午後の授業も終わり、夕飯までの空き時間、雷蔵は自分の部屋で本を読んでいた。同室の
鉢屋は、学園長に頼まれたおつかいに行ってしまい、外出中なのである。
「やっぱ、三郎がいないと暇だなあ・・・」
そんなことを呟いていると、障子の向こう側から誰かが声をかける。
「雷蔵、居る?」
「あー、うん。居るよー。」
「入っていい?」
「いいよ。兵助だよね?」
「うん。そう。」
声を聞いて、雷蔵は障子の外に居るのが久々知であることを知る。ちょうど暇を持て余し
ていたことだし、少し話し相手になってもらうのもいいだろうと思い、雷蔵は自室に久々
知を入れることにした。
「んじゃ、おじゃましまーす。」
「おじゃましまーす。」
「えっ?」
入ってくるのは久々知だけだと思っていた雷蔵であったが、その予想に反して部屋の中に
入ってきたのは、二人の人物であった。
「えっと・・・」
「四年は組の斉藤タカ丸です。」
「タカ丸さんがどーしても、俺の髪の手入れをしたいって言うから、ちょっと場所を借り
たいなあと思って。あれ?三郎は?」
「三郎は今、外出中。学園長におつかい頼まれたみたいでさ。」
「ふーん、そっか。」
「三郎がいないと、暇でさー。静かなのはいいんだけどね。やっぱ、ちょっと寂しいって
いうかさ。」
「それ、三郎が聞いたら、すっごい喜びそうだな。」
「へ?何で?」
「久々知くん、早く座って座って。」
「あー、はいはい。」
とりあえず座って話そうと、久々知は雷蔵の前に腰を下ろす。雷蔵も先程まで読んでいた
本を閉じて、すぐ横に置いた。久々知が座ると、タカ丸はその後ろに膝立ちをし、久々知
の頭巾を取る。
「タカ丸さんって、確か編入生なんだよね?」
「うん。つい最近まで髪結いしてました。」
「ああ、だから兵助の髪を弄りたいんですね。」
「うん!久々知くんの髪質、ぼく、好きなんですよ。」
「始めるなら始めてください。早くしないと、頭巾被り直しちゃいますよ。」
「はーい。」
久々知の言葉にタカ丸は、持ってきた道具で久々知の髪を整え始める。髪を弄らせながら、
久々知は雷蔵と話をする。
「タカ丸さんと兵助って、何繋がりだっけ?」
「あー、火薬委員繋がりだ。まあ、火薬委員なんて地味な委員会、覚えちゃいないだろう
けど。」
「そんなことないよ。まあ、確かに他の委員会に比べて地味かもしれないけど・・・・」
「やっぱ、そう思ってるじゃん。雷蔵は図書だっけ?」
「うん。そうだよ。ちなみに三郎は、5年ろ組の学級委員。」
「そっか。三郎は学級委員か。それほどしっかりしてるってイメージはないけどな。むし
ろ、トラブルメーカーって感じ。」
クスクス笑いながら、久々知はそんなことを言う。確かにそれは否めないなあと雷蔵も笑
う。
「久々知くん。さぶろうって、五年生の生徒?」
「はい。変装の名人、鉢屋三郎。普段は雷蔵の顔してます。」
「へぇ。会ってみたいなあ。」
「たぶん会ったことはあると思いますけど、いろんな変装してますからね、三郎は。」
「今日帰ってくるんだろ?だったら、会えると思うけど。」
「そっか。それもそうだね。」
少し遅くまで待っていれば、鉢屋はこの部屋に帰ってくる。会いたいなら会えばいいと、
久々知はタカ丸にそう言った。しばらく、他愛もない話で盛り上がっていたが、ふと会話
の話題が雷蔵がどのくらい鉢屋を好きかということになる。
「それにしてもさ、雷蔵って、本当三郎のこと好きだよな。」
「はあ!?い、いきなり何言ってんの兵助!!」
「そうなの?雷蔵くん。」
「い、いや・・・その・・・・」
「そうなんですよ。もうすっごい好きみたいで。」
雷蔵の照れた反応が面白いと、久々知はニヤニヤと笑いながらその話題を発展させようと
