7月8日(君篤の日)

七夕の次の日、仕事を終えた君島は一人くつろいでいた。お気に入りの紅茶を飲んでいる
と、私用スマホに着信がある。
「おや?遠野くんですね。」
画面に表示される名前を見て、君島はほんの少しうきうきしながら通話ボタンを押す。ビ
デオ通話だったようで、ボタンを押すと遠野が映る。
『お、出たな。今、通話大丈夫か?』
「大丈夫ですよ。どうしたんですか?」
『この前、種ヶ島とメッセージでやりとりしてたらよ、6月2日がアイツと大曲の日とか
言ってきやがって。意味分かんねーだろ?』
「6月2日・・・何故ですかね?」
『それが、Genius10で大曲がNo.6で、種ヶ島がNo.2だったからだと。おも
しれーこと考えるよな。』
「なるほど。それで6月2日が大曲くんと種ヶ島くんの日ということになるのですね。」
種ヶ島としたやりとりの話を遠野は楽しげに君島に伝える。そんな話をしたくてわざわざ
電話をしてきたのかと君島が疑問に思っていると、遠野が言葉を続ける。
『その理屈で言うと、今日はお前と俺の日だなと思ってな。お前にも伝えてやろーと思っ
て電話してみた。』
今日の日付は7月8日だ。高校生最後のU−17では君島はNo.7で遠野はNo.8であ
った。
「ふっ、確かにそうですね。」
『こんなん他の奴らに話したって、意味ねーだろ?でも、お前に話すならありだと思って
な。だってほら、俺らだけの記念日だぜ。』
「記念日ですか。」
『記念日』という言葉を聞いて、君島は少しだけ胸がときめくのを感じる。
「そう思うのでしたら、もっと早く教えてもらわないと。」
『は?何でだよ?』
「記念日なら、祝いたいじゃないですか。」
冗談めいた君島のその言葉に遠野は画面越しに吹き出す。
『こんなくだらねーことで祝うのか?さすがにだろ。』
「おや、記念日と言ってきたのは遠野くんの方ですよ?」
『はは、まあ、お前がそう思いたいならいいんじゃねーの?そういうノリ嫌いじゃねーぜ。』
種ヶ島の話が面白いと思ったから共有したのだが、予想以上に君島がノッてくるので、遠
野は何だか嬉しくなってしまう。U−17のW杯後は、君島との関係も悪くなく、こんな
ふうにちょくちょく連絡を取り合い、時間が合えばど一緒にこかに出かけたりもしている。
「今後時間が合えば、その日は会うのがいいかもしれませんね。」
『そんなにかよ?まあ、君島に会えるのは俺も嬉しいし、あのときみたいにテニスをする
のもいいかもな。』
「それは名案ですね。それなら来年以降はそうしましょうか。私の仕事次第なところはあ
りますけどね。」
『フッ、楽しみにしてるぜ。』
ちょっとした雑談が少し先の未来への約束に繋がり、遠野の胸は嬉しさと期待感で躍る。
そこまで顔には出していないが、君島も同じ気持ちであった。

