「うーん、明日の予習、これをやるべきか、それともこっちをやるべきか・・・」
机の上に二つの教科書を置いて、雷蔵はいつものように悩んでいる。一度悩み始めると周
りが見えなくなってしまう雷蔵は、外に遊びに行っていた鉢屋が帰って来たことに全く気
付いていなかった。
「ただいま、雷蔵。」
「うーん、どっちにすべきか・・・・」
「おーい、雷蔵。雷蔵ー。」
どんなに大きな声をかけても、雷蔵は自分の世界に入ったままだ。全く仕方がないなあと
思いながら、鉢屋は黙って雷蔵の横に腰かけた。
「内容的にはこっちの方が難しいけど、予習が必要なのは、こっちな気がするし・・・」
腕組みをして唸っている雷蔵をくるっと自分の方へ向かせる。鉢屋にそんなことをされて
も、雷蔵はそのままの体勢で悩み続けていた。
(ここまでして、気づかないのもすごいな。)
あまりの気づかなさに、鉢屋は感心してしまう。こんなに気づかないのであればと、鉢屋
は思いきったことを実行する。
「雷蔵。」
「うーん・・・」
「そんなに無視してると、接吻しちゃうぞ。」
そこまで言っても雷蔵は全く反応しない。この時の鉢屋は、いつもの雷蔵の顔ではなく、
他の者の顔でもなく、鉢屋自身の顔であった。そんなかなりレアな状態で、鉢屋は今しが
た予告した通り、無防備な雷蔵の唇にキスをした。
「・・・・・・。」
さすがにそこまでされれば、雷蔵も鉢屋が目の前にいることに気づく。そして、自分が今、
鉢屋にがっつりキスされていることにも気がついた。
「〜〜〜〜っ!?」
「おっ、やっと私に気づいたか?」
「さ、さ、さぶ・・三郎っ!?」
「雷蔵、いっくら声かけても返事してくれないんだもん。」
「な、何するんだよ!!いきなり!!」
「だから、いきなりじゃないって。ちゃんと接吻するぞって言ったぞ?」
「嘘だろ?そんなこと僕聞いてな・・・って、三郎、その顔・・・・」
いきなりキスされていたことに驚いて、テンパっていた雷蔵であったが、少しずつ今の状
況が掴めてきたところで、鉢屋の顔がいつもとは違うことに気づく。
「ああ、気づいたか。雷蔵はこれが誰の顔だか分かるよな?」
「三郎の顔・・・」
「正解。この顔を知ってるのは雷蔵だけだからな。」
「何で?普段僕にだって、滅多に見せないのに。」
「ちょっとした気まぐれさ。雷蔵の驚く顔も見たかったし。」
普段とは全く違う顔でニヤリと鉢屋は笑う。いきなり接吻され、しかも普段は見れない顔
を見せられる。さっきまで悩んでいたことなどすっかり忘れ、雷蔵は顔を真っ赤にして、
うつむいてしまう。
「雷蔵、顔上げて。」
「えっ・・・?」
鉢屋にそう言われ、雷蔵は素直に顔を上げる。すると、鉢屋の顔はもういつもの雷蔵の顔
に戻っていた。そして、そのまま鉢屋はもう一度、雷蔵の口に接吻する。
「っ!!??」
「さっきのと、今のとどっちがいい?」
冗談じみた口調で、鉢屋はそんなことを尋ねる。しかし、雷蔵からしてみれば、二度も不
意打ちでキスされ、どっちがいいかなど選べる状況ではなかった。
「どっちも三郎なんだから、どっちかなんて選べるわけないだろ!」
「へぇ、嬉しいこと言ってくれるじゃん。」
「は?何で?」
「雷蔵は、私だったらどんな顔で接吻されても嬉しいと。」
「そんなこと言ってないだろ!?全くもう君って奴はぁ・・・」
呆れたようにそう言うが、雷蔵は本気で怒ったりはしない。そんな雷蔵が愛しくてたまら
ないと、鉢屋はぎゅうっと雷蔵に抱きついた。
「ちょ、ちょっと・・・三郎!!」
「やっぱ、雷蔵最高だわ。」
「い、意味分かんない。離れろって!!」
「やーだ。」
「嫌だじゃなーい!!これから僕、明日の予習しなきゃいけないんだからっ!!」
「なら、私も一緒にするぞ。んー、私はこっちの方を予習した方がいいと思うぞ。」
「え、こっち?」
「ああ。それじゃ、一緒に勉強するか。イチャイチャするのはその後だ。」
先程まで、雷蔵が迷いまくっていたことを、鉢屋はさりげなく解決してやる。鉢屋のした
ことで、自分が悩んでいたことなど雷蔵は忘れてしまっていたが、もともとは勉強をする
つもりだったのだ。鉢屋がそう言うならと、雷蔵は鉢屋が選んだ方の教科の予習をするこ
とに決めた。
「勉強してる途中で僕に手出してきたら、今度は本気で怒るからね。」
「はいはい。」
教科書を広げながらそんなことを言ってくる雷蔵を、鉢屋は本当に可愛らしいなあと思っ
てしまう。悩んでいる雷蔵も、驚いている雷蔵も、恥ずかしがっている雷蔵も、どれも最
高だなあと思いながら、鉢屋は大して真面目に勉強せずに、一生懸命予習に励んでいる雷
蔵を顔を緩ませながら眺めるのであった。