可愛い君と出かけよう

ここは小中一貫校のとある私立の学園。ただいまは委員会の時間なのだが、委員会の教室
に集まった体育委員のメンバーはまともに委員会の仕事もせずに、トランプをして遊んで
いた。しかも、ビリには罰ゲームがあるということで、物凄く白熱している。
「よーし、これで私がババじゃないのを引けばあがりだ。」
「ま、負けませんから!!」
「負けたら罰ゲーム、ちゃんと受けてもらうからな。」
中等部三年で体育委員長である七松小平太と、中等部一年の平滝夜叉丸が最後の二人とな
り、火花を散らしながら熱い勝負を繰り広げている。小等部メンバーの金吾、四郎兵衛、
三之助は、二人より先にあがっていた。
『七松先輩も滝夜叉丸先輩も頑張ってください!』
下級生メンバーはどちらか一方の応援をすることは出来ないので、両方ともを応援する。
じーっと滝夜叉丸の持つカードを見つめ、これに決めたと言わんばかりに右のカードを引
き抜く。その瞬間、滝夜叉丸があっというような顔をした。
「よっしゃー!!あっがりー!!」
「この私がトランプで負けるなんて・・・」
「よーし、じゃあ、罰ゲームは滝夜叉丸だぞ。」
「負けを認めないのは格好悪いですからね。いいですよ、どんな罰ゲームでも受けてみせ
ますよ。」
「言ったな。金吾!」
「は、はいっ。」
一番にあがったのは金吾なので、罰ゲームを実行する権利は金吾にあった。しかし、小平
太は委員長という立場を利用し、その権利を金吾からもらおうとする。
「お前が滝夜叉丸に罰ゲームをするってのは、ちょっと気が引けるよな?」
「ま、まあ・・・」
「だったら、私が変わりにしてやろう。」
「ええ――っ!!ちょ、ちょっと待って下さいよ!!そんなのずるいじゃないですか!?」
金吾の言う罰ゲームならそんなにひどくないだろうと思っていた滝夜叉丸であったが、小
平太が考えるとなっては、そのレベルは大きく変わってくる。
「安心しろ。今回は走らせたりはしないから。」
「職権乱用ですよ〜。」
どんな罰ゲームが言い渡されるのだろうと、滝夜叉丸はビクビクしながら、小平太の顔を
見た。うーんとしばらく考えた後、小平太はにっと悪戯っ子のような笑みを浮かべる。ど
んな罰ゲームになるか、下級生も興味津津だった。
「次の休みに、女装して私とデート。うん、それがいい!」
「・・・・ええっ!?」
「七松先輩にしては、優しい罰ゲームだよな?」
「そうですね。いつもなら校庭100周ーとか、腹筋2000回!とかそんなですもんね。」
「よかったですね、滝夜叉丸先輩。」
普段の小平太の拷問じみた特訓があるため、そんな優しい罰ゲームは珍しいと、下級生メ
ンバーはそんなことを口にする。確かに肉体的には大したダメージはないが、精神的には
なかなかクる罰ゲームだと、滝夜叉丸は大きな溜め息をつく。
「んじゃ、次の休みに滝夜叉丸は、私好みの女装をして、9時に駅前に来ること!!分か
ったな!」
「・・・はい。」
嫌だなあと思いつつ、罰ゲームなら仕方がない。全く本当に暴君だなあと思いながら、滝
夜叉丸は小平太の言葉に頷いた。

次の日曜日、滝夜叉丸は自分の出来る精一杯の女装をして駅前で小平太を待っていた。い
つもはポニーテールのように一つにまとめている長い髪を下ろし、薄いピンク色のリボン
をしている。服装は、上は白いカットソーにピンク色のアウターを羽織るような服で、下
はフリルのついたミニスカートを穿いている。足元は夏らしい少し踵の高いサンダルを履
