君色の時間

三日間の野外実習を終え、忍術学園の五年生はお昼前に忍術学園へと戻ってきた。
「はあー、疲れたあ。」
「とりあえず、お風呂入りたいかも。」
「同感。兵助達はどうする?」
忍術学園に戻ってくるやいなや、五年ろ組の面々は風呂に入って汚れを落としたいと、そ
んなことを言う。
「俺は腹減ったから飯かな。そろそろ昼食の時間だし。」
「俺はとりあえず寝たい。風呂と飯はちょっと寝てからにする〜。」
五年い組の二人は風呂には入らず、久々知は昼食を食べに、勘右衛門は睡眠をとることに
する。それぞれ行きたい場所へ向かい、五年生の五人は中庭で別れた。

(腹減ったなあ。今日のランチは何があるんだろう?豆腐料理があるといいなあ。)
そんなことを考えながら、久々知は食堂へ向かった。食堂に到着し、中へ入ると久々知の
目にある人物がとまる。
『あっ。』
「久しぶり〜、久々知くん。実習は終わったの?」
「はい、ちょうどさっき帰ってきたところです。」
「そっかぁ。せっかくだから、一緒にご飯食べない?」
「いいですよ。タカ丸さんは何を頼んだんですか?」
「ぼくはAランチ。」
「それじゃ、俺はBランチにします。」
帰って来てすぐにタカ丸に会えるとは、運がいいなあと思いつつ、久々知はBランチを頼
む。タカ丸と同じものでもよかったが、どうせなら違うおかずを交換して食べたいと思っ
たのだ。
「なんか、ほんのちょっと会ってなかっただけなのに、久しぶりに久々知くんに会えてす
ごい嬉しいなあ。」
「たった三日ですよ?でも、そう言われてちょっと嬉しいです。あ、Aランチは唐揚げな
んですね。Bランチの煮物あげるんで、唐揚げ一つもらってもいいですか?」
タカ丸の言葉が嬉しいと思いつつも、少し照れくさく、久々知はその照れくささを誤魔化
すように、話題を昼食のメニューに変える。久々知にそんなことを言われ、タカ丸は唐揚
げを一つ箸で取ると、久々知の口元へ持っていった。
「いいよ、はい。」
「ありがとうございます。」
差し出された唐揚げを何の気なしに、久々知はパクッと食べる。まさかここまで素直に自
分の手から食べてくれるとは思っていなかったので、タカ丸の顔はニヤけてしまう。
「どう?美味しい?」
「そりゃ、食堂のおばちゃんが作ってくれた唐揚げですから。美味しいですよ。」
「そうだよね。」
やっぱり可愛いなあと、タカ丸が久々知を眺めていると、今度は久々知が自分の頼んだラ
ンチのおかずを一つ箸で取る。
「唐揚げもらったんで約束通り、俺の煮物あげますね。里芋でいいですか?」
「うん、兵助くんが選んだのなら、何でもいいよ。」
「はい、あーん。」
「あーん♪」
ノリノリで口を開けるタカ丸だが、大きく開かれたタカ丸の口に里芋を入れるフリをして、
久々知はその里芋を自分の口へと運んだ。
「うん、美味い。この里芋。」
「え?あれ?」
「あはは、今のは冗談ですよ。今度はちゃんと食べさせてあげますね。」
「もう、からかわないでよ、久々知くん!」
今度は厚揚げを箸で挟み、久々知はそれをタカ丸への口へと運ぶ。ちゃんと口の中へ入っ
たことを確認すると、タカ丸はもきゅもきゅとその口に入れられたものを咀嚼した。
「煮物も美味しいね。今食べたの厚揚げだったけど、ぼくが食べちゃってよかったの?久
々知くんの好きなお豆腐なのに。」
「自分の好きなものは、他の人にも食べて欲しいですから。」
「そっか。ありがとう、久々知くん。」
にっこり笑いながら、タカ丸は久々知にお礼を言う。おかずを交換した後は、それぞれ自
分で自分の頼んだランチを食べる。もう少しで食べ終わるというところで、久々知はふと
タカ丸に話しかけた。
「タカ丸さん、今日の午後か夕方暇ですか?」
「うん、今日は午後の授業ないから特に予定はないよ。」
「久しぶりに豆腐を作ろうと思ってるんです。一緒に食べませんか?」
「食べる食べる!久々知くんの作ったお豆腐は、すっごく美味しいからね。」
「それほどでもないですよ。それじゃ、手があいたら適当に食堂に来てくれますか。誰か
食べたいって人がいたら、誘ってきてもいいですからね。」
「分かった。楽しみにしてるよ。」
昼食を食べている間中、久々知と一緒にいられてニコニコしていたタカ丸であったが、久
々知の作った豆腐が食べられると聞いて、さらにその顔は笑顔になる。タカ丸が実に嬉し
そうな顔をしているので、久々知もご機嫌な様子で、残りのおかずを平らげた。

