可愛いのどっち??

いつもと変わらない昼休み。岳人と忍足は屋上でまったりと日向ぼっこをしていた。
「たまには、こんなふうにのんびり過ごすのもええなあ。」
「そうだな。いい感じの日差しだし。」
強すぎず弱すぎもしない日差しを浴びながら、二人はぼーっと空を見上げていた。しばら
く雲が流れるのを見ていると、何かを思い出したかのように岳人が声を上げる。
「あっ、そうだ!」
「どないしたん?」
「次の休み、侑士暇か?」
「んー、今のところは特に予定はないけど・・・」
そんな忍足の言葉を聞いて、岳人はにぱっと笑う。
「そしたらさ、一緒にホテル行かねぇ?」
「ホテル?」
楽しげにホテルへ行こうなどという言葉を聞き、忍足はラブがつく方のホテルを想い浮か
べてしまう。
「それは、俺らが行ってもいいホテルなん?」
「どのホテル想像してんだよ?まあ、そっちに行けるもんなら行ってみたいけど。」
違う違うと首を横に振りながら岳人は笑う。そのホテルでないならば、普通のホテルかと
忍足は考える。しかし、跡部や鳳と違って、思いつきでほいほいとホテルに泊まれるほど、
自分達には金銭的余裕はない。
「けど、ホテルに泊まる言うてもそんな金、今ないで。今月は結構使っちゃってるからな。」
「それは全然問題ないぜ。実はな、跡部からホテルのペア宿泊券をもらったんだよ。」
ニッと笑って岳人はブレザーのポケットから二人分の宿泊券を取り出す。それなら、確か
に全く問題ないが、何故いきなり跡部がそんなものをくれたのか、忍足には全く分からな
かった。
「いくら跡部でも、ただでそんなもんくれるほど気前よくないやろ。何したん?」
「へへへ、実はな・・・」
内緒話をするように、岳人は忍足の耳元で何をしたかをこそこそと話す。岳人の話を聞い
て忍足は跡部のその気前のよさに納得する。
「なるほどな。さすが跡部やわ。」
岳人が跡部にしたこと。それは、宍戸の幼稚舎の頃の写真を焼き増しして、あげたという
ことだ。小学校の頃はイギリスの学校に通っていた跡部は、幼稚舎の頃の宍戸をほとんど
知らない。しかし、その一方、岳人はジローと共に幼稚舎の時から宍戸とは友達で仲がよ
かったため、跡部の知らない宍戸の写真をたくさん持っていた。そんな岳人がたまたま持
ってきていた氷帝学園幼稚舎の卒業アルバムを見て、その頃の宍戸の写真がもっと見てみ
たいと、跡部が言い出したのを聞き、岳人はお礼をしてもらうからなという条件付きで他
の写真を持ってくることにしたのだ。
「結構いろんな写真用意したんだけどよ、どれも跡部のツボだったみたいだぜ。」
「それで、ホテルのペア宿泊券をくれたってわけか。」
「ペアでくれるところが、さすが跡部って感じだよな!」
「せやな。ほなら、全然構わないで。次の休みにホテルに泊まんの。」
「よっしゃー、なら、決まりだな!!」
「何やよう分からんけど、俺にしちゃラッキーなことやな。タダでホテル泊まれるなんて。」
跡部がくれるのだから、それなりにいいホテルだろうと、忍足はそのホテルに泊まること
を楽しみする。それはもちろん、岳人もであった。
「楽しみだな、侑士。」
「ああ。なかなか二人でホテルに泊まるなんて出来ないから、ホンマ楽しみやで。」
次の休みのことを考えて、うきうきした気持ちになっていると、昼休みの終わりつ告げる
チャイムが鳴る。午後の授業はいい気分で受けられると、二人はにこにこしながら、屋上
を後にした。

次の休日、岳人と忍足は跡部にもらった宿泊券のホテルにやってきた。外見からしてかな
り高そうなホテルであったが、ボーイに案内された部屋に入り、二人は絶句した。