いて、誰が見ても女の子に見える格好をしていた。
「遅いなあ、七松先輩。」
と、鞄の中に入れていた携帯電話が鳴った。開いて見てみると、小平太から一通のメール
が届いていた。
「えっと・・・少し遅れ・・・」
メールを読もうとした瞬間、パッと後ろから目を塞がれる。
「だーれだ?」
「・・・・七松先輩。」
「あったりー!おーはよ、滝夜叉丸。」
「遅いですよ、もう!!」
くるっと振り返る滝夜叉丸の姿を見て、小平太はズギューンと胸を打たれる。これは想像
以上だと、胸が高鳴る。
「ヤッベェ!!超好みだよ、滝夜叉丸!!可愛すぎーvv」
「ちょっ、大声で名前呼ばないで下さい!!バレるでしょう!」
格好は女の子でも、名前はそのままであるため、その名を呼ばれれば男であるということ
がバレる可能性がある。口に指を当てて、滝夜叉丸は小平太を注意した。
「あはは、悪い悪い。でも、本当女の子だな。ここまでとは思わなかった。」
「当然です。私は優秀なんですから。」
「女装も優秀だなんて、素敵すぎだろ!!うっわあ、今日のデートマジ楽しみだし。」
デートと言われ、滝夜叉丸は少し赤くなる。もともと小平太とは恋仲ではあるが、ここま
であからさまにデートっぽいことは、まだしたことがなかった。
「今日はどこに行くんですか?」
「遊園地だ!」
「遊園地?」
「実は知り合いからタダ券をもらってな、ペアだったから滝夜叉丸と行きたいと思って。」
「そうですか。」
「よーし、それじゃ早速遊園地に向かうぞー!!いけいけどんどーん!!」
「恥ずかしいですから、あんまり大声でそういうこと言わないでください。」
テンション高くいけどんモードになっている小平太を制止しながら、滝夜叉丸は小平太の
服を掴む。楽しみとドキドキ感で、滝夜叉丸の胸は既にいっぱいになっていた。

遊園地に向かうまでの電車は、休日ということもあり、かなり満員であった。何とかドア
のすぐ近くを確保したものの、慣れない満員電車はなかなかキツイものがある。滝夜叉丸
をよりドアに近いところに立たせると、小平太はその体を他の人からかばうように、ドア
に手をついた。
「これなら少しは苦しくないだろ?」
「は、はい。でも、七松先輩がキツくないですか?」
「私は大丈夫だ。滝夜叉丸をこっちに立たせる方がいろいろ心配だからな。」
「そうですか・・・」
本当に女の子のように扱われ、何だかくすぐったいなあと思いながら滝夜叉丸は、上目遣
いで小平太のことを見上げる。と、次の瞬間、大きく電車が揺れた。
「うわっ・・・」
「わっ!!」
手をついていたもののバランスを崩してしまい、小平太と滝夜叉丸の顔は今にも触れてし
まいそうなほど近づく。
(うわ、近い・・・)
「わ、悪い、滝夜叉丸。」
「だ、大丈夫です。」
「でも、こんなに近づいて見てみると、やっぱ、滝夜叉丸の顔って綺麗だよなあ。」
「な、何言ってるんですか!?」
「本当のことだぞ。滝夜叉丸の顔、超可愛い。」
「そんなこと・・・こんな近距離で言われたら・・・・」
恥ずかしくて小平太の顔をまともに見れなくなってしまうと、滝夜叉丸はその目を伏せる。
(うわあ、マジでストライクだよ、滝夜叉丸〜。)
勝手にニヤけてくる顔を抑えられず、小平太はすぐ側にある滝夜叉丸の顔をじっと見つめ
る。満員電車の不快感も忘れてしまうほど、小平太の心は滝夜叉丸に奪われていた。
「七松先輩っ。」
「ん?何?」
