
「やって、大漁になれば、そんなに頻繁に漁に出なくてええし、そうなれば竜次は俺に会
いに来てくれるやろ?せやから・・・」
単純に加護を与えていたのではなく、思っていたよりも自分本位な都合を口にする種ヶ島
に、大曲はふっと笑う。
「そんなこと考えて、俺に加護を与えてたのかよ?」
「せやで!やって、俺、ホンマに竜次のこと好きになってしもたんやもん。好きな奴には
いつでも会いたいと思うし、一緒にいたいやん。」
「まあ、確かにな。」
神様とは思えない種ヶ島の言葉に、大曲は思わずニヤけてしまう。
「せやから、竜次にはこれからも俺のこと神様扱いしないで、今まで通りに接して欲しい。
竜次が嫌なら、加護も抑えめにするから。」
「大漁になる加護は正直スゲェありがてぇから別に続けてもいいし。たくさん獲れれば、
その分村の食料にできるからな。ただ、獲った魚はそこまでもたねぇからほどほどで頼む。
あと、お前がそうして欲しいっつーんなら、今まで通り、お前のことは修二って呼ぶし、
別に神様扱いはしねぇよ。」
大曲のその言葉を聞いて、種ヶ島の顔はパァっと明るくなる。そして、ガバっと大曲に抱
きつく。
「おおきに!!」
「お、おい、こんなとこで抱きつくなし。」
「大丈夫やって!俺の姿見えるんは、この村やと、竜次とサンサンと毛利くらいやから。」
「サンサン?ああ、君島のことか。まあ、それだったら・・・」
絆されるような反応を見せる大曲にキュンキュンしながら、種ヶ島はしばらく抱きついた
ままでいる。
(竜次のこと、ホンマに好きや。ずーっと竜次と一緒におりたい。)
神様らしからぬ独占欲と恋心に種ヶ島の胸は焦がれる。すっと大曲から体を離すと、ふわ
っと大曲の頬に触れる。
「なあ、大漁にしたり、竜次が漁に出るときだけ天候を安定させたりする加護はほどほど
にするから、もっと別の加護を与えてもええ?」
「どんな加護だし?」
「俺と竜次がずっと一緒にいられるようになる加護やで。」
「それは加護っつーより、お前の願望じゃねーか。」
「はは、そうかもしれへんな☆」
「まあ、お前がそうしたいなら別に構わねーし。」
「竜次ならそう言ってくれると思ったわ!」
そう言いながら、種ヶ島は大曲の唇にそっと口づける。
「っ!!」
驚いたような大曲の顔を見て、種ヶ島は悪戯っ子のように嬉しそうに笑う。
「ビックリした?」
「少しだけな。」
「嫌やなかった?」
「別に嫌ではねーし。」
「はは、さっすが竜次やわ☆これからもよろしくな!」
「おう。」
今まで通りに接してくれるということを聞けたことと、ずっと一緒にいることを誓う口づ
けができたことで、種ヶ島は満足気な表情を浮かべ、海に戻ろうとする。
「ほんなら俺はいつもの場所に帰るわ。」
「ああ。」
「ちなみに海神の口づけは、人魚の肉を食べるより強力やで☆」
「はあ?何言ってるんだし。」
「ほいじゃあ、またな。」
「おう。」
種ヶ島の言葉に疑問を抱きながらも、特にツッコむことなく大曲は海に帰る種ヶ島を見送
る。大曲が種ヶ島の放った言葉の意味に気づくのはもう少し経ってからであった。

                                END.

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