二匹の鴉

結婚生活を始めてから一ヶ月強。今日は久しぶりにどちらも暇で、丸々一日一緒に過ごせ
る時間が出来た。そんな休日を使わない手はないと跡部は宍戸にどこかへ出かけようとも
ちかける。
「亮。」
「何だ?景吾。」
「せっかく二人そろっての休みなんだ。どこか行かねぇか?」
「おう、いいな!あっ、でも、人が多いところには行きたくねぇかも。」
出かけるのには大賛成だが、テーマパークや美術館など人が多く集まるところには行きた
くないと宍戸は言う。そんな意見を聞いて跡部はあることを思い出した。
「あっ、そうだ。俺、今、欲しい本があったんだ。それ買いに行きがてら、ショッピング
ってのはどうだ?別にデパートとかに行くわけじゃねぇから、人はそんなに多くないと思
うぜ。」
「ああ、いいぜ!そういや、二人で買い物なんてしばらく行っていなかったもんな。」
「なら決まりだな。そのままの格好じゃあれだろ。ちょっとよそゆきの服着てこうぜ。久
々のデートだからな。」
「そうだな。」
久々のデートという言葉を聞いて宍戸は少し照れながら頷く。決まったならば、善は急げ
だ。二人はそろって部屋に着替えに行った。どちらもいつも着ている服よりは少し格好よ
く綺麗な服を纏い、動きやすいよう荷物は軽めにして、ウキウキしながら家を出て行った。

「本は後ででいいからよ、まずは適当にいろんな店回ってみるか?」
「えっ、いいのか?」
「重い荷物持って歩きたくねぇだろうが。」
「あっ、そっか。」
街に来た二人はまずどこに行くかを考える。跡部としては、買いたい本は後ででいいらし
い。確かに重い本を持ちながら他の店を回るというのは、少々大変であろう。だったらと
いうことで、宍戸はある店に行きたいと提案した。
「なあ、俺な、前々から行きたいなあと思ってた店があるんだ。ちょっとそこ行ってみて
もいいか?」
「いいぜ。どんな店なんだ?」
「うーん、何かな、いろんな国の雑貨が売ってるみたいなそんな感じの店。」
「へぇ、面白そうじゃねぇか。」
「だろ?いっつも、行きたいなあと思ってたんだけど、一人じゃなかなか入りにくくて。」
跡部が面白そうだと同意してくれたことを嬉しく思いながら、宍戸は笑う。それならば、
さっそく行ってみようと宍戸は跡部の服の袖口を掴み歩き出した。
「ここだぜ。」
「結構こじんまりした店なんだな。」
「でも、超気にならねぇ?何か一歩踏み込めば別世界みたいな。」
「何だよそれ?でも、確かに気になりはするよな。」
入り口にはいかにもエスニック系の木彫りやアクセサリーが並んでいる。しかし、窓から
覗いてみると、どう見ても日本チックだと思わせるような雑貨があったり、奥には北欧に
あるようなガラス細工も並んでいる。そんな不思議な雰囲気の店に、二人はゆっくりと足
を踏み入れた。
カラン、カラン、カラン・・・
ドアをあけると、大きな鈴が鳴る。中に入ると確かに別世界。世界中の様々な雑貨がとこ
ろせましと並んでいる。
「うわあ、すげぇ・・・」
「こんな店あったなんて、知らなかったぜ。」
「なあなあ、ちょっといろいろ見てみてもいいか?」
「ああ、いいぜ。俺も少し見て回ってみるぜ。」
二人の興味の対象は若干ずれているところがあるので、まずは個々に見て回ることにした。
宍戸はいかにもエスニックと言われるようなものを、跡部はアクセサリーやガラス細工な
どどちらかと言えば、芸術的魅力があるものを見て回る。しばらく、バラバラに回ってい
ると、あるものを見て、二人はほとんど同時に足を止めた。
『あっ。』
そんな二人の目の前にあったのは、二つのグラスであった。どこかの国の名産品なのか、