「あんまり見られてるの恥ずかしいんで、少し顔の位置ずらしてもらえませんか?」
「えー、何でー?」
「恥ずかしいからって言ってるでしょう!」
「ちぇっ、滝夜叉丸がそう言うならしょうがないか。」
もっと滝夜叉丸の顔を眺めていたかったが、嫌がることをするのも何だということで、小
平太は少し顔の位置をずらす。ちょうど肩の上あたりに顔を移動させると、ふわっと良い
香りが小平太の鼻をくすぐった。
「あれ?滝夜叉丸、香水とかつけてる?」
「いえ、つけてませんけど・・・?」
「何かすげぇイイ匂いがする。このへんとか。」
「〜〜〜〜っ!!??」
もっとその匂いを嗅ぎたいと、小平太はボフンと滝夜叉丸の首元に顔を埋める。そんな小
平太の行動に、滝夜叉丸の心臓は跳ね上がった。
「ちょっ・・・何してるんですか!?七松先輩っ!!」
「んー、滝夜叉丸、すげぇイイ匂いだよ。着くまでこうしてる。」
「な、な、七松せんぱーい!!」
電車の中なのでそんなに大きな声ではないが、滝夜叉丸は小平太の行動に抗議の言葉を放
つ。しかし、小平太はそんな言葉に耳を貸さず、電車に乗っている間中、滝夜叉丸にべっ
たりくっついていた。

満員電車でドキドキしすぎて、かなりお疲れ気味の滝夜叉丸であったが、遊園地に着いた
らもう完璧に小平太のペースであった。いつものいけどんで、絶叫マシンばかりを連続で
乗りまくり、コーヒーカップなどに乗っても、限界まで回すというような感じであった。
おかげで滝夜叉丸はすっかりヘロヘロになってしまい、もう倒れる寸前であった。
「な、七松先輩・・・・」
「よーし、次はアレに乗ろう!!」
「・・・もう、限界です。」
小平太の後ろを歩いていた滝夜叉丸は、ぐらっとその体を傾ける。ハッとそれに気づいた
小平太は慌てて滝夜叉丸に駆け寄り、倒れる体を支えた。
「う〜・・・」
「わああ、滝夜叉丸っ!!」
これは大変だと、小平太は滝夜叉丸を抱きかかえ、日陰のベンチに向かう。いったんそこ
に滝夜叉丸を寝かせると、冷たい飲み物を買い、持っていたタオルを水で濡らした。ベン
チへ戻ると、滝夜叉丸を自分の膝を枕にして寝かせ、濡らしたタオルを額に乗せる。
「大丈夫か?滝夜叉丸?」
「・・・・あんまり大丈夫じゃないです。」
「ゴメンな〜。面白そうな乗り物がたくさんあったからつい・・・・」
「分かってます。少し休めば、すぐ良くなると思うんで・・・」
「そんなに無理しなくていいからな。気分よくなったら、今度は滝夜叉丸の乗りたいもの
に乗ることにするから!」
「・・・ありがとうございます。」
先程まで嫌というほど振り回されていた滝夜叉丸だが、優しく介抱され、気遣うような言
葉をかけてもらい、何だか胸がキュンとしてしまう。
「あの・・・七松先輩。」
「何だ?」
「手・・・握ってもらえたら、早くよくなるかなあって・・・・」
控えめに手を出しながら滝夜叉丸はそんなことを言う。何て可愛いことを言ってくれるん
だと、小平太は差し出された手をぎゅっと握った。
「これでいいか?」
「はい・・・」
小平太に手を握られ、その触れ合う掌から小平太の元気が伝わってくるような気分になる。
もう少しこのままでいたいと滝夜叉丸は目を閉じ、その感覚をじっくりと味わった。

だいぶ気分がよくなった滝夜叉丸は、ゆっくりと起き上がりベンチに腰掛けるような体勢
になる。
「もう大丈夫です。すいません。」
「いやいや、気にしてないから。むしろ、私の方が悪いんだし。それで、滝夜叉丸はどれ
に乗りたいんだ?」
