君への想い色を越ゆ

忍術学園が休みに入ったその日、まだ忍術学園に残っていた文次郎と伊作は、学園長にお
つかいを頼まれる。第三協栄丸に手紙を届けて欲しいという内容であった。
「兵庫第三協栄丸さんに手紙を届けるなんて、久しぶりのおつかいだな。」
「普段は乱太郎達一年生に頼むことが多いだろうしね。今日はたまたま休みに入る日で、
ぼくら以外は帰省してる子も多いし。」
「確かにな。まあ、今回の休みは特に帰る予定もなかったし、気分転換にはちょうどいい
かもな。」
「うん。文次郎と久しぶりに出かけられるの楽しみだよ。」
まるでデートに出かけるようなテンションの伊作に文次郎は苦笑する。しかし、文次郎自
身も伊作と二人で出かけられることを嬉しいと思っていた。私服に着替え、兵庫水軍の海
に行く準備をすると、二人は出門票にサインをし、忍術学園を出て歩き出した。

二人で他愛もない話をしながら歩き、兵庫水軍の海に到着する。浜辺を見回すと、鬼蜘蛛
丸と義丸が小舟の近くで作業をしていた。とりあえず声をかけてみようと、文次郎と伊作
は二人のもとへ歩いていく。
「こんにちは、鬼蜘蛛丸さん、義丸さん。」
「あ、忍術学園の・・・」
伊作が挨拶をすると、義丸が二人が来ていることに気がつく。
「六年生の潮江文次郎と善法寺伊作です。」
「こんにちは。六年生のお二人が来るのは珍しいですね。どうしたんですか?」
文次郎が名乗ると、小舟からピョンと鬼蜘蛛丸が浜辺へ飛び下りそう尋ねる。
「学園長先生から兵庫第三協栄丸さんへ手紙を預かって来ました。」
「なるほど。お頭は今外出中なんですよ。もう少しで仕事も終わるので、少しだけ待って
いてもらってもいいですか?」
『分かりました。』
第三協栄丸は今はいないが、せっかく来てくれた二人を放っておくわけにはいかない。第
三協栄丸に頼まれた仕事もそろそろ終わりそうなので、鬼蜘蛛丸は二人にそう伝え、義丸
とアイコンタクトを交わして、仕事をする手を早めた。

「お待たせしてしまってすみません。とりあえず、水軍館に移動しましょうか。」
文次郎と伊作を連れ、鬼蜘蛛丸と義丸は水軍館へと移動する。移動している間に鬼蜘蛛丸
は陸酔いをしてしまう。
「うっ・・・義丸、ちょっと二人を連れて先に戻っててくれ・・・」
「分かった。また陸酔いか?」
口元を手で押さえている鬼蜘蛛丸に義丸はそう尋ねる。こくこくと頷く鬼蜘蛛丸を見て、
伊作はあっと何かを思い出したような顔になる。
「そうだ!」
「どうした?伊作。」
「兵庫水軍の皆さんに会いに行くってことで、酔い止めの薬持って来たんです。船酔いに
も陸酔いにも効くはずです。」
手紙と一緒に風呂敷に包んで持ってきていた酔い止めの薬を伊作は義丸に渡す。
「結構な量ありますね。ありがとうございます。鬼蜘蛛丸、とりあえず一つ飲んでみたら
いいんじゃないか。」
伊作から受け取った薬の袋から一粒の丸薬を出すと、義丸はそれを鬼蜘蛛丸に渡す。吐き
気を堪えて、渡された薬を飲み込むと、鬼蜘蛛丸の顔色はみるみる良くなる。
「あ、だいぶ陸酔い治まってきたかも。」
「すごい効果ですね。」
「よかった。たくさんあるので、第三協栄丸さんや蜉蝣さんにも分けてあげてください。」
「ありがとうございます。本当助かります。それじゃあ、水軍館に行きましょう。」
陸酔いが治まった鬼蜘蛛丸を先頭に四人は水軍館に向かう。水軍館に到着すると同時に先
程までは雲一つなく晴れていた空が黒い雲に覆われ、一気に暗くなる。
「なんだか雲行きが怪しくなってきたな。」
「こりゃ結構荒れるかもしれねぇな。」
暗くなる空を見上げながら、義丸と鬼蜘蛛丸はそんな会話を交わす。そんな会話を聞きな
がら、文次郎と伊作はこそっと話す。
「この嵐になりそうな感じ、もしかしてぼくのせい?」
「いや、さすがに・・・うーん、どうだろうな。」
海の天気が急に変わるのはよくあることだが、伊作が出かける先で天気が崩れることもよ
くあることだ。伊作のせいではないと断言出来ず、文次郎は言葉を濁す。
「雨が降る前に入りましょう」
『はい。』