する。タカ丸もそれは面白そうな話だと、興味津津という表情で二人の話を聞く。
「べ、別に・・・そんなこと・・・・」
「ふーん、だったら三郎に、雷蔵は三郎のことあんまり好きじゃないみたいだぞって、言
うけどいいの?」
「そ、それは、ダメっ!!」
ハッキリとそう言う雷蔵に、久々知はくっくと声を殺して笑う。からかわれているのは、
分かっているが、どう切り返したらよいのか、雷蔵は分からなかった。
「やっぱ、雷蔵は三郎のこと大好きなんじゃん。」
「兵助の意地悪〜。」
「でも、三郎ってあんなだから、結構ずっと一緒に居るってのは大変だと思うんだよなあ。
雷蔵的には、三郎のどこが好きなの?」
「それは、ぼくも聞いてみたい。」
「な、何でそんなこと言わなくちゃいけないのさ!?」
「だって、気になるじゃん。ねぇ、タカ丸さん。」
「うん。で、雷蔵くん、どうなの?」
「ううー・・・」
二人に詰め寄られては、答えないわけにはいかない。どう答えようかしばらく迷った結果、
あたりさわりのないような言い方で言えばいいという結論に辿り着く。
雷蔵が鉢屋のことをどのくらい好きかということを今まさに話し始めようとしている時、
鉢屋が学園長に頼まれたおつかいから帰ってくる。雷蔵を驚かそうと思っていた鉢屋はす
ぐに部屋には入らず、部屋の前の廊下で驚かす準備をしていた。
(今回はどんな変装で驚かせてやろうかな。先輩シリーズでいくか、先生シリーズでいく
か・・・うーん、どれも捨てがたい。)
そんなことを考えていると、何やら部屋の中から話し声が聞こえてくる。部屋の中には、
雷蔵しかいないと思っていた鉢屋は、誰が居るのだろうと中に居る者には気づかれないよ
うに聞き耳を立てた。
「確かに三郎は、イタズラばっかしてるし、人のこと驚かすし、ぼくも結構困らせられる
んだけどさ・・・」
(何だ何だ?わたしの悪口か?)
それは心外だなあと思って聞いていると、雷蔵がさらに言葉を続ける。
「でも、すごくしっかりしてて、頼りになるし、優しいところもあるんだよ。ぼくが何か
に迷ってどうしようもなくなった時は、さりげなく助けてくれるし、何よりも・・・」
『何よりも??』
(何よりも?)
雷蔵の言った言葉の言葉尻が実に気になる言い方だったため、久々知とタカ丸はその言葉
を繰り返し、部屋の外で話を聞いている鉢屋も心の中でその言葉を反復した。
「三郎、ぼくのことをすごく好きだって言ってくれるから。やっぱり、自分の好きな人に
好きって言ってもらえるのって、嬉しいじゃない?」
『ほぉー。』
照れ笑いを浮かべながら、そんなことを言う雷蔵に、久々知とタカ丸は感心するような声
を漏らす。外で雷蔵の言葉をこっそり聞いていた鉢屋は、ドキドキと胸が高鳴るのを抑え
られなかった。
「こんな感じでいいの?もういいよね?」
「いや、もう一息!」
「そうだよ、ぼく、もっと鉢屋くんのこと聞きたい!」
「もう恥ずかしいよ〜。」
「まあまあ、そう言わずに。」
「じゃあ、いつか絶対兵助にも似たようなこと聞くからね!!」
「はいはい。」
適当な返事をして、久々知はもっと雷蔵の話を聞こうと促す。もう何を話したらよいか分
からない雷蔵は、思いつくままに鉢屋に対して思うことを口にした。
「もう何話したらいいのか分からないんだけどさー・・・そうだなあ・・・ぼくが三郎を
好きって言うのはね、恋人的な好きってわけじゃないんだ。」
(そうだったのか!!わたしはそういう意味の好きなんだけど・・・)
「いや、もちろんそういう意味で好きって気持ちも入ってるよ。でも、それだけじゃなく
て、三郎は親友だし、ある意味でライバルだし、同じクラスの仲間でもあるし、ぼくと全