もう絶叫マシンは勘弁願いたいと、それ以外のものを滝夜叉丸は探す。そんな滝夜叉丸の
目に一番始めにとまったのは、メリーゴーランドであった。あーいう穏やかな乗り物に乗
るのも悪くないと、滝夜叉丸は小平太にそのことを伝えた。
「あれとか、ダメですか?」
「あれ?ああ、メリーゴーランドか。」
「七松先輩が乗りたくないのなら、私は全然・・・」
「なーに言ってんだよ。滝夜叉丸が乗りたい乗り物は私も乗りたい乗り物だ。」
ニッと笑いながら、小平太はそんなことを言う。ベンチから立ち上がると、小平太は滝夜
叉丸に手を差し出した。
「それじゃ、行くか。滝夜叉丸。」
「はい。」
差し出された手を取り、滝夜叉丸は立ち上がる。ゆっくり休んだおかげで、ふらふらする
感じもなくなり、すっかり気分はよくなっていた。手を繋いだまま、二人はメリーゴーラ
ンドのある場所へ向かう。他の乗り物に比べて、今の時間はあまり混んでいなかったため、
すぐに乗ることが出来た。真っ白な馬に乗ろうとして、滝夜叉丸はふとあることに気づい
た。
(スカートのまま、馬を跨ぐのって・・・あんまりよくないよな?)
「どうした?滝夜叉丸。」
「え、えっと・・・スカートのまま跨ぐのって、マズイかなあと思いまして。」
「んー、私的には大歓迎だけど、他の人に見られるのは嫌だなあ。」
「ですよねー。どうしましょう?」
「あっ、だったら・・・・」
どうやって乗ろうか考えている滝夜叉丸の体をひょいっと持ち上げ、小平太は馬の上に横
座りになるように滝夜叉丸を乗せた。そして、その後ろに自分も乗る。
「な、七松先輩っ!?」
「これならオッケーだろ?」
「何で七松先輩も同じ馬に乗るんですか!?」
「だってその方が滝夜叉丸にくっつけるじゃん。」
「でも・・・」
「それに、この構図、姫と騎士みたいな感じでよくない?」
そう言われれば確かにそうだと、滝夜叉丸はボンっと赤くなる。ただのメリーゴーランド
なのに、どうしてここまで照れなければならないのかと思いつつ、滝夜叉丸は胸のときめ
きを抑えられない。そんな状態である中、ゆっくりと木馬が動き出した。
「おっと、しっかりつかまってないと危ないな。」
動き出すと同時に、小平太は鉄の棒を掴んでいる滝夜叉丸の手に自分の手を重ねた。小平
太の手が自分の手に重なり、滝夜叉丸はドキっとしてしまう。
「っ!!」
「滝夜叉丸、顔真っ赤。可愛いなあ、本当に。」
「だって、七松先輩が・・・・」
「メリーゴーランドもなかなか楽しい乗り物だな。これは新しい発見だ。」
恥ずかしがってる滝夜叉丸が可愛いと、メリーゴーランドが回っている間、小平太は始終
笑顔であった。恥ずかしがってうつむいている滝夜叉丸も、心の中では、これはなかなか
よいシチュエーションだなと思っていた。木馬がゆっくりと動いている間、絶叫マシンに
はない甘い雰囲気を二人はじっくりと堪能した。
「はあー、面白かった。いい選択だったぞ、滝夜叉丸!」
「そうですか。それは・・・よかったですね。」
いまだに胸のときめきが治まらない滝夜叉丸は、小平太の顔を見ずにそんな返事をした。
まだ照れているのかと、小平太は少し滝夜叉丸をからかいたくなる。
「滝夜叉丸。こっち向けよ。」
滝夜叉丸の頬のすぐ横に人差し指を置いて、小平太はそんなふうに声をかける。そう言わ
れたなら、そちらの方を向かないわけにはいかない。
「何ですか?」
ぷに
「あはは、引っかかったー!!」
「ちょっ、七松先輩っ!!」