見たこともない模様が入っていて、色は日本ではあまり見ないような色であった。
「このグラス、すげぇキレイ。」
「ああ。二つ並んでるってことはたぶんペアなんだろうな。」
「俺、この色すげぇ好き。」
「俺はこっちの色が気に入った。」
デザインが同じなので、ペアグラスのようだが、色は全く違った。宍戸が気に入ったとい
う色は、透明感がありながらもかなり濃い紅色で、多少紫が入っているようにも見える。
言いかえれば、紫紅色といったところだ。一方、跡部が気に入ったというそのグラスの色
は、漆黒と言っていいほどの透明感のある純粋な黒に、ところどころ金箔が散りばめられ
ている。そんな自分達のために用意されたようなペアグラスに、二人は言いようもない感
動を覚える。
「なあ、俺、このグラス激気に入っちまったんだけど。」
「奇遇だな。俺もだ。」
こんなものを見つけてしまっては、買わないわけにはいかない。二人は顔を見合わせて笑
い、それぞれ自分が気に入ったグラスを手に取った。レジに持って行き、会計を済ませよ
うとすると、二人は対照的な反応を示す。
「二万円になります。」
「高っ!!」「安いじゃねぇか。」
同時に全く逆のことを口走る。宍戸からしてみれば、二万円という金額は確かに高いが、
跡部にとっては何のこともない。手持ちで足りると財布の中から、一万円札を二枚出し、
現金で代金を支払った。
「このグラス、一つ一万かよ。」
「このデザインと素材を考えたら安いもんだろ。」
「うーん、絶対高いと思うけどなあ・・・・まあいいや、すげぇ気に入ったってことには
変わりねぇしな。」
綺麗に包装されたグラスを受け取り、二人は店を出る。
「ありがとうございましたー。」
予想以上にいいものが買えたと跡部も宍戸もホクホクした気分であった。帰るまでにはま
だ時間があるということで、腹ごしらえをしようと二人はレストランに向かう。本屋に行
くのはそれからでもよいと、跡部は宍戸とのデートを今はじっくり楽しむことにした。

御飯も食べ終え、適当に店を回っているうちにあっという間に時間は過ぎ、もう日が暮れ
かけていた。そろそろ本屋に向かってもよいだろうと、跡部は宍戸を連れて本屋へと向か
う。
「へぇ、こんなとこに本屋なんてあったんだ。」
「ここ、結構穴場なんだぜ。それほど大きくはないんだけどよ、品揃えはかなり豊富なん
だ。」
「ふーん。俺、あんま本屋とか来ねぇから分からねぇけど、確かに普通の本屋とは違う雰
囲気だな。」
跡部に連れられ入ったそこはまさに本の山。小さなスペースに様々な本がぎっしりと並ん
でいる。
「すっげぇ。図書館みてぇ。」
氷帝学園の図書館はだいぶ大きなものであったので、宍戸は学生のときのことを思い出す。
「俺、ちょっと欲しい本探してくるからよ、お前は適当に好きなところ行って時間潰して
ろ。」
「おう、分かった。じゃあ、あっちの方見てくるな。」
自分の読みたい本はどう考えても宍戸が興味を持ちそうもない本なので、跡部はその本を
一人で探すことにする。この本屋は出版社別ではなく、ジャンル別に本が並んでいるので
比較的読みたい本が探しやすいのだ。本棚の上に書いてあるジャンル名を手がかりに跡部
は自分の読みたいと思う本を探した。
「おっ、あったあった。」
まずは一つ腕に抱える。そして、また一つ。様々なジャンルを渡り歩き、欲しい本をいく
つか手にすると、跡部は満足気に会計を済ませた。随分待たせてしまったと、宍戸を探し
ていると、跡部はとあるジャンルの本棚の前で宍戸を見つける。
「アイツらしいっつったら、アイツらしいな。」