く同じ顔して過ごしてるから、少しだけだけど、兄弟みたいだなあって思うところもある
し・・・。」
「うんうん。」
「だからね、ぼくはそういういろんな意味で三郎が好きなんだ。親友としても好きだし、
ライバルとしても好きだし、仲間としても好きだし・・・もちろん、恋人としてって意味
でも、好きなんだ。・・・って、なんかもうぼくすごい恥ずかしいこと言ってるー!!」
「いやー、なんか鉢屋くんが羨ましくなっちゃうね、久々知くん。」
「そうですね。聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらいのノロケだし。」
「へ、兵助が言わせたんだろー!!」
真っ赤になって、久々知を怒鳴りつけている雷蔵の声を聞き、鉢屋はハッと現実に戻され
る。雷蔵の言葉を聞いている間は、あまりにも心臓の鼓動が速くなりすぎて、まるで夢で
も見ているような感覚に陥っていた。
(ヤバイ・・・嬉しすぎて、死にそー。)
もう雷蔵を驚かそうと思っていたことも忘れ、鉢屋はふらふらと立ち上がり、部屋の障子
に手をかける。そして、早く雷蔵の顔が見たいと思いながら、障子をすっと開けた。
「うわああ、三郎!!」
「わあ!!雷蔵くんが二人!!」
「あっ、おかえりー、三郎。タカ丸さん、こいつが鉢屋三郎ですよ。」
「えっ!?そうなの!?こんにちはー、鉢屋くん。」
鉢屋が突然帰ってきたことに驚く雷蔵、雷蔵と全く同じ顔の人物が現れたことに驚くタカ
丸、落ち着いて今の状況を把握する久々知。それぞれが違う反応を示しながら、鉢屋を迎
えた。
「さ、さ、三郎っ、いつ帰ってきたの!?」
「さっきだ。」
「さ、さっきって・・・?」
「そうだなあ・・・雷蔵が、『確かに三郎は・・・』って、話し始めたあたりか?」
「〜〜〜〜っ!!??」
一番聞かれたくない話を聞かれていたことを知り、雷蔵は恥ずかしさで死にそうになる。
「う、嘘っ、嘘でしょ!?」
「いや、ホント。」
「さすが、三郎だな。全然気配がしなかった。」
「まあ、これでも忍者だからな。」
「すごいなー、鉢屋くん。その変装にもビックリだよー。」
久々知の髪を結い直しながら、タカ丸は感嘆の言葉を漏らす。しかし、雷蔵は、それどこ
ろではないと、顔をゆでだこのように真っ赤にして、固まってしまっていた。そんな雷蔵
を見て、久々知はふっと笑う。
「タカ丸さん、髪弄るの終わりました?」
「うん。後は頭巾を被り直すだけだよ。」
「じゃあ、三郎も帰ってきたことだし、俺達はそろそろ帰りますか。そろそろ夕飯の時間
だし。」
「うん!今日は一緒にご飯食べよー、久々知くん♪」
「そうですね。じゃあ、またなー、雷蔵、三郎。」
「今日は面白い話いっぱい聞かせてくれてありがとー。」
どちらも楽しそうな笑みを浮かべながら、雷蔵の部屋を出て行く。こんな状況で、鉢屋と
二人きりになりたくないと目で訴える雷蔵であったが、それを分かった上で、久々知はさ
っさと部屋を出て行ってしまった。
二人きりで何とも気まずい雷蔵は、まともに鉢屋の顔が見られず、ぎゅっと袴を握ってう
つむいていた。そんな雷蔵の隣に腰を下ろし、鉢屋はぐっと雷蔵の肩を抱く。
「っ!!」
「雷蔵、顔上げてくれよ。」
「やだ・・・恥ずかしい・・・」
「何をそんなに恥ずかしがることがあるんだよ?わたしのことが好きだと言うのは、そん
なに恥ずかしいことなのか?」
「そんなことないけど・・・でも、やっぱり恥ずかしいよぉ・・・」
何とか顔を上げる雷蔵であったが、まだやはり鉢屋の顔を直視出来ない。その顔は見たこ
ともない程赤く染まり、羞恥心から今にも泣きそうな程潤んでいた。
(うわあ、可愛い・・・)
「雷蔵。」