「こちらのお部屋になります。」
『あ、ありがとうございます。』
「それではごゆっくり。何かありましたら、内線でご連絡下さい。」
ペコっと軽く頭を下げると、案内係のボーイは部屋から出て行く。完全にボーイが見えな
くなるのを確認すると、二人はあまりに豪華な部屋の様相に感嘆の声を上げた。
「すっげぇー!!何だよ!?この豪華な部屋!!」
「ありえへんわ・・・どんだけやねん。」
「まさかこんな豪華な部屋だとは思わなかったぜ。たぶん実際ちゃんと金払って泊まった
らものすっげぇ高ぇんだろうな。」
「10万越えてるんちゃうん?この部屋だったら。」
そんなふうに二人が思うほど、その部屋は豪華であった。写真をあげただけで、ここまで
のお礼をもられるとは思っていなかったので、岳人は宍戸と小学生の頃から友達でよかっ
たなあと心の底から思った。
「岳人。」
「ん?何?」
「この部屋って、小学生の頃の宍戸の写真をあげたお礼なんやろ?」
「まあ、そうだな。」
「ということは、宍戸の小学生の頃の写真は、これだけの価値があるってことだよな?」
「そうなんじゃねぇ?」
跡部にとっては物凄い価値のあるものなのだなあと、二人は顔を見合わせて苦笑する。何
はともあれ、こんなに豪華なホテルにタダで泊まらせてもらえるのだ。楽しまなければ損
だと、二人は存分にこの部屋の設備やサービスを堪能することにした。

広く綺麗なお風呂に入ったり、ルームサービスで豪華な御馳走を食べたりと、岳人も忍足
も十二分にこの夢のような状況を満喫する。身体も綺麗になり、お腹も満たされると、二
人はベッドに腰かけ、ゆっくりとくつろぐ。
「はあー、もう最高だな。」
「せやな。飯もメッチャ美味かったし、お風呂も跡部の家に負けないくらい豪華やったし。
なかなかこんな体験出来へんわ。」
「だよなあ。」
「そういえば、跡部にあげた宍戸の写真どんな感じなん?」
ここまでいい思いの出来る写真とはどんなものだろうと気になり、忍足は岳人にそんな質
問をする。
「幼稚舎の時の学校行事とか、あとは日常の一コマとかそんなノリの写真かな?」
「へぇ、幼稚舎の時の宍戸ってどんな感じだったん?今とあんまり変わらへんの?」
「んー、性格はそんなに変わってねぇ気がするけど、見かけは今っつーより、髪が長かっ
たときに比べても、もっともっと女の子みたいな感じだったぜ。」
「女の子みたいねぇ。けど、そないなこと言ったら、怒ったんやろ?」
今の宍戸の性格を考えるときっとそうなんだろうなあと、そんな宍戸を想像して、笑いな
がらそんなことを言う。しかし、意外にも岳人の返事は想像とは少し違っていた。
「それがそうでもねぇんだよな。笑いを取るために、わざと女の子っぽい仕草とかしたり
もしてたし。でも、それがマジで可愛いから、笑いを取るどころか、男子からも女子から
も違う意味で人気あったんだよ。」
「へぇー、そりゃ意外やな。」
「幼稚舎の頃の宍戸は本当可愛かったぜ。感情を表に出すのは今とあんまり変わらねぇか
ら、笑ったり泣いたり怒ったり、時と場合によってコロコロ表情が変わってさ。小学生の
頃って、女子も男子もそんなに体型変わんねぇから、女装なんてしたりしたらもうどんな
美少女だよって感じだったし。」
宍戸が可愛かったということを、岳人は実に楽しそうに話す。初めはそんな話を笑いなが
ら聞いていた忍足であったが、あまりにも岳人が宍戸のことを可愛い可愛いと褒めまくる
ので、時間が経つにつれ、胸の中がもやもやし、イライラしてくる。この程度のことでヤ