義丸に促され、文次郎と伊作は水軍館の中に入った。

水軍館の客間に通されると外から激しい雨の音が聞こえてくる。
「降ってきたな。」
「これだけ降ってると海も荒れてそうだし、他の奴らは今日は戻って来れねぇかもしれな
いな。」
「今日は鬼蜘蛛丸さんと義丸さんの二人だけなんですか?」
そういえば、他の水軍の人達を見かけないと伊作はそんなことを尋ねる。
「今日の朝方までわたしと鬼蜘蛛丸は別の仕事で海に出ていたんです。それと入れ違いに
なるように他の精鋭達は堺の港での仕事に出かけました。」
「堺だと確かに少し時間がかかりそうですね。」
それは確かにすぐには戻って来れないかもしれないと文次郎は納得する。
「お頭も出かけているので、今いるのはわたし達だけなんですよ。せっかく来てくれたの
に申し訳ないです。」
「いえ、急に訪ねて来てしまったぼく達も悪いので。」
「そんなにお構いは出来ないですけど、雨が止むまでゆっくりして行ってください。」
ひどい雨の中他の仕事も進められないので、四人はしばらく水軍館でゆっくりすることに
する。そのうち日が落ちるが、雨は止むどころかさらに強くなっていた。
「普段は通り雨のようなことが多いんですけど、今日は止みそうにありませんね。」
「この雨の中帰るのは危険だと思うので、お二人とも今日は水軍館に泊まっていってくだ
さい。」
日も暮れて雨も止まないので、義丸と鬼蜘蛛丸はそう提案する。顔を見合わせた後、文次
郎と伊作は頷いた。
「ありがとうございます。お言葉に甘えようと思います。」
「ご迷惑かけてすみません。」
止まない雨は自分の不運のせいかもしれないと、伊作は思わずそんなことを口にする。そ
んな真意を知らない義丸と鬼蜘蛛丸は笑顔で首を振る。
「迷惑だなんて思っていないですよ。」
「天気ばかりはどうこう出来るものではないので。」
「そろそろ夕飯の時間ですね。今準備してくるので、少し待っていてください。簡単なも
のしか作れないですけど。」
そろそろいい時間だと、鬼蜘蛛丸は台所に夕飯を作りに行く。手伝いに行った方がよいか
と文次郎は義丸に聞いてみる。
「自分達は手伝いに行かなくて大丈夫ですか?」
「気にしなくて大丈夫です。簡単なものとか言ってますけど、ああ見えて鬼蜘蛛丸は料理
が得意なので、きっと美味しいものをご馳走してくれますよ。」
それは楽しみだと、文次郎と伊作はわくわくとした気分で鬼蜘蛛丸が帰ってくるのを待つ。
しばらくすると、大きな鍋を持って鬼蜘蛛丸が戻って来た。
「お待たせしました。ありものですみませんが、海鮮鍋作ってみました。」
「うわー、美味しそう。」
「ありがとうございます。」
「冷めないうちに食べましょうか。」
そう言いながら、義丸は鬼蜘蛛丸が鍋と一緒に持ってきたお椀に中身をよそう。全員に行
き渡るようにそれを配ると同時に匙を渡した。
「それじゃ・・・」
『いただきます!』
匙で掬い、一口口に運ぶと海鮮のだしが鼻をくすぐり、ホロホロとした魚の身が舌の上で
とろける。予想以上の美味しさに文次郎も伊作も自然と口元が緩む。
「すごく美味しいです!」
「ああ、こんなに美味しい海鮮鍋食べたの初めてかもと思えるくらい美味しいです。」
「でしょう?鬼蜘蛛丸の作る料理はそれはそれは絶品で、わたしはどれも大好きなんです
よ。」
「何でお前が得意げなんだよ。でも、お二人の口に合ったようで良かったです。」
そこにいるメンバー全員に褒められ、鬼蜘蛛丸は恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに笑
う。そんな鬼蜘蛛丸を見て、義丸も嬉しそうに笑った。
(ああ、何だか・・・)
「義丸さんは鬼蜘蛛丸さんのこと、本当に大好きなんですね。」
『えぇっ!?』
「お、おい伊作!」
二人のやりとりを見て文次郎もそう思っていたのだが、それをそのまま口に出す伊作に驚
く。もちろん忍者のたまごであるので、義丸と鬼蜘蛛丸がどういう関係なのかは知ってい
るのだが、まさかそれを直接指摘するようなことを言うとは思っていなかった。
「分かっててもいきなりそんなこと言っちゃダメだろ。」