「な、何・・・?」
「さっきの聞かせてもらったが・・・」
「う、うん・・・」
「すごく嬉しかったぞ。わたしは本当に雷蔵に愛されてるなあと思って。あれは、雷蔵の
正直な気持ちなんだろ?」
「そう・・だよ。全部、本当のこと。」
「雷蔵っ。」
「わわっ・・・!!」
さっきの話が正直な雷蔵の気持ちだということを聞いて、鉢屋がぎゅうっと雷蔵に抱きつ
く。あんなことを聞かされたら、愛しさも高まるというものだ。
「三郎、苦しい〜。」
「わたしも雷蔵のこと大好きだ!!親友としても、ライバルとしても、仲間としても、恋
人としても!!」
「・・・本当にさっきの話、全部聞いてたんだな。」
「盗み聞きするつもりはなかったんだけどな。でも、わたしとしては聞けてよかった。」
本当に嬉しそうな声でそんなこと言ってくる鉢屋に、雷蔵はなんとなく胸が温かくなる。
まだ恥ずかしさは抜けきらないが、先程よりはしっかりと鉢屋の顔を見る気になれる。
「三郎。」
「何?」
鉢屋の名前を呼びながら、雷蔵はくっと顔を上げた。そして、目の前にある鉢屋の唇にち
ゅっと軽く口づける。
「たまには・・・行動で三郎が好きだってこと、表してみようかなーって思って・・・」
「雷蔵――っ!!」
雷蔵からキスをしてきてくれたという状況に、鉢屋は天にも昇るような気持ちになる。そ
の嬉しさを鉢屋は行動で表した。その場に雷蔵を押し倒し、キスの雨を雷蔵の顔に降らせ
る。
「わわ、ちょっ・・・三郎っ!!」
「わたしも行動で、どれだけ雷蔵が好きか表す!」
「く、くすぐったい・・・もう、三郎っ!!やめろって!」
「いや。やめない。」
「三郎――!!」
じゃれついてくる鉢屋を押し返せないまま、雷蔵は鉢屋の為すがままになってしまう。本
当に困った恋人だなあと思いつつ、雷蔵はその全身から溢れ出す鉢屋の想いを苦笑しなが
ら受け止めるのであった。
「んー、やっぱ、あの二人のイチャイチャっぷりはさすがだな。学年一だ。」
「いいの?久々知くん。部屋を覗き見なんかしちゃって。」
部屋を出て行って、食堂へ行くフリをした久々知とタカ丸は、もう少し部屋の中の二人の
様子を見ていたいと、その場にとどまり、こっそりと中の様子を覗き見していた。
「平気平気。もうお互いのことしか見えてないし。」
「でも、ちょっと羨ましいなあ。ねぇ、久々知くん。」
「えっ?」
「だって、ぼく、久々知くんのこと好きだもん。」
「・・・へっ!?」
「いつかは、鉢屋くんや雷蔵くんみたくイチャイチャしたいなあ。」
「えぇ!?な、何言って・・・」
「しー、あんまり大きな声出すとバレちゃうよ。」
「いや、だ、だって・・・」
「照れてるの?久々知くん、かわいいー。」
「ちょっ・・・な・・・」
思ってもみないタカ丸からの告白を受け、久々知は真っ赤になって動揺してしまう。そん
な久々知を見て、タカ丸は楽しそうに笑った。
「そろそろお腹空いたし、食堂行こうよ。」
「あ、ああ・・・そうですね。」
これ以上は人がイチャイチャしているのを見ても頭に入ってこないと、久々知はタカ丸の
言葉に頷いた。そんな久々知の動揺に拍車をかけるかの如く、タカ丸は久々知の手を取っ
て歩き出す。
「じゃあ、食堂に向かってしゅっぱーつ!!」
「って、何どさくさに紛れて手握ってるんですか!!」
「まあ、細かいことは気にしない気にしない。」
何も考えていないような笑顔にほだされ、久々知はそのまま手を振り払うこともなく、歩
き出す。雷蔵をからかうだけからかって面白がっていたが、まさか自分がこんなことにな
るとは思っていなかった。胸がドキドキするのを止められないまま、久々知は年上の後輩
に流されてしまうのであった。
END.