神のまにまに 〜出逢ひの巻・君篤編〜

そろそろ眠ろうと考えていた時分、君島は神託が降りてくるのに気づく。
(こんな時間に何なんですか、もう。本当にこちらの都合などお構いなしですね。)
祈祷師である君島は、神との交流・交渉を行うことを生業としている。神、特に姿を見せ
ない上位の神は、君島の都合など考えず好き勝手に神託を授けることが多かった。そのた
め、つい心の中で文句を呟いてしまう。
「本日の神託はどのようなものでしょうか?」
『こちらで手に余る邪神を人に落としました。少し嗜好や行動が暴力的すぎるので。貴方
の家の前に置いておいたので、後はよろしくお願いします。』
「は!?えっ!?ちょっと待ってください!!」
『ああ、人間としての名は「遠野篤京」です。たぶんそう名乗るはずです。』
「いや、名前を聞いてるのではなく、急にそんなことを言われても・・・」
『頼みましたよ。』
強制的に神託を終わらせられ、君島はひどく困惑した様子で、しばらく立ち尽くす。
「邪神を人に落としたから任せたって、さすがに説明が雑すぎるでしょう。全く・・・」
心底困ると思いながらも、神託を受けてしまった以上、何もしないわけにはいかない。と
りあえず、家の前を見に行こうと君島は外に出る。上位の神が言っていた通り、月明かり
もない真っ暗な家の前に一人の青年が倒れていた。
(この人が元邪神の人ですか。ハァ・・・今回の神託は本当に面倒すぎますね。)
一旦、家の中に戻り布団を敷く。そして、もう一度倒れている青年の元へ戻り、抱き上げ
て家の中へと運ぶ。布団に寝かせると、君島はあることに気づく。
(おや、顔はすごく整ってますね。明るいところで見ると、髪もすごく綺麗ですし。これ
が元邪神でなければ、素直に仲良くなりたいと思えたかもしれないのに。もったいないで
すね。)
見た目は非常に好みだと思いつつも、今一番君島の心を支配している感情は、『面倒くさ
い』の一点であった。とりあえずこれからどうするかは明日考えようと、遠野の隣にもう
一組布団を敷き、君島は眠りについた。

次の日、君島が目を覚ますと、艶やかな髪を垂らしながら、顔を覗き込んでいる遠野の顔
が目の前にあり、思わず声を上げる。
「うわっ!!」
「おっ、起きたな。」
「ちょっ・・・何してるんですか!?」
「別に何もしてねーよ。早く起きねーかなって顔を見てただけだ。」
遠野が少し離れると、君島は体を起こし、枕元に置いていた眼鏡をかける。昨日は目を閉
じている顔しか見ていなかったが、切れ長の目を開いた顔も非常に自分好みだと思いなが
ら、そんな顔を至近距離で寝起きに見たため、君島の鼓動はひどく速くなっていた。
「お前、君島だよな?俺は・・・」
「遠野くんでしょう?遠野篤京。上位の神達から聞いてます。」
「ああ。全く急に人に落としやがって、どういうつもりだよ?」
「アナタは邪神で、暴力的すぎて手に余るって言っていましたよ。何をしたんですか?」
そう言いながら、君島は遠野を受け入れるのはひどく面倒くさいといった雰囲気を醸し出
していた。
「はあ?別に何もしてねーよ。ただ、人間が生み出す拷問や処刑法が好きでよ、海の向こ
うの別の民族のそういうのを見たり、情報を集めたり、何ならそういう道具を作ろうとし
たりしてたら怒られた。」
それはそうだろうと、君島は呆れるような表情で遠野を見る。
「確かにそんなものが好きと言っているのなら、邪神で間違いなさそうですね。一応、神
託でアナタのことは任されているので、身の回りの世話はしますが、迷惑はかけないでく
ださいよ。」
「別に面倒だと思ってるなら、俺のこと放り出したっていいんだぜ?」
君島がこの神託を相当面倒だと思っていることに気づいているため、遠野はからかうよう
にそんなことを言う。
「・・・それはできません。」
「何でだよ?いくら神託って言ったって、人に堕ちた邪神の面倒を見る義理なんてねーだ
ろ。たぶん俺は俺で何とかやっていけるし。」
遠野の言うことはもっともなのだが、何故か君島は遠野を一人で外に放り出すことはした
くないと思っていた。それは祈祷師としての責任感や使命感というよりは、もっと心の奥
底で感じる自分でも理解不能な欲求であった。
「さっきの話を聞く限り、アナタを一人でこの村に放つ方が心配です。なので、問題ない
と私が判断するまでは、私の目の届くところに置いておきます。」
「お前がそうしたいなら別にいいけどよ。」
自分で面倒事を抱えようとするなど、変わった奴だと思いつつ、人間社会に慣れていない
状態で放り出されないのは有難いと、遠野は君島の言葉を受け入れる。
「なら、これからよろしく頼むぜ、君島。」
「かなり不本意ですが、仕方ありませんね。」
そこまで言うのであれば、断ればよいのにと遠野は苦笑する。こうして、君島と遠野の奇
妙な共同生活が始まった。