それから1、2年は君島の都合でその日に直接会うことは出来なかったが、その日に合わ
せて君島は遠野に贈り物を贈っていた。そして、やっと都合がつき、7月8日当日に直接
会える年がやってきた。約束通り、あの時のようにテニスを共に楽しんだ後、遠野の家で
二人で過ごす。
「やっと一緒に過ごせましたね。」
「まあ、お前、忙しいし仕方ねぇだろ。」
お茶を飲みながら、二人はソファでくつろぐ。久しぶりに全力でテニスをしたおかげで、
どちらも心地良い疲労感を感じていた。
「つーか、直接会えはしないにしても、お前が毎年何か贈ってくるからよ、始めはそんな
つもりじゃなかったけど、今日が特別な日みたいになっちまったぜ。」
「おや、そうなんですか?私は遠野くんにあの話を聞いたときから、今日は『特別な日』
だと思っていますよ。」
Genius10のNo.7とNo.8として、ダブルスを組んでいた時期は、遠野のこと
を認めることが出来ず、嫌な気持ちになることも多く、ただ楽しいばかりの時期ではなか
った。しかし、そのような日々があったからこそ、今こうして一緒に過ごすことが出来て
いる。そんな思い入れのある時期を表す『7月8日』という日付を特別な日として扱うこ
とは、君島にとって当然のことであった。
「今年は直接会えることが分かっていたので、贈り物は奮発しました。」
「へぇ、今年はどんなもんくれるんだよ?」
二人だけの特別な記念日に、君島が用意してくれる贈り物を遠野はそれなりに楽しみにし
ていた。今年はどんなものがもらえるかワクワクしながら、そんなことを尋ねる。
「どうぞ、開けてみてください。」
用意してきたものを遠野に渡すと、君島はにっこりと微笑む。君島から受け取ったそれを
遠野は丁寧に開ける。
「これは・・・」
「こっちが遠野くんの方ですね。」
遠野が開けた箱の中には、二つの指輪が並んでいた。パッと見『∞(無限大)』に見える
方の指輪を指差し、君島はそう口にする。
「俺らがつけるにしては、少し小さくねぇか?」
「通常の指輪ですと、私がつけるにはあまりにも意味深過ぎてしまいますので、ピンキー
リングにしました。」
「なるほどな。これは無限のマークか?」
「いえ、横になっているだけで、こちらは『8』です。私の方は『7』をモチーフにして
います。」
君島の方の指輪を見ると、スタイリッシュな字体での『7』が横になっているようなデザ
インであった。
「7と8をモチーフにした指輪とかそのまんまだな。」
「分かりやすくていいでしょう?ただ数字をつけるだけでは味気ないので、デザインには
こだわりましたよ。」
「オーダーメイドってことか。この横についてる石は何だ?」
横になっている数字の横に小さな石がついているので、遠野はその石が何か尋ねる。
「遠野くんのはブラッドストーンで、私のはダイヤモンドです。」
「ブラッドストーンか!悪くねぇな!」
「誕生石としては本来逆なのですが、お互いその方がらしいでしょう?」
「確かにダイヤモンドよりはブラッドストーンの方がいいな。君島がダイヤモンドっての
も似合ってるし。」
ダイヤモンドが似合っていると言われ、君島は素直に嬉しいと感じる。8モチーフの指輪
を手に取ると、遠野は左手の小指にそれをはめてみた。
「おっ、ピッタリだな。こうして見てみると、デザインも悪くねぇ。」
「私もはめてみますね。」
7モチーフの指輪を取り、君島も自分の左手の小指にはめる。
「どうです?」
「似合うじゃねぇか。確かにピンキーリングだと、深い意味がありそうっつーよりは、た
だのアクセサリー感強いな。」
君島は芸能人でアイドルであるため、不必要に詮索されるようなことは避けなければなら
ない。それゆえ、他の指につける指輪ではなく、あえてピンキーリングを選んだ。
「でも、左手の小指には運命の赤い糸が繋がっていると言われているじゃないですか。そ
う考えると、二人でその場所にピンキーリングをつけるのも、なかなかロマンチックだと
思いますよ。もちろん、聞かれた際はただのオシャレだと答えますけどね。」
「いいんじゃねーの?誰も俺とお揃いだなんて思わねーだろうし。お前、そういう秘密の
共有的なこと好きそうだしな。」
「よく分かってるじゃないですか。」
遠野とのペアリングに触れながら、君島は楽しげにそんなことを口にする。遠野も君島か
らもらったピンキーリングに触れ、嬉しそうに口元を緩ませる。
「やっぱ、今日は『特別な日』だな。」
「あの日、遠野くんがそれを教えてくれてよかったです。」
「俺は全然そのつもりはなかったんだけどな。ちょっとおもしれーなと思ったくらいで。
でも、こうやって君島が毎年何かしてくれるから、話してよかったぜ。」
今こうして二人で一緒にいられることが、とても幸せだと感じながら、二人は穏やかな笑
みを浮かべる。そんな甘い雰囲気の中、君島はもっと遠野に触れたくなる。
「遠野くん。」
遠野とお揃いのピンキーリングをしている方の手で、君島は遠野の頬に触れる。
「何だよ?」
「もっと遠野くんに触れたい。よいかな?」
そんな君島の問いかけに、遠野は頬に触れている君島の手に自身の右手を重ね、指輪のつ
いた左手でその手首を掴み、君島の手の平に頬を擦り寄せ頷く。
「いいぜ。」
そんな仕草とこちらを真っ直ぐに見つめてくる視線に胸を高鳴らせながら、君島は遠野を
見る。
(こんな気持ちになるのは、遠野くん以外ありえないな。)
そんなことを考えながら、君島はゆっくりと遠野の唇に自身の唇を重ねた。

二人だけの『特別な日』に、二人で甘く心地良い時間を過ごす。『7』と『8』が繋げる
この縁をこれからも大事にしていきたいという想いをどちらも胸に刻みつける。左手の
小指につけられた『永遠の(8)幸運(7)』を表す指輪からは、二人のこれからを示す
ように、目には見えない赤い糸が伸び、しっかりとその指を繋げていた。

                                END.

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