キモチをやくなど大人気ないと思いながらも、その感覚はだんだんと強くなっていった。
「キャンプの時のスタンツの時なんかさー、手作りの動物の耳とか尻尾とかつけたりした
んだけどよ、それがもう無茶苦茶似合うっつーか、マジ可愛くて・・・・」
(もう我慢出来へんっ・・・)
「楽しく話してるとこ悪いな。ちょっとトイレ行ってくるわ・・・」
「えっ?おう。」
しばらく我慢していた忍足であったが、もう限界であった。ヤキモチをやいていることを
隠そうと、必死で笑顔を作ろうとしたが、あまりにももやもやした気分が強すぎて、完全
には隠しきることは出来なかった。部屋の中にあるトイレに籠ると、忍足は頭を抱え、大
きな溜め息をつく。
「はあー、何やってるんやろ・・・俺。」
岳人が楽しそうに話しているのは自分も楽しくなることだが、他の者を物凄く可愛いと連
発されれば、どうしてもイライラしてきてしまう。ポーカーフェイスが得意な忍足である
が、こういう気持ちはどういうわけか隠すことが出来なかった。しかも、ヤキモチをやい
て、トイレに籠るなど、何て子供じみたことをしているんだと、軽い自己嫌悪に陥る。
「カッコ悪いなあ。けど、我慢出来へんもんなあ・・・・」
何だか気まずくて、そうすぐには出て行けないと、忍足はしばらくそこから動けずにいた。
一方、何となく様子のおかしかった忍足の様子を察知した岳人は、自分のしてしまった大
きなミスに気づく。
「あー、そっか。侑士の様子が変なのは、俺の話の所為か。」
やってしまったと、反省しつつも、こんなちょっとしたことでヤキモチをやく忍足が可愛
いなあと、岳人の顔は自然と緩んできてしまう。そんな顔の緩みを抑えつつ、トイレの前
まで移動した。そして、ノックをしながら、中にいる忍足に声をかける。
コンコンっ
「侑士、いるよね?」
「・・・あ、ああ。」
「本当にトイレだったら邪魔しないけど、もし違うんだったら出てきて。」
「・・・・・。」
「俺、ベッドのところで待ってるから。」
そう声をかけると、岳人はベッドの方へと戻る。岳人の言葉を聞き、忍足はどうしようか
と考えたが、本当にトイレを使ってるわけではない。これは出ていかなければならないな
あと、ゆっくりと立ち上がり、ドアを開いた。忍足がトイレから出てくるのに気づくと、
岳人は手招きをし、忍足を自分の方へ呼び寄せた。
(はあー、メッチャ気まずいわぁ。)
小さく溜め息をつきながら、忍足は岳人のもとへ歩いてゆく。忍足が自分の目の前まで来
ると岳人はベッドから立ち上がり、逆に忍足を座らせた。
「ゴメンな、侑士。」
「えっ・・・?」
ポスンと忍足の頭に手を置きながら、岳人はそんな言葉を口にする。いきなり謝られ、何
のことだか分からないと、忍足は少々戸惑ったような表情で岳人を見上げた。
「俺が宍戸のことばっか話してるから、ヤキモチやいてんだろ?」
「・・・・・・。」
図星であったが、それを自ら認めるのは何となく恥ずかしく忍足は黙ってうつむいた。
「確かに幼稚舎の頃の宍戸は可愛かったと思うけど、俺が今一番可愛いと思うのは、侑士
だぜ。」
岳人のその言葉を聞いて、忍足の胸はひどくときめく。その言葉にどんな言葉を返せばよ
いか思いつかず、忍足はただ顔を赤く染め、しばらく黙っていた。なかなか顔を上げてく
れない忍足に、岳人はちょっと不安になる。
「まだ怒ってるのか?侑士。」
そんな岳人の問いかけに、忍足は態度で答える。ポスンと岳人の胸に頭を預けると、ボソ
リと一言呟いた。
「・・・・ずるいで、岳人。」
「へっ?何が?」
