ここはフリーズランド。いつでも雪と氷に覆われている寒冷地帯だ。レオモンとオーガモ
ンは今、このフリーズランドに来ていた。
「おい、待てよ!!レオモン!」
「遅いぞ、オーガモン。もうちょっと速く歩けないのか?」
「んなこと言ったってよ、この道じゃしょうがねぇだろ。」
「まだまだ修行が足りないな。」
オーガモンが速く歩けないのには、道が雪で覆われていること以外にも理由があった。そ
こまで寒さに慣れていないために、風邪をひいていたのだ。
(あー、寒いしだるいし・・・マジでヤバイかも・・・)
「本当に、待っててば・・・レオモン。」
無理をして歩きにくい道を歩いていたため、オーガモンの息は次第にあがってきていた。
「ハァ・・・ハァ・・・」
あまりにきつそうな表情をしているオーガモンを見て、さすがにレオモンもその異変に気
づく。
「どうしたんだ?大丈夫か?」
「ハァ・・・別にどうってことねぇよ。ちょっと体がだるいだけで・・・ゲホっ・・・ゴ
ホっ・・・」
「お前、風邪をひいているんじゃないのか?」
「大丈夫だって・・・言ってんだろ・・・・」
強がってそんなことを言ってみせるが、実際は全く大丈夫ではなかった。寒さと無理をし
て動いていたことで、かなり熱が上がってきていた。
「少し休もう。体調が悪いなら悪いで、素直に言えばいいだろう。」
「うるせー!!どうしようと俺の勝手だろ!ゲホっ・・・ゴホっ・・・」
「とにかく、休めるところを探して休むぞ。」
このままでは風邪が余計に悪化してしまうと、レオモンはどこか休めるところを探す。軽
く辺りを見回してみると、ちょうどよさげな洞窟を見つけた。
「オーガモン、あそこに洞窟がある。あそこでなら、火も起こせるだろうし、休めるだろ
う。」
「・・・そうだな。」
ぼんやりとする意識の中で、オーガモンはレオモンの示す方に顔を向ける。そこには確か
に洞窟があった。少しでも寒さをしのげるならと、オーガモンは一歩その洞窟の方へ向か
って足を踏み出す。その瞬間、大きく視界が歪んだ。
(あ、あれ・・・?)
ドサっ!!
「オーガモン!!」
レオモンの声が聞こえると同時に、冷たい雪の上へ体が倒れる。頭では起き上がろうとす
るが、体が全く動かない。寒さと息苦しさとだるさで、オーガモンの意識は次第に遠のい
ていった。
「オーガモン、しっかりしろ!!・・・っ、すごい熱だ。」
オーガモンの体を起こし、軽く額に触れてみると、予想以上の熱さにレオモンは焦る。と
にかくしっかりと休めるところに運ばなければと、レオモンはオーガモンを抱え上げた。
そして、すぐ近くにある洞窟へと移動し、オーガモンを寝かせた後、枯れ木を集めて火を
起こす。
「これで少しは寒さはしのげるが・・・」
火を焚いたことで、洞窟内は暖かくなってきていたが、オーガモンの体は冷えきったまま
だ。身体を小刻みに震わせ、顔を真っ赤にしながら苦しそうな息を吐いている。落ち葉を
敷き詰めた簡易ベッドにオーガモンを寝かし直し、レオモンはオーガモンの額に触れなが
らポツリと呟いた。
「もう外は暗い。薬草を探すよりは、オーガモンの体を温める方が先決だな。」
もう少し早く気づいてやれば、ここまでひどくはならなかったかもしれないと思い、レオ
モンは悔しそうな表情を浮かべる。
「レオモ・・ン、寒い・・・」
暖を求めるように、オーガモンは腕を伸ばしそう訴える。そんなオーガモンのすぐ隣に横
になり、レオモンはオーガモンの体をぎゅっと抱きしめる。
「すまない、オーガモン。」
後悔の念からそんなことを口にし、レオモンはオーガモンを腕に抱いたまま目を閉じた。
次の日の朝、レオモンは朝日が昇るのと同時に目を覚ます。すぐ側にあるオーガモンの顔
に目をやると、昨日よりはいくらか穏やかな表情になっていた。
「さてと、薬草を探しに行かなければ・・・」
洞窟の外に出ると真っ白な雪が朝日に照らされ、眩しいほどにキラキラと輝いていた。薬
草を探すため、森の方へ歩いて行くと、朝食を探しているユキダルモンに出会う。