「いやー、二人の様子見てたらキュンキュンしちゃって思わず・・・」
義丸と鬼蜘蛛丸には聞こえないような小声で二人はそう話す。伊作に思ってもみないこと
を指摘された義丸と鬼蜘蛛丸は顔を真っ赤にして俯いている。
「お前、あからさますぎるんだよ。」
「いや、でも鬼蜘蛛丸の料理が美味いのは本当のことだし、まさかそんなことで・・・」
「あ、あの・・・一応、俺達忍者のたまごなんで、事前の情報収集というか、兵庫水軍の
皆さんのことはある程度把握していて・・・」
「だからその・・・義丸さんと鬼蜘蛛丸さんがそういう関係だっていうことも知っている
んで・・・」
ここは正直に言っておこうと、文次郎も伊作も義丸と鬼蜘蛛丸が仲間以上の関係であるこ
とを知っていたと伝える。
「そ、そうなんですね。さすが忍術学園の皆さんは優秀ですね。」
「まあ、バレてるんなら、隠す必要もないってことですかね。」
それならば仕方ないと、義丸も鬼蜘蛛丸も恥ずかしそうにそう返す。
「と、とりあえず、鍋食べちゃいましょうか。」
「はい。」
「こいつが変なこと言い出してすみません。」
伊作の一言で全員がドキドキとしながら、残りの鍋を食べる。ドキドキしつつも鍋の味は
絶品なので、すぐに鍋は空っぽになった。

鍋や食器を片付け客間に戻ってくると、四人は一息つく。
「まだ休むには早い時間ですし、何か話でもします?」
「大したことは答えられないですが、何か質問があれば答えますよ。」
客人の文次郎や伊作を暇にさせてはいけないと、義丸と鬼蜘蛛丸はそんなことを口にする。
忍術学園の生徒は真面目で向上心が高いので、水軍の仕事や心持ちについて聞かれるだろ
うと考えていた。
「それなら、ぼくから質問してもいいですか?」
「はい。何でも聞いてください。」
笑顔でそう答える義丸に伊作は遠慮なく質問をぶつける。
「義丸さんと鬼蜘蛛丸さんが恋仲になったのはいくつくらいのときですか?」
「えっ!?えっと・・・」
「そうですねぇ・・・」
思ってもみない方向からの質問に、義丸と鬼蜘蛛丸は明らかに動揺するような反応を見せ
る。
「だから伊作っ、お前はどうしてそういう・・・」
まさかの質問に文次郎も慌ててしまう。しかし、伊作はただ興味本位で聞きたいわけでは
なかった。
「あ、別にただ興味本位で聞きたいわけじゃないんです。お二人は傍目にも見てもすごく
お互いのことを想い合っていて、でも、水軍の中でも山立と鉤役というとても重要なポジ
ションで活躍されているじゃないですか。その想いと仕事での立場をどう両立しているの
か気になって。それで、そういう関係なのが昔からなのか大人になってからなのかで結構
違うかなーと思って。」
これは伊作にも身近なところに想い人がいるなということに義丸は気づく。
「善法寺くんにもそういう人がいるんですね。」
「えっ!?ま、まあ、その・・・」
図星をさされた伊作は思わず文次郎の方を見てしまう。伊作と目が合った文次郎は、ドキ
ッとして顔が赤くなる。
(あー、なるほど。)
さすがにこれは気づくだろうと、義丸は口元を緩ませる。そして、その予想を裏づけるた
めに伊作に質問を返す。
「善法寺くんの想い人はどんな人なんですか?」
「努力家で真面目で無鉄砲で自分にも他人にも厳しくて、ちょっと頑固なところもあるけ
どすごく優しくて。忍者の三禁を大事にしているから、ぼくがいることで、夢を叶える邪
魔をしていたら申し訳ないなーと思っちゃうんです。」
困ったように笑いながら伊作はそう答える。そんなことはないと全力で言いたい文次郎で
あったが、今自分がそれを口にしてしまうと伊作の想い人が自分であるとバラすことにな
ってしまうので、ぐっと堪えた。
(分かりやすいなあ。でもまあ、まだここでは気づいていないふりをしておくか。)
「そんな理由があるなら、質問にはきちんと答えなきゃですね。なあ、鬼蜘蛛丸。」
「お、おう。そうだな。」
自分達のことなので、義丸は鬼蜘蛛丸にも同意を求める。事が事なので、鬼蜘蛛丸はドキ
ドキしながら頷いた。