「そないなこと言われたら、もやもやした気分どっかいってまうで。」
声色からかなり恥ずかしがりつつ、忍足がそう言っているのが岳人には分かった。やはり、
一番可愛いのは忍足だと、再認識しながら、そのまま忍足の体を抱きしめる。
「本当、マジ可愛すぎだぜ、侑士!!」
「わっ、岳人っ!!」
「好きだぜ!!」
可愛い、好きだという言葉に忍足の胸からもやもやした気分は完全になくなる。甘い胸の
ときめきと速くなる鼓動を心地よく感じながら、忍足はふっと口元を緩ませた。

そんな流れでしばらくイチャイチャした後、岳人は飲み物が飲みたいと自分の鞄の中から
ペットボトルを取り出した。ペットボトルを出したはずみに、何かがバサッと床に落ちる。
「岳人、何か落ちたで。」
「おう。何が落ちたんだ?」
拾い上げてみると、それは跡部にあげた写真の焼き増し前の写真であった。
「あー、跡部にあげた写真の一部だ。」
「ホンマ?見せてぇな。」
「いいぜ、ほら。」
拾い上げた何枚かの写真を岳人は忍足に手渡す。あれだけ岳人が可愛いと絶賛していた宍
戸はどんな感じなのだろうと、忍足は興味津津とばかりに渡された写真に目を落とした。
「あー・・・」
そこに写っていた幼稚舎の頃の宍戸は、忍足から見ても半端なかった。運動会の時の写真
なのか、体操服で一番の旗を持って満面の笑みを浮かべている写真。家庭科の調理実習で
エプロンと三角巾を身に着け、ボールの中に何かを泡立て器でかき混ぜている写真。水泳
の授業で小学生らしい水着を身につけた写真等々、そこには誰が見ても可愛いとしか言え
ないような宍戸が写っていた。
「確かにこれはメッチャ可愛いわ。岳人が言ってたことすっごい納得。」
「だろー?今より女の子っぽくて、素直だから表情も豊かで、しかも格好とかも萌え要素
満載で。」
忍足の言葉を聞いて、岳人は笑いながら、冗談じみた口調でそんなことを言う。実際の写
真見てみると、そんな言葉にも忍足は頷くしかなかった。
「これ見たら、それは認めざるえないわぁ。」
「きっと、今頃この写真は、跡部のオカズになってるぜ。」
「あー、それはそうかもしれへんなあ。跡部にとっちゃ完全にオカズにはなるな。」
無茶苦茶なことを言っている岳人に忍足は苦笑しつつも同意する。ほんの少し下ネタな話
をしていると、岳人がふと思いついたように呟いた。
「俺も侑士が小学生の頃の写真欲しいなあ。」
「もし、あげたとしたら、跡部と同じような使い方するんやろ?」
「しねぇよ!!たぶん・・・」
「たぶんってダメやん。そんなんやったら、あげられへんなあ。」
「えー、いいじゃん写真の一枚や二枚ー。」
「ダーメ。」
だだをこねるようにそんなことを言う岳人だが、忍足はきっぱりとした口調で断った。
「ぶー、ケチー。侑士からもらえなくても、他のルートで手に入れるからいいもん。」
「他のルート?何やそれ?」
「内緒ー♪」
岳人の言う他のルートは、お互いの姉を通してのルートであった。岳人の姉と忍足の姉も
知り合いなので、そこのルートを使えば、忍足を介することなく忍足の小学生の頃の写真
が手に入る。
「教えろ。どんなルートやねん?」
「教えない。」
「教えろ。」
「教えない。」
しばらくそんなやりとりをして、二人は広い部屋でぎゃあぎゃあと騒ぐ。そんな何気ない
やりとりを繰り返しながら、いつもとは違うちょっと豪華な休日の夜は更けていった。

                                END.

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