子どものような悪戯に引っかかってしまい、滝夜叉丸はぷくーと頬を膨らませ怒ったよう
な顔になる。しかし、そんな滝夜叉丸の表情も小平太には可愛いとしか感じなかった。
「膨れっ面も可愛いな〜、滝夜叉丸。」
「もう知らないです!!」
ぷいっとそっぽを向く滝夜叉丸の肩を抱いて、小平太はへらへらしながら次の乗り物へ乗
ろうと誘う。
「滝夜叉丸、あと一つ乗りたい乗り物があるんだが・・・」
「えっ!!」
また絶叫マシンだと思い、滝夜叉丸は一瞬青ざめる。しかし、そんな予想に反して、小平
太が指差した乗り物は、自分も乗りたいと思っていた乗り物であった。
「あれなら、滝夜叉丸でも大丈夫だろ?」
「・・・観覧車ですか?」
「そう。やっぱ、遊園地デートの醍醐味と言ったら観覧車だろ?」
自分もそう思っていたが故に、滝夜叉丸はこくんと頷き、小平太の誘いに応じた。遊園地
に来てからだいぶ時間が経っているので、空に浮かぶ太陽は色を変え、ゆっくりと傾き始
めていた。
「そろそろ日が沈み始める頃だし、上から見える景色もすごい綺麗だと思うんだよな。」
「そうですね。」
「じゃあ、行くか!!」
「はい。」
最後の締めだと言わんばかりに二人は軽い足取りで、観覧車のある場所へと向かう。一番
景色がよく見える時間帯ということもあり、観覧車には行列が出来ていた。
「結構込んでますね。」
「でも、少し待った方が時間帯もいい感じになるし、ちょうどいいんじゃないか?」
「確かに。空が夕焼け色になるまでにはもう少し時間がありますもんね。」
「楽しみだな、滝夜叉丸。」
本当に嬉しそうな顔でそう言われ、滝夜叉丸は少し照れながら、しかし、笑顔を浮かべて、
その言葉に頷いた。待っている時間も二人でいるため、それほど長くは感じられなかった。
自分達の番が来ると、小平太は先に滝夜叉丸を乗せ、その後で自分も四角いゴンドラに乗
り込んだ。扉が閉まるとゆっくりと空に向かって、そのゴンドラは上昇してゆく。
「滝夜叉丸、隣座っていいか?」
「あっ、はい。」
乗った時は向かい合わせに座っていた小平太だったが、どうせならもっと滝夜叉丸の側に
寄りたいと、滝夜叉丸の隣へ移動する。だんだんと空に近づくゴンドラから見える景色は
夕焼け色に染まり、二人の目を楽しませた。
「すごいぞ、滝夜叉丸。全部が真っ赤だ。」
「そうですね。綺麗です。」
「今日は滝夜叉丸とここに来れてよかった。こんな可愛い格好してくれて、可愛い顔たく
さん見せてくれたし。」
「こ、この格好は・・・罰ゲームじゃないですか。」
「けど、その服を選んだのは滝夜叉丸だろ?本当、私好みの格好で最高だぞ。」
「七松先輩・・・・」
これ以上なく容姿について褒められ、滝夜叉丸は照れ笑いを浮かべながら小平太の顔を見
る。そんな滝夜叉丸の顔を見て、小平太はドキっとしてしまう。
「なあ、滝夜叉丸。」
「何ですか?」
「一つ頼みがあるんだが、いいか?」
「はい。」
「今だけでいいから、私の名前を下の名前で呼んで欲しい。」
「えっ・・・?」
思ってもみないことを言われ、滝夜叉丸は少し驚く。今まで小平太のことを下の名前で呼
んだことなどなかった。そう言われて、自分は同級生にも下級性にも上級生にも下の名前
で呼ばれることが多いが、小平太を下の名前で呼んでいる下級生はほとんどいないという
ことに滝夜叉丸は気がついた。普段とは違う呼び名で呼ぶというのは、なかなか照れくさ
いものであるが、滝夜叉丸は言われた通り、下の名前で小平太のことを呼ぼうとする。