昼食の後、久々知は軽く風呂に入り、豆腐を作る準備をする。
「よーし、じゃあ作り始めるか。」
大好きな豆腐を作るということで、久々知は気合を入れつつも、その顔は自分の好きな事
をするときの顔だ。上機嫌な様子で、久々知は豆腐作りを進めていった。
「遅くなってゴメンね〜、久々知くん。」
あともう少しで完成というところで、タカ丸がやってくる。約束通りタカ丸が来てくれた
ことを嬉しく思いながら、久々知は仕上げに入った。
「もう少しで出来るから、適当に座って待っててください。」
「うん。」
「結局他の人は呼ばなかったんですか?」
「ううん、三郎次や伊助を誘ってみたんだけど、用事があるって断られちゃった。」
「そっか。それじゃ、仕方ないですね。じゃあ、今日は俺とタカ丸さんだけで、豆腐パー
ティーしましょうか。」
「そうだね。」
手作りの豆腐を皿に乗せると、久々知はタカ丸の前にそれを置く。その反対側にも豆腐の
乗った皿を置くと、久々知はタカ丸と向かい合わせになるように座った。
「それじゃ、いただきます。」
「いただきます。」
真っ白で柔らかい豆腐を箸で割り、口へと運ぶ。口の中で広がる豆腐の味は、どこで買う
豆腐よりもタカ丸にとっては美味しく感じられた。
「ん〜、美味しい〜。」
「うん、今日もうまく出来たな。」
「久々知くんって、本当お豆腐作るの上手だよねぇ。久々知くんがお豆腐屋さんになった
ら、きっと大人気のお店になると思うよ。」
そんなふうに褒められ、久々知は素直に嬉しいと思ったが、自分の夢は豆腐屋ではなく、
忍者になることだ。少し複雑な笑顔を浮かべながら、タカ丸に言葉を返す。
「美味しい豆腐を食べてもらうのも俺にとってはかなり嬉しいことだけど、俺の夢は立派
な忍者になることですから。」
「こんなに美味しいお豆腐が作れるのにもったいないなあ。あっ、そうだ!だったら、お
豆腐屋さんをやりながら、忍者の仕事もすればいいんだよ。」
「えっ?」
思ってもみないタカ丸の言葉に、久々知はきょとんとした顔で聞き返す。これはいい考え
だと、タカ丸はさらに言葉を続けた。
「久々知くんは、お豆腐屋さんをしながら忍者もやって、ぼくも髪結いをしながら忍者す
るの。髪結いになったばっかりのときのおじいちゃんみたいに。」
その発想はなかったと、久々知は目から鱗な様子でタカ丸の話に耳を傾ける。それは忍者
の一つの姿としてありだなあと、久々知は納得する。
「久々知くんは、今でも優秀だから、きっと立派な忍者になるし、こんなに美味しいお豆
腐が作れるんだから、立派なお豆腐屋さんにもなれるよ。」
「そ、そうですかね?」
「うん、絶対なれる。でも、ぼくは忍術の方はまだまだだからなあ。ぼくもいっぱい頑張
らなくちゃ!」
自分達の未来の忍者像を熱く語るタカ丸に、久々知の胸はときめいていた。自分ばかり褒
められているのも不公平なので、久々知はにっこりと笑いながら、タカ丸にプラスな言葉
を投げかける。
「タカ丸さんはすごく頑張り屋なので、タカ丸さんもきっと立派な忍者になれますよ。」
「本当!?本当にそう思う?」
「はい。そう思いますよ。」
「兵助くんにそう言ってもらえると、すっごい嬉しい!!」
「一緒に夢が叶えられるように頑張りましょう。タカ丸さんがそういうこと言ってくれな
かったら、豆腐屋しながら忍者するなんてこと思いつかなかったですし。」
「うんうん!!ぼく久々知くんと一緒なら、どんなに大変なことでも精一杯頑張るよ!!」
満面の笑みを浮かべながら、タカ丸は久々知の言葉に頷く。大好きな豆腐を食べながら、
こんな話が出来て久々知の顔もかなりほころんでいた。
「んー、豆腐も食べれたし、タカ丸さんとこんな話が出来たし、実習でかなり疲れてたけ
ど、今すっごいいい気分です。」
豆腐を食べ終え、久々知は大きく伸びをしながらそんなことを言う。
「疲れてるなら、片付けはぼくがやっておくよ。」
「いいんですか?」
「うん、だから久々知くんはちょっと休んでて。」
「じゃあ、任せますね。ありがとございます、タカ丸さん。」
豆腐を食べた食器を洗うため、普段は食堂のおばちゃんがいる台所へ入る。今は誰もいな
いそこで、タカ丸は二人分の皿を洗い始めた。
「よし、片付け完了。久々知くん、片付け終わったよ・・・って、あれ?」
皿を洗い終え、久々知の方へ目をやると、久々知は机に突っ伏して眠ってしまっていた。
「実習大変だったんだなあ。ここで寝かせておくのも微妙だし、ちゃんと布団で寝かせて
あげようっと。」
眠っている久々知を起こさないように、抱え上げるとタカ丸は長屋へと向かう。相当疲れ
ているようで、タカ丸に抱えられて、移動されても久々知は全く目を覚ますことはなかっ
た。