「あれ、レオモン。フリーズランドに来てたんだ。こんなところで何してるの?」
「いや、ちょっと風邪に効く薬草を探しているのだが・・・」
「風邪に効く薬草?レオモン、風邪ひいてるの?」
レオモンの様子を見る限りでは、とても風邪をひいているようには見えない。どういうこ
とだろうなあと首を傾げていると、レオモンが言葉を返す。
「いや、風邪をひいているのは私ではない。」
「そうだよね〜。レオモン、すごく元気そうだもん。じゃあ、他のデジモンが風邪をひい
てるってことだね。」
「ああ、そういうことだ。」
だったらといった様子で、ユキダルモンは自分の持っていた薬草をレオモンに分ける。寒
さに強いデジモンとは言えども、たまには風邪をひいたりするのだ。
「それなら、ぼくの持ってる薬草分けてあげる。この薬草すっごくよく効くよ。」
「それはありがたい。」
「ただ、すっごく苦いんだよね〜。だから、ついでにこれもあげる。」
「これは?」
「この薬草を粉にして、この実を潰して混ぜると、だいぶ苦みが消えて甘い味がプラスさ
れるから、かなり飲みやすくなるはずだよ。誰が風邪ひいているか分からないけど、お大
事にね。」
「ありがとう。助かったよ。」
「困ったときはお互い様。それじゃあね。」
レオモンに薬草を渡すと、ユキダルモンはどこかに去って行く。早くこの薬草をオーガモ
ンのところへ持って行ってやろうと、レオモンは洞窟に戻ろうとする。
「そうだ。ついでに水も汲んできてやるか。薬を飲むのにも、熱を冷ますにも使えるし。」
水も飲ませた方がよいと、レオモンは洞窟に戻る前に水を汲みに行く。薬草と水、どちら
もしっかり揃えてから、レオモンはオーガモンの寝ている洞窟へ戻って行った。
洞窟に戻るとオーガモンはまだ眠っていた。眠っている間に薬を作っておこうと、レオモ
ンはテキパキと手を動かし、薬草を粉にし、甘い果実を混ぜる。軽く味見をしてみたが、
確かに薬草だけで作る苦い薬よりははるかに飲みやすくなっていた。
「よし、こんなものだろう。」
「ん、んん・・・あれ?レオモン??」
「目が覚めたか。どうだ?気分は。」
昨日の記憶が曖昧で、オーガモンは今の自分の状況がハッキリとは分かっていなかった。
「俺・・・どうしたんだっけ・・・?」
「風邪をひいて、高熱を出して倒れたんだ。今、薬を作ってやったから飲んでおけ。」
「薬・・・」
レオモンが自分のために薬を作ってくれたことはありがたいと思うが、オーガモンは薬が
大嫌いであった。
「まだ、少し熱があるな。」
オーガモンの額に自分の額をくっつけ、レオモンはオーガモンの体温を測る。やはり薬は
飲んだ方がよいと、レオモンは出来たての薬をオーガモンに渡す。
「水もあるからこれで飲むといい。」
「・・・・やだ。」
レオモンのしてくれたことは素直に嬉しいと感じるオーガモンであったが、やはり薬を飲
む気にはなれなかった。
「何故だ?薬を飲まないと、熱下がらないぞ。」
「薬・・・嫌いなんだよ。」
オーガモンの性格から何となく分かっていたものの、ハッキリと拒否されてしまうと困っ
てしまう。しかし、ちゃんと熱を下げるにはどうしても薬を飲んでもらわなければならな
いのだ。
「飲むんだ!」
「嫌だ!!」
「飲むんだ!!」
「い・や・だ!!」
駄々っ子のように薬を飲むことを拒否するオーガモンに、レオモンは呆れながらも少し可
愛いと思ってしまう。
「全く手のかかる奴だ・・・。」
そう言うと、レオモンは薬と水を自分の口に含み、ドサっとオーガモンを落ち葉のベッド
の上へ押し倒す。そして、そのままオーガモンの口の中へ自分の口の中にあるものを流し
込んだ。
「ふ・・・ぅ・・・んっ!!・・・んーっ、んっ・・・」
倒された状態では、口の中へ流し込まれる薬をオーガモンはただただ飲み込むことしか出
来なかった。オーガモンが薬を全て飲み込んだのを確認すると、レオモンは口を離す。口
を離されると、オーガモンはガバッと起き上がり、レオモンに文句を言う。
