部活のミーティングが始まる十数分前。樺地は跡部にあることを頼まれる。
「樺地、ジローがどこかで寝てるらしい。今日のミーティングはレギュラーは聞いといた
方がいいからな。探しに行って来い。」
「ウス。」
ジローと同じクラスの宍戸から、ジローが午後の授業をサボってどこかで寝ているという
ことを聞き、跡部は樺地に探しに行かせることにした。ジローが寝る場所はいつもここと
いうふうには決まっておらず、どこで寝ているかを探すのは至難の業だ。しかし、樺地だ
けはジローがどこで寝ていようとも、必ず探し出し、時間までには連れて来ることが出来
た。
(今日はどこで寝ているんだろう・・・?)
部室を出て、樺地はそんなことを考える。屋上、裏庭、保健室・・・いつも寝ているよう
な場所を考えるが、何だか今日はピンと来ない。そこにはいないと、直感的に感じ、樺地
はそこを探すのはやめる。
(そういえば、今日の昼休み・・・)
『カフェテラスの裏にな、ちっちゃい子犬が迷い込んでて、ミルクあげに行こうと思って
るんだ!樺地も暇があったら、見に来いよ。』
パックの牛乳とお弁当を抱え、廊下で会った時にそう言っていたことを思い出す。昼休み、
そこへ行ってそのまま眠ってしまったのだろうと、樺地は考え、カフェテラスの裏へと向
かった。
(あれ?)
カフェテラスの裏に行ってはみるが、そこにジローの姿は見当たらなかった。読みを間違
えたかと思い、他の場所を考えようとすると、足元から甲高い鳴き声が聞こえる。
「キャンキャンキャンっ!!」
視線を下に移すと、そこには小さな子犬が尻尾を振って元気に吠えていた。
(ジローさんが言ってた子犬だ。)
樺地に向かってひとしきり吠えた後、その子犬はくるっとその身を翻して、どこかへ走り
出す。どこへ行くのだろうと、樺地は子犬を追ってみた。がさっと茂みに入って行ったの
で、樺地も人が通れるほどの隙間がある部分から、そこへと入る。表からは死角になって
いるその場所に、樺地の探していた人物は、木に寄りかかりながらぐっすりと眠っていた。
(あ、ジローさん発見。)
こんなところに眠っていたら、確かに外からでは分からないと樺地は先程見つからなかっ
たことに納得する。思ったより早く見つかったと、樺地はホッとしながらジローを起こし
にかかった。
「ジローさん・・・起きてください。」
「ZZzzz・・・」
「ジローさん、起きてください。」
少し大きめの声でそう声をかけると、ジローはまだまだ眠たそうな目をほんの少しだけ開
ける。そして、ふにゃ〜と笑顔になった後、ぎゅうっと樺地の首に抱きつき、うちゅ〜と
唇のすぐ横にキスをした。
「っ!!!???」
「シロが俺のこと、起こしに来たあ。」
「キャンキャンキャン!!」
どうやら寝ぼけて、樺地のことを子犬だと思ったらしい。子犬が高い声で吠えているのを
聞き、ジローは完璧に目を覚ます。パチッと目を開けると、今目の前にいるのは、子犬で
はなく、樺地であった。
「あれ?樺地??」
「・・・・ウス。」
「今・・・俺がちゅうしたのって、もしかして、コイツじゃなくて、樺地?」
「・・・・ウ、ウス。」
先程のことに驚いて、いまだに心臓をドキドキさせながら樺地は頷く。それを聞いて、ジ
ローの顔は若干赤くなるが、誤魔化すような照れ笑いを浮かべて樺地に謝った。
「あ、あはは、ゴメンな樺地!!俺、超寝ぼけてた。」
「別に・・・謝らなくても・・・・大丈夫です。」
「えー、でも、いきなりちゅうされたら、ビックリするだろうし、嫌だったろ?」
「ビックリはしましたけど・・・・そんなに嫌では・・・なかったですから・・・・」
「マジで!?」
「・・・ウス。」
「あはは。そ、そっか。」
ビックリはしたが、嫌ではないという樺地の言葉を聞き、ジローは嬉しくなる。しかし、
そのことは口にしないで、バッと立ち上がった。
「樺地が起こしに来てくれたっつーことは、もしかしてもう部活の時間?」
「ウス。」
「もうそんな時間かー。結局午後の授業サボっちまったな。でも、いつもは部活の時間に
なってもある程度放置なのに、今日は何でわざわざ起こしに来たの?」
「今日は・・・ミーティングがあるそうです・・・・」
「ミーティングかあ。まーた、眠くなりそうだな。」
今までずっと眠っていたのに、さすがだなあと樺地は思ってしまう。
「ま、せっかく樺地が起こしに来てくれたんだから、ちゃんと起きてなきゃな!」
「ウス。」
「あっ、さっき寝ぼけてちゅうしちゃったことは秘密な。やっぱ、恥ずかしいじゃん?」
ニヒヒと恥ずかしそうな笑みを浮かべながらジローはそんなことを言う。そんなジローの
言葉に樺地いつも通り頷いた。
「樺地。」
「・・・・?」
部室に向かって歩きながら、ジローは樺地の名を呼ぶ。樺地がジローの方に顔を向けると、
ジローは満面の笑みである言葉を口にする。
「起こしに来てくれて、ありがとな!!」
「ウス。」
ジローを探して、起こしに行くたびに言われる言葉ではあるが、樺地はジローのこの言葉
とその表情がとても好きであった。自分にだけ任されるジローを起こしに行くという仕事。
この言葉と表情があることで、樺地は跡部にその仕事を頼まれるたびに、小さく心が躍る
のであった。