「わたしと鬼蜘蛛丸がそういう仲になったのは、今の潮江くんや善法寺くんとあまり変わ
らない14、15くらいのときだったと思いますよ。」
「そうだな。その前からもいつも一緒にいて、ちょっと意味合いは違う感じかもしれない
けど、ずっと義丸のことは好きだったなあ。」
しみじみとした口調でそう言う鬼蜘蛛丸の言葉に、義丸は真っ赤になる。
「ちょっ・・・しれっとそういうこと言うのやめろよ!」
「お前だってそうだろ?」
「そりゃまあ・・・そうだけど。」
冷静に話しているように見えて、ちょっとした一言で照れたり動揺する義丸と鬼蜘蛛丸の
やりとりを見て、文次郎と伊作は良い関係だなと微笑ましく思う。
「山立や鉤役になったのはそれよりもっと後なので、両立がどうとかはあんまり意識した
ことないかもしれないですね。」
「自分の役割はしっかり全うしなきゃですしね。」
「ただ、一つ確実に言えるのは、わたし達の関係は単なる『色』には収まらないものとい
うことですかね。」
伊作が心配している忍者の三禁はおそらく『色』であると見抜いて、義丸はそんなことを
言う。
「どういうことですか?」
「忍者でなくとも、『欲』や『色』は身を滅ぼすことがあります。色恋沙汰なんて言いま
すしね。でも、わたしが鬼蜘蛛丸に抱いている想いはそんな薄っぺらいものじゃないんで
す。幼馴染みとして、親友として、仲間として、ライバルとして、そして恋仲の相手とし
て、心から大切に思っている存在なんです。」
義丸のその言葉を聞いて、文次郎も伊作もハッとする。自分達の抱いている想いも似たよ
うなものであると気づいたからだ。
「それはすごく理解出来ます。たぶんぼく達もそういう気持ちで相手のことを想っている
気がします。」
「おっ、それは良いことですね。そこで潮江くんに質問です。そういう相手が側にいたら、
どうなりたいと思います?」
「えっと、そうですね・・・そいつを守るためにもっともっと強くなろうと思います。」
ちらりと伊作の方を見ながら、文次郎はそう答える。
「だったら、側にいた方がいいんじゃないですか?善法寺くん。君がいることで、潮江く
んはもっと強くなりたいと言ってるんで。邪魔だなんて思ってないみたいですよ。」
『!?』
ウインクをしながら、義丸は伊作に伝える。バレていたのかと、文次郎も伊作も真っ赤に
なる。
「なるほど、そういうことですか。」
「鬼蜘蛛丸は気づいてなかったのか?」
「何となくそうかなーとは思ってはいたけど、確証は持てなかったな。」
「心から大切に想っている人がいるということは、弱点にもなり得ますが、強力な強みに
もなるんです。お二人ならきっと強みに出来ると思いますよ。」
そんな義丸の言葉をを聞いて、伊作は胸のつかえが取れたような気持ちになる。
「ありがとうございます。何だかすごく気持ちが楽になりました。」
「ところで、お互いにそういう関係だってことが分かったことですし、もう少しそういう
話してみません?」
もう少し詳しい話が聞いてみたいと義丸はそんな提案をする。自分達の話をするのは少し
恥ずかしいが、義丸と鬼蜘蛛丸の話はもっと聞いてみたいと文次郎と伊作はその誘いに乗
ることにする。二人が頷いてくれたので、義丸は鬼蜘蛛丸を見ながら話し出す。
「本当はわたしなんかが守らなくても鬼蜘蛛丸は十分に強いですし、頭の良さもピカイチ
です。でも、陸に上がると陸酔いしていたり、ちょっと抜けてるところを見ていると、守
ってあげたくなってしまうんですよね。」
鬼蜘蛛丸が強いことを分かっていながらもどうしても守ってあげたくなるという義丸の話
に、文次郎もその気持ちはよく分かると同意する。
「それはちょっと分かります。伊作も六年間保健委員をやっていることもあって、薬学や
救護に関しては誰にも負けないくらい長けているし、何だかんだで精神的にもすごくタフ
なんですよ。でも、しょっちゅう不運に見舞われてたり、他のメンバーより戦い向きでは
ないところを見ているとやはり守らないとって気持ちにはなります。」
そう思われているのは少し複雑だなーと思いながらも、鬼蜘蛛丸も伊作も二人の話を聞い