人間になっているとは言えども、元邪神である遠野を他の者にあまり関わらせたくないと、
君島は閉じ込めるまではしないが、遠野をあまり外に出そうとはしなかった。但し、もと
もと神だったこともあり、越知や種ヶ島とは既知の関係であったため、その二人に会いに
行くときには連れていくことにしていた。
「よし、そのへんにあった材料を使って、処刑台を再現してやったぜ!」
家にいるときは暇なので、遠野は家の周りに落ちている木片や端材を使って、神のときに
見ていた拷問や処刑関連の道具を工作したりしていた。そんなことをしていると、君島が
かなり慌てた様子で戻ってくる。
「おっ、君島!!見ろよ、これ!今回はかなりの力作だぜ!」
「今はそれどころではないんです!!」
いつもと様子の異なる君島を見て、遠野は何があったか尋ねる。
「どうした?何か問題でもあったのか?」
「山の洞穴で落石があって入口が塞がれ、たまたま中に入っていた村人が閉じ込められて
しまっているのです!」
「そりゃ面倒なことになってんな。越知の力でどうにかできねぇのか?」
その程度のことであれば、土地神である越知の力を使えば何とかなるだろうと、遠野はそ
んなことを言う。
「越知くんは今少し力が不足気味なんです。できないことはないでしょうが、ここで力を
使ってしまうと、次に大きな何かがあったときにどうにもできなくなってしまうという問
題が・・・」
「山ってことは、種ヶ島は完全に管轄外だろうしな。」
「そうなんです。それで、村の人達でどうにか力を合わせて対処しようとはしているので
すが、落石した石が思った以上に大きく頑丈で、破壊に手間取っています。」
自分の力ではどうにもできないと、君島は焦燥感にまみれた表情で、必要そうな道具をか
き集める。
(君島には世話になってるし、少しくらいならいいだろ。)
「なあ。」
「何です?今、忙しいのは分かるでしょう?」
「俺、人に落とされてはいるけどよ、ある程度神の力は使えるんだ。まあ、これは黙って
ろって言われて来てるんだけどよ。」
「そうなのですか!?」
「ただ、その力を使うためには条件があってな。俺が痛みや苦痛を感じること。それが条
件だって言われた。人のそれがどんななのかは、いまいちイメージがつかねーんだけどよ。」
「それじゃあ、使えないじゃないですか。私はできませんよ、そんなこと。」
遠野が元邪神とは言えども、故意に傷つけることはできないと君島は顔をしかめる。
「別にお前にしろとは言ってねーだろ。君島、落石の場所と状況を鮮明に思い浮かべろ。」
自分はその現場を見ていないので、イメージができないと遠野は君島にそう頼む。遠野に
言われ、君島が落石現場を思い浮かべると、遠野は先程工作に使っていた小刀を使い、自
分の手の指先をスパッと切る。
「うあっ!!痛ってぇ・・・」
想像していたよりも痛みが強く、遠野は痛みに顔を歪ませる。それと同時に自身の持って
いる神の力を使い、洞穴の入口をふさいでいる大きな石を破壊する。
「うう・・・たぶんそのデカい石は壊れたはずだ。早く様子を見に行ってやれ。」
「えっ!?ええ。でも、その前に遠野くんの手の手当てを・・・」
「そんなのどうでもいいから!!早く行け!」
血の流れる指先を押さえながら、遠野は君島にそう言い放つ。遠野にそう言われ、君島は
落石現場に走る。それを見送った後、遠野はいまだに痛み、血が出ている指を眺めた。
「この程度のことで、こんなに痛いとか人の体不便すぎだろ。しかも、傷はふさがらねー
し。そりゃ、あんな痛そうな拷問や処刑をされたら、あの表情になるのも分かるぜ。」
神のときは、痛みや苦痛を感じることがなかったので、好奇心とスリルを求める気持ちか
ら拷問や処刑を見ていたが、人の体となり、リアルに痛みを感じるようになったことで、
そのようなことをされている人々が苦悶の表情を浮かべている理由を理解する。
「それなのにあんなひどいことをする人間の心理、本当意味が分からなくて面白いぜ!ヒ
ャーッハッハ!!」
ズキズキと痛む指先を眺めながら、遠野は楽しそうに笑ってそんなことを口にする。上位
の神としては、人の体で痛みや苦痛を感じることで、少しでもそういうことから興味を逸
らしたいという目的があったのだが、遠野には全く意味のないことであった。それから数
刻が経ち、君島がホッとした様子で戻ってくる。
「遠野くんのおかげで助かりました。落石は確認しに行ったところ見事に砕けていて、閉
じ込められていた人達も無事でした。」
「おっ、そりゃよかったじゃねーか。」
ホッと一息つこうとした君島の目に映ったのは、手当てをしようとした形跡もなく流れた
血で真っ赤に染まっている遠野の手であった。
「ちょっと遠野くん!!その手、どうしてそのままにしているんです!?」
「別にもう血は止まってるし、手当ての仕方なんて分かんねーからよ。」
「ちょっと来てください!!」
井戸の水で遠野の手を洗うと、まっさらな布を包帯代わりにし、遠野の指の手当てをする。
「別にここまでしなくてもいいのに。」
「ダメです!菌が入ったら、大変なことになりますよ!」
「大変なことっつったって、どうせ俺は死なねーし。いくら人に落とされていると言って
も、神だからな。」
「そうなのですか?いや、でも、今は人の体なんですから、そこは私に従ってください!」
「分かったよ。」
君島があまりの剣幕で怒るので、遠野は頷くしかなかった。家の中に入り、二人で座ると、
君島は遠野に話しかける。
「今日は本当に助かりました。でも、自分の体を傷つけてまで、どうして力を使ってくれ
たのですか?それが少し意外でした。」
「別に、君島にはいつも世話になってるし、ちょっとは君島のためになることしてやりて
ぇなーと思って。それに落石で閉じ込められた奴らも不可抗力だろ?困っている奴がいた
ら助けるのが当然だと思うし。」
「えっ?」
まさか邪神である遠野の口からそんな言葉を聞くとは思っていなかったので、君島は意外
そうな顔を見せる。
「もちろん悪いことをして、そうなったっつーんならそれは因果応報だけどな!そういう
奴らはその出来事で悔い改めるべきだ。」
「思ったよりも、神様のようなことを言うのですね。」
「もともと神だっつーの!まあ、閉じ込められた奴らも助かって、お前も助かったって言
うならよかったぜ。」
嘘偽りのない表情で、笑いながらそう言う遠野に、君島の心はかき乱される。
(確かに普段の言動、処刑が好きだとか暴力的なものが好きだと言うところは邪神っぽい
かもしれないけど、根本的な部分は普通の神と何ら変わらないのでは?)
そう思うと、もともとの認識とのギャップで、遠野がひどく魅力的に見えてくる。ときめ
きにも近い胸の高鳴りに戸惑いながら、君島は遠野を見る。
「遠野くんが傷つくことはあまり好ましいと思いませんが、もし、今日のように私ではど
うにもならない問題が起こったら、協力してくれますか?」
「当たり前だろ!俺の力でお前の役に立てるなら、いくらでも協力してやるぜ!」
(ああ、どうしよう。好きになってしまいそうだ。)
遠野が力を使うということは、程度の差はあれど、遠野の体を傷つけることになる。しか
し、そんなことは問題にならないと、遠野は純粋な善意で君島の言葉に頷く。邪神らしか
らぬそんな遠野の態度に、君島は心を奪われ、今までとは違う感情が芽生え始めていた。