宍戸がいたのは、『絵本』のコーナーであった。しかも、そこにあったと思われる本に釘
付けになっている。何をそんなに真剣に読んでいるのかと不思議に思いながら、跡部は宍
戸に近づいていった。
「待たせたな。」
「あー。」
相当集中してるようで、跡部が話しかけても宍戸は適当に返事をするだけだ。
「何読んでんだ?」
「絵本。」
「そりゃ見りゃ分かる。どんな話だよ?」
「ちょっと待て。もうちょっとで読み終わるから。」
あと数ぺージだということで、跡部が読み終わるのを待ってやった。読み終わると宍戸は
満足そうに溜め息をついて本を置いた。
「読み終わったみてぇだな。」
「おう!激面白かったぜ。」
「で、どんな話だったんだ?」
「あのな、二匹のカラスがいてな、そいつらが世界中を旅すんだ。キレイなもんいっぱい
見て、でもキレイなものだけじゃなくて、大変な世界も見て、助け合ったり、ケンカした
りで、最後には世界の果てみたいなところに辿り着くんだよ。でも、もうそこに辿り着い
たときには二匹ともくたくたで、もう動けない状態なんだけど、空には満天の星が輝いて
て、それを見上げながら片方のカラスがこう言うんだ。『あの星まで飛んでいけたらいい
のにな・・・』って。でも、星までなんて飛べるはずねぇんだよ。結局、世界中の全部を
見てきたカラスはそのまま死んじまうんだけど、その二匹の体はふわあって浮いて、満天
の星のとこまで飛んでくんだ。それで、その二匹は一つの星になりましたって話。」
「ものすっごいまとめたな。まあ、だいたいの話の流れは分かったけどよ。」
「激いい話じゃねぇ?」
「お前の説明じゃそんなに詳しくは分からねぇが、かなりいい話だと思うぜ。」
「だろー?なあ、この絵本欲しいんだけど、ダメか?」
相当その絵本が気に入ったようで、宍戸はダメもとで跡部にオネダリをしてみる。
「俺も読んでみたいしな。いいぜ、買ってやるよ。」
「マジで!?やったー!!」
あんな話をされれば、気になってしょうがない。自分も読んでみたいと跡部はその絵本を
買うのを許した。本の代金分のお金を渡されると宍戸はおもちゃを買ってもらえた子供の
ようにニコニコしながら、その絵本を買いに行く。
「へへへー、うち帰ったらもっかい読み直そうーっと。」
「そんなに面白いのか?」
「おう!その二匹のカラスがさあ、何か俺と景吾に似てんだよ。」
「は?」
「一匹のカラスは、自信過剰でちょっとナルシー入ってて、でもどこか優しいところがあ
るって感じなんだ。で、もう一匹のカラスが、負けず嫌いで結構無茶する奴で、自分がこ
うと決めたら必ず実行みたいな感じ。だから、ケンカもいっぱいあるんだけどよ、お互い
のことを本当に大事だと思ってる。な、俺達に似てるだろ?」
ニッと笑いながら、宍戸は話す。確かに今の話を聞いた限りでは、自分達にそっくりだと
言える。これなら、宍戸があそこまで夢中になって読んでいたのも仕方がないと跡部は納
得した。
「その話が本当なら、だいぶ似てるってことになるんじゃねぇ?」
「だから、似てるんだって。うち帰ったら景吾も一緒に読もうな!」
「ああ。楽しみにしてるぜ。」
腕にそれぞれが買った本を抱えながら、二人は本屋を出て行った。

本屋を出るとあたりはもう真っ暗闇。しかし、今日の天気は快晴だ。宍戸が読んだ絵本ほ
ど満天の星というわけではないが、冬が近づいてきているということもあり、少し前に比
べてだいぶ多くの星が雲一つない夜空に輝いている。
「ひゃー、やっぱ夜は冷えるな。」
「そうだな。でも、空気が澄んでるから星が綺麗だぜ。」