タカ丸が久々知を運んだ先は、久々知の部屋ではなく自分の部屋であった。自分の部屋に
布団を敷き、髪を解いて寝かせる。なかなか久々知が起きないので、タカ丸は風呂に入り、
今日出た宿題をこなしていた。
「ん・・・うーん・・・・」
久々知が寝返りをうちながら声を漏らすのを聞いて、タカ丸は布団の方へ目をやる。やっ
と目を覚ましたようで、久々知は眠そうな目を開き、パチパチと瞬きをしていた。
「おはよう、久々知くん。と言っても、夜だけどね。」
「あれ・・・?ここは、タカ丸さんの部屋ですか?」
「うん。食堂で寝ちゃったから、ぼくが連れてきたんだ。布団で寝た方が疲れは取れるか
なあと思って。」
「そっか。」
まだぼーっとしている頭で、久々知はタカ丸の顔を眺める。寝惚け眼の久々知も可愛いな
あと思いつつ、タカ丸は今しがた終わったばかりの宿題をパタンと閉じた。
「宿題してたんですか?」
「うん、今ちょうど終わったとこだけどね。」
「お風呂も入ったみたいですし、俺、もしかしてかなりの時間寝てました?」
「そうだね。でも、二刻くらいだよ。」
「そんなに寝てたのか。本当熟睡しちゃってたなあ・・・」
まさかそんなに眠ってしまうとは思っていなかったので、久々知は少し驚く。やっぱり実
習で疲れていたんだなあと心底実感した。
「結構寝たから、今はあんまり眠くないんですけど、自分の部屋に戻るのちょっと面倒で
すね。」
「あはは、そんなこと言うなんて久々知くんにしては珍しいね。」
「だって、こんなおあつらえ向きに布団も敷かれて寝かされると・・・」
「じゃあ、もう今日はぼくの部屋に泊まってく?」
冗談でそう言ったのだが、久々知の反応はタカ丸の予期していないものであった。
「いいですか?制服のまま寝るのも何ですし、タカ丸さん予備の寝巻きとかあったりしま
す?」
「へっ!?あ、あるにはあるけど・・・」
「じゃあ、それ貸してもらえません?俺とタカ丸さんならそんなにサイズも変わらないと
思うんで。」
「う、うん・・・」
本当に久々知が泊まるとは思っていなかったタカ丸は、泊まる気満々の久々知の言葉を聞
いてドギマギしまくっていた。予備の寝巻きを出すと、久々知は恥ずかしげもなく制服を
脱ぎ、それに着替える。そんな久々知の行動を見て、タカ丸の心臓は爆発寸前であった。
「よし、着替え完了。」
寝巻きに着替え、髪の毛も下ろしたままで、久々知は完全に部屋でくつろぎモードの状態
になった。そんな格好で、何を思ったのか久々知は突然タカ丸の首に腕を回し、抱きつく。
「えっ!?く、久々知くんっ!?」
「こうされるの嫌ですか?」
「ぜ、全然嫌じゃない!!嫌じゃないけど・・・急にどうしたの?久々知くん。」
「・・・・三日もタカ丸さんと会わないで、口を聞けないと妙に物足りなくて・・・」
タカ丸に抱きつきながら、久々知の顔は真っ赤に染まっていた。こんなことをするのは、
恥ずかしいのだが、せずにはいられない。それほど久々知の中ではタカ丸分が不足してい
たのだ。
「うー、こうされるのすっごくすっごく嬉しいけどっ・・・」
「けど、何ですか?」
「いろいろ我慢出来なくなっちゃいそう。」
困ったようば顔でそう言うタカ丸のその言葉を聞いて、久々知は一旦離れ、タカ丸の顔を
見た後、ちゅっと軽くキスをする。そして、ニッと笑ってみせた。
「別に我慢しなくていいですよ。・・・というか、俺の方が我慢出来なさそうです。」
「えっ!?ええっ!?」
「タカ丸さんの好きにしてください。」
そこまで言われたら、もう我慢出来なくなってしまう。ドサっと布団の上に久々知を押し
倒すと、タカ丸は顔を真っ赤にして、自分の下にいる久々知を見た。
「もう、どうなっても知らないからね!」
「全然構わないですよ?」
「もー、久々知くん可愛すぎっ!!どれだけぼくのことドキドキさせたら気が済むの?」
「俺だって、こうされて心臓ドキドキしてるんですから、おあいこですよ。」
久しぶりに触れ合うのが、嬉しくて少し恥ずかしくて、二人の鼓動はかなり速くなってい
た。どちらも胸のときめきを抑えられず、とにかく今したいと思うことをするのであった。

                                END.

戻る