「こ、小平太・・・先輩。」
滝夜叉丸の声で下の名前で呼ばれ、小平太の胸は今までになく高鳴る。もっとその響きを
聞きたいと、小平太はもう一度自分の名前を呼んでくれるように頼んだ。
「もう一回言って、滝夜叉丸。」
「小平太先輩。」
「滝夜叉丸っ。」
胸のときめきが最高潮に達し、小平太は思わず滝夜叉丸に口づける。突然の接吻に驚く滝
夜叉丸であったが、全く嫌だとは思わなかった。
「ん・・・む・・・・」
余裕のない小平太は、自分で自分を止められず、より深く滝夜叉丸を味わおうとする。し
ばらく夢中になって、滝夜叉丸に口づけていた小平太であったが、ふと我に返り、慌てて
その唇を離す。
「あっ・・・わ、悪い、滝夜叉丸・・・」
「ハァ・・・ハァ・・・・」
ドキドキしながら大きく息を吸う滝夜叉丸であったが、一度こういうことをされたら、滝
夜叉丸のスイッチも入ってしまう。まだ、観覧車が下に下りるまでは時間がある。小平太
の服をぐいっと掴み、今度は滝夜叉丸からキスをした。
「もっとしてください・・・小平太先輩。」
「っ!!??」
名前呼びで、しかもおねだりされ、小平太はすっかり滝夜叉丸にメロメロになってしまう。
がしっと滝夜叉丸の肩と頭を捉えると、小平太は甘く熱いキスを滝夜叉丸に数えきれない
ほど施した。

観覧車から下りると、二人はどちらも先程の余韻に浸りながら、夢見心地で出口の方に向
かう。
「そろそろ帰るか。」
「・・・はい。」
「なあ、滝夜叉丸。」
「何ですか?七松先輩。」
「また、デートしような!!」
「っ!!・・・・はい。」
デートという言葉を聞いて、ドッキリしてしまう滝夜叉丸であったが、今日一日とても楽
しかったのは確かであった。笑顔で小平太の言葉に頷き、きゅっと小平太の手を握る。
「た、滝夜叉丸っ!?」
「デートをするのは構いませんけど、今度は女装はしませんからね!!」
「お、おう・・・・」
最後の最後で胸きゅんな態度を取られ、小平太は柄にもなく真っ赤になり、それ以上言葉
が出てこなかった。ドキドキさせられたまま、小平太は滝夜叉丸の手を引き、駅へと向か
う。行きとは打って変わって、帰りの電車はがらがらで、ゆっくりと座れることが出来た。
「今度は空いてますね、電車。」
「ああ、よかったな。帰りはゆっくり休みながら帰れるぞ。」
「はい。今日はたくさん遊んで疲れましたから。」
ふーっと大きな溜め息をつくと、滝夜叉丸は小平太の隣に腰掛ける。電車が発車するまで、
他愛もない話をしていた二人であったが、電車が発車してしばらくすると、滝夜叉丸がこ
っくりこっくりとふねをこぎ始める。
「眠いのか?」
「・・・はい、少し。」
「起こしてやるから、寝てもいいぞ。」
「・・・・ありがとう・・・ございます。」
相当眠かったようで、小平太にそう言われると、滝夜叉丸は小平太の肩に頭を預け、ぐっ
すりと眠ってしまう。そんな滝夜叉丸の寝顔を見ながら、小平太はふっと顔を緩ませた。
「最後までこんな可愛いなんて、さすがだよなあ、滝夜叉丸。」
可愛らしい滝夜叉丸の寝顔を眺めつつ、小平太はそう呟く。今日は最高の一日だったなあ
と思いながら、小平太はじっくりと滝夜叉丸の寝顔を堪能するのであった。

                                END.

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