「本当だー。さっきの絵本じゃねぇけど、いい感じの星空だな。」
夜空に瞬く星を見ながら、宍戸はキラキラと目を輝かせる。やはりさっき立ち読みした絵
本の印象が深く心に残ってるらしい。
「なあ、景吾。」
「何だ?」
「もしさあ、俺達が二人同時に死んだら、あのカラス達みてぇにあそこで光ってるような
星になれんのかな?」
普段は絶対言わないようなロマンチックな言葉を宍戸自ら言ってくるので、跡部は一瞬言
葉を失ってしまう。
「・・・・・」
「景吾?聞いてるか?」
「あ、ああ。そうだな。お互いに思い合ってればなれるんじゃねぇ?」
そんなことを聞かれてなれないとは言えないだろう。照れている顔を隠すように、跡部は
宍戸に背を向ける形で空を見上げる。
「うーん、でもあれだよな。死んでから二人で一つになって星になるってのも、なかなか
いい感じのことだけどよ、死んじまったら嬉しいとか幸せだーとか感じねぇもんな。そう
考えると、今、こうやって景吾と一緒に星を見てるって方が、断然幸せかも。」
死んで一つになるよりは、今こうして一緒に居られるという方が何倍も幸せだと、宍戸は
何の照れもなしに言ってのける。さすがにここまでキッパリ言われると、普段はそんなに
恥ずかしがらない跡部でも、相当な照れを感じてしまう。
「お前・・・よくそんな恥ずかしいことポンポンと言えるよな。」
「はあ?お前が普段俺に言ってくることの方が、よっぽど恥ずかしいセリフばっかじゃね
ぇか。」
意味が分からないというような表情で宍戸は跡部の顔を見る。自分だけドギマギしている
のは何となく悔しいと感じ、跡部は宍戸の腕を取り、ぐいっと自分の方へ引き寄せた。
「うわっ・・・何だよ?」
「死んでからじゃなくとも、一つになれる方法はあるぜ。」
「はぁ?何だよそれ?」
宍戸が自分の方に顔を向けたと同時に跡部は熱い接吻を施す。そして、唇を離すとぎゅっ
と宍戸の体を抱き締めてやった。
「続きは家に帰ってからだ。ここまですれば、その方法、分かるよな?」
跡部の言いたいことを理解し、宍戸の顔は一気に赤く染まる。
「なっ・・あ・・・?」
「しかも、一つになってるのに、ちゃーんと嬉しいとか幸せだとか感じられるんだぜ?」
宍戸が真っ赤になり、ドギマギしているのを見て、跡部は楽しそうに笑う。これでおあい
こだと思いながら、パッと抱き締める腕を解いてやった。
「よし、それじゃあ帰るか。早く帰って続きしてぇもんな。」
「べ、別にそんなこと思ってねぇ!!」
「俺がそう思うんだ。ほら。」
「何だよ?」
宍戸をからかいながら、跡部は本が入った袋を持っている手とは逆の手を宍戸の方へ差し
出す。それが何を意味するのか分からず、宍戸はきょとんとして首を傾げた。
「今、俺様の手はこの寒さで冷えてしょうがねぇんだ。テメェの手であっためろ。」
遠まわしに手を繋ごうと言っている跡部の言葉に宍戸は思わず笑みをこぼす。それならば
と、差し出された手を握り、宍戸は一言呟いた。
「全くしょうがねぇなあ。あっためてやるよ。」
お互いの手をぎゅっと握り合いながら、二人は家に向かって歩き出した。新婚らしいラブ
ラブな雰囲気を振りまきながら、二人は星屑の煌めく街を歩く。自分達にピッタリのペア
グラスと、自分達に似たカラスの話の絵本。二つの素敵な宝物を手に入れた跡部と宍戸は
家に帰ってからも気分よく二人の時間を過ごすのであった。

                                END.

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