「ぷはっ・・・何すんだよ!?レオモン!!」
「ほら、ちゃんと薬飲めたじゃないか。」
「こんなに苦い薬を無理矢理飲ませやがって!!」
「本当に苦かったか?」
「そりゃ・・・あれ?」
完全に薬を飲まされたはずなのだが、口の中に残っている味は、苦いというよりはむしろ
甘い感じであった。
「・・・甘い??」
「お前が楽に飲めるようにそういう味にしたからな。」
「だったら、それを先に言え!!何でいきなり口移しで飲ませてくんだよ!!」
「それはお前が頑なに嫌がるから・・・」
「ふざけんなっ・・・うっ・・・・」
怒鳴りまくっていたので、オーガモンは再び眩暈を感じ、倒れてしまった。
「そんなに怒鳴ってるからだぞ。風邪をひいてるんだから大人しく寝ていろ。」
「うー・・・」
まだ熱が下がりきっていないためふらふらしているが、昨日から眠りっぱなしで、オーガ
モンは少し起きていたいと思っていた。しかし、まだ寒気とだるさは治まらない。
「レオモン。」
「どうした?」
「昨日からずっと寝てるからよ、ちょっと起き上がってたいけど、まだすげぇ寒くて、く
らくらすんだよ。」
「だったら、寝ていなきゃダメだろう。」
「俺ばっか風邪ひいてるの不公平だし、お前にうつしてやる!」
いろいろな言い訳を並べながら、オーガモンはレオモンの首に腕を回し、抱きつくように
その身を捉える。意外なオーガモンの行動にレオモンは多少驚くものの、普段の落ち着い
た様子のまま、オーガモンの背中に手を添えた。
(おー、こりゃ思ったよりあったけぇな。)
先程まで外に出て動き回っていたために、レオモンの体はそれなりに温まっていた。そん
なレオモンの体温を心地よく感じながら、オーガモンはそのレオモンにその身をあずけた。
「寝てなくて本当に大丈夫なのか?」
「起きてたいっつってんだろ!しばらくこのままでいさせろ!!」
「ふっ、仕方ないな。」
子供をあやすようにポンポンと背中を叩きながらレオモンは微笑う。
「子供扱いすんじゃねーよ。」
「別にそんなつもりはない。ただ、風邪をひいてるときくらい甘えたってかまわないんだ
ぞ?」
「べ、別に甘えてるわけじゃねーし!勘違いすんなよな!!」
そんなことを言いながらも、オーガモンはレオモンから離れようとしない。しばらくその
まま抱きついたままでいると、だいぶ体が温まり、眠くなってきてしまう。
(何か・・・眠くなってきちまった・・・)
風邪で体力が消耗しているので、いつも以上に寝ていたとしても眠くなってしまうのだ。
うとうととしてきているオーガモンに気づき、レオモンは声をかける。
「ちゃんと横になった方がいいんじゃないか?」
「・・・やだ。」
「そんなにくっついている方がいいのか?」
「・・・・・。」
レオモンの問いかけにオーガモンは黙って頷く。それなら無理に離れさせるのは可哀想だ
と、レオモンはぎゅっとオーガモンの背中を抱きしめてやった。
「・・・・温かい。」
半分眠っているような声でオーガモンはそう呟く。そして、そのままレオモンの腕の中で
眠りに落ちていった。
「寝てしまったか。黙っていれば、態度はすごく素直なんだがなあ。」
口を開けば天邪鬼なことばかり言ってくるオーガモンの寝息を聞きながら、レオモンは苦
笑する。
「薬も飲ませたし、次に目を覚ましたときには熱も下がっているだろう。それまではもう
少し、体を温めてやるとするか。」
自分の腕と体でオーガモンの体をしっかりと包み、レオモンはそんな独り言を口にする。
早く元気になって欲しいという思いを込め、レオモンはオーガモンの髪に優しく口づけを
してやった。その感覚に何となく気がついたのか、首に回されているオーガモンの腕に力
がこもる。
「ふっ・・・こういう感じも悪くないものだな。」
自分をライバル視して戦いを挑んでくるオーガモンとは、また別の側面を見た気がして、
レオモンは口を緩ませる。たまにはこういうこともあってもよいなあと思いつつ、レオモ
ンは心からオーガモンの回復を願うのであった。
END.