て素直に嬉しいと思っていた。続けて鬼蜘蛛丸が話し出す。
「義丸は鉤役ということもあって、腕っぷしは誰よりも強いですし、度胸も勇敢さも人一
倍なんです。わたしはそこまで戦闘向きではないんで、そこは本当に尊敬しているし、素
直にカッコイイと思っている部分です。でも、そういう役割を与えられているせいか、ど
こか生き急いでいると感じるときがあるんですよね。」
義丸の魅力的なところを鬼蜘蛛丸は文次郎と伊作に語る。少し心配な部分もあるという鬼
蜘蛛丸の言葉に伊作は深く頷いた。
「それ、すごく分かります!文次郎は、優秀な忍者になるためにいつもギンギンに鍛錬に
励んでいて志も高くて、そこは文次郎のいいところだし、憧れる部分でもあるんですけど、
何日も寝なかったり、強い曲者と戦いたがったり、それ故しょっちゅうケガをしたりして
いて、保健委員長のぼくとしては心配させられることもたくさんあるんです。」
それは仕方ないだろうと思いながら、義丸と文次郎は苦笑する。しかし、そこまで想われ
ているのは悪い気分ではない。
「まあ、そこのところは気質なんで許してくれ。でも、もう二度と『俺より先に逝くな!』
なんて泣かせたりはしないから。」
「いや、泣いてはねぇ!」
「そんなこと言われたら、鬼蜘蛛丸を置いて死ぬなんて出来ないって思うよな。」
思ってもみない話をされ、鬼蜘蛛丸は恥ずかしそうにしながら義丸に抗議する。水軍であ
る以上、危険にさらされることもある。そのような場面であれば、そういう言葉も出るの
だろうと、文次郎と伊作はドキドキしてしまう。
「そういえば、伊作もリアルな話ではないけどそういうことあったよな。」
「へっ!?そうだっけ?」
「俺が忍務で死ぬ夢を見たーって泣きついてきたことがあったぞ。」
「ちょっ、そんな恥ずかしい話ここでするなよ!」
現実と夢ではだいぶシリアス度が違うと伊作はポカポカと文次郎を叩く。そんな二人のや
りとりを見て、義丸と鬼蜘蛛丸はくすくす笑う。
「本当にお二人は仲がいいですね。」
「ちょっと昔の自分達を思い出しちゃいます。」
文次郎と伊作のやりとりを見て、同じ年頃のときの自分達を思い出し、義丸と鬼蜘蛛丸は
懐かしい気分になる。
「なんだか昔の話を鬼蜘蛛丸と二人でしたくなってきました。そろそろいい時間ですし、
今日泊まってもらう部屋に案内しますよ。」
「ありがとうございます。」
「寝間着と布団、用意してきますね。」
この後は二人で過ごすのがいいだろうと、鬼蜘蛛丸は部屋の用意をしに行き、義丸は文次
郎と伊作を部屋へと案内する。
「お気遣いありがとうございます。お二人もこの後部屋に戻る感じですか?」
「そうですね。わたし達の部屋も案内しておくので、何か困ったことがあれば遠慮なく声
をかけてください。」
義丸と鬼蜘蛛丸の部屋を経由して、泊まらせてもらう部屋に案内される。これから二人で
過ごすとなると、いろいろな意味で邪魔は出来ないなあと文次郎と伊作は二人の部屋には
なるべく行かないようにしようと、矢羽根で会話をする。
「布団用意しておきました。」
『ありがとうございます。』
「寝間着も布団も多少汚してしまっても全然構わないので、自由に使っちゃってください。」
冗談じみた口調で義丸は文次郎と伊作にそう伝える。意味深な義丸の言葉に苦笑しつつ、
文次郎と伊作はぺこりと頭を下げる。
「それじゃあ、おやすみなさい。」
「ゆっくり休んでくださいね。」
文次郎と伊作に寝る前の挨拶をすると、義丸と鬼蜘蛛丸は自分達の部屋に戻る。二人きり
になった後、どちらももうしばらく起きていてその時間を心ゆくまで楽しんだ。

次の日、雨がすっかり上がり第三共栄丸が帰ってきた。学園長のところへ行っていたと聞
かされ、それはちょっと不運だなーと文次郎と伊作は笑う。しかし、昨夜はとてもいい時
間を過ごせたので、二人でここに来て良かったと思うのであった。

                                END.

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