遠野の力を知ってから、どうしても必要なときだけであるが、君島はその力を使い、問題
を解決に導くことが多くなっていった。痛みや苦痛を伴うものの、君島の役に立てること
が嬉しく、遠野が自らの力を使うことを躊躇することはほとんどなかった。そして、遠野
の力を何度か使っていて、君島は気づいたことがあった。
(神の力を使っているときの遠野くんの顔、すごく好きなんだよな。遠野くんには処刑や
暴力的なことは嫌いだと言っているのに、これじゃあ全く説得力がないな。)
今まで気づかなかった自分の嗜好に気づき、君島は苦笑する。そんな表情ばかりが好きな
わけではないということを証明するために、君島はとあることを遠野に提案してみる。
「遠野くん。」
「ん?何だよ?」
「ちょっと口づけをしてみてもいいですか?」
「口づけ?よく分かんねーけど別にいいぜ。」
遠野はもともと人間ではないため、それがどういうときにどのような関係の人とするもの
であるかを理解していなかった。遠野も同意も得られたので、君島は遠野に口づける。
「ん・・・」
唇同士が触れ合う感覚に遠野はどうしようもなく胸がドキドキし、顔が熱くなる。遠野が
嫌がらないため、君島はもう少し深い口づけを施す。
「んっ・・・んむっ・・・っ!!」
初めての感覚に遠野は頭が真っ白になり、ただただ気持ちいい感覚だけが全身を支配する。
君島が口を離すと、遠野の顔は真っ赤に染まり、蕩けた表情で呼吸を乱していた。その表
情は今まで見た遠野のどの表情よりも、君島の心を鷲掴みにする。
(ああ、この顔が一番好きだ。)
顔が緩むのを必死で抑えながら、君島は口元をその手で覆う。
「ハァ・・・君島ぁ・・・」
「何です?」
「今の・・・すごかった。また、して欲しい。」
『気持ちいい』という感覚を知った遠野は、蕩けたままの表情で君島にそう告げる。そん
な遠野にゾクゾクしながら、君島は言葉を返す。
「いいですよ。人が感じられる感覚が、痛いや苦しいだけではないことを、これからたく
さん教えてあげますね。」
遠野ともっと親密になりたいという想いを込め、君島はそう口にする。それがこれから君
島にかかろうとしている呪いの条件を満たしていっていることに、君島も遠野もまだ気づ
いていなかった